Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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遠離

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「…でも。
 それがいうところの柔らかい部分ですよ」
「なるほど?それは傷付くのか?」
「…きっとね」

 でも。

「どうしていいのか、わからなくなることは多々あります」
「なんだ、それしき」

 そう言った壮士のそれは確かに嘘偽りもないようだ。
 左京に呼ばれて「はいはい、」と、やっぱりそういう態度のまま仕事へ戻ってしまった。

 …皆、確かに暗い過去くらいはあるのだと思う。なんだかんだと翡翠に対しても、あれくらいの軽い態度なのだし。

 朱鷺貴が少し気にしすぎなのかもしれないし。ただ、翡翠のなかでそれは有り難く、もどかしい。
 それこそ酷く勝手だ。夜這いの話ではない。それすら考えすぎなのだろうか。

 ただ、会ったことがない種類の人間であることに間違いはなかった。
 夜這い、確かに良いかもな。ちょっと面白そうな気もする。

 怖くて、震えている。それはあの襖の暗闇のなかで。
 あれは防衛だった。そればかりでは息苦しい。でも、朱鷺貴は多分、自分より強い人だ。
 こうも薄傷をさっさと付けられていくとそんな気もしてきた。

 それはそれできっと、捨て方だ。

 あの嫌味坊主、何気に偉くなりそうだな。実は随分物分かりが良かったのかと少し見直した。

 そうとなればと、翡翠はちゃっちゃと三個の香炉を磨き上げた。

 我ながら上出来だ。新品のよう。金箔まで剥がさずに出来た。非常に丁寧な仕事だなと自画自賛をして若干満足はした。やはり細かい作業というのは心を無にし気持ちを落ち着かせる。

 朱鷺貴もきっと今、そうだろうと、夕方まで仕事をして部屋に戻った。

 朱鷺貴は半紙を広げて目もくれず「お疲れ」とだけ挨拶をした。

「ただいまですトキさん」

 ちらっと足あたりを見ては「大丈夫か」と聞いてくる。

「あい、全然」

 本当は少しだけ痺れてしまっていた。正座も悪かっただろうが。

 つつ…と側に寄っては試しに半紙を眺めてみる。
 しかし朱鷺貴は特に何もなく「あぁ、悠蝉のやつで」なんて言っている。

 新徳寺。

「面談したんですか?」
「昨日もしたけどさっきも少し。あまり宛がいなくてどうしようかと悩み中だ」

 ただ眺める翡翠に「どーした?」と朱鷺貴は聞いてきたが、ぽんと肩に手をやり「トキさん」と呼んでみる。

「ん?」

 朱鷺貴が漸くこちらを向いたところで「あい、すまへんね」と断りを入れ、がしっと両肩を掴みぐいっと倒して腹に乗ってみた。

「…え゛っ」

 判断が追い付かなかったのだろうか腹の圧迫だろうか、わからないが声を潰した朱鷺貴はしかし意外と…倒しにくかった、自分より重いのだろう。

 さっと、見るからに血の気が引いた朱鷺貴に、面白いなと思ったが、「あ゛っ」と、そう言えば足が麻痺していたのを思い出した、普通に前のめりに倒れたそれが最早攻撃になってしまったようで、再び「い゛っ」という声を聞いた。

 あまりに痛かったのだろう、そのまま咳き込んだ朱鷺貴の顔を見てみたが「なっ、はっ…!?」と驚愕顔。

 …物凄く困ってる…。
 笑いそうになり、というか笑ってしまった。

「…っは、はは!」
「うっ、やめろ゛ぉっ、痛゛ぃ」

 次にはまるで逃げようかと腕を伸ばして這おうとする朱鷺貴の様。
 しかし押し飛ばしはしないんだな、いや、押し飛ばされたら文机に頭を打ちそうだと分析をして「はいはい、」とあっさり退いてやることにする。

「な……何!?殴る気!?」

 なるほどそうか。

「い…や、うっ…ひゃひゃひゃ!おもろ、引いとるやんっ!」
「あ、当たり前だよななんなんだ一体、」
「いやはや壮士殿に夜這いでもと」
「……はぁ!?意味不明だけどなにそれ、あのクソ野郎なんの嫌がら」
「トキさんが悪いんですよ、この引き籠り!」
「…え!?なんで!?」
「全くぜーんぶ自分自分って」

 …怖いんですけど。

「…い、いや…」
「まぁわてはそう思わんけどね、寧ろどこ行ってんだよ全く、とは思いますが」
「いやここにおるよ!?」
「あーおもろかった涙出る~、」

 倒された半身を起こしふと、「…あぁ、なるほど、」と、朱鷺貴は偉く冷静になったような声をする。

「…別にな、」
「あぁ、はい」
「そう言う訳じゃないけど…」
「はいはい」
「そうだな、考えてなかったわ…」
「でしょうね」

 うーん、と眉間を揉んだがすぐに朱鷺貴は「っはははは!」と突然笑い出す。

 …やはりどこか楽観しているかも。

「…わかった、ちゃんと考えるから」
「はい」
「自分のことも」
「ですね」
「じゃあ、お前は?」
「さあ?まぁ、なんとかなるでしょ」
「そーだな、うん、そう…」

 単純ではないが。

「もう少し皆と話すよ、ちゃんと」
「…はい」
「例え変わらなくても」

 まるで禅だ。
 禅は、古くからある教えで。

「…人は生き死にを繰り返す。その間も生き死にばかりがあるなんて、酷く暗い考えだよな、確かに」

 それを割り切るかどうかと言えば。

「どうかしてるな、本当に」

 時代は今や、変わろうとしている。
 名前のないそれが弾けた様は、どんな色になるだろうか。

 では、と、「夕飯でも持ってきますね」と翡翠はけろっとした。

 全く、剽軽だ。

 随分、来たものだ。そう思える。結局誰かのなかに自分を押し付けるなど、勝手なのだと、また帳簿を睨み付けた。

 あの日の、幹斎の震えた手を思い出す。
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