74 / 129
不垢不浄
5
しおりを挟む
「まぁ、そうなるよなぁ」
「は、」
「えっとー…はい、あのー…ずーっとひたすらわからないままここまで来てるんで兎に角俺はどうしたらいいんですかね」
「うむ。
と、いうわけだ佐久間象山」
「は?」
「言っていなかったがこれの師匠は先日殺害された池内大学の門下だ」
「は……」
どうやら佐久間の勢いは一瞬飛んだらしい。
が、「あれは朝廷側の人間です」とまた巻き返した。
慶喜はふっと袖から扇子を出し「まあまあ」と、お得意に制した。
「我も朝廷側の人間には違いないぞ。
義父…と言っても年下だが将軍様の正室は紛れもなく孝明様の妹君、はは、不思議だな我の義母に当たる」
「ま、まぁ…」
「親の願いが攘夷、その先に開国があるとは…それが出来たら苦労はしないが、我を推してくれたからこそ言おう、貴殿の主君は真田幸貫だな?」
「そうですが、それが何か」
「我はな、はっきり言おう。この徳川を終わらせるために今ここにいるのだ」
場が、しんとした。
その威圧は確かに、上級なもので。
「…っ待ってください慶喜公。そうではない、そんな小さな話ではなく、」
「何を言う?300年が終わるのだぞ」
ふっ、と黙った佐久間は間を持った後、勢いよく立ち上がり「それでは逃げではないか!」と断定将軍に言い放った。
……すげぇっ。
しかし、しんと静かに目を瞑った慶喜は「逃げでも構わん」と諭すように言った。
「誰が誰のためにどうだと内輪揉めするのはこの長さが良くなかった、違うか?国民を守る為に政治を捨てる、何が悪いのか。我は、一国の王に支えるただの軍兵だ。
…貴様らがそうしてきたのではないか」
黙った。
…慶喜もよく見れば疲れた顔だ。
そうか、これは飽きたのだ、恐らく。
「大体、我がそうすれば貴殿の言うところの開国は目の前ではないか」
「…そのために学ばねば、意味がわからないままでは」
「わかっている、馬鹿にするな。そのうえで言うのだ」
…14代の世継ぎ問題は確かに大変だったと聞いていて、巡業中にそれが濃く認識に染みた。
なるほど。逆説か。
恐らくこの将軍は今後、称賛されない。
だがそもそも、将軍を代々称賛してきた者などいたのだろうか。
確かに、徳川家で揉めているようではという根本はわかるような気がした。
なるほどな、時勢。勉強させてもらった。
手綱ではない。財布の紐の話だ、これは。漸く藤嶋が言うこともわかってきた。
「それにしては、大分勝手な話ですね、互いに」
つい口から出た、いや、出した。
それに慶喜は「そうだな」と悟るように言う。
この男も、始めから舞台に乗せられただけの、ただの人間なのだ。
「終わるという勇気は、確かに買いますけれどね。あんたは流されず嫌われる方を選んだ、と」
「………」
「人は矛先を作ります。こう無差別に、何も知らない俺に聞かせて良い話だったんですか?」
「……一石二鳥かと。まぁ、我の中で疑惑やらを晴らし、確信したから良い」
「そうですか、では帰って寝たいです。
そうだ、報告を聞いたって、昨日の件ですか」
「ああ。
安心しろ、帰りの駕籠はこれの息子、新撰組の隊士だ、つまり、そういうこと」
「シンセングミ?」
「あぁそうか。君たちが壬生浪士組と呼んでいた者達だ。さっき我が」
「…そんな名前になったんですか?」
「あぁ」
…自己完結も凄いなこの人。揺らぎないのもまた凄い。
が、つい「ははは、」と笑ってしまった。
「…ご立派で」
汚れ役にしては、少々人間臭いな。まぁ、どっかの誰かさんもそうだったけど。
話はそれで終了、と、語らずとそうなった。帰りは目隠しもない。ここまで来てしまえば確かにもう、隠す意味もないだろう。
こんな高尚な場所に来ることは恐らく人生に二度はないし、断定将軍に会うこともないだろう。
だから、ぶっちゃけて聞いてみた。
「…それほど悪いのですか」
これは一応、佐久間の耳には届かないように、帰りだ。
「…坊主なら聞き覚えがあると思ったのだが」
「まぁ、一般人では“職”ではないですけどね」
「気の毒な人だよ。無理矢理まわりの爺達に引っ張り上げられたかと思えばと…まぁあまり話せない」
「良いですよ、怖いんで」
「くれぐれも」
「そちらこそ」
確かに、行きではわからなかった。その護衛は猿顔だった。
…しかし、あのクソジジイめ。
こんなところで名を聞くとは、とんでもないようだな、全く聞いたことがなかった。
それは、坊主故の由来だと思っていた。大抵、寺の者達は自分の話を互いにしない。
それにしては…何故だろう、随分寂しいな。あれがなんと答えるかはわからないが、自分はそれほどまでに信用もされていなかったのか…。
