86 / 129
霧雨
2
しおりを挟む
「トキさんを憎んでやってください。あん人、言ってました。
ひとつに絞れば怨念、崇拝も籠りやすいが、本当はその先に神さんがいるんやて」
「…いえ、」
そう言って立ち上がった悠禅は幹斎の棺に寄り、「憎みませんよ、」と言って眺める。
「忘れませんし、捨てません。何もかも」
「…強いですなぁ」
「おおきに、と…翡翠さん、貴方も」
「ええ」
頑張る子は、少し心配なんですよ。何か、ピンと切れてしまいそうで。
まぁまぁお茶を飲みなさいと一度座らせておく。
では、と悠禅は言った。
「貴方だって、もう、殺し屋なんかじゃないでしょう?」
「…まぁ、そうやけど」
「気張りましょう、お互い」
そうして朱鷺貴が淹れた、意外に旨い茶を飲み、幹斎の葬儀は終了した。
どんな話をしたんだ?と何気なく朱鷺貴は翡翠に聞いてみたが、「男の話は内緒です」と返ってくる。
挨拶変わりのようなものだったので、そうも返ってくるとは思わなかった。
「じゃぁ、男の話をするが…」
朱鷺貴はそう、切り出した。
「…戦の話は聞いたか?」
「え、坊主がそれを聞くん?いえ、えらい焼けたとしか…。親慧殿はどうやら、長州の残兵を匿ったのをミブロに勘付かれそうだと言うとりましたが」
「あぁ…匿ったのか…なるほど…。
とは言いつつ、藤嶋の話だが、藤嶋はどうやら今回久坂が侵入した鷹司家と関わりがあると聞いた」
「久坂さんの…読みましたよ。あれは、何故?」
「土方が渡してきた。恐らく幹斎が持っていたんだと思うが」
「……思い出しますなぁ、縁側で酒を飲んだ」
「そうだな…」
ただそれだけの間柄だが、やはり顔を見知ってしまうと感慨する。
「…それが、何故藤嶋さんと?確かに公家だとわかりましたけれども」
「久坂が侵入した鷹司の元当主は確かに長州派だったようだ。藩邸もすぐ近くにあるらしい。火事で逃げ仰せたと聞いたが、どうもそれと藤嶋は違う人物で」
「…藤嶋さんはわてを拾ったとき、京所司代と名乗りましたが」
「…京所司代?」
「しかし、不思議なんです。わては和泉の刑場で代官を手に掛けました。
最近思っとったんです、和泉に何故?と」
「…それ、どれくらいの頃だ?」
「えぇっと…8年前…やね。ペルリが二回目に」
「…8年前…。
その頃俺は幹斎に付き回っていたがちょっと待て、確か…その頃…京所司代の転換期だったかも、」
「隠居するって」
「いや、そうじゃなかった気がする。確か、その所司代は出世まっしぐらで…しかも、しかもな、ミブロはやつを藤原と呼んだ」
「…藤原?」
「貴族で藤原といえば真っ先に万葉集が浮かんだ。
だが、藤原家は今や無い。かなり分派はしているようだが…つまり形を成していない…はず、と思う…こっちも寺だがあっちは神社、しかも天皇家だ、檀家を把握出来ないから戯れ言かもしれないが…。
普通に考えればその場合、藤原家の末裔が女で、鷹司家に嫁いだのかなと」
「……え?
