Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
66 / 129
菖蒲の盛りに

6

しおりを挟む
 本堂では、一件入った葬儀が行われている。
 流石に大声を出されてしまうと困る。

「…坂本さん、桂さん」

 どうせ手紙も曖昧だし、「話せる範囲で」と朱鷺貴が間に入ったが、「本当に世話になった」と桂は坂本を構わず会釈をし…まるでさっぱりした顔をしているのだから、疑問が深まった。

「私はこれから…数日は京にいようかと思いますが、どちらかと言えば、萩に帰る準備をしようかと思います。面倒をかけて申し訳なかった」
「…は?」
「せやから…わかた、わしが今から四国屋しこくやに」
「…坂本さん、側で葬儀をしてるんで、一度部屋に来て頂きま」
「そもそも、半信半疑なんですよ坂本さん。
 すみません、南條殿。どのみち荷物を取りに来ましたので」

 さっさと歩いて奥へ向かう桂の後に着き、少し声を落とした坂本は「いや、間違いないんじゃ、」と説得する体勢。

「祇園の祭りじゃ、見廻り組や壬生浪も街へ出るし、」
「その会合自体…結局、池田屋いけだやを訪ねたが全く誰もいなかった」
「…夜じゃ、夜まで待たんか。
 恐らく会津は話を掴んじょる、壬生浪なんてやけに最近、道場破りじゃて、歩きまわっとるんじゃ、わしゃあ何度も見ちゅう、怪しいじゃろうて。
 こうは考えんか、祭りで人が出払っている時間に会合をしてもおかしいことはない、壬生浪も今日明日は警護で出払っちょる、そりゃぁまっこと危険な」

 ふ、と桂は足を止めて坂本へ振り返り「…四国屋と言ったか」と言い放つ。

 丁度朱鷺貴の部屋の前まで来たところ。
 桂は朱鷺貴を見、「客観的に考えて、そういうものだと思いますか?」と聞いてくる。

「一理あるんやないかと」

 しかし答えたのは、襖を開けた翡翠だった。

「…居場所は確実なんでしょうか、二ヶ所出てきましたが」
「おうよう、稔麿は主にそこを会合に使っちょる…はず…。わしが話を聞いたのは、近江屋おうみやじゃっけんど…そん時稔麿はやると言っちょったがよ、先に久坂やって、なんとか今は戦争を終えた兵に声掛けしちょるし」
「それは正式な呼び出しなんだよ坂本さん。久坂は今…稔麿の話が本当ならば別で動いている。これ以上は君にも話せない。
 では稔麿は、誰を集めているのか皆目わからない。我が藩に…君は、長州を知らない」
「わしの同志もおるんじゃ、故郷の…弟のようなやつなんじゃ、そんが一緒におる!今止めんと!」

 情勢だ、桂が疑っても無理はないだろう。

 坂本は訴え掛けるが、桂は至極冷静な目で「そうか」とだけ言った。

「…夜、もう一度」
「あぁ、じゃぁいいだろう。だが…。
 南條殿、先程言ったことだが…」
「…それは構わないんだが…」

 坂本の言だって、そりゃそうだというのに。

 感じた。桂のそれはきっと…坂本よりも遥かに、苦労、いや、歯痒さや、もっと深い溝を見たような、そんな者がする目付きだと。

「…わしがじゃあ、四国屋に向かう、桂さんは」
「わかった。けど、ひとつだけ言わせてくれ。あんたは一度仲間を捨てた男だ。口も達者だし…。
 あんたが見たいのは、そこじゃないだろ?上手くはぐらかしているつもりか。私には…俗論派と同じに感じる、我々がこうして手を焼いている稔麿のようなな。
 私は高杉と久坂と共に、俗論派の歳上達を黙らせることに尽力してきた。いま、そのうるさい高杉がいないからか?なぁ、答えてくれ」
「今は、藩などそんな小さい」
「は?」

 坂本龍馬は黙り腐る。
 高杉がいない、という点が引っ掛かった。

 …思い出した。
 桂が初めてここを…高杉の文を持ちふいっと、訪れた日を。その時も、そうだ、彼は同じことを言っていた。

 多分、坂本はわかっているのだ。ひとつ捨てないこの男には勝てないと。

「…近隣の藩すら仲間にならなかった私と君は違う。そう思っていた。だが君のはそれともまた違うな。君は気付いていない、仲間ほど情という免罪符を打ちたがるということを」

 ここまで人間不信も来れば確かに、この強い目になるだろう。

「…わてなんかが聞いてええのか、聞くとしても何があるわけやないんですが…高杉さんがいない、というのは…」

 坊主事でもないし…同志事でもないのだけれども。
 だからだろうか、桂は少し疲れた顔をし「投獄される」とだけ言った。

「え、」
「確かに、高杉は戦績を残した。エゲレスとの賠償金の変わり…要するに見せしめなのです。藩主の養子でもなくなった」
「…なんで、」
「だから久坂が俗論派を抑え、もう少し別の方法をと尽力しているが、圧倒的に我々も…情けないことに押されています。
 坂本さん、確かに利害は一致しました。貴方には恩もあります」

 それだけ言って桂は背を向け、また奥へ引っ込んだ。
 坂本は俯き、よもや染みたのかと思いきやふっと小さく笑い、「ちんまい話や」と呟いた。

「師匠なんぞの首を持つもんは、偉くちんまいなぁ」

 師匠の、首。

「…坊主なんかの話もどうでもいいかもしれませんが、あんた、先の少し洩らした話が本心ならばまだ、帰って来れる。けれど…」
「わしにゃぁもうとっくに、帰る場所などないんじゃ、南條殿」

 やはり、そうか。

「あんたはわてを坊主やて思っとらんようなんで言いますが、嫌いです。あんたみたいな歪んだ人」

 日照りが痛い。良い天気だ。
 「さ、お茶も冷やしましょうね」と台所に向かう翡翠に、朱鷺貴も部屋に戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Get So Hell? 2nd!

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末。 For full sound hope,Oh so sad sound. ※前編 Get So Hell? ※過去編 月影之鳥

Get So Hell?

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末 純粋 人生 巡業中♪

空蝉

横山美香
歴史・時代
薩摩藩島津家の分家の娘として生まれながら、将軍家御台所となった天璋院篤姫。孝明天皇の妹という高貴な生まれから、第十四代将軍・徳川家定の妻となった和宮親子内親王。 二人の女性と二組の夫婦の恋と人生の物語です。

月影之鳥

二色燕𠀋
歴史・時代
Get So Hell? 過去編 全4編 「メクる」「小説家になろう」掲載。

白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋
現代文学
紫陽花 高校生たちの話 ※本編とはあまり接点がないです。 「メクる」「小説家になろう」掲載。

新撰組のものがたり

琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。 ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。 近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。 町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。 近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。 最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。 主人公は土方歳三。 彼の恋と戦いの日々がメインとなります。

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋
現代文学
生きることは辛くはない 世界はただ、丸く回転している 生ゴミみたいなノスタルジック 「メクる」「小説家になろう」掲載。 イラスト:Odd tail 様 ※ごく一部レーティングページ、※←あり

処理中です...