Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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静寂と狭間

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 …やりそうだな、藤嶋なら。

「お前らの面倒なんて見たことねぇよ。お前が言ってんのは関白の話だろ?なら、鷹司は充分まだ、見捨ててないだろうけど…っはははは!」

 まるでおかしいと言いたそうに藤嶋は笑う。

「…まぁ、良い嗅覚だな。吉田稔麿と言ったか。
 あの首を持ってきたのは藤宮という男だろ?しかし、あれはお前たちにそれほど益のあった官僚だったのか?」
「…は?」

 そして吉田は、まるで拍子抜けしたように一瞬気を納めた。

「…お前ら全員、頭悪ぃよな。バーカ。保身に人頼ってんじゃねぇよ。公家もなぁ、なんで戦えないかわかるか?お前も今言ったろ?世間知らずだからだよ」

 意味もなくなったからか、藤嶋は戸を離れ当たり前に茶を煎れ始める。
 そこで漸く翡翠を見、「で、お前はなんなの?」と聞いてくる。

「…別に。あの坊主がそわそわそわそわ落ち着かんので。一言言うてやったらええのに」
「なんで?」
「…そういうところやで藤嶋さん。あんた、わざわざそんなせんでも、充分性格悪いんやから、ただ迷惑になるだけです」
「っはは!
 で、なんだ?」

 うん、そうだな。

「“知ることもなければ”ですね。
 吉田さん、あんた八徳ってあったでしょう?つまりそういうことですよ。影できっと“忘八”と呼ばれてますからね」
「…なるほど?」

 そしてくつくつと「…っははははは!」とこちらも笑い出すのだから、あぁ、充分気が可笑しいのだと思った。

「…僕ぁね、藤嶋さん。
 あんたの言うつまらない現象とおさらばし、あんたと心中しても良いと思ってんですよ」
「やーだよっ。お前みたいな品のないガキは好みじゃない」
「あっそうですか…」

 吉田のあまりに落ち着いた声色に、一瞬反応が遅れてしまった。
 吉田が脇差しの鯉口を切り刃を少しちらつかせたあたりで「あっ、」と、翡翠は咄嗟に、吉田を膝立ちの状態で後ろから押さえたが。

「……っ、」

 抵抗するようなその手の力に、そうだ以前も押されたのだと思い出す。

「…あれ、あんたなんか、腑抜けたな。もう少し早かった、ような、」
「……っ、」
「このままだとすっぱり、刃先が胴あたりを掠めるんじゃねぇかなぁ、」

 吉田はそう言って刀を引き戻したが、同時に柄の先で腹あたりを軽く突かれた。
 ふいに、柄を持っていたその左手が太股に伸ばされた、と思った瞬間に気付いた、苦無がさっと抜かれ…。

「っ……!」

 太股に冷たい刃先が伝う、痛みが走った。
 性格が悪い、まるでなぶるようにさーっと一本傷を付けられる。

「流石だな、声すら出さないなんてな、」

 うるさい、出ないんだよこういう時……。

 びしゃっと何かが少し掛かり、傷に染みた。
 同時にがんっと、鈍い音、そして吉田の手も苦無も弾かれ、流石に少し、互いに声が漏れた。
 視界に、茶飲み。

 藤嶋が怒りを露にし、眉を潜め息を殺して茶飲みを投げたようだった。

 ガクッと、体勢が崩れてしまう。

 吉田が「痛ぇな、」と、まるでぼんやりとその手を眺めていた。

「……怒らせましたか」
「とっとと帰んな。俺を殺したくば貴様らで来いよクソッタレ、」
「………」

 何を察したのかはわからない。
 吉田はすっと立ち「残念だ」と吐き捨てる。

「上官は皆平和主義だな、反吐が出る。死神が聞いて呆れた」

 そして手首を回し「あぁ痛い」と皮肉を言って部屋を去っていった。

 戸が閉められるとまず藤嶋は、「何やっとんだこのアホが、」と怒り、がさがさと慌てたように薬箱を漁る。

 初めて見たかもしれない、どうやら藤嶋は切羽詰まっている。
 イライラと通仙散か軟膏かと出し、箪笥を漁り始めたので「大事ないで、藤嶋さんっ、」と、腹に力を入れて声を出した。

「……少々、痛いですけどね…、慣れてます」
「うるさい、」

 んなわけねぇよと言う藤嶋に…気が抜けたわけではないが兎に角仰向けになった。

 不覚だ。確かに寺での平和な生活に慣れていた。これも「世間知らず」なのだろうか…。
 「なんこーで、充分やから、」と言ったはいいが何故か、急激に泣きそうになり目を腕で隠す。

 どうしたというのだろう。この、逼迫した空気だろうか。

 さささっと藤嶋が側に寄り、かぽっと開けた酒をぶっ掛けてくる。

「……ぅっ、」
「痛ぇだろ、」

 流石に歯の間から声が出る、かなり染みた。
 傷を見て「全くホンマに性根の悪い、品もない、」等とぶつぶつ言っている。
 少し腕をずらして見たら、藤嶋は自分の趣味ではないだろう女物の帯に、軟膏を塗っていた。

 …バカだなぁ、この人。全く碌でもない。

「……へたくそっ、」

 声が切れて弱々しくなった。
 一度その手が止まったのがわかる。しかし思い切りぎゅっと絞られ「うるせぇよ」と言われた。

 軋む。

「浅い。筋だし…朝には血は止まるだろう…。
 飯か、飯だな。料理長に言って」
「ええです帰ります」
「動くんじゃねぇよ…アホかお前は、全く」
「…だから、どのみち…ぼーずも心配してますし、」
「無理だから。お前が悪い」

 全く。

「バカはあんたや、この忘八っ!」
「うるさい」

 ふと、藤嶋は頭に手を当ててきて…えらくゆったり、撫でてくる。

 何事もないように部屋から出ていったとわかり、そのパタリとした静寂に少しだけ…息がしにくく歯を噛んだ。

 それはまるで、刄を喉元に当てるように。
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