Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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遠離

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 さて、と翡翠を寝かせる。
 無言で説明を待たずと勝手に、「吉田…あの、番頭を覚えてますか」と堪えたような声で話し始めた。

「番頭、てのは」
「あの……蕨のです」

 蕨の……?
 確かに、以前そう言えば長州の久坂か高杉あたりから聞いたような。

「あれがどうした」
「…ぁい、まぁ、藤嶋さんは、金清楼にいましたが」
「あぁ、そうだろうな」
「その場に居合わせまして」
「その番頭がか?」
「はい……。
 武器ってのは…はは、使わないと、鈍ですな、」

 どうも…後悔というか、自分の不甲斐なさか何か、とにかくそんな口調だ。

「…藤嶋を守った結果なのか」
「…別に、」
「じゃああれはどうした」

 死ぬタマでもないだろうけれども。

「…ちゃんと、生きてますよ」
「…そうか」

 …確かに、それは立派なことかもしれない。良い行いかもしれないが。
 複雑だ。どうしてこうもアレは、こいつを傷付けるのか。

「兎に角、それに関してはよくやったんだろうな」
「……いえ、」
「そうだな、正直素直に褒められない。
 俺は確かにあの男が急に消えたことに…そうだ、不安を露にしたのかもしれないが」
「トキさん、」
「お前が傷付いて帰ってくる理由にはならないだろ、」

 …やはり、感情を出さないのはなかなかに難しいらしい。つい、声も大きくなってしまった。
 それは勿論翡翠にも伝わったようで、「…堪忍してな」と謝るのだから…やるせない。

「いや、…うん、でも、まぁ……碌でもないぞ、お前、」
「…わかってます」
「でもじゃあ誰を責めたら良いかなんて、わからないんだよ、」
「…はい」
「ふざけるな…、皆、どうしてこう勝手なんだ、お前にはお前がいる、俺には俺がいるんだと」

 …なんなんだ、一体。

「…どうしてこうも、歯痒い。己自身が酷く小さく感じるのか、」
「トキさん、」
「なぁ」

 何を募ろうかは最早勢いのみとなってしまっていた。こんなことが言いたいわけでもない。
 ふいに翡翠が半身をあげきゅっと胸ぐらあたりを握ってくるのに、何も言えなくなってしまった。

「…わかります、わかってますよ…。わてもそうです、」

 そして歯を、ぎりっと噛む姿。

「そんな顔をさせてしまって、…不甲斐ない。わてはなんも出来ず…」
「誰も、人が傷付いていて良い気分なんてしないだろうよ、」

 責め立てる。
 これが苦しいというのも互いにわかっている、だからこそより痛いのだと、それ以上、言葉がなくなっていくのだ。

 ただ、単純で純粋なはずなのだ。
 それは全く悪意でないというのに。

「…………まぁ、」

 捻り出した言葉もまた、柵になり絡み付くものでしかなくなってしまうのに。

「丁度良い…明日から、俺は籠り業務だ」
「……え?」
「寺を、閉めようと思ってな」

 わかっていた。
 黙るのだ。

「…いつ、何時何があるかわからない。幹斎が今の立場であるならば、俺たちは知っているからまだいい。
 他の者が路頭に迷っては困ると思って…」
「…トキさん、」
「仕方がないだろう。柵とは、」
「一人で…なんでそうも考え込むんですかね」

 言われてしまえば、ハッとした。
 …傷付け合っているのは最早、どんな原理なんだというのか。

「あんた、それでいいと、」
「…あぁ。
 いいよ。いらん。それがまずは俺の完成だ、なんて…」
「…まぁ、」

 なじられもしない。
 まるで自分もそうだとでも…察するように。
 透明な、刄に近い武器なのかもしれない。それはいつだって一手が足りない。

「痛々しいか?」
「そうかもしれませんが、」
「お前もだ。…もういいよそんな、」
「………善処はしたいです。すませんね」
「…本音だ。わかり合えている気がしない…難しいんだ」
「いえ、多分」

 それだけで黙り込んだのに、やはりわかり合えて…いるからかもしれないな、なんて、結局答えは見えず、ないものだけど。

「ただ、好きにはして欲しい。そのままで、取っ掛かりもなく、自由に」
「…あい、わかりました」
「それがお前の良いところで、羨ましいところでもあるから、」

 これがこいつが言う、藤嶋の「いつか離れるとわかっていて」なんだろうか。
 これは悟られたくないものだな、と感じた。

 誰だって不完全で不平等だ。いつそれを受け入れられるのか、途方もない気がしてくる。

「取り敢えず、生きていてよかった。膿まないか心配だな」
「大丈夫です、暫く寝てますよ、すみませんが」
「ん、わかりました」

 しかし、刻み付けることと傷付けることは、実態のない分、微妙に違うことだとも感じた。

 これがこいつの良いところと、それすら切ないのが理なのかもしれなくて。どうしても傷付かずやっていくことは出来ないのだ。

「…寂しいこと言うなぁ、トキさんは」

 そう言って翡翠は寝た。
 いや、寝てないだろう、結構痛いはずだ。でも、そう、寝たのだ、今は。

 何かあったら起こしなさいとは、敢えて言わなかった。
 …それがどれ程もどかしいかなど、考えることが最近増えたような気がする。

 何事に対しても、もう少し距離が置けなければ仕方ない、濁ってしまうばかりなのに。
 不器用か、その通りだ。朱鷺貴は寺の名簿を漁り腐った。
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