Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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不垢不浄

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 叫びそうなわりに不思議だ、本当に言葉が出ない。

 南無妙法蓮華経と、思い付く限りの経をガタガタしながら心中で唱えていた。
 何種類を何周唱えたかわからなくなった頃、漸く駕籠からは降ろされたが、まだ目隠しのまま。

 誰かの手を借りながらどこか…。
 足袋越しの床の質感、そして匂い。これは結構広く上等な建物だとは、わかった。
 香、そして漆塗りか、兎に角、そんな匂いと滑る足触りの廊下。

 少し歩いた矢先、やっと目隠しが外された。

 まるで…予想だにしていなかったような。
 広い部屋、屏風、上等な欄間、自分の知らないうちにどこへ移動したのか…言葉をなくしっぱなしだった。

 そんな中にポツンと一人…確かに上等な着物だがそれでも場に似つかわしくない…自分の側に将軍(断定)がいるからだけではないだろう、昨日の後家人よりもこじんまりとした男が座っていた。

「待たせた、忝ない」

 その男が振り向き「おぉ、一橋殿」と自然に言った、猿顔だった。

 猿顔は朱鷺貴を眺め「誰ですかその浪人は」と首を傾げる。

 …突っ込みたいところが沢山ありすぎるが我慢、というか混乱中。

「友人だが何か問題が?
 貴殿の話を聞いてな。佐久間象山と言ったか」
「さ、」

 いやお前とは友人じゃねぇよというのもすっ飛び、佐久間象山!?と、もう何が何やら。
 断定将軍は目配せで「まぁ座れ」という態度。

 これがあの佐久間象山かと思えば「まぁ、別に構わんが」と、確かに無礼な態度ではあった。

 断定将軍が佐久間の前に座るとしかし、その態度を改め両手を付き「此度はお時間を頂き有り難く」と頭を下げて口上を延べる。

「まさかお会い出来るとは思いませんでしたが…」
「祇園でこちらに参っていた。江戸の方が近かっただろう、わざわざ呼びつけてすまない、ご苦労だ」
「此度は家茂公の後見職ご就任、誠に」
「建前は良い。それで、将軍への要望とも、聞いたのだが」
「はい、では、忝なく…。
 慶喜公、貴殿は黒船がどのようにして日本へ来たかご存じか」

 「は?」と慶喜が言ったのと同時に朱鷺貴も「は?」と思った。
 一体どうしたんだ、この人は。

「あれはですね慶喜公。まずあの黒船には大量の大砲、つまり鉄が積まれておるのですがそれがどのようにしてあの、海、つまり水の上を走るかということで」

 ……うっわぁ思い出した。翡翠が巡業中に「眠くて」と言っていたのを。なるほど、この人かなりの変人なんだ。

 あまりに突然長々切々と話が始まってしまい、頭に入ってくるようなこないようなと……あぁ、そうだ、江戸の寺小屋を思い出した。

 あれは最初、大変だった。

 まず、字が書けるか書けないか問題から入り…何を教えたんだっけな「まず、船は必ず縦長に作られ」覚えてないけど巡業話をしたような。かなり苦労したんだよなぁ。なんせ自分は口下手だ。

「あれはつまり縦にのみ動くのです。なので横からの煽りに弱い。ならば重心を保つためその、横へ大砲を設置すればそれほど遠くまで流されることがなく」

 …一回は読んだぞ、あの寺で布教された小姓の写しを。なんでその話になっていて今自分はこんな状況なのか。

 一切合切わからない。
 
 知恵の完成へと言われても…えっと言いたいことはわかる。
 なんでも興味を持ちなさい、勉強しなさい、凄くわかるのだが状況のせいだろうか、「いや自分、黒船職人等にならないんでホンマにどうでもいいというか状況を考えてはくれないだろうか」と、頭の中の経は自分の声となり反響してきた。

 将軍さん、あんたそういえば戦とか言ってましたけどもしかして黒船職人になるんでしょうかと、危ない、寝不足もあり無に還りそうになってしまった。
 苦し紛れに断定将軍を見れば、読めないような無の表情。

 取り敢えず黙って聞いている、というだけに見える。
 相槌は打てているので多分、理解しているのだろうが、何故理解出来るのだろうか。

 ペラペラペラペラと、なるほど翡翠がなんだか煙たそうに帰って来た理由もわかった、これはただの知恵の見せびらかしなのではないか…置いてきぼりを食らっている。

 何が楽しゅうてんな話、聞いとんねん。

 もしかすると自分の方が指南、上手かったのではないか。
 教える側が全くこちらに寄せてくれないから、趣旨が見えてこない。

「それに打ち勝つためには何が必要か、わかりますか将軍様」

 白熱もしているらしい。

 慶喜はこの状況に置かれて初めて、ちらっと朱鷺貴と目を合わせてきた。
 あ、多分これ、意思の疎通だ。そう理解した。

「ふむ」
「まずは開国しませんか将軍殿」

 おっと。
 えっと。

「開国?」
「はい、もっと全体的に、いやなんなら将軍様今の機会に清国の視察に、いや、もっと送り込むべき、いや、私に金を賭けて欲しい、私なら出来る。もっと、もっと門下にも稽古をしたいのだ、私の義兄もなかなか、」
「さて、南條幹斎が弟子、朱鷺貴よ」
「…はい!?」

 急に投げられ、完璧に眠気が飛んだ。

「お主ならどう思う」
「えっ、」

 猿顔がふっとこちらを…物凄い形相で眺めてきている。

「…え、ちょっと何言ってるかさっぱりとしか」
「はぁ!?馬鹿なのか貴さ」
「というか俺なんでここにいるんですかね?」

 …そろそろ我慢の限界に近い。
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