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菖蒲の盛りに
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坂本はそれから、毎日のように訪れた。
夜しか動けん、と言った割には時間帯は疎らで、しかも「すまんすまん」と酒やら魚やらと“布施”を持ち込む。
それも最初の数回は、「殺したものは頂けません」と寺の小姓が断っていたが、
「いや、死んだ物が悪い訳じゃない」
これも良い機会だと、小姓へ説くこともあった。
「…またですか坂本さん」
「おぅ、すまんのぅ」
「一体なんの受け売り」
「あ゛っ、」
話しの途中、坂本は急にささっと、側の石垣に隠れた。
何事かと朱鷺貴が門の方を眺めると、「どうも」と、素浪人数名が訪れる。
見たことがあるような、無いような…。
一瞬判断に遅れたが、「あ!」と気付いた。
隊を率いた中に、低身長、近藤道場の…永倉がいたからだ。
なるほどと、朱鷺貴は石垣に隠れる坂本を横目で見下した。
「どうも」
軽く頭を下げたが、永倉はどこか不服そうに、「南條殿は初見ですよね」と言ってきた。
「先日入隊した五番組組長の武田殿です」
永倉から紹介された人物は…少し吊り目の、しかしどこか…そうだ、前に高台寺で会った、あのインチキ臭い英国被れ。よく思い出したものだ、あれと雰囲気が似ている。
「お話は副長から予予。改めまして、武田観柳斎と申します」
「…市中見回りご苦労さ」
「いやぁ男前だ。この寺は剃髪や総髪などの決まりはないようですね」
「はぁ、まぁ…」
ちらちらと武田があたりを見回す。それに坂本は更に息を殺している。
やはり、どうやら坂本はお尋ね者らしいなと、「特に変わりはありませんよ」と報告したが、ふっと、明らかに武田と坂本の目が合ったような気がした。
「…実は、何度かこの寺へは来ているのですが…」
「あぁ、すみませんね。いつもは従者が対応してますかね、あのちびっこい。今日はたまたま俺の手が空いていたもので」
「…彼は、今日は…」
言い方に何か…違和感があるような。
「何か、ありますか?」
「いや…」
武田が露骨に俯いたおり、すかさず永倉が「近頃市中が物騒でして」と早口になり、いつも通り、何枚かの瓦版を渡してきた。
「…我々は今、市中に潜る長州過激派を滅しようと動いています。もし、何かありましたら」
永倉が武田を見据え、率いるように寺を去って行く。
確かに、道場、つまりは壬生浪の設置前から永倉はいるわけだし、武田は永倉よりも年上に見えたが先輩にあたるのかと、ぼんやり背中を見送った。
「はて…?」
坂本が石垣から出て顎を押さえるように触り、まだ視界にある壬生浪の背を眺めるのだから「は?」と、ついつい声が出る。
「あんたお尋ね者だろ、まだ」
「あの男…どっかで見たような…」
「壬生浪だからじゃないのか」
「いんや…」
思案顔の最中、廊下から「あぁ、トキさん」と翡翠が茶を持ち、気まずそうに声を掛けてくる。
…側で見ていたのかもしれない、少し表情が曇っていた。
「行きましたか、あの人」
「…あぁ」
「すませんね引っ込んじまいまして…武田さんやった?」
「どうした?」
「あの人最近いらしゃるんやけど…なんや…変な人で。つい」
「まぁ確かに…やけに見られたが俺が怪しかったんじゃないのか?側にお尋ね者もいるし」
「…まぁいいんやけど…。多分それとは違いますよ」
別に用事もないしなと朱鷺貴も堂に戻れば、「恐らく男色で…」と翡翠は言った。
なるほど。
そう言われてみれば、ご時世だと気にしなかったが印象が変わる。
やけに翡翠を探しているのも…。
「…思い出した!」
すると坂本が、なんの突拍子もなく「ありゃぁ、薩摩の間者じゃ」と、問題発言をした。
「…薩摩の間者?」
「さっき、目も合うたしな。なるほどこん寺ぁ、使いやすいな!」
「いやいやいやいやいくら暇になったからとは言え困」
「はは、器が知れる、あん浪人組。所詮同じ穴のなんちゃらや。
ちっくと、思い付いたわ。夕方には戻るきに」
「え」
お前も浪人じゃん、と突っ込みたい朱鷺貴にも構わず去る坂本についつい、翡翠と顔を見合わせた。
「…厄介やなぁ、あの人」
「なんだよ思い付いたってぇ~…。勘弁して欲しいんだけど、まだ寺だって」
「…なんやろかね。本来薩摩と会津…まぁ、壬生浪は仲良しやのに、坂本さんのあの言い方。まるで逆説でしたよ、間者やなんて」
「…確かに」
「まだまだわからんことばかりですな…なんや、気持ちの悪い…」
「…嫌な予感ほどよく当たるって言うよな…実はそこ、仲悪かったりしてな…、」
薩摩藩の話は、島津久光がやってきた、以来、どうやら幕府だか…朝廷だかと仲良くなったらしい、というくらいしか知らない。
それからエゲレスと戦争しているからには、その繋がりは恐らく金なんだろうが…高杉晋作を思い出す。
どちらも開港している藩だ、最後に高杉が現れた際、彼には焦りのようなものも感じられた。
高杉が薩摩の見よう見真似で戦争を起こしたのだとすれば、何故長州藩のみがいま逆境に立ってしまったのか…薩摩と仲良しの幕府と馬が合わないということなんだろうが、“神”の生まれ変わりとされる天皇家は何故、どんな判断を下そうというのか。
夜しか動けん、と言った割には時間帯は疎らで、しかも「すまんすまん」と酒やら魚やらと“布施”を持ち込む。
それも最初の数回は、「殺したものは頂けません」と寺の小姓が断っていたが、
「いや、死んだ物が悪い訳じゃない」
これも良い機会だと、小姓へ説くこともあった。
「…またですか坂本さん」
「おぅ、すまんのぅ」
「一体なんの受け売り」
「あ゛っ、」
話しの途中、坂本は急にささっと、側の石垣に隠れた。
何事かと朱鷺貴が門の方を眺めると、「どうも」と、素浪人数名が訪れる。
見たことがあるような、無いような…。
一瞬判断に遅れたが、「あ!」と気付いた。
隊を率いた中に、低身長、近藤道場の…永倉がいたからだ。
なるほどと、朱鷺貴は石垣に隠れる坂本を横目で見下した。
「どうも」
軽く頭を下げたが、永倉はどこか不服そうに、「南條殿は初見ですよね」と言ってきた。
「先日入隊した五番組組長の武田殿です」
永倉から紹介された人物は…少し吊り目の、しかしどこか…そうだ、前に高台寺で会った、あのインチキ臭い英国被れ。よく思い出したものだ、あれと雰囲気が似ている。
「お話は副長から予予。改めまして、武田観柳斎と申します」
「…市中見回りご苦労さ」
「いやぁ男前だ。この寺は剃髪や総髪などの決まりはないようですね」
「はぁ、まぁ…」
ちらちらと武田があたりを見回す。それに坂本は更に息を殺している。
やはり、どうやら坂本はお尋ね者らしいなと、「特に変わりはありませんよ」と報告したが、ふっと、明らかに武田と坂本の目が合ったような気がした。
「…実は、何度かこの寺へは来ているのですが…」
「あぁ、すみませんね。いつもは従者が対応してますかね、あのちびっこい。今日はたまたま俺の手が空いていたもので」
「…彼は、今日は…」
言い方に何か…違和感があるような。
「何か、ありますか?」
「いや…」
武田が露骨に俯いたおり、すかさず永倉が「近頃市中が物騒でして」と早口になり、いつも通り、何枚かの瓦版を渡してきた。
「…我々は今、市中に潜る長州過激派を滅しようと動いています。もし、何かありましたら」
永倉が武田を見据え、率いるように寺を去って行く。
確かに、道場、つまりは壬生浪の設置前から永倉はいるわけだし、武田は永倉よりも年上に見えたが先輩にあたるのかと、ぼんやり背中を見送った。
「はて…?」
坂本が石垣から出て顎を押さえるように触り、まだ視界にある壬生浪の背を眺めるのだから「は?」と、ついつい声が出る。
「あんたお尋ね者だろ、まだ」
「あの男…どっかで見たような…」
「壬生浪だからじゃないのか」
「いんや…」
思案顔の最中、廊下から「あぁ、トキさん」と翡翠が茶を持ち、気まずそうに声を掛けてくる。
…側で見ていたのかもしれない、少し表情が曇っていた。
「行きましたか、あの人」
「…あぁ」
「すませんね引っ込んじまいまして…武田さんやった?」
「どうした?」
「あの人最近いらしゃるんやけど…なんや…変な人で。つい」
「まぁ確かに…やけに見られたが俺が怪しかったんじゃないのか?側にお尋ね者もいるし」
「…まぁいいんやけど…。多分それとは違いますよ」
別に用事もないしなと朱鷺貴も堂に戻れば、「恐らく男色で…」と翡翠は言った。
なるほど。
そう言われてみれば、ご時世だと気にしなかったが印象が変わる。
やけに翡翠を探しているのも…。
「…思い出した!」
すると坂本が、なんの突拍子もなく「ありゃぁ、薩摩の間者じゃ」と、問題発言をした。
「…薩摩の間者?」
「さっき、目も合うたしな。なるほどこん寺ぁ、使いやすいな!」
「いやいやいやいやいくら暇になったからとは言え困」
「はは、器が知れる、あん浪人組。所詮同じ穴のなんちゃらや。
ちっくと、思い付いたわ。夕方には戻るきに」
「え」
お前も浪人じゃん、と突っ込みたい朱鷺貴にも構わず去る坂本についつい、翡翠と顔を見合わせた。
「…厄介やなぁ、あの人」
「なんだよ思い付いたってぇ~…。勘弁して欲しいんだけど、まだ寺だって」
「…なんやろかね。本来薩摩と会津…まぁ、壬生浪は仲良しやのに、坂本さんのあの言い方。まるで逆説でしたよ、間者やなんて」
「…確かに」
「まだまだわからんことばかりですな…なんや、気持ちの悪い…」
「…嫌な予感ほどよく当たるって言うよな…実はそこ、仲悪かったりしてな…、」
薩摩藩の話は、島津久光がやってきた、以来、どうやら幕府だか…朝廷だかと仲良くなったらしい、というくらいしか知らない。
それからエゲレスと戦争しているからには、その繋がりは恐らく金なんだろうが…高杉晋作を思い出す。
どちらも開港している藩だ、最後に高杉が現れた際、彼には焦りのようなものも感じられた。
高杉が薩摩の見よう見真似で戦争を起こしたのだとすれば、何故長州藩のみがいま逆境に立ってしまったのか…薩摩と仲良しの幕府と馬が合わないということなんだろうが、“神”の生まれ変わりとされる天皇家は何故、どんな判断を下そうというのか。
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