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手紙
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八月十七日
従三位権中納言 三条実美
正二位行権中納言 三条西季知
従四位上行侍従 四条隆謌
正四位下行左近衛権少将 東久世通禧
従四位上行修理権大夫 壬生基修
従四位上行右馬頭 錦小路頼徳
正五位下行主水正 澤宣嘉
上、七名。八月十八日より下京を命じる。
三条実美、三条西季知の処罰に於いては追って朝議後、官位剥奪を正式とする。
「…ここに藤嶋殿は居ないというのか、」
荒を沈めた声を吐いたのは若者だった。
今し方、まるで苛ついて叩きつけてきた内容に、「経文と空見したわ…」等とは言えなくもなる。
宝積寺。
一瞬にして雰囲気が、まるで戦場へと変わってしまった。
阿修羅のような怒気を放つ若者に、「確かに、いない」と、幹斎は対応に追われていた。
これが恐らく最近耳に聞く「三条実美」だろうと身なりで予想がつく。齢はいくつかと聞いたことはなかったが、恐らくは朱鷺貴とそう変わりはないか。気の強い眼差しを思い出す。
「三条様、」
萩の若手が前に出た。
三条実美は「吉田か、」と、食いつくよう。
「見ろ、これを、」と息も荒げて文を横流しにした。
冷たい眼差しでそれを流し目に見た吉田は「真木さん」と、寺に在中していた初老の男へ更に文を横流しにする。
現在、堂には長州の者がいくらか集まってきていたところだ。
三条実美率いる7名も加わり、よもや盆過ぎ、忙しさの様が変わっていた。
最終的にその文は、昨日ほどに落ち会った久坂という若者に渡り「どういうことだ、」と更に殺気立ってゆく。
「大和行幸も、」
「裏、知れたんでしょうか」
真木と吉田がまるで詰め寄るよう。それに三条実美は「知らん、」と吐き捨てる。
「行幸自体も取り止めだ、…英国への賠償金、それと、薩摩に工作したのではないかと問われた」
「まぁ、墓参りなんて別に良いですよ。折りたくない腰なんでしょう。別で返せば」
「…待て、稔麿。よもや、やはり高杉が言う通り、時期尚早なんではないのか」
「また、晋作兄さんですか?」
吉田と久坂が一気に、対立したようだった。
息がピンと張る。
「…では、いつだというのかな久坂殿」
「…まず、工作とはなんだ、何をした一体、」
「先の姉小路殿の件ですよ」
「…なんだと?」
その件か…。
知ってはいたが幹斎は黙るのみ。確かに、藤嶋も「杜撰だ」と語っていた件だ。
「あれが、」
「兄さん、下関にいましたからねぇ。
土佐を抜けた那須信吾という男が証言したんです。バカな下級の薩奸がやったと。
その証言した方は藤宮さんがこちらに引き入れた男で」
「…なんだ、それは」
知らない久坂と三条実美が顔を見合わせる。
「これではっきりしましたね。天皇は島津に吹き込まれているんですよ」
「しかし、ならわからない。何故だ。
藤嶋の名はここにない。あれは長州の……鷹司の人間だ、何故生き残る」
更に張り詰める。
…読めなくなってきた。口には出さないが幹斎は藤嶋の人と成りを知っている。あれは……。
「…鷹司の?」
「…そうか。それは本当か三条殿」
「そうだ、あれは只者ではない。
だから会いに来た。まずはあれと会って話をせねば」
「…鷹司家が見方だと言えるんですか。
僕は下級の若造なんでわかりませんが、三条殿。それは一体誰なんですか」
「…あれは、言うなれば“神の子”だ」
神の子。
久坂は唸るように「あれが…?」と呟いた。
神の子とは。
よもや、もしや…。
いや、だとしたらば。
この繋がりはただの、一本の糸だったとすれば…。
「なるほど」
「坊主が、」
幹斎が発言しようとしたのと被るように「待て、」と、久坂が冷静に言い放つ。
「つまり我々は今、汚名も着せられているということか…?」
「だから、何故、」
「知の兄さん、事は冷静に見ましょうよ。あんた、何にすがってるんですか」
「…すがるのではなく、」
「そんなもの、わかりませんか?敵はいまや神そのものなんですよ」
……この若者は。
「…寺でそんな物騒な話はやめてくれないか、吉田殿」
「坊主は黙ってて頂けませんか。僕らはいま生き死にが掛かっている」
「確かにその通りだ吉田。
…我々はまず、強制的に萩へ帰る。しかし…ただで帰るとは誰も言っていない」
…どうして、こうも。
