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夢の日々
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どうして変わらない、でも、ならばこそと考えた方がいいのだ。
生きるとは何か、か。
我が強く、頑固で動かない。何も上手くないという形をどうするのか、実態がないのだから、仕方がない、として。
暫く作業に打ち込むことが出来た。その刻みが「経験」や「歴史」となるのだと見せつけられたような気がした。
まだ、まだ。痛みは終われない。
どれほどの時間そうしたかはわからないが、気付けば「夕飯ですよ」と翡翠が言いに来た。
翡翠は翡翠で仕事をしていたようだ。
…随分と長い間筆を取っていたようだ。空は暗くなりつつあり「ふーっ、」と伸びをすればやはり腰が痛い。
考えてみればこれほどまでに同じ姿勢で仕事をすることが、いままであまりなかった。
しかし、恐らく子供の頃は手習いもしていたのだし、これくらい文机には向かっていただろう。
はっと立てば足の痺れが酷かった。
「っ……っ!!」と声も出せずにぎこちなく立ちっぱなしになると、「大丈夫ですかトキさん、」と翡翠が手を伸ばしてくる。
「………痛いっ」
「は?」
「と、歳かもっ、痺れ…たっ」
「あーあー。すぐに立つからやで。いいですよ持ってきますから。その間座って、足を伸ばして解して」
…まるで母親だ。
「はぁい…」と言われた通りに座ろうにも、ゆっくりとした。きっと変な座り方をしていたのだろう…。
ゆっくり、ゆっくりと座ろうとしているうちに「坊さん、おるか?わしじゃ」と、襖の向こうから聞き覚えのある訛りが聞こえてきた。
珍訪者に驚きと、やっぱり痛いので「なんじゃっ……、」と絞るような声になる。
半ば這うように襖に手を伸ばそうとすると、向こう側で「うわっ…」と言う翡翠の声。
開けられた襖、這いつくばる朱鷺貴、ぬっとそこにいる猫背の長身。
襖を開けた翡翠は朱鷺貴を見ても「うわっ、」と、全く同じ反応をした。
「あぁぁ翡翠ぃ…」
「ちょ、トキさんこんな人に構わんで…なんや驚いたな…はい、置きますね。
坂本さん、お久しぶりですね。では」
「いや待て待て待てぃ。ちょっち上がらしてくれんかのぅ、」
「見てわかるやろ夕飯時や、お寺は暮れ六つまでやで!」
「夜しか動けんき、堪忍してや、わしのことなんて気ぃせんでええきにな!」
そう言っては勝手に部屋まで上がり込み、どかっと座るので、上がらせるも何もどうしようもない。
まぁ、気にせんでええきにって言いましたしね、という態度で翡翠は朱鷺貴を座らせ、「いただきましょうね!」と手を合わせた。
栗ご飯。何気に少し豪華だ。流行りの豆腐もあるし芋がらもある。
最近、食事は少しだけ豪華なのだ。寺を閉めると知れたおかげで若干布施やら供え物やらが入った。
多分、今後のこともあり、壮士が檀家へちら~っと言い触れ回っているのだろう。
しかしどうにも、朱鷺貴は江戸の頃に気付いた。翡翠はあまり芋を食べない。
だが、今日は意地なのか芋を寄越してくる気配はない。
気にするなと言ったくせに坂本は「おぉ、豪華やねぇ」と関心をしているし、なんなら腹の虫まで鳴っていた。
イライラしたようだ、翡翠は「あーもう!」と、芋がらだけをさっと坂本に寄越し「飯は台所で盛ってくださいねっ!」と世話を焼いていた。
確かに、こいつはデカいし気になる。
「…助かるわぁ、一昨日からなーんも腹に入れとらん!」
「なんなん、あんさんわざとなん!?」
「まーまー。お前然り気無く嫌いなもん押し付けてるじゃんか」
「いえ嫌いやないんですよつい食べないだけで。昔は食べてましたしっ。茶屋の頃の癖です、」
「あっそう。
で、なんなんだ坂本さんは。飯なら台所で」
「わかた、わかたよ!いんや助かるわぁ、」
坂本はまるで嵐のようにドタバタと去って行く。
「…狙ってきたんかな」
「それにしちゃあじゃありません?ボロやったけども。浪人さんなんて外食やないんかね」
「入れて貰えなかったんじゃない?ボロだったし」
「あん人、帯刀してるんに。なんなんやろか全く」
「あの様子じゃ逃げ回ってそうだよな。洗い物はあれに任せよう」
ささっとすぐに戻ってきた。ガラガラと忙しなく入ってきては「ありがたや~」と夕飯を共にする。
特に聞こうとは思わなかったが、居座った挙げ句「いんや大変で大変で」と、この男もペラペラと喋り始める。
「ちょーっち元藩主と揉めてなぁ。どーもあのおっさんはわしのことが好かんようじゃ」
「ふうん」
「あっそ」
「なんじゃ冷たいなぁ。あんさんなんかお守りくれたやんか」
「3倍にして売ったやつですねぇ。やっぱり効いてないようですな、トキさん」
「まぁねぇ。ただの俺の字だからねぇ」
「あれから土佐も大変やったんよ。
なんじゃあ、武市さんが揉め始めてしまってなぁ。一気に劣性や、あん人。そんだけようやっと頭を使うたかと思えば、以蔵ちゃんは暴れとるし」
そういえば前に人相書きが回ってきたな。
「ま、わしにゃあ関係もなくなったけんどなぁ」
特に聞いてもいないのに更に続け「せやから近頃わしもまともに寝れんのじゃ」と愚痴る。
これは恐らく「泊めてくれ」の意だろう。
生きるとは何か、か。
我が強く、頑固で動かない。何も上手くないという形をどうするのか、実態がないのだから、仕方がない、として。
暫く作業に打ち込むことが出来た。その刻みが「経験」や「歴史」となるのだと見せつけられたような気がした。
まだ、まだ。痛みは終われない。
どれほどの時間そうしたかはわからないが、気付けば「夕飯ですよ」と翡翠が言いに来た。
翡翠は翡翠で仕事をしていたようだ。
…随分と長い間筆を取っていたようだ。空は暗くなりつつあり「ふーっ、」と伸びをすればやはり腰が痛い。
考えてみればこれほどまでに同じ姿勢で仕事をすることが、いままであまりなかった。
しかし、恐らく子供の頃は手習いもしていたのだし、これくらい文机には向かっていただろう。
はっと立てば足の痺れが酷かった。
「っ……っ!!」と声も出せずにぎこちなく立ちっぱなしになると、「大丈夫ですかトキさん、」と翡翠が手を伸ばしてくる。
「………痛いっ」
「は?」
「と、歳かもっ、痺れ…たっ」
「あーあー。すぐに立つからやで。いいですよ持ってきますから。その間座って、足を伸ばして解して」
…まるで母親だ。
「はぁい…」と言われた通りに座ろうにも、ゆっくりとした。きっと変な座り方をしていたのだろう…。
ゆっくり、ゆっくりと座ろうとしているうちに「坊さん、おるか?わしじゃ」と、襖の向こうから聞き覚えのある訛りが聞こえてきた。
珍訪者に驚きと、やっぱり痛いので「なんじゃっ……、」と絞るような声になる。
半ば這うように襖に手を伸ばそうとすると、向こう側で「うわっ…」と言う翡翠の声。
開けられた襖、這いつくばる朱鷺貴、ぬっとそこにいる猫背の長身。
襖を開けた翡翠は朱鷺貴を見ても「うわっ、」と、全く同じ反応をした。
「あぁぁ翡翠ぃ…」
「ちょ、トキさんこんな人に構わんで…なんや驚いたな…はい、置きますね。
坂本さん、お久しぶりですね。では」
「いや待て待て待てぃ。ちょっち上がらしてくれんかのぅ、」
「見てわかるやろ夕飯時や、お寺は暮れ六つまでやで!」
「夜しか動けんき、堪忍してや、わしのことなんて気ぃせんでええきにな!」
そう言っては勝手に部屋まで上がり込み、どかっと座るので、上がらせるも何もどうしようもない。
まぁ、気にせんでええきにって言いましたしね、という態度で翡翠は朱鷺貴を座らせ、「いただきましょうね!」と手を合わせた。
栗ご飯。何気に少し豪華だ。流行りの豆腐もあるし芋がらもある。
最近、食事は少しだけ豪華なのだ。寺を閉めると知れたおかげで若干布施やら供え物やらが入った。
多分、今後のこともあり、壮士が檀家へちら~っと言い触れ回っているのだろう。
しかしどうにも、朱鷺貴は江戸の頃に気付いた。翡翠はあまり芋を食べない。
だが、今日は意地なのか芋を寄越してくる気配はない。
気にするなと言ったくせに坂本は「おぉ、豪華やねぇ」と関心をしているし、なんなら腹の虫まで鳴っていた。
イライラしたようだ、翡翠は「あーもう!」と、芋がらだけをさっと坂本に寄越し「飯は台所で盛ってくださいねっ!」と世話を焼いていた。
確かに、こいつはデカいし気になる。
「…助かるわぁ、一昨日からなーんも腹に入れとらん!」
「なんなん、あんさんわざとなん!?」
「まーまー。お前然り気無く嫌いなもん押し付けてるじゃんか」
「いえ嫌いやないんですよつい食べないだけで。昔は食べてましたしっ。茶屋の頃の癖です、」
「あっそう。
で、なんなんだ坂本さんは。飯なら台所で」
「わかた、わかたよ!いんや助かるわぁ、」
坂本はまるで嵐のようにドタバタと去って行く。
「…狙ってきたんかな」
「それにしちゃあじゃありません?ボロやったけども。浪人さんなんて外食やないんかね」
「入れて貰えなかったんじゃない?ボロだったし」
「あん人、帯刀してるんに。なんなんやろか全く」
「あの様子じゃ逃げ回ってそうだよな。洗い物はあれに任せよう」
ささっとすぐに戻ってきた。ガラガラと忙しなく入ってきては「ありがたや~」と夕飯を共にする。
特に聞こうとは思わなかったが、居座った挙げ句「いんや大変で大変で」と、この男もペラペラと喋り始める。
「ちょーっち元藩主と揉めてなぁ。どーもあのおっさんはわしのことが好かんようじゃ」
「ふうん」
「あっそ」
「なんじゃ冷たいなぁ。あんさんなんかお守りくれたやんか」
「3倍にして売ったやつですねぇ。やっぱり効いてないようですな、トキさん」
「まぁねぇ。ただの俺の字だからねぇ」
「あれから土佐も大変やったんよ。
なんじゃあ、武市さんが揉め始めてしまってなぁ。一気に劣性や、あん人。そんだけようやっと頭を使うたかと思えば、以蔵ちゃんは暴れとるし」
そういえば前に人相書きが回ってきたな。
「ま、わしにゃあ関係もなくなったけんどなぁ」
特に聞いてもいないのに更に続け「せやから近頃わしもまともに寝れんのじゃ」と愚痴る。
これは恐らく「泊めてくれ」の意だろう。
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