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夢の日々
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「俺も最近考えていたよ、同じ事を。俗に言う歳だな。自由、無というものは、大抵破壊があった後に生まれるのだろうし」
「…破壊か、」
確かに最近考えていたことかもしれない。
そしてあの近江での…寺で門前払いをされたことは、やっぱり朱鷺貴も根に持っている話なんだろう。この人、地味にこういうところがある。
「まぁ、自分の限界っちゅーもんを試すんは自由がええな。わしゃあ脱藩しても何度もまた免罪になって、正直その度どっか残念なんじゃ」
「あらぁ、甚だ迷惑な人。お家も大変ですな」
むっと、また坂本が少し不機嫌になったのも露骨だった。
ごっそーさんと手を合わせても、それから不貞腐れて居心地も悪そうだしと、洗い物を本当に坂本に押し付けた変わりに、客間を貸してやることにした。
たまにいるのだ、こうやって、まわりを巻き込んでいかないと気が済まないのではないか、という人間が。
「…何かを、変えようとするとき、ですが」
就寝前に仏壇に手を合わせふと、翡翠がそう言った。
「…ん?」
「奇抜な考えいうんは疎まれるけど、不思議とそれが転機になることはありますよね」
…そうかもしれない。
それは、少し勇敢な者が立ち向かう構図だからだろうか。
「奇抜故になかなか受け入れてもらうまでに時間が掛かることもあるし、誰にも受け入れられないままそうなることもある」
一体、誰の顔が浮かんだというのか。
「人は普遍を好み、だが、どこかでそれを怠惰だと思うからだろう」
「確かに、」
自分の人生を振り返った。
「本当は別に誰も咎めはしないのに。
しかしそもそも、普遍というのは非常に難しいって話だけど、話しながら不思議だと感じたよ」
「そうですね」
ある日突然、思わぬことが起こる。
人生を変える程の出来事は、そうそうあることではないが、それはじわりじわりと波紋のように、ゆっくりと歪曲しながら形を成していくものだ。
身に振り被った、大きなこと。
「…普遍を愛するという気持ちもわかりますけどね、わては」
そうかもしれない。
こいつには案外こういうところがある、前からそうだった。
昔だって恐らく、何も刺激ばかりを求めてそうなった訳じゃないのだろう。
「俺も、そうかも」
「けれど…」
まるで禅問答。
「いつかそれも消えてしまう。自分で変えることが出来ないことも、あったよな」
「なるほど、確かに…。
不自由なのか、自由なのか」
それはきっと確かに、失った者の考え方かもしれない。
刻み付けようと考えていくそれは互いに変わらないのかもしれないと、引き出しの遺髪を思い出す。
忘れるなと言われている気がしていた、それ。
きっと互いに思い出している、過去の痛みを。あの時どうすればよかったか、濁流にただただ飲まれてしまった自分達は。
だからこそ。
「それも自然の流れだと、皮肉なもんだな」
確かになければ、今の自分はどこにもいなかったのだから。
「…消えないようにと、守りたいという気持ちは逆境ですか?怠惰ですか?」
「わからないな、俺は聖人でも神様でもないし、そいつらのことが嫌いだ。だから、理解しようとするあいつは、他にいる人種ではない」
「そうですね」
夜は長いけれども、いつか日が昇る。その普遍は自然のものでしかないのだし、人が変えられるわけではない。
でも、誰かの普遍が自分の波紋なのだとすれば。
「…経のように難しいなぁ、何言うてるかわからなくて、わてには」
「そうだな」
「目の前のものもちゃんと見ては欲しいですけどね、まぁ、これは所謂押し付けと利己ですけど」
「そう言うのは自分で持ってれば良いんだよ」
本当は酷く自意識過剰な話なのかもしれないな、ここに来てそう思えた。
「それでも、トキさんには変わらんでいて欲しいですけどね」
俺もそう思うけどね。
何度も、何度も、と開け閉めし確認するようなそれが痛々しく思えていたのも、勝手だったのかもしれない。
「…そうかい」
きっと、本人も自分を使い勝手悪く感じていただろう。
だからどこか、血生臭く思えるのだろうか。
だとすればそれは、互いにもう少し自分の実体を知らなければならないのかもしれない。それが、泥なのか、血なのかも、わからないのだから。
疲れたな、寝ましょうかと一日が終わっていく。
日々精進。そんなことを実感出来た日は、少しだけ重く、満足感に近い気持ちで眠ることが出来る気がする。最近そう考えられるようになってきた。
けど、実際は良い夢を見ることが出来なかった。まだまだ修行が足りないのかもしれない。
夢など、起きたら形もなく忘れ、消えてしまう物なのに。
誰かの形を、捉えた。
「…破壊か、」
確かに最近考えていたことかもしれない。
そしてあの近江での…寺で門前払いをされたことは、やっぱり朱鷺貴も根に持っている話なんだろう。この人、地味にこういうところがある。
「まぁ、自分の限界っちゅーもんを試すんは自由がええな。わしゃあ脱藩しても何度もまた免罪になって、正直その度どっか残念なんじゃ」
「あらぁ、甚だ迷惑な人。お家も大変ですな」
むっと、また坂本が少し不機嫌になったのも露骨だった。
ごっそーさんと手を合わせても、それから不貞腐れて居心地も悪そうだしと、洗い物を本当に坂本に押し付けた変わりに、客間を貸してやることにした。
たまにいるのだ、こうやって、まわりを巻き込んでいかないと気が済まないのではないか、という人間が。
「…何かを、変えようとするとき、ですが」
就寝前に仏壇に手を合わせふと、翡翠がそう言った。
「…ん?」
「奇抜な考えいうんは疎まれるけど、不思議とそれが転機になることはありますよね」
…そうかもしれない。
それは、少し勇敢な者が立ち向かう構図だからだろうか。
「奇抜故になかなか受け入れてもらうまでに時間が掛かることもあるし、誰にも受け入れられないままそうなることもある」
一体、誰の顔が浮かんだというのか。
「人は普遍を好み、だが、どこかでそれを怠惰だと思うからだろう」
「確かに、」
自分の人生を振り返った。
「本当は別に誰も咎めはしないのに。
しかしそもそも、普遍というのは非常に難しいって話だけど、話しながら不思議だと感じたよ」
「そうですね」
ある日突然、思わぬことが起こる。
人生を変える程の出来事は、そうそうあることではないが、それはじわりじわりと波紋のように、ゆっくりと歪曲しながら形を成していくものだ。
身に振り被った、大きなこと。
「…普遍を愛するという気持ちもわかりますけどね、わては」
そうかもしれない。
こいつには案外こういうところがある、前からそうだった。
昔だって恐らく、何も刺激ばかりを求めてそうなった訳じゃないのだろう。
「俺も、そうかも」
「けれど…」
まるで禅問答。
「いつかそれも消えてしまう。自分で変えることが出来ないことも、あったよな」
「なるほど、確かに…。
不自由なのか、自由なのか」
それはきっと確かに、失った者の考え方かもしれない。
刻み付けようと考えていくそれは互いに変わらないのかもしれないと、引き出しの遺髪を思い出す。
忘れるなと言われている気がしていた、それ。
きっと互いに思い出している、過去の痛みを。あの時どうすればよかったか、濁流にただただ飲まれてしまった自分達は。
だからこそ。
「それも自然の流れだと、皮肉なもんだな」
確かになければ、今の自分はどこにもいなかったのだから。
「…消えないようにと、守りたいという気持ちは逆境ですか?怠惰ですか?」
「わからないな、俺は聖人でも神様でもないし、そいつらのことが嫌いだ。だから、理解しようとするあいつは、他にいる人種ではない」
「そうですね」
夜は長いけれども、いつか日が昇る。その普遍は自然のものでしかないのだし、人が変えられるわけではない。
でも、誰かの普遍が自分の波紋なのだとすれば。
「…経のように難しいなぁ、何言うてるかわからなくて、わてには」
「そうだな」
「目の前のものもちゃんと見ては欲しいですけどね、まぁ、これは所謂押し付けと利己ですけど」
「そう言うのは自分で持ってれば良いんだよ」
本当は酷く自意識過剰な話なのかもしれないな、ここに来てそう思えた。
「それでも、トキさんには変わらんでいて欲しいですけどね」
俺もそう思うけどね。
何度も、何度も、と開け閉めし確認するようなそれが痛々しく思えていたのも、勝手だったのかもしれない。
「…そうかい」
きっと、本人も自分を使い勝手悪く感じていただろう。
だからどこか、血生臭く思えるのだろうか。
だとすればそれは、互いにもう少し自分の実体を知らなければならないのかもしれない。それが、泥なのか、血なのかも、わからないのだから。
疲れたな、寝ましょうかと一日が終わっていく。
日々精進。そんなことを実感出来た日は、少しだけ重く、満足感に近い気持ちで眠ることが出来る気がする。最近そう考えられるようになってきた。
けど、実際は良い夢を見ることが出来なかった。まだまだ修行が足りないのかもしれない。
夢など、起きたら形もなく忘れ、消えてしまう物なのに。
誰かの形を、捉えた。
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