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菖蒲の盛りに
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本堂では、一件入った葬儀が行われている。
流石に大声を出されてしまうと困る。
「…坂本さん、桂さん」
どうせ手紙も曖昧だし、「話せる範囲で」と朱鷺貴が間に入ったが、「本当に世話になった」と桂は坂本を構わず会釈をし…まるでさっぱりした顔をしているのだから、疑問が深まった。
「私はこれから…数日は京にいようかと思いますが、どちらかと言えば、萩に帰る準備をしようかと思います。面倒をかけて申し訳なかった」
「…は?」
「せやから…わかた、わしが今から四国屋に」
「…坂本さん、側で葬儀をしてるんで、一度部屋に来て頂きま」
「そもそも、半信半疑なんですよ坂本さん。
すみません、南條殿。どのみち荷物を取りに来ましたので」
さっさと歩いて奥へ向かう桂の後に着き、少し声を落とした坂本は「いや、間違いないんじゃ、」と説得する体勢。
「祇園の祭りじゃ、見廻り組や壬生浪も街へ出るし、」
「その会合自体…結局、池田屋を訪ねたが全く誰もいなかった」
「…夜じゃ、夜まで待たんか。
恐らく会津は話を掴んじょる、壬生浪なんてやけに最近、道場破りじゃて、歩きまわっとるんじゃ、わしゃあ何度も見ちゅう、怪しいじゃろうて。
こうは考えんか、祭りで人が出払っている時間に会合をしてもおかしいことはない、壬生浪も今日明日は警護で出払っちょる、そりゃぁまっこと危険な」
ふ、と桂は足を止めて坂本へ振り返り「…四国屋と言ったか」と言い放つ。
丁度朱鷺貴の部屋の前まで来たところ。
桂は朱鷺貴を見、「客観的に考えて、そういうものだと思いますか?」と聞いてくる。
「一理あるんやないかと」
しかし答えたのは、襖を開けた翡翠だった。
「…居場所は確実なんでしょうか、二ヶ所出てきましたが」
「おうよう、稔麿は主にそこを会合に使っちょる…はず…。わしが話を聞いたのは、近江屋じゃっけんど…そん時稔麿はやると言っちょったがよ、先に久坂やって、なんとか今は戦争を終えた兵に声掛けしちょるし」
「それは正式な呼び出しなんだよ坂本さん。久坂は今…稔麿の話が本当ならば別で動いている。これ以上は君にも話せない。
では稔麿は、誰を集めているのか皆目わからない。我が藩に…君は、長州を知らない」
「わしの同志もおるんじゃ、故郷の…弟のようなやつなんじゃ、そんが一緒におる!今止めんと!」
情勢だ、桂が疑っても無理はないだろう。
坂本は訴え掛けるが、桂は至極冷静な目で「そうか」とだけ言った。
「…夜、もう一度」
「あぁ、じゃぁいいだろう。だが…。
南條殿、先程言ったことだが…」
「…それは構わないんだが…」
坂本の言だって、そりゃそうだというのに。
感じた。桂のそれはきっと…坂本よりも遥かに、苦労、いや、歯痒さや、もっと深い溝を見たような、そんな者がする目付きだと。
「…わしがじゃあ、四国屋に向かう、桂さんは」
「わかった。けど、ひとつだけ言わせてくれ。あんたは一度仲間を捨てた男だ。口も達者だし…。
あんたが見たいのは、そこじゃないだろ?上手くはぐらかしているつもりか。私には…俗論派と同じに感じる、我々がこうして手を焼いている稔麿のようなな。
私は高杉と久坂と共に、俗論派の歳上達を黙らせることに尽力してきた。いま、そのうるさい高杉がいないからか?なぁ、答えてくれ」
「今は、藩などそんな小さい」
「は?」
坂本龍馬は黙り腐る。
高杉がいない、という点が引っ掛かった。
…思い出した。
桂が初めてここを…高杉の文を持ちふいっと、訪れた日を。その時も、そうだ、彼は同じことを言っていた。
多分、坂本はわかっているのだ。ひとつ捨てないこの男には勝てないと。
「…近隣の藩すら仲間にならなかった私と君は違う。そう思っていた。だが君のはそれともまた違うな。君は気付いていない、仲間ほど情という免罪符を打ちたがるということを」
ここまで人間不信も来れば確かに、この強い目になるだろう。
「…わてなんかが聞いてええのか、聞くとしても何があるわけやないんですが…高杉さんがいない、というのは…」
坊主事でもないし…同志事でもないのだけれども。
だからだろうか、桂は少し疲れた顔をし「投獄される」とだけ言った。
「え、」
「確かに、高杉は戦績を残した。エゲレスとの賠償金の変わり…要するに見せしめなのです。藩主の養子でもなくなった」
「…なんで、」
「だから久坂が俗論派を抑え、もう少し別の方法をと尽力しているが、圧倒的に我々も…情けないことに押されています。
坂本さん、確かに利害は一致しました。貴方には恩もあります」
それだけ言って桂は背を向け、また奥へ引っ込んだ。
坂本は俯き、よもや染みたのかと思いきやふっと小さく笑い、「ちんまい話や」と呟いた。
「師匠なんぞの首を持つもんは、偉くちんまいなぁ」
師匠の、首。
「…坊主なんかの話もどうでもいいかもしれませんが、あんた、先の少し洩らした話が本心ならばまだ、帰って来れる。けれど…」
「わしにゃぁもうとっくに、帰る場所などないんじゃ、南條殿」
やはり、そうか。
「あんたはわてを坊主やて思っとらんようなんで言いますが、嫌いです。あんたみたいな歪んだ人」
日照りが痛い。良い天気だ。
