Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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霧雨

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 拝啓、届いたきみへ。

 此の手紙は萩の獄舎にて書き候。
 我、政変による脱藩の罪に於いて謹慎の所存。身を以て、我が奇兵隊の離脱の命にて独り、獄舎生活の中ですら、やれ異人との賠償金交渉やらと奔放して参ったが、我が藩主慶親殿も、先の変により官位を剥奪されたと聞き及ぶ。全て、我が獄中にてと歯痒くて仕方がない。
 此の期に勢い余り断髪をした物が同封の束です。
 しかし今筆を取る理由としては、ひとつふたつ如何にしても気に掛かる、まるで喉に小骨が残った事柄が有るからです。

 事変にて京の長州藩邸に被害が少なかった事は不幸中の幸いに思う。
 しかし、僕にはそんな事よりも、本当を云えばひとつの事柄が気になって仕方がない。これは、無理に僕が京へ向かったとしても知れないのではないか、と思う。

 池田屋の折り、我が奇兵隊の吉田稔麿が無念の死を遂げたのは、獄中でも耳に入ってきた。我はその頃、伊藤くんと共に英国への第一回目の交渉をしていた際の訃報だった。
 そして京では間も無くし、俗論派の来島氏の暴走を誰も止められず朝廷へ戦を仕掛け惨敗した、その折に奇兵隊が一人、入江が藩主世子へと言伝てを久坂に頼まれ脱走を謀ったが、失敗したとまでは聞き及ぶ。
 しかしどれ程、誰からも久坂については口を閉ざすのみで所在がわからない。久坂自身は元々手紙を返す質ではないが、周りにまでこうまでされると察しは付く。果たして久坂はその後如何したのかと訊ねたい。
 入江が何を言伝てされたのかも久坂の事、何か重要であるに違いない。
 もし、何か知っている事が有るのならば、後生だと思い教えて頂きたく手紙を書き候。届いたのならば、教えてください。

 不躾克つ早筆で大変失礼致します。

谷 潜蔵 敬具
高杉晋作




 …文にある通り、少しばかり結ばれた髪の束が同封されていた。
 武士の断髪、すなわち彼はもう…鞘に収まったわけか。知らぬうちに。
 だがどうやら未練はあるようだと、朱鷺貴は手紙を読んで考えた。

 自分に、どうしてこれを送ってきたのだろうかと。

 桂にしろ、久坂にしろ…高杉にしろ。各々が孤独に戦い抜いている。

 最期の、土方から渡された久坂玄瑞の句を開いてみた。
 そういえばなと思い立ち、朱鷺貴はその句に手を合わせ経を読んだ。君は、生きて声をちゃんと残したのだ、と。

 「どないしたん?」と翡翠が茶を淹れようかとしたので、「これ…」と、高杉の手紙を渡してみた。

「高杉さん…」

 こちらもどこかで引っ掛かっていた。彼を最後に見た時、酷い有り様だったからだ。

 これは…と、翡翠は黙っていた。今の朱鷺貴にはかなりの心の負荷にあたる。
 知らない名前もあった、内容がどう、とはわからない部分もある、わかった内容ですら酷い有り様だった。

 経を読み終え考える。これは、なんのための戦いだったのか…いや。

「…生きているんだなぁ、高杉は」
「そうですね」
「全く、」

 こんな形の誇示があるのかと、髪をふと持ち翡翠を眺める。なんとも言えぬ表情だが、「生きているんですよ」と翡翠は手紙から目を反らした。

「そうだな。
 彼は再び刀を、抜くつもりなのかもしれない」
「それは…」
「しかし、遺された物だ。坊主には坊主で仕事がある。
 ここも…やっと落ち着いたしな」

 幹斎の葬儀にて、数日は忙しい者が…半数以上になった。

 浮わついていた者達の殆どが壮士に着いて行くこととなり、寺院もどうやら、廃寺が一軒あったそうだ。ぼちぼち、引っ越しの準備をしている。

「…寂しい奴だよな、久坂も、」
「そうですね」
「この声を…あぁは、悠禅に言ったのだが、それでも」
「…トキさん、あの子となんの話したんかて、聞きましたよね」

 ふふ、と笑った翡翠は「似たような話ですよ」と言った。

「そうか」
「…人は生き死にを繰り返す、やったっけ。というか、こうも切に書かれると、胸に来ますなぁ…」
「本当にな…震えそうだったよ、読んでいて。これくらい利己的でも、まぁ、いいよなぁ?」

 そう訊ねられ…あれ、この人がこうやってわてに訊ねてきたこと、いままでにあったかしら、と考える。この、困ったような微妙な笑顔。

「届いてしまった、知ってしまったならしょうもないやろ。…大事ない大事ない、押し付けというより、お返しですから」
「…そうだよなぁ。
 じゃ、書くか。また身構えそうだが」
「わてが書きましょか?わても“届いたきみ”やけど」
「…まぁ、書きたくば。髪でも送っとくか?」
「トキさんはどうです?わては坊主になったときにしますわ。まぁ、まずは茶を淹れましょ」

 翡翠はそう言って部屋を出る。

 とは言っても、やはり口下手なのだ。
 紙に向かうが案外言葉も思い浮かばず、「驚きばかりで」だなんて書き連ねるが、まぁ、相手もそれで問題ないだろう。

 書くこともなかったしと、翡翠が淹れた茶を飲みながら、何を残すのかと中身をちらちら眺めるも、やはりそれほどないらしい。ちなみに、何枚も、ではなく、同じ紙に書いた。
 並べてみると、女子のような字を書くものだなこいつは、と少し思ったりした。
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