…あれには逸物、付いとりますよ。見た目もおっさんやないですか」
間。
気にしないことにしようと「まぁどうだって良いんだけど」と朱鷺貴は進める。
「藤嶋は幹斎とは同じ門下らしいというのは…耳の件で…なんとなく会話とか…?雰囲気でそう解釈していたけど、それは合っていたらしい」
「トキさん、というか寝た方が」
「いや、これだけは話しておこうかと」
「…わかりました。
昔、藤嶋さんがわてに言うたことがあります。どうしても殺したい男がいた、それは父親だと」
思い出す。
枕詞だと思っていたが。
「まぁ、公家は殆ど同じ血縁だ。前天皇も確かなかなか子宝に恵まれなく、やっといまの天皇がと、」
「将軍家と似てますよね、つまり」
「まぁ、そうだな」
「井伊直弼の」
「思い出した!」
朱鷺貴は遮り、「京所司代はそんな名前じゃなかったな!」と。
「寺社をやっていると町人よりも話は聞くからな。
名前は忘れたが確か醤油だ、醤油を各地に売り歩いていたんだ。不在の時期が長くて京の者からは評判も良くなかったし、そのわりには記憶に残る名前じゃない」
「じゃぁ、丁度良いしそう名乗った。
なるほど、そんならなんかようわからんくても和泉の役所はわてから手を引ける…」
「うーん…鷹司家…ちなみに今回で待遇は悪くなったようだが藤嶋は我関せずな様子で」
「ホンマにそうなら元当主やれて…わざわざそう、母方?なんかな…まぁ、無い名で呼ばれんよね」
「ミブロ凄いな……天皇家を把握しているのかな…」
「うーん……」
謎は深まったが、確かに寝ていない。頭もまわらないしなと、「寝るわ…」と朱鷺貴は告げる。
「…気になるなら歩きまわりましょか?」
「いや、いい。本人は隠していないらしいし聞けば返答が返ってきそうな…」
「そのわりに…わては枕詞すら知らないし変名を名乗ってる、わけですよね?藤嶋宮治」
間。
二人揃って「あれ、」だの「治す?」だのと始まってしまう。
「あ、治すって書くんだ」
「意味があるんかわからんけど……」
「え、何、怖いんだけどまさか次のを…」
二人揃って「寝よ寝よ!」になった。
…ずっと、変な感じ、つまり“穢れ”ていた部分。
「…怖いなぁ。なんか、長州側に金出すだのなんだの、逃げた方な、元当主の。そう言ってたらしいんだよね…」
「言いそうで怖いけどあん人、金遣いは意外と厳しいで…」
部屋に戻り喪服から着替える。
ひとつに絞れば怨念、崇拝も籠りやすいが、本当はその先に神さんがいるんやて」
「…いえ、」
そう言って立ち上がった悠禅は幹斎の棺に寄り、「憎みませんよ、」と言って眺める。
「忘れませんし、捨てません。何もかも」
「…強いですなぁ」
「おおきに、と…翡翠さん、貴方も」
「ええ」
頑張る子は、少し心配なんですよ。何か、ピンと切れてしまいそうで。
まぁまぁお茶を飲みなさいと一度座らせておく。
では、と悠禅は言った。
「貴方だって、もう、殺し屋なんかじゃないでしょう?」
「…まぁ、そうやけど」
「気張りましょう、お互い」
そうして朱鷺貴が淹れた、意外に旨い茶を飲み、幹斎の葬儀は終了した。
どんな話をしたんだ?と何気なく朱鷺貴は翡翠に聞いてみたが、「男の話は内緒です」と返ってくる。
挨拶変わりのようなものだったので、そうも返ってくるとは思わなかった。
「じゃぁ、男の話をするが…」
朱鷺貴はそう、切り出した。
「…戦の話は聞いたか?」
「え、坊主がそれを聞くん?いえ、えらい焼けたとしか…。親慧殿はどうやら、長州の残兵を匿ったのをミブロに勘付かれそうだと言うとりましたが」
「あぁ…匿ったのか…なるほど…。
とは言いつつ、藤嶋の話だが、藤嶋はどうやら今回久坂が侵入した鷹司家と関わりがあると聞いた」
「久坂さんの…読みましたよ。あれは、何故?」
「土方が渡してきた。恐らく幹斎が持っていたんだと思うが」
「……思い出しますなぁ、縁側で酒を飲んだ」
「そうだな…」
ただそれだけの間柄だが、やはり顔を見知ってしまうと感慨する。
「…それが、何故藤嶋さんと?確かに公家だとわかりましたけれども」
「久坂が侵入した鷹司の元当主は確かに長州派だったようだ。藩邸もすぐ近くにあるらしい。火事で逃げ仰せたと聞いたが、どうもそれと藤嶋は違う人物で」
「…藤嶋さんはわてを拾ったとき、京所司代と名乗りましたが」
「…京所司代?」
「しかし、不思議なんです。わては和泉の刑場で代官を手に掛けました。
最近思っとったんです、和泉に何故?と」
「…それ、どれくらいの頃だ?」
「えぇっと…8年前…やね。ペルリが二回目に」
「…8年前…。
その頃俺は幹斎に付き回っていたがちょっと待て、確か…その頃…京所司代の転換期だったかも、」
「隠居するって」
「いや、そうじゃなかった気がする。確か、その所司代は出世まっしぐらで…しかも、しかもな、ミブロはやつを藤原と呼んだ」
「…藤原?」
「貴族で藤原といえば真っ先に万葉集が浮かんだ。
だが、藤原家は今や無い。かなり分派はしているようだが…つまり形を成していない…はず、と思う…こっちも寺だがあっちは神社、しかも天皇家だ、檀家を把握出来ないから戯れ言かもしれないが…。
普通に考えればその場合、藤原家の末裔が女で、鷹司家に嫁いだのかなと」
「……え?
…あれには逸物、付いとりますよ。見た目もおっさんやないですか」
間。
気にしないことにしようと「まぁどうだって良いんだけど」と朱鷺貴は進める。
「藤嶋は幹斎とは同じ門下らしいというのは…耳の件で…なんとなく会話とか…?雰囲気でそう解釈していたけど、それは合っていたらしい」
「トキさん、というか寝た方が」
「いや、これだけは話しておこうかと」
「…わかりました。
昔、藤嶋さんがわてに言うたことがあります。どうしても殺したい男がいた、それは父親だと」
思い出す。
枕詞だと思っていたが。
「まぁ、公家は殆ど同じ血縁だ。前天皇も確かなかなか子宝に恵まれなく、やっといまの天皇がと、」
「将軍家と似てますよね、つまり」
「まぁ、そうだな」
「井伊直弼の」
「思い出した!」
朱鷺貴は遮り、「京所司代はそんな名前じゃなかったな!」と。
「寺社をやっていると町人よりも話は聞くからな。
名前は忘れたが確か醤油だ、醤油を各地に売り歩いていたんだ。不在の時期が長くて京の者からは評判も良くなかったし、そのわりには記憶に残る名前じゃない」
「じゃぁ、丁度良いしそう名乗った。
なるほど、そんならなんかようわからんくても和泉の役所はわてから手を引ける…」
「うーん…鷹司家…ちなみに今回で待遇は悪くなったようだが藤嶋は我関せずな様子で」
「ホンマにそうなら元当主やれて…わざわざそう、母方?なんかな…まぁ、無い名で呼ばれんよね」
「ミブロ凄いな……天皇家を把握しているのかな…」
「うーん……」
謎は深まったが、確かに寝ていない。頭もまわらないしなと、「寝るわ…」と朱鷺貴は告げる。
「…気になるなら歩きまわりましょか?」
「いや、いい。本人は隠していないらしいし聞けば返答が返ってきそうな…」
「そのわりに…わては枕詞すら知らないし変名を名乗ってる、わけですよね?藤嶋宮治」
間。
二人揃って「あれ、」だの「治す?」だのと始まってしまう。
「あ、治すって書くんだ」
「意味があるんかわからんけど……」
「え、何、怖いんだけどまさか次のを…」
二人揃って「寝よ寝よ!」になった。
…ずっと、変な感じ、つまり“穢れ”ていた部分。
「…怖いなぁ。なんか、長州側に金出すだのなんだの、逃げた方な、元当主の。そう言ってたらしいんだよね…」
「言いそうで怖いけどあん人、金遣いは意外と厳しいで…」
部屋に戻り喪服から着替える。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
Get So Hell? 2nd!
二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末。
For full sound hope,Oh so sad sound.
※前編 Get So Hell?
※過去編 月影之鳥
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
綾衣
如月
歴史・時代
舞台は文政期の江戸。柏屋の若旦那の兵次郎は、退屈しのぎに太鼓持ちの助八を使って、江戸城に男根の絵を描くという、取り返しのつかない悪戯を行った。さらには退屈しのぎに手を出した、名代の綾衣という新造は、どうやらこの世のものではないようだ。やがて悪戯が露見しそうになって、戦々恐々とした日々を送る中、兵次郎は綾衣の幻想に悩まされることになる。岡本綺堂の「川越次郎兵衛」を題材にした作品です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜
雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。
そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。
これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。
主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美
※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。
※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。
※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる