46 / 129
遠離
3
しおりを挟む
笑いそうになってしまう。
取り残された悠蝉を見て、まぁしっかりせねば、しかし、また違うと「悠蝉」と呼んでおいた。
「つまりこの寺には何も残らないという話だ。あのアホ法師の柵とやらは絶たれる」
「は、」
「俺は明日から檀家や寺院を虱潰しに歩き、ここの者達の行く場所をどうにか探さねばと」
「…なんで、」
「いつ焼き打たれても構わないようにだ。俺なりの始末だがどうだろうか。あてがった手前、君には最初に言っておきたかった」
…勝手だ。
誰が勝手だったのかと言えば、誰も勝手ではないが、寺の者はそうして集まった。
「……酷い話です」
「あぁ、そうだろう」
「私は納得もいかんからまぁ、新派やなく、持ち出して行こうかと…朱鷺貴、お前に賛同する者はどれ程いるかな」
「壮士殿…?」
「こいつは謂わば賊やで、悠蝉。世話になった最高僧を捨てようなど、恥を知れ朱鷺貴」
「了見が狭いですね。俺は元々仏教、いや、神様なんて信じていない」
「…それがお答えですか、朱鷺貴殿」
「あぁ、だから君がどうしたって」
「やはり宝積寺へ向かいます」
どうにも変わらなそうか…。
幹斎も、いっそ悠蝉にもう少しだけ与えてあげればよかったものを…それからでも、よかったじゃないか。
壮士にも少し動揺はあったらしく「お前、」と詰まりそうに続けた。
「…何を言うか、……朱鷺貴、」
「…あ、あぁはい」
「お前この子供にそう押し付けて…なんと情けない」
…実は、案外考える人なんだよなと、少し喉元を下げ「悠蝉、」と諭す心境になる。
確かに、話さなければよかったか…いや、そもそも幹斎を含めた自分も勝手なのだ。
「宝積寺には行けないよ」
「…何故、」
「あちらは今や話題の長州過激派の巣窟だ、疑心暗鬼に至っているだろう。足を踏み入れる前に殺されるかもしれない。事実、俺の元に文すら」
「だったらなんだって言うんですか」
…気の強い。
流石だが、…そうだな。
「もとはと言えば誰が悪いんですか、私には皆勝手に見える。朱鷺貴殿、それも含めて私に話したのではないのですか」
「………」
そうだったかもしれない。
「…聞いてなかったのですか、お前は。仏教に於いて生き死にの話しなどは禁句です。ましてや死など。大罪で」
「…いや、壮士殿」
逆説かもしれないな。
「確かにあんたのそれが正しい。悠蝉、そう言うことだ。お前が死ぬと宣言するならば俺はお前を止めなければならなくなった」
「…は?」
「そう言うことだ悠蝉。甘い。お前が何をしようと……勝手だな。別にいいけれども。だが忘れるな、そしてそうなら数々、関わったものをも揺るがすと…」
我ながら恐らくはこの気の強い少年に…まぁ、当てられたのだろうか、随分怒ったような口調だ、これほど作ることが出来るようにもなったのかと自分で感心する。
「…俺のようになるんじゃない。
わかったらこの話はおしまいだ。今のところそれぞれなんとなく、寺院は頭に浮かべている。こうして面談は行うが」
「それは」
「押し付けだな。しかし圧を掛けるつもりはない。
清水寺の下に高台寺という寺がある。そこはかつて俺が足を運んだ場所だ。実態は佐幕勤王を吟っているが。頭に入れておいてくれ」
「…佐幕?」
「もしくは…壬生寺かな。知っての通り知り合いだ。彼らも今や打倒長州と」
「…けしかけるのですか、朱鷺貴殿」
「いや」
ただただ、少し興味はあるんだが。
一度目を閉じる。いつでも酷な方を、か。言われてみればそうかもしれないな。こんなにも胸が痛い。
「………」
悠蝉は黙りこけ何かを考え始めたようだった。
壮士は「馬鹿馬鹿しい、」と、聴覚では否定的だが、初めてだ、微妙に切ないような、何か慮るような目付きをしてくるのだから、いままでのことが回想されていく。
「お前など、…神を語る資格もない。やっていけんな朱鷺貴」
「そうですね」
「私は私で勝手にやろう」
「そうしてください。助かります」
考える機会は沢山あった。
この、暇で平和な世界に飛び込んでから。なのに、どうしても気付かなかったことは次々と沸いてくる。
これも、知恵の完成かと思えば、やはり皮肉でしかない。いや、単純にもう、ぎゅっとするのだ。
自分はこれを耐える器ではない…そう思い続けている。だから先を見なければならないのだ。
せめて、だからこそこうはなるなと、自分の本音が少し出ただけだ。
言って欲しかった物だよ、幹斎和尚。これは酷く勝手で…そして生温い。
壮士が呆れたような態度を取り去って行く。
悠蝉はまだ、座り込み拳を固め俯いていた。
「…朱鷺貴殿、」
声も潰れそうだ。
「私が教わったことは、一体なんだったんでしょう」
「…それは、」
答えられない。
禅問答にそもそも、答えなんて書いてはいないのだから。“正しいか”すら、形を成さない。
「…でも、少しだけわかった気もします」
「…それは、何よりだ」
捨てないで欲しい。本当は。
取り残された悠蝉を見て、まぁしっかりせねば、しかし、また違うと「悠蝉」と呼んでおいた。
「つまりこの寺には何も残らないという話だ。あのアホ法師の柵とやらは絶たれる」
「は、」
「俺は明日から檀家や寺院を虱潰しに歩き、ここの者達の行く場所をどうにか探さねばと」
「…なんで、」
「いつ焼き打たれても構わないようにだ。俺なりの始末だがどうだろうか。あてがった手前、君には最初に言っておきたかった」
…勝手だ。
誰が勝手だったのかと言えば、誰も勝手ではないが、寺の者はそうして集まった。
「……酷い話です」
「あぁ、そうだろう」
「私は納得もいかんからまぁ、新派やなく、持ち出して行こうかと…朱鷺貴、お前に賛同する者はどれ程いるかな」
「壮士殿…?」
「こいつは謂わば賊やで、悠蝉。世話になった最高僧を捨てようなど、恥を知れ朱鷺貴」
「了見が狭いですね。俺は元々仏教、いや、神様なんて信じていない」
「…それがお答えですか、朱鷺貴殿」
「あぁ、だから君がどうしたって」
「やはり宝積寺へ向かいます」
どうにも変わらなそうか…。
幹斎も、いっそ悠蝉にもう少しだけ与えてあげればよかったものを…それからでも、よかったじゃないか。
壮士にも少し動揺はあったらしく「お前、」と詰まりそうに続けた。
「…何を言うか、……朱鷺貴、」
「…あ、あぁはい」
