Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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不垢不浄

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「ご苦労」

 壬生寺の門で待ち構えていたのは、藤嶋だった。

 …なるほど、本当にそうだった、だからか。

 納得する翡翠と、藤嶋とは特に目も合わせず会釈するぶっきらぼうな土方と。
 担架を持った見廻り組の一人が「主か?」と藤嶋に聞く。それに土方は振り返り、「公卿のお偉いさんだよ、」と挑発的に返した。

「…は?」
「…佐々木さんでしたっけ?遺体はこっちで坊主を呼んでくらぁ。じゃ」
「なんだお前、まぁた抜け出してんのか」

 藤嶋は状況に全く馴染まず、懐かしむような口調でそう翡翠に笑い掛けてきた。
 歯噛みしたくなる。

「…死なんでよござんしたな、店主、」

 藁の掛けられた吉田の遺体をふっと眺めた藤嶋が「ようやったな」と担架を持つ土方と斎藤に声を掛けるが、どちらも何も返さない。

 藤嶋に対し、どうかしているという一体感のようなものを、翡翠は犇々と肌で感じた。

 最早、この男はこの一大事件に興味はないようだ。

 公卿という単語を聞いたからか、見廻り組の働きはてきぱき…いや、早々に帰りたいのかもしれない、どちらとも取れるものになった。

 そして藤嶋はまだ関係もなく、翡翠が背負った沖田を見て「どーしたそいつは」と声に温度もない。

 あまり顔も上げられないようだったが「ちょっと…子供と遊び過ぎたんです、昼」と沖田が促すように見たその“ちょっと先”には、龍の銅像が建つ池があった。

 そういえば去年来たときも、なんとなく目についた気はするが、石像だの地蔵だの、見慣れてしまったせいだろうか、あまり意識しなかったのかもしれない。

 ...以外と広いんだな、この寺…あれ、こんなに広かったか?
 大勢が入り込む様に、客観した。

中暑ちゅうしょか?」

 確かに、汗ばんでいるような気がする。

 藤嶋はふいっと促すように本堂へ顔を向けたが、「いや、藤宮さんには聞かねばならぬことがあります」と側で作業をしている斎藤がそう言った。

「まずは怪我人だろ」

 冷たく言う藤嶋に、有無を言わせてもらえなかったと、斎藤はそれで引くことにしたらしい、また作業へ戻っていく。

 昔からそう、この人は「正」が服を着たような雰囲気の人。
 例え口調に覇気がなくとも、暴論ですら、いつでも呟きひとつで皆を働かせていた。

 どうやら健在なようだ。

「…斎藤さん、すませんね。わかることはいくらでも話しますから。
 せやけど、知ることもなければなんとやら。あんたらも寺の坊主にいちいち事情をお話はしてないやろ?あまり得ることもありませんぜ。これは、般若心経です」

 藤嶋が行く背に翡翠は着いて行く。
 連中から少し離れて早々、痰を絡ませた声で「ごめんね、」と沖田が言った。

「…先に言うときますよ沖田さん。あんさん、先程気付いたのですか」
「…ちょっと、待って…気持ち悪い」

 なんとも判断はしかねるが、藤嶋は取り敢えずいる。

 …背を見てどうしても、郭時代に亡くした男娼を思い出してしまう。
 それはこの人が未だ遺品を隠し持つ程の人物で、彼は流行り病“労咳”で一人死んでいたのだ。

 巡業の頃にもいた、盲目の住職。彼は一人ではなかったけれど、一人だった。
 数々の嫌な思い出ばかりが浮かぶ今は、きっと仕方がない、こんな状況なのだ。

 今頃朱鷺貴は、何を考えているか。

 咳き込むような嘔吐くような沖田の姿に、担架の方がよかったかもしれないなと思った矢先、藤嶋は「ここだ」と縁側から部屋に上がる。
 思ったよりも良い部屋だった。囲炉裏すら部屋にあるような。

 まあ、きっとこれは「客間」なのだろうが、藤嶋が自室のように使っているのが見て取れる。

「布団は借りてこい、坊主に」

 本当に自宅のようだなと、指示に従い沖田を降ろした翡翠は一度部屋を後にした。

 …多分、初期の労咳だ。そうなると藤嶋ならある程度病状を察し言うはずだ、「どこかに置いておけ」と。

 今日は暑かった、本当に中暑ならばまだ良い。先程朦朧としていたようだし…と、すれ違う坊主に声を掛けようとするが、皆庭先へ急いでいる。

 やっとのことで捕まえた小姓に、怪我人を藤嶋の部屋へ運んだとしか言えなかったが、自分も呼ばれているしなと、同じく庭へ向かうことにする。

 地蔵の後ろ、丁度、沖田が子供と遊んだと言ったあたりだ。

「それで、まず仲間は誰なんだ」

 半殺し状態の生き残りを縛り上げた土方の冷徹な声が、やけに響いて聞こえた。

 なるほど、処刑するには丁度良い水場なのか。

 気付いた斎藤も、いつも確かに独特な雰囲気ではあったが、追加で殺伐としてこちらを見た。

「藤宮さん」
「はい」

 斎藤は抜けてくる。
 待遇良くなのか、翡翠はそのまま堂へ通された。

「…一つ、報告を先にしてええやろか」
「…はい?」
「沖田さんのことですが」

 斎藤は振り向き、最早丁寧語でもなく「なんだ」と冷たい。

「…藤嶋さんに預けましたんで、どうやらとですが、恐らく…思い違いならええんですけどね、あれからあまり体調はよろしゅうないのか…」
「…わからん。あの男は、剽軽で」

 あまり喋る態度でもないのか、自分とは。

「…労咳やもしれません、とだけ」
「………は?」

 予想外だったのだろう、斎藤は動揺を見せた。

 あとはただ、淡々と状況を話すのみ。
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