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霧雨
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…どうも、まるで何事に対しても問題がないような…自信家なのだろうか。伊東は全く心配すらしていないような態度。
寧ろこちらを掌で操るかのような。
「…へぇ、随分と疑いがありませんな伊東殿。あんた今、わてにあんたの仕事、“護衛”をさせても問題はないんですか?随分と風呂敷が広いこと」
翡翠も朱鷺貴と同じところに引っ掛かったようだが、言葉の節々に若さがあると感じる。
伊東が少しだけ表情を変えた気がするがまた飄々とし、「まぁ、貴方が考えているほど悪事は簡単ではないということです」と嘲笑を浮かべる始末。
「…どうなるかは貴方の問題ではありませんよ、條徳寺さん」
…そういえば翡翠は今まであまり人に名乗っていないよなと朱鷺貴が静観すれば、翡翠はつい、というように「藤宮翡翠ですが」と名乗ってしまっていた。
それは微妙なんじゃないかと思えば案の定、「はは、なるほどね藤宮さん」と伊東は言った。
「まぁ、別に私にもどうこう、ではないので。お言葉に甘えて客引きを致しますよ。
南條さん、では私が堂をお借りします」
そう言って伊東はふらっとその場から離れ、本当に仕方なく翡翠はそこで聞き耳を立て座り込むことになってしまった。
かの伊東は目に見える範囲ですら、片手を出し、戸惑う坊主をさっと、人拐いのように堂へ案内していた。
「…どうにも腑に落ちないなぁ」
「若いなお前も。売り言葉に買い言葉だったぞ、今のは」
「えーまーわかってますわ」
「しかし、お前が藤宮であろうと、襖の先に薩摩、何より長州の公家が居ようとあれには関係ない、とはな…」
「関係がないんやなくて、都合が良いんやないですか?」
なるほど…?
「都合か…」
「土方さんなら嫌な顔のひとつはしそうな状況でしょうな。わてらがわかっているほどミブロはあん人やらのこと、わかってないんかしら」
「俺たちもわかってねぇけどまぁ…表面上だけ見れば確かに当たり前、公でこの場を…それこそ壬生寺で設けてもいいはずだよな」
「そこなんです。わてもそこが引っ掛かる」
門番がミブロでなくなったとわかったのかもしれない。
藤嶋の「はぁ、なるほど」という声が、一度わざとらしくこちらまで聞こえてきた。
『我々は察しのとーり、金なんて一銭もねぇよ。つまりそこに関して出資をすることも出来ないな、ないんだもん』
『長州の賠償金はどげんと』
『あんたらと変わりねぇ。
ま、確かに。借金踏み倒すのは一番、借りた先がなくなれば早いよなぁ。あんたが言っていることはそう聞こえるが?』
…高杉の手紙がふっと思い出された。
今、なんと言ったかこの先で。
『国は何も、外国との戦争など命じていないよ。例えば、異国船打払令すら誰が出したと思ってんの?
しかし、お前らもじゃぁ恩を返すまで、戦をやるしかないんじゃないか?
でも、はは、案外狡猾だな。こちらとしては金がまわり国民が潤えばなんでもいいけどなと、似非公家が言っとくよ。いいんじゃない?長州戦争』
……長州戦争?
『けど、こちらから令は出ないと思うぞ?
まぁいま気が狂いそうだろうから孝明殿がどう言うか、まぁ、一橋なら軍を引いてもいいんじゃないですかぁ?実質もう、将軍だというのはあんた方が身を以て証明しちゃったじゃない』
…つまり。
元は朝廷側が長州を京から一掃したはずが、今度は一橋…暫定将軍に投げようという話しか。
先程伊東が言った「幕府の配下」という言葉。
…全て繋がった気がする。これはもしかすると結構、歴史的に大きな一場面なのではないか、と。
天皇の配下である“幕府”という存在に対し、我々は非常に大きな勘違い、特に…そう考えると長州藩だ、天皇に軍隊をと言っていた。
この時点で幕府と公家の癒着というものを失くしたかったのか、取り違えていたのか。ただ、いま話している二人は一応「公武合体論者」なんだろうが…。
『ひとつ賭けをしよう。金が絡むんだ。
俺は長州が勝つ方に賭けるよ。あんたらは、幕府が弱った長州を拾い上げるなんて、本気で思っているわけじゃないだろ?似非公家の前で言うのは憚られるだろうが』
翡翠はそれを聞き、両腕を擦り「寒っ・怖っ」の合図をする。
『まるで、関ヶ原…いや、お前の弟のようだな西郷隆盛よ。黙らすだけでは気が済まないなんて』
向こう側では、明らかに沈黙が流れた。
…薩摩など、なんとなく「貿易が盛ん」くらいの認識だった。
よくよく考えればその時点から攘夷など、矛盾だ。だから公家は公武合体論を好かなかったというわけか。
…まるで、裏切り者への公開処刑だ。この話は非常に気分が良くないと、考えれば寒々としてきた。
顔色が悪くなったのは自分でもわかったが、顔を見た翡翠に「大丈夫ですか」と聞かれてしまった。
…悪い気というものはあるかもしれないな、だから業というものには触れたくないのだ…。身体まで悪くなる。
「…悪い、寒いせいか少し身体に当たったらしい。茶でも淹れてきてやる、お前も寒いだろ?したら…戻るわ、部屋」
「…わかりました」
「お前も、別にいいぞ」
「いえ、大事ないです。わては」
寧ろこちらを掌で操るかのような。
「…へぇ、随分と疑いがありませんな伊東殿。あんた今、わてにあんたの仕事、“護衛”をさせても問題はないんですか?随分と風呂敷が広いこと」
翡翠も朱鷺貴と同じところに引っ掛かったようだが、言葉の節々に若さがあると感じる。
伊東が少しだけ表情を変えた気がするがまた飄々とし、「まぁ、貴方が考えているほど悪事は簡単ではないということです」と嘲笑を浮かべる始末。
「…どうなるかは貴方の問題ではありませんよ、條徳寺さん」
…そういえば翡翠は今まであまり人に名乗っていないよなと朱鷺貴が静観すれば、翡翠はつい、というように「藤宮翡翠ですが」と名乗ってしまっていた。
それは微妙なんじゃないかと思えば案の定、「はは、なるほどね藤宮さん」と伊東は言った。
「まぁ、別に私にもどうこう、ではないので。お言葉に甘えて客引きを致しますよ。
南條さん、では私が堂をお借りします」
そう言って伊東はふらっとその場から離れ、本当に仕方なく翡翠はそこで聞き耳を立て座り込むことになってしまった。
かの伊東は目に見える範囲ですら、片手を出し、戸惑う坊主をさっと、人拐いのように堂へ案内していた。
「…どうにも腑に落ちないなぁ」
「若いなお前も。売り言葉に買い言葉だったぞ、今のは」
「えーまーわかってますわ」
「しかし、お前が藤宮であろうと、襖の先に薩摩、何より長州の公家が居ようとあれには関係ない、とはな…」
「関係がないんやなくて、都合が良いんやないですか?」
なるほど…?
「都合か…」
「土方さんなら嫌な顔のひとつはしそうな状況でしょうな。わてらがわかっているほどミブロはあん人やらのこと、わかってないんかしら」
「俺たちもわかってねぇけどまぁ…表面上だけ見れば確かに当たり前、公でこの場を…それこそ壬生寺で設けてもいいはずだよな」
「そこなんです。わてもそこが引っ掛かる」
門番がミブロでなくなったとわかったのかもしれない。
藤嶋の「はぁ、なるほど」という声が、一度わざとらしくこちらまで聞こえてきた。
『我々は察しのとーり、金なんて一銭もねぇよ。つまりそこに関して出資をすることも出来ないな、ないんだもん』
『長州の賠償金はどげんと』
『あんたらと変わりねぇ。
ま、確かに。借金踏み倒すのは一番、借りた先がなくなれば早いよなぁ。あんたが言っていることはそう聞こえるが?』
…高杉の手紙がふっと思い出された。
今、なんと言ったかこの先で。
『国は何も、外国との戦争など命じていないよ。例えば、異国船打払令すら誰が出したと思ってんの?
しかし、お前らもじゃぁ恩を返すまで、戦をやるしかないんじゃないか?
でも、はは、案外狡猾だな。こちらとしては金がまわり国民が潤えばなんでもいいけどなと、似非公家が言っとくよ。いいんじゃない?長州戦争』
……長州戦争?
『けど、こちらから令は出ないと思うぞ?
まぁいま気が狂いそうだろうから孝明殿がどう言うか、まぁ、一橋なら軍を引いてもいいんじゃないですかぁ?実質もう、将軍だというのはあんた方が身を以て証明しちゃったじゃない』
…つまり。
元は朝廷側が長州を京から一掃したはずが、今度は一橋…暫定将軍に投げようという話しか。
先程伊東が言った「幕府の配下」という言葉。
…全て繋がった気がする。これはもしかすると結構、歴史的に大きな一場面なのではないか、と。
天皇の配下である“幕府”という存在に対し、我々は非常に大きな勘違い、特に…そう考えると長州藩だ、天皇に軍隊をと言っていた。
この時点で幕府と公家の癒着というものを失くしたかったのか、取り違えていたのか。ただ、いま話している二人は一応「公武合体論者」なんだろうが…。
『ひとつ賭けをしよう。金が絡むんだ。
俺は長州が勝つ方に賭けるよ。あんたらは、幕府が弱った長州を拾い上げるなんて、本気で思っているわけじゃないだろ?似非公家の前で言うのは憚られるだろうが』
翡翠はそれを聞き、両腕を擦り「寒っ・怖っ」の合図をする。
『まるで、関ヶ原…いや、お前の弟のようだな西郷隆盛よ。黙らすだけでは気が済まないなんて』
向こう側では、明らかに沈黙が流れた。
…薩摩など、なんとなく「貿易が盛ん」くらいの認識だった。
よくよく考えればその時点から攘夷など、矛盾だ。だから公家は公武合体論を好かなかったというわけか。
…まるで、裏切り者への公開処刑だ。この話は非常に気分が良くないと、考えれば寒々としてきた。
顔色が悪くなったのは自分でもわかったが、顔を見た翡翠に「大丈夫ですか」と聞かれてしまった。
…悪い気というものはあるかもしれないな、だから業というものには触れたくないのだ…。身体まで悪くなる。
「…悪い、寒いせいか少し身体に当たったらしい。茶でも淹れてきてやる、お前も寒いだろ?したら…戻るわ、部屋」
「…わかりました」
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