「お前この子供にそう押し付けて…なんと情けない」
…実は、案外考える人なんだよなと、少し喉元を下げ「悠蝉、」と諭す心境になる。
確かに、話さなければよかったか…いや、そもそも幹斎を含めた自分も勝手なのだ。
「宝積寺には行けないよ」
「…何故、」
「あちらは今や話題の長州過激派の巣窟だ、疑心暗鬼に至っているだろう。足を踏み入れる前に殺されるかもしれない。事実、俺の元に文すら」
「だったらなんだって言うんですか」
…気の強い。
流石だが、…そうだな。
「もとはと言えば誰が悪いんですか、私には皆勝手に見える。朱鷺貴殿、それも含めて私に話したのではないのですか」
「………」
そうだったかもしれない。
「…聞いてなかったのですか、お前は。仏教に於いて生き死にの話しなどは禁句です。ましてや死など。大罪で」
「…いや、壮士殿」
逆説かもしれないな。
「確かにあんたのそれが正しい。悠蝉、そう言うことだ。お前が死ぬと宣言するならば俺はお前を止めなければならなくなった」
「…は?」
「そう言うことだ悠蝉。甘い。お前が何をしようと……勝手だな。別にいいけれども。だが忘れるな、そしてそうなら数々、関わったものをも揺るがすと…」
我ながら恐らくはこの気の強い少年に…まぁ、当てられたのだろうか、随分怒ったような口調だ、これほど作ることが出来るようにもなったのかと自分で感心する。
「…俺のようになるんじゃない。
わかったらこの話はおしまいだ。今のところそれぞれなんとなく、寺院は頭に浮かべている。こうして面談は行うが」
「それは」
「押し付けだな。しかし圧を掛けるつもりはない。
清水寺の下に高台寺という寺がある。そこはかつて俺が足を運んだ場所だ。実態は佐幕勤王を吟っているが。頭に入れておいてくれ」
「…佐幕?」
「もしくは…壬生寺かな。知っての通り知り合いだ。彼らも今や打倒長州と」
「…けしかけるのですか、朱鷺貴殿」
「いや」
ただただ、少し興味はあるんだが。
一度目を閉じる。いつでも酷な方を、か。言われてみればそうかもしれないな。こんなにも胸が痛い。
「………」
悠蝉は黙りこけ何かを考え始めたようだった。
壮士は「馬鹿馬鹿しい、」と、聴覚では否定的だが、初めてだ、微妙に切ないような、何か慮るような目付きをしてくるのだから、いままでのことが回想されていく。
「お前など、…神を語る資格もない。やっていけんな朱鷺貴」
「そうですね」
「私は私で勝手にやろう」
「そうしてください。助かります」
考える機会は沢山あった。
この、暇で平和な世界に飛び込んでから。なのに、どうしても気付かなかったことは次々と沸いてくる。
これも、知恵の完成かと思えば、やはり皮肉でしかない。いや、単純にもう、ぎゅっとするのだ。
自分はこれを耐える器ではない…そう思い続けている。だから先を見なければならないのだ。
せめて、だからこそこうはなるなと、自分の本音が少し出ただけだ。
言って欲しかった物だよ、幹斎和尚。これは酷く勝手で…そして生温い。
壮士が呆れたような態度を取り去って行く。
悠蝉はまだ、座り込み拳を固め俯いていた。
「…朱鷺貴殿、」
声も潰れそうだ。
「私が教わったことは、一体なんだったんでしょう」
「…それは、」
答えられない。
禅問答にそもそも、答えなんて書いてはいないのだから。“正しいか”すら、形を成さない。
「…でも、少しだけわかった気もします」
「…それは、何よりだ」
捨てないで欲しい。本当は。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
Get So Hell? 2nd!
二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末。
For full sound hope,Oh so sad sound.
※前編 Get So Hell?
※過去編 月影之鳥
大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜
雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。
そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。
これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。
主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美
※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。
※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。
※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。
陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――
黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。
一般には武田勝頼と記されることが多い。
……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。
信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。
つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。
一介の後見人の立場でしかない。
織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。
……これは、そんな悲運の名将のお話である。
【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵
【注意】……武田贔屓のお話です。
所説あります。
あくまでも一つのお話としてお楽しみください。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる