Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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夢の日々

3

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 確かにいま自然と口から出た物だった、ここに特別といった意味はなかったのだが。
 出会った頃から考えていたことだろう。こいつは一体、どうするのだろうかという一挙一動を。

「……寺、潰れるんだぞ、だって」

 …しかし、こう間があれば急に頭もまわってくる。
 先程自分は悠禅に何を言い、何を言えなかったか。

「一生をここで過ごすというのは現実的じゃあ、なくなったんだ」

 …あれ?
 だけども…。

 そうか、いま言った通りだ。形あるものは実態がないという形として一時的に形があるものという教え、こんなものは般若心経の序盤のはずなのに。

 ふらっと、無言のままに翡翠は湯を取りに出て行く。

 なんだ?この違和感は。
 なんの為にいまこうしてここで共に過ごしてきたんだったけか。

 知恵の完成とは、人は生き死にを繰り返すという。
 そう、そうやって柵を作り捨てていく、そんな物だというのに、違和感がずっとあった。

 出会った頃がぼんやりと思い浮かぶ。
 自分の中で動いたものがあった、何かは下手に説明がつかないものだが、どんなものかはわかる、互いにどこか欠損ばかりが大きかったのだと。

 いまだってそれは変わらないが、前とはまた、違う何かは持っている。

 翡翠が変わったかといえば、形は変わらずにいる。
 だが、実態は…やはり変わったというわけではなく、ただ、不思議だ。前とは違うところはあると思う。

 偏にそれが悠禅のように、成長なのだとしたら。これが形成というものなのだろうか。
 だとしたら、あとは崩れていくだけの…。

 じゃあ、自分はどうなのかと考えたところで襖が開き、翡翠が茶を持ってきた。

「…ところで、あれからお聞きせんかったけど、トキさんは一体この先如何するんですか」
「あぁ、…そうだな…」

 会ったとき、暫く一緒に修行へ出てみた。
 帰ってきて今、俗世や時勢は大きく変わっている。

「……そういえばこの話、してたよな。少しだけ進んだには、進んだが」
「あい、」
「環境についてぼんやりしていた。今、少し前を思い出してみたんだ」
「……」
「お前はどうだ?」

 手元に視線を落とし茶を煎れながら、「まぁ多分あんさんよかぁ、自分の時間がありますんで、」と、何故だか少し、不機嫌さが浮上してきたらしい。

「…わても、子供の頃からいままでとか、振り返る時間は少しばかりありました、が」
「…うん」
「先というんはどう足掻いても見えないもので」
「…まぁ、確かに…」
「そうして考えてみたところで、死ぬときのことしかないでしょう、」
「…それも、確かに」
「人に言う割にトキさん、生き急いでますな。
 …まぁ、」

 ふと翡翠は笑い「そこはええとこなんやろうけど」と茶を出してきた。

「…しかし邪推です。先ばかり考え、わからないことばかり考えても結局いま死ぬかという瞬間をあんたは知らない。わては経験ありますよ。他者は逃げやて、まぁ五感やらなんやらの話は意味がないと、経には書いてありますけどね」

 ……思ったより辛辣に聞こえ、少し度肝を抜かれてしまったような気がした。

「…は、た…確かに…」
「そればっかやねあんさん、先日言うたところから進んでないやんか」
「…あぁ、はい」
「なんやねん気ぃが抜ける」
「いや……少々驚き…」

 ん?なんだか。

「…腹立ってきたなおい」
「わてかてそうや?」
「そっ……こまで人を腰抜け扱いするかね君は」
「腰を蹴ってやろうかと思いまして」
「今痛いからやめてくれ」
「わからないなぁ。けど、学びもあるからいま生きてるんです。わてはどうやら死に際に興味がないようです。
 トキさん、わてまだ生き長らえてしまっとるんですよ」

 …何かが刺さった。
 そうか、そうなってきたのか、お前は。

「…そうだな。
 お前から聞くとなんだか腹に治まるな」

 素直にそう感じた。
 漸く「はは、」と笑った翡翠は一言、「神さんなったら教えて下さい」と言った。

 そうだ。

「…神さんなんて嫌いだよ、」
「その意気その意気」
「はーっ、そうですねぇっ、哀愁が飛び散りましたっ!はいはい仕事しますよっ、」
「トキさん」
「なんだ」

 ふと、翡翠は少し笑い、「生きるとは、なんやろうね」と言った。

「実際わても、心配してますからね、お忘れなく」

 …全く一丁前に、生意気に、気ばかり強くてしょうがないな。
 「はいはい」と墨を擦り茶も飲んだ。まぁ、そうだった、ついつい目先を忘れてしまっていたな、全く。

「…寺には残るよ、最後まで」

 それだけは言っておこうと思った。自分は、何一つ捨てることが出来ない人間だから。

 不器用な人。そう言われた気がする。

 知恵の完成など、どこまで行っても最後は一人。それは、親も殺し神も殺せというのなら、そうなのだ。
 ずっと、それすら変わっていないようだ。誰にどう言われても、1は1でしかないのだから。
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