いや、その方がマシなのかもしれない。
これがもし、あれの利己なのだとしたら、どこまでも許せなくなりそうで…先がないから良い、本当にその通りだ。
どうして話してくれなかったのかとぶつけるにはあまりに遠かった。
自分も勝手なのだ。ただ、1度花札をしただけの相手に実の親の面倒事を押し付けた。報いは自分にも、あれと同じだけある。
勝手にそれから「義父」と名を付けてしまっただなんて。
本当だったら今頃言いたかったな、馬鹿野郎と。
先がない不安、先が見えた切なさ。この穢れは多分、あんたもう戻って来れないよ。
照見五蘊皆空。
幹斎は昔言った、『お前の五臓六腑はその染みを見つけるのに優れるのかもしれぬな、貴之殿』と。だから、直感がそう言った。
「確かに、自意識過剰だよ」
一人言だった。あの日、幹斎と碁を打ったのを思い出す。
『…それでいいのだ貴之よ』
駕籠で景色は見えなかった。ただ、思い出しただけの風景。
「は、」
「えっとー…はい、あのー…ずーっとひたすらわからないままここまで来てるんで兎に角俺はどうしたらいいんですかね」
「うむ。
と、いうわけだ佐久間象山」
「は?」
「言っていなかったがこれの師匠は先日殺害された池内大学の門下だ」
「は……」
どうやら佐久間の勢いは一瞬飛んだらしい。
が、「あれは朝廷側の人間です」とまた巻き返した。
慶喜はふっと袖から扇子を出し「まあまあ」と、お得意に制した。
「我も朝廷側の人間には違いないぞ。
義父…と言っても年下だが将軍様の正室は紛れもなく孝明様の妹君、はは、不思議だな我の義母に当たる」
「ま、まぁ…」
「親の願いが攘夷、その先に開国があるとは…それが出来たら苦労はしないが、我を推してくれたからこそ言おう、貴殿の主君は真田幸貫だな?」
「そうですが、それが何か」
「我はな、はっきり言おう。この徳川を終わらせるために今ここにいるのだ」
場が、しんとした。
その威圧は確かに、上級なもので。
「…っ待ってください慶喜公。そうではない、そんな小さな話ではなく、」
「何を言う?300年が終わるのだぞ」
ふっ、と黙った佐久間は間を持った後、勢いよく立ち上がり「それでは逃げではないか!」と断定将軍に言い放った。
……すげぇっ。
しかし、しんと静かに目を瞑った慶喜は「逃げでも構わん」と諭すように言った。
「誰が誰のためにどうだと内輪揉めするのはこの長さが良くなかった、違うか?国民を守る為に政治を捨てる、何が悪いのか。我は、一国の王に支えるただの軍兵だ。
…貴様らがそうしてきたのではないか」
黙った。
…慶喜もよく見れば疲れた顔だ。
そうか、これは飽きたのだ、恐らく。
「大体、我がそうすれば貴殿の言うところの開国は目の前ではないか」
「…そのために学ばねば、意味がわからないままでは」
「わかっている、馬鹿にするな。そのうえで言うのだ」
…14代の世継ぎ問題は確かに大変だったと聞いていて、巡業中にそれが濃く認識に染みた。
なるほど。逆説か。
恐らくこの将軍は今後、称賛されない。
だがそもそも、将軍を代々称賛してきた者などいたのだろうか。
確かに、徳川家で揉めているようではという根本はわかるような気がした。
なるほどな、時勢。勉強させてもらった。
手綱ではない。財布の紐の話だ、これは。漸く藤嶋が言うこともわかってきた。
「それにしては、大分勝手な話ですね、互いに」
つい口から出た、いや、出した。
それに慶喜は「そうだな」と悟るように言う。
この男も、始めから舞台に乗せられただけの、ただの人間なのだ。
「終わるという勇気は、確かに買いますけれどね。あんたは流されず嫌われる方を選んだ、と」
「………」
「人は矛先を作ります。こう無差別に、何も知らない俺に聞かせて良い話だったんですか?」
「……一石二鳥かと。まぁ、我の中で疑惑やらを晴らし、確信したから良い」
「そうですか、では帰って寝たいです。
そうだ、報告を聞いたって、昨日の件ですか」
「ああ。
安心しろ、帰りの駕籠はこれの息子、新撰組の隊士だ、つまり、そういうこと」
「シンセングミ?」
「あぁそうか。君たちが壬生浪士組と呼んでいた者達だ。さっき我が」
「…そんな名前になったんですか?」
「あぁ」
…自己完結も凄いなこの人。揺らぎないのもまた凄い。
が、つい「ははは、」と笑ってしまった。
「…ご立派で」
汚れ役にしては、少々人間臭いな。まぁ、どっかの誰かさんもそうだったけど。
話はそれで終了、と、語らずとそうなった。帰りは目隠しもない。ここまで来てしまえば確かにもう、隠す意味もないだろう。
こんな高尚な場所に来ることは恐らく人生に二度はないし、断定将軍に会うこともないだろう。