「さ、お茶も冷やしましょうね」と台所に向かう翡翠に、朱鷺貴も部屋に戻った。
流石に大声を出されてしまうと困る。
「…坂本さん、桂さん」
どうせ手紙も曖昧だし、「話せる範囲で」と朱鷺貴が間に入ったが、「本当に世話になった」と桂は坂本を構わず会釈をし…まるでさっぱりした顔をしているのだから、疑問が深まった。
「私はこれから…数日は京にいようかと思いますが、どちらかと言えば、萩に帰る準備をしようかと思います。面倒をかけて申し訳なかった」
「…は?」
「せやから…わかた、わしが今から四国屋に」
「…坂本さん、側で葬儀をしてるんで、一度部屋に来て頂きま」
「そもそも、半信半疑なんですよ坂本さん。
すみません、南條殿。どのみち荷物を取りに来ましたので」
さっさと歩いて奥へ向かう桂の後に着き、少し声を落とした坂本は「いや、間違いないんじゃ、」と説得する体勢。
「祇園の祭りじゃ、見廻り組や壬生浪も街へ出るし、」
「その会合自体…結局、池田屋を訪ねたが全く誰もいなかった」
「…夜じゃ、夜まで待たんか。
恐らく会津は話を掴んじょる、壬生浪なんてやけに最近、道場破りじゃて、歩きまわっとるんじゃ、わしゃあ何度も見ちゅう、怪しいじゃろうて。
こうは考えんか、祭りで人が出払っている時間に会合をしてもおかしいことはない、壬生浪も今日明日は警護で出払っちょる、そりゃぁまっこと危険な」
ふ、と桂は足を止めて坂本へ振り返り「…四国屋と言ったか」と言い放つ。
丁度朱鷺貴の部屋の前まで来たところ。
桂は朱鷺貴を見、「客観的に考えて、そういうものだと思いますか?」と聞いてくる。
「一理あるんやないかと」
しかし答えたのは、襖を開けた翡翠だった。
「…居場所は確実なんでしょうか、二ヶ所出てきましたが」
「おうよう、稔麿は主にそこを会合に使っちょる…はず…。わしが話を聞いたのは、近江屋じゃっけんど…そん時稔麿はやると言っちょったがよ、先に久坂やって、なんとか今は戦争を終えた兵に声掛けしちょるし」
「それは正式な呼び出しなんだよ坂本さん。久坂は今…稔麿の話が本当ならば別で動いている。これ以上は君にも話せない。
では稔麿は、誰を集めているのか皆目わからない。我が藩に…君は、長州を知らない」
「わしの同志もおるんじゃ、故郷の…弟のようなやつなんじゃ、そんが一緒におる!今止めんと!」
情勢だ、桂が疑っても無理はないだろう。
坂本は訴え掛けるが、桂は至極冷静な目で「そうか」とだけ言った。
「…夜、もう一度」
「あぁ、じゃぁいいだろう。だが…。
南條殿、先程言ったことだが…」
「…それは構わないんだが…」
坂本の言だって、そりゃそうだというのに。
感じた。桂のそれはきっと…坂本よりも遥かに、苦労、いや、歯痒さや、もっと深い溝を見たような、そんな者がする目付きだと。
「…わしがじゃあ、四国屋に向かう、桂さんは」
「わかった。けど、ひとつだけ言わせてくれ。あんたは一度仲間を捨てた男だ。口も達者だし…。
あんたが見たいのは、そこじゃないだろ?上手くはぐらかしているつもりか。私には…俗論派と同じに感じる、我々がこうして手を焼いている稔麿のようなな。
私は高杉と久坂と共に、俗論派の歳上達を黙らせることに尽力してきた。いま、そのうるさい高杉がいないからか?なぁ、答えてくれ」
「今は、藩などそんな小さい」
「は?」
坂本龍馬は黙り腐る。
高杉がいない、という点が引っ掛かった。
…思い出した。
桂が初めてここを…高杉の文を持ちふいっと、訪れた日を。その時も、そうだ、彼は同じことを言っていた。
多分、坂本はわかっているのだ。ひとつ捨てないこの男には勝てないと。
「…近隣の藩すら仲間にならなかった私と君は違う。そう思っていた。だが君のはそれともまた違うな。君は気付いていない、仲間ほど情という免罪符を打ちたがるということを」
ここまで人間不信も来れば確かに、この強い目になるだろう。
「…わてなんかが聞いてええのか、聞くとしても何があるわけやないんですが…高杉さんがいない、というのは…」
坊主事でもないし…同志事でもないのだけれども。
だからだろうか、桂は少し疲れた顔をし「投獄される」とだけ言った。
「え、」
「確かに、高杉は戦績を残した。エゲレスとの賠償金の変わり…要するに見せしめなのです。藩主の養子でもなくなった」
「…なんで、」
「だから久坂が俗論派を抑え、もう少し別の方法をと尽力しているが、圧倒的に我々も…情けないことに押されています。
坂本さん、確かに利害は一致しました。貴方には恩もあります」
それだけ言って桂は背を向け、また奥へ引っ込んだ。
坂本は俯き、よもや染みたのかと思いきやふっと小さく笑い、「ちんまい話や」と呟いた。
「師匠なんぞの首を持つもんは、偉くちんまいなぁ」
師匠の、首。
「…坊主なんかの話もどうでもいいかもしれませんが、あんた、先の少し洩らした話が本心ならばまだ、帰って来れる。けれど…」
「わしにゃぁもうとっくに、帰る場所などないんじゃ、南條殿」
やはり、そうか。
「あんたはわてを坊主やて思っとらんようなんで言いますが、嫌いです。あんたみたいな歪んだ人」
日照りが痛い。良い天気だ。
「さ、お茶も冷やしましょうね」と台所に向かう翡翠に、朱鷺貴も部屋に戻った。
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