「兄さん、僕も同意見だ。あんたらは上品すぎる。僕は、玉砕するなら大砲を持って突っ込みますよ。勉強ばかりでは面白くも洒落てもいない」
「稔麿、」
「先生は言ったんじゃないんですか久坂の兄さん」
久坂はそれに押し黙った。
「…まだ、」
「例えば…晋作兄さんが同じ事を言っても僕は変わりませんよ。
僕は昔から思っていました、あんたらとは根っから気が合わない」
「違う、」
「貴方の空論は聞き飽きた、それを許さない、と。
僕はね、ならば破壊神と心中も悪くないと思っている」
不機嫌にそう言ってどこかへふらっと行こうとする若造に「待て稔麿!話を聞け!」と、久坂は声を掛ける。
「…必ず戻しますよ、三条殿。私は神職です。まずは休める場所を探してきますね」
結局、その場で解散してしまった。
…志士というのは。
だがしかし、何を盲信と言えるのだろうか。ただただ彼らは皆等しく、戦っている。
一人、俯いて両手を締める久坂が残った。
その震える背にただ、「何故、死に急ぐか…」と、他人行儀になる。
「…違う…、我々はただ、生き急ぐのだ。
師は…、そうだった、はずだ。何も悪い訳じゃなかった…っ、」
「……」
伝承とは。
…どうしてこうも、分かり合えないのか。朱鷺貴を思い出した。
端から、託す者はただの勝手なんだと、何故彼らの師は、そして誰も…言ってやらなかったのだろうか。
従三位権中納言 三条実美
正二位行権中納言 三条西季知
従四位上行侍従 四条隆謌
正四位下行左近衛権少将 東久世通禧
従四位上行修理権大夫 壬生基修
従四位上行右馬頭 錦小路頼徳
正五位下行主水正 澤宣嘉
上、七名。八月十八日より下京を命じる。
三条実美、三条西季知の処罰に於いては追って朝議後、官位剥奪を正式とする。
「…ここに藤嶋殿は居ないというのか、」
荒を沈めた声を吐いたのは若者だった。
今し方、まるで苛ついて叩きつけてきた内容に、「経文と空見したわ…」等とは言えなくもなる。
宝積寺。
一瞬にして雰囲気が、まるで戦場へと変わってしまった。
阿修羅のような怒気を放つ若者に、「確かに、いない」と、幹斎は対応に追われていた。
これが恐らく最近耳に聞く「三条実美」だろうと身なりで予想がつく。齢はいくつかと聞いたことはなかったが、恐らくは朱鷺貴とそう変わりはないか。気の強い眼差しを思い出す。
「三条様、」
萩の若手が前に出た。
三条実美は「吉田か、」と、食いつくよう。
「見ろ、これを、」と息も荒げて文を横流しにした。
冷たい眼差しでそれを流し目に見た吉田は「真木さん」と、寺に在中していた初老の男へ更に文を横流しにする。
現在、堂には長州の者がいくらか集まってきていたところだ。
三条実美率いる7名も加わり、よもや盆過ぎ、忙しさの様が変わっていた。
最終的にその文は、昨日ほどに落ち会った久坂という若者に渡り「どういうことだ、」と更に殺気立ってゆく。
「大和行幸も、」
「裏、知れたんでしょうか」
真木と吉田がまるで詰め寄るよう。それに三条実美は「知らん、」と吐き捨てる。
「行幸自体も取り止めだ、…英国への賠償金、それと、薩摩に工作したのではないかと問われた」
「まぁ、墓参りなんて別に良いですよ。折りたくない腰なんでしょう。別で返せば」
「…待て、稔麿。よもや、やはり高杉が言う通り、時期尚早なんではないのか」
「また、晋作兄さんですか?」
吉田と久坂が一気に、対立したようだった。
息がピンと張る。
「…では、いつだというのかな久坂殿」
「…まず、工作とはなんだ、何をした一体、」
「先の姉小路殿の件ですよ」
「…なんだと?」
その件か…。
知ってはいたが幹斎は黙るのみ。確かに、藤嶋も「杜撰だ」と語っていた件だ。
「あれが、」
「兄さん、下関にいましたからねぇ。
土佐を抜けた那須信吾という男が証言したんです。バカな下級の薩奸がやったと。
その証言した方は藤宮さんがこちらに引き入れた男で」
「…なんだ、それは」
知らない久坂と三条実美が顔を見合わせる。
「これではっきりしましたね。天皇は島津に吹き込まれているんですよ」
「しかし、ならわからない。何故だ。
藤嶋の名はここにない。あれは長州の……鷹司の人間だ、何故生き残る」
更に張り詰める。
…読めなくなってきた。口には出さないが幹斎は藤嶋の人と成りを知っている。あれは……。
「…鷹司の?」
「…そうか。それは本当か三条殿」
「そうだ、あれは只者ではない。
だから会いに来