だから、ぶっちゃけて聞いてみた。
「…それほど悪いのですか」
これは一応、佐久間の耳には届かないように、帰りだ。
「…坊主なら聞き覚えがあると思ったのだが」
「まぁ、一般人では“職”ではないですけどね」
「気の毒な人だよ。無理矢理まわりの爺達に引っ張り上げられたかと思えばと…まぁあまり話せない」
「良いですよ、怖いんで」
「くれぐれも」
「そちらこそ」
確かに、行きではわからなかった。その護衛は猿顔だった。
…しかし、あのクソジジイめ。
こんなところで名を聞くとは、とんでもないようだな、全く聞いたことがなかった。
それは、坊主故の由来だと思っていた。大抵、寺の者達は自分の話を互いにしない。
それにしては…何故だろう、随分寂しいな。あれがなんと答えるかはわからないが、自分はそれほどまでに信用もされていなかったのか…。
いや、その方がマシなのかもしれない。
これがもし、あれの利己なのだとしたら、どこまでも許せなくなりそうで…先がないから良い、本当にその通りだ。
どうして話してくれなかったのかとぶつけるにはあまりに遠かった。
自分も勝手なのだ。ただ、1度花札をしただけの相手に実の親の面倒事を押し付けた。報いは自分にも、あれと同じだけある。
勝手にそれから「義父」と名を付けてしまっただなんて。
本当だったら今頃言いたかったな、馬鹿野郎と。
先がない不安、先が見えた切なさ。この穢れは多分、あんたもう戻って来れないよ。
照見五蘊皆空。
幹斎は昔言った、『お前の五臓六腑はその染みを見つけるのに優れるのかもしれぬな、貴之殿』と。だから、直感がそう言った。
「確かに、自意識過剰だよ」
一人言だった。あの日、幹斎と碁を打ったのを思い出す。
『…それでいいのだ貴之よ』
駕籠で景色は見えなかった。ただ、思い出しただけの風景。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
Get So Hell? 2nd!
二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末。
For full sound hope,Oh so sad sound.
※前編 Get So Hell?
※過去編 月影之鳥
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜
雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。
そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。
これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。
主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美
※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。
※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。
※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。
陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――
黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。
一般には武田勝頼と記されることが多い。
……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。
信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。
つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。
一介の後見人の立場でしかない。
織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。
……これは、そんな悲運の名将のお話である。
【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵
【注意】……武田贔屓のお話です。
所説あります。
あくまでも一つのお話としてお楽しみください。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる