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弾丸
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はっと、あの日の血塗られた父の姿が思い浮かんだが、間もなくして「ふっ、」と幹斎が、脇の骨の下あたりに刃を入れ少し前屈みになった。
慌てたように沖田が刃を持つが、「前に倒れたら無理だろ」と藤嶋の声がする。
はぁはぁ、ぜえぜえしながらも予想よりは多分軽い、縛りを斬ったのみだろうが、確かに一本、腹から血が出ていた。
目すら、背けることが出来ない。
くっと刃を抜いた幹斎は次に胃の腑辺りにぐっと、先程より力を入れたのが見て取れる、一気に手が血塗れになり更に前に屈んだが最期、「くあっ…っ」と抜きそれを、下っ腹に入れ一気に一字を書いて刀が転がった。
前に倒れ込んだ幹斎はふっと上は向いている気がする、が、目が合ったかどうかはわからなかった。
夏の暑さと生温い、湿った空気。
その場にいた誰もが間を持ち硬直したが、ぽそっと言った藤嶋の「逝ったか、幹斎」という一言に、あぁ、目すら合わなかったんだなと、本当は崩れ落ちる心境だった。
しかし朱鷺貴は正座をし、数珠を取った。
これが陰陽説ならばと…、じゃらじゃら、じゃらじゃらと数珠を擦り経を読む。
誰の為の経なのか、最早わからないままに。
寺、潰すよ。悪いけど。あんたが積み重ねた徳は、押し付けられるくらいなら、水に流してしまいたいのに。
真言の経は長いと言われている。せいぜい般若心経にしようと思い終えれば、ふと沖田が本堂を見、「あ、あの子…」と言った。
それだけで察した。
朱鷺貴はあたりも…顔は見れずと見回した。
「…新撰組諸君、手間を掛けさせて悪かった。
ウチの寺で葬儀をしようと思うんだが、」
はっとしたように土方が横目で「これを運ぼうってのか」と言う。
「…もう一つ我が儘が通るなら、この寺に卒塔婆と墨があるだろう。沖田くん、ついでに拝借したい、お願い出来るかな。俺が戒名を与えようと思う。
自死という大罪人に最高層から官位を落として」
「…卒塔婆ね」
沖田はただ、若い物言いだった。
「私には武士も坊主もわからない。だから言うけどあんた、鬼のような坊主だと思うよ」
沖田は土方を見、土方が頷いたので、こちらを眺めているかは不明だが、動いてくれたようだった。
「担架も布も要るな…」
その場で言った土方に言ったわけではないが、ついつい口から「少しで良いから静かにしてくれ」と溢れていた。
どうやら藤嶋も土方と去ったようで、改めて幹斎の死骸を眺めた。
その場に転げた血塗れの脇差しを拾い、沖田が介錯の清め用に桶へ組んでいた水で血を洗う。
遺髪か。
自分の頭で思い付くことなど至って少ない。だが、坊主だ。
陽にも隠れたこの地面から見上げる師の光彩は、どんな色を見たのか考える。お前は…貴方は俺に何も遺しはしなかった。
あぁそうだと、脇差しの鞘が見え、これも血を落としておいた。
……何が、耐えられなかっただ、この野郎が。
担架と布を持ってきた土方藤嶋、土方の方へその鞘を渡し、「あの小坊主へ渡しといてくれ」と伝えた。
「…小坊主?」
「ウチから来たろ?これの小姓だったんだよ。これに付いてすぐに山登っちまったから、悔いていた。あまり共にいて面倒を見れなかったと」
「…南條、お前…」
「鞘なら人を殺せはしない。そう…こいつが教えたとでも言っといてくれれば幸いだが…まぁ、俺からは「人は何か一つに的を絞り執着をすると恨みも何もかも籠りやすい、だから坊主がいて先に神がいる」とでも」
「自分では言わねぇのか」
「言えるわけねぇだろ、合わせる顔がない」
「…んな長ぇ説法、覚えてたらな」
後は、沖田が卒塔婆を持ってきてくれた。ついでに、刀用の紙と。
血塗れになりながら担架に幹斎を乗せればもう、臓物も出ていた。
まるで杉田玄白の解体新書だな、確かにこれじゃあ、人目に晒し運べないと、言い出しっぺの土方に、條徳寺まで運ぶのを手伝えと頼んだ。
布を被せ、三人で宇治まで歩いて行く。
壬生浪と血塗れの坊主と言う出で立ちと担架という時点で、誰も彼もが不気味がっていたが、そんなことはどうでもよかった。
條徳寺に近付くまでは互いに無言だったが、土方は一言、「…難儀な性格だな」と言った。
「まぁ、わかる。
…こんな時になんだが、立派だと思うよ。首が落ちねぇくらいには」
そうか。武士がそう言うのか。
最後、寺の前で正直に「優しいもんだな」と言い返しておいた。
前まで来れば寺に残っていた坊主達が現れ、騒ぎ始める。
「すまなかったな。
では副長、公務を頑張ってくれ」
坊主達が「何事か…!」と土方と変わり、土方は帰って行く…血の色を纏って。
顔を覗いた光正が腰を抜かし、誰か小姓が「壮士様を!」と走り回る。
「どういうことか……」
抜かした腰を上げ本堂まで運ぶ光正にただ、「長州戦争荷担の罪にて切腹だそうです」と冷静に答える自分が遠い。
…これかもしれないな、翡翠の言う、「たまに遠くにいて…」というのは。
泣いた自分が上から見下ろしている気がしている。
なのに地に足を付けた自分は、本当のところ悲しめないし、悲しいかすらわからないのだ。
慌てたように沖田が刃を持つが、「前に倒れたら無理だろ」と藤嶋の声がする。
はぁはぁ、ぜえぜえしながらも予想よりは多分軽い、縛りを斬ったのみだろうが、確かに一本、腹から血が出ていた。
目すら、背けることが出来ない。
くっと刃を抜いた幹斎は次に胃の腑辺りにぐっと、先程より力を入れたのが見て取れる、一気に手が血塗れになり更に前に屈んだが最期、「くあっ…っ」と抜きそれを、下っ腹に入れ一気に一字を書いて刀が転がった。
前に倒れ込んだ幹斎はふっと上は向いている気がする、が、目が合ったかどうかはわからなかった。
夏の暑さと生温い、湿った空気。
その場にいた誰もが間を持ち硬直したが、ぽそっと言った藤嶋の「逝ったか、幹斎」という一言に、あぁ、目すら合わなかったんだなと、本当は崩れ落ちる心境だった。
しかし朱鷺貴は正座をし、数珠を取った。
これが陰陽説ならばと…、じゃらじゃら、じゃらじゃらと数珠を擦り経を読む。
誰の為の経なのか、最早わからないままに。
寺、潰すよ。悪いけど。あんたが積み重ねた徳は、押し付けられるくらいなら、水に流してしまいたいのに。
真言の経は長いと言われている。せいぜい般若心経にしようと思い終えれば、ふと沖田が本堂を見、「あ、あの子…」と言った。
それだけで察した。
朱鷺貴はあたりも…顔は見れずと見回した。
「…新撰組諸君、手間を掛けさせて悪かった。
ウチの寺で葬儀をしようと思うんだが、」
はっとしたように土方が横目で「これを運ぼうってのか」と言う。
「…もう一つ我が儘が通るなら、この寺に卒塔婆と墨があるだろう。沖田くん、ついでに拝借したい、お願い出来るかな。俺が戒名を与えようと思う。
自死という大罪人に最高層から官位を落として」
「…卒塔婆ね」
沖田はただ、若い物言いだった。
「私には武士も坊主もわからない。だから言うけどあんた、鬼のような坊主だと思うよ」
沖田は土方を見、土方が頷いたので、こちらを眺めているかは不明だが、動いてくれたようだった。
「担架も布も要るな…」
その場で言った土方に言ったわけではないが、ついつい口から「少しで良いから静かにしてくれ」と溢れていた。
どうやら藤嶋も土方と去ったようで、改めて幹斎の死骸を眺めた。
その場に転げた血塗れの脇差しを拾い、沖田が介錯の清め用に桶へ組んでいた水で血を洗う。
遺髪か。
自分の頭で思い付くことなど至って少ない。だが、坊主だ。
陽にも隠れたこの地面から見上げる師の光彩は、どんな色を見たのか考える。お前は…貴方は俺に何も遺しはしなかった。
あぁそうだと、脇差しの鞘が見え、これも血を落としておいた。
……何が、耐えられなかっただ、この野郎が。
担架と布を持ってきた土方藤嶋、土方の方へその鞘を渡し、「あの小坊主へ渡しといてくれ」と伝えた。
「…小坊主?」
「ウチから来たろ?これの小姓だったんだよ。これに付いてすぐに山登っちまったから、悔いていた。あまり共にいて面倒を見れなかったと」
「…南條、お前…」
「鞘なら人を殺せはしない。そう…こいつが教えたとでも言っといてくれれば幸いだが…まぁ、俺からは「人は何か一つに的を絞り執着をすると恨みも何もかも籠りやすい、だから坊主がいて先に神がいる」とでも」
「自分では言わねぇのか」
「言えるわけねぇだろ、合わせる顔がない」
「…んな長ぇ説法、覚えてたらな」
後は、沖田が卒塔婆を持ってきてくれた。ついでに、刀用の紙と。
血塗れになりながら担架に幹斎を乗せればもう、臓物も出ていた。
まるで杉田玄白の解体新書だな、確かにこれじゃあ、人目に晒し運べないと、言い出しっぺの土方に、條徳寺まで運ぶのを手伝えと頼んだ。
布を被せ、三人で宇治まで歩いて行く。
壬生浪と血塗れの坊主と言う出で立ちと担架という時点で、誰も彼もが不気味がっていたが、そんなことはどうでもよかった。
條徳寺に近付くまでは互いに無言だったが、土方は一言、「…難儀な性格だな」と言った。
「まぁ、わかる。
…こんな時になんだが、立派だと思うよ。首が落ちねぇくらいには」
そうか。武士がそう言うのか。
最後、寺の前で正直に「優しいもんだな」と言い返しておいた。
前まで来れば寺に残っていた坊主達が現れ、騒ぎ始める。
「すまなかったな。
では副長、公務を頑張ってくれ」
坊主達が「何事か…!」と土方と変わり、土方は帰って行く…血の色を纏って。
顔を覗いた光正が腰を抜かし、誰か小姓が「壮士様を!」と走り回る。
「どういうことか……」
抜かした腰を上げ本堂まで運ぶ光正にただ、「長州戦争荷担の罪にて切腹だそうです」と冷静に答える自分が遠い。
…これかもしれないな、翡翠の言う、「たまに遠くにいて…」というのは。
泣いた自分が上から見下ろしている気がしている。
なのに地に足を付けた自分は、本当のところ悲しめないし、悲しいかすらわからないのだ。
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