Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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遠離

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「私は私で考えます、朱鷺貴殿」
「…うん」
「そしたらまた」
「わかった」

 この少年が本当に宝積寺に向かったとしても。
 向き合い対峙した先が己であったなら、そう思える。いつか、「勝手だ」と、自分を捨て己を掴めるように。

 …こんな、難しくも簡単なことを。
 利己や倫理は実態がなく、こうしていつでも足首に絡まってくる。

 「では、」と悠蝉が去ろうとしたとき、どうにもバタバタ、どこかが騒がしく音を立てた。

 なんだ?とついでに悠蝉が廊下を覗くとガタガタ、そして「悠蝉、じゃない、朱鷺貴!」と、先程までいた壮士の慌てた声がした。

 なんだ?と朱鷺貴も眺め、部屋を出ると、玄関あたりに人が集まっていた。

 駕籠屋が来ていて、どうやら翡翠を担いでいる。
 何事かと読もうとすれば「あぁ、大事ないです」と、翡翠は駕籠屋に愛想を振り撒いていた。

「いや、」

 すぐにわかった、翡翠の足元に血が付着しているのだ。

 駕籠屋は集まった寺の者を眺めるが、寺の者は朱鷺貴を眺めるのだし、自然とこちらに何かを求められる。

「お前…っ、」

 どう見ても、翡翠の顔色は悪い。
 そうか、怪我をしている側かと、まずは寄り、肩を貸すことにした。

「怪我なさっているようで、」

 駕籠屋もその説明をする。
 「まぁ、」と何か言い募ろうとする翡翠に構わず裾を開ければ、太ももにぐるぐると布が巻かれていた。
 軟膏の匂いもする。

「…おおきにな駕籠屋さん。
 すませんね皆さん、大袈裟で」
「…どうしたんだ、」

 大袈裟で、なのか、包帯の範囲が広い。

「…歩けはしまっ、すよ」
「………」

 痛そう。それが気まずそうなのだから、事はきっとコレの様子より軽くはないのだろう。

 まずは駕籠屋に「夜分すまない、いくらだ」と聞く。

「いえ、店主さんから余るほど頂きましたんで…」
「店主…」
「藤嶋さんです。あん人、大袈裟やから…」
「……」

 とにかく一旦引き取らなければ。
 駕籠屋を返して「歩けないのか」とまずは立たせた。

「……いぇ…」

 歩いて見せますよと言いたそうに足に力を入れたらしいがどうやら痛かったようだ、語尾が飲まれている。

「…全くバカタレ…、痛いには痛いんだろうが」
「まぁ…見た通りで、」
「随分範囲も広そうだな、なんだこれは」
「傷自体は浅いんで、治りは早いと思いますが」

 素直に運ばれることにしたらしい翡翠に溜め息が出つつも、「誰かすまないが御神酒を」と言い放っておいた。

 この時期は化膿も懸念のうちの一つだ。

 部屋に取り残してしまっていた悠蝉がこちらを覗き、「翡翠さん!?」と声をあげる。

「あら…悠蝉さん」
「怪我なさったんですか、」
「まぁ、転びました…」

 んなわけあるか。

 悠蝉も襖を全開にしてくれたりと、察して手伝ってくれたが流石、「薬を持ってきましょうか、どれがいいんでしょう」と話が早い。

「御神酒は頼んだ。まずは…、」

 かなりきつく縛られた布に、やっぱりそれなりなのではないかと思ったが、開いてみれば案外、出血は少しだけだった。
 処置がよかったのかもしれない。

 縦一本、何か刃物だろう切り口がすっと綺麗に走っている。
 明らかに人為的な物だが、刀傷ではなさそう、…もう少し切り口が広い…苦無か、と検討を付けた。

 だとしたら…なんだ?自分でやりでもしたのか、それとも取り出す際に何か、まごついたのかなんなのか…。
 何れにせよ刃物を持ち出す事態だったわけだ。

「…確かに深くはなさそうだが、どうしたこれは」
「…少々、口論になったんです」

 しかし、ならば藤嶋がやったというのか?傷を見る限り殺す意思は確かになさそうだが、果たしてこの傷が付く状況とはなんなのか。
 歩くのは辛いらしい。駕籠屋を呼んだくらいなのだから。じゃあ、なんだ?

 小姓の一人が酒を持ち、壮士を含めた他数名も心配そうにやってきた。
 「大丈夫なんですか!?」と動揺した者もいる。

「染みるぞ、歯ぁ食い縛れ」

 言いながら酒を吹っ掛ければやはり声にならず翡翠は痛がっている。傷も新しいだろう。
 「うっ、」と別の誰かすらも痛がる様だ。

 悠蝉が濡れた畳を拭き、翡翠の足の下に手拭いを敷いてくれた。
 血はまだ少しは出てきたが、暫くそれを晒しておくことにした。

「…何があった」
「…ぇえ、」

 声を潰しながら「斬られまして、」なんて当たり前なことをほざく。

「藤嶋か」
「…いえ、」
「誰だ一体、」

 自然と怒気が籠るのに、仕方なく息を殺し下げる。
 ともかくと、「皆おおきに」とまわりを解散させることにした。

「悠蝉、引き留めるようで悪かった。あとは俺が引き取る」
「いえ…」

 目が気にならないようにと、その言葉を聞いた悠蝉は察したように、「では、」と襖を閉め、皆を引き受けてくれた。
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