Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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霧雨

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 なんなんだよと思う間もなしに高台寺が「あの時の」と言ったのでもしやと、救いを求める心境で朱鷺貴もそちらを眺める。

 翡翠が誰かの荷造りの手伝いをしていた。
 こんなときばかりはあんなアホでも菩薩にすら、見えるが…。

「うわっ」

 朱鷺貴の後ろ、集団の頭にいた藤嶋を見た翡翠は顔をしかめ、まるで蛙を潰したときのような声を出した。

「…うわってなんだっつーの」
「なんで寺にばおるんか、大黒はんか、」

 何故か早口で声高めに言った西郷に、翡翠は「はぁ?」と返し、「なんですかトキさん」と話を振ってくる。

「…いや俺が知りてぇよ」

 「………」の後に翡翠はミブロの正体に行き着いたらしい。「あ!」と更に疑問顔になった。

「なんで!?」
「だから俺が知り」
「いんやぁまっこと、こげん良かおごじょ、初めて見たぁ」

 更に無言、考えたらしい。

 翡翠はこちらに向かいばっと裾を広げ肌を露にし「男やけど、なんか?」と言った。藤も見え隠れしている。
 「は…」となった西郷に間があり、それに藤嶋が口元を抑え肩を震わせている。

 引っ越しを手伝われていた小姓は驚いている、というか顔を伏せるし、朱鷺貴は「あーあー…、」と翡翠を取り敢えず嗜めた。

「すんもはんしたっ!」

 西郷は盛大に頭を下げる。
 それも特に構わず大名行列よろしく、藤嶋は今空いたばかりの坊主部屋を指し「ここ借りるな」とやはり押し進んだ。

 ミブロを残しピシャッと襖は閉まってしまった。
 荷物を搬入していた小姓、翡翠、そして朱鷺貴は顔を見合わせ、「…元気で!」とまずは小姓を見送ることにする。

「久方ぶりですねえ」
 
 実質、襖の側に立ちっぱを命じられたようなミブロは、しかし飄々とした態度で聞き耳を立てながらそう言った。

「私変名を致しまして、まぁ文には書きましたが。
 初見は宇田と名乗りましたが、此度の上京で“伊東いとう甲子太郎かしたろう”となりました」
「あ」
「あ、カシ、やったんやね」
「はいはい」

 宇田改め伊東は自分本意に、やはり手を出してきたがどちらも返さなかった。
 確か初対面で「異国の挨拶」だのと言っていたと思う。

「…そんで、俺に用って」
「まぁついでです。新撰組は上から隊士募集を命じられまして。丁度良いかと」
「高台寺で坊さんになったんやなかったん?」

 立っているのもなんだしなと、二人は勝手に縁側へ座る。

「なってませんよ?あれからは剣を学びました。
 高台寺から新撰組に募集したんですよ。
 今、向こうには公家さんもいらっしゃるんで大声では言えませんが、佐幕の風潮も取り入れたく…というより、新撰組は幕府配下ですからねぇ。公家さんが言うところの“尊皇攘夷”など、我々の意思がどうとかではないのですよ、局長や副長はどうにも取り違えていますが」
「…まぁ、確かに言いたいことはわかるが…」
「つまり、あのお二方も我々にはまだ雲の上の人。私の今日の任務はお二方の護衛です。ある意味、これも尊皇攘夷でしょうか?」
「…坊主には、そんなこともわかんねぇよ」

 そう投げやりにもなった朱鷺貴だが、ふっととある思想が頭を過る。
 しかし翡翠が「つまりあの文は兵士募集ですか?」と朱鷺貴とは違う角度で突っ込みを入れるのが先だった。

「そんなところです」
「…あぁ、それはさっき言っといた。勝手にまわって持ってけば?って。入隊とわかってどうするかは本人次第だし」
「…この寺、潰すんですよね?」
「そう返したと思うが。文には一切ミブロ…“新撰組”入隊について表記がなかったな?まぁやるだけやってみろよ。ウチのは多分、結構お宅らに良い感情はないぞ、なんせ親を殺されているも同然だからな」
「それが好都合なんです」
「…は?」

 伊東は我関せずな顔で襖の先を聞き入る。

「なぁ、」

 邪魔するように声を掛けるが、この男は別に飄々として「はい?」と返事をしてきた。

「…お前らの上、まぁ幕府だよな。それと薩摩は仲が良いからこうなってるんだよな。
 しかし長州とお前らは仲が悪い、のに、長州方の公家と薩摩の侍が話している、その護衛ってのは、どうなってるんだ?」

 藤嶋を敢えて長州方の公家と断定して言ってみる。
 伊東が目を細め「へぇ、」と言ったのも、賭けにしては薄い反応で、読めなかった。

「人目に付かずとここへと、あの公家が言った理由もわかった、そこまではご存じなんですね」

 …当たった、が、急にこちらへ纏い付くような、湿気の帯びる視線にひやっとした。

 この、晴れない靄は一体なんだ。

 出間違ったかと図るこちらに構わず、伊東はふと翡翠に視線で、「聞くか?」とでも言うように襖の奥を促している。

「あまり興味もありまへんが、貴方がこれから寺の子らを客引きするんなら真意を知りたいですね。
 大方わかってらっしゃるんであれば、どうぞ引き役に徹してくださいな。まだいくらか、行き先に迷っとる坊主もいますし」
「…あはは、そう怖い顔を」
「坊主は“死ぬとわかってはならない”んですわ。
 あんたがウチの寺の人を兵として扱うとわかれば、トキさんもわても跳ね除けます。言うてる意味わかりますか?」
「……向こうの言論と引き換えに、と言うことですね。飲み込みが早いのは助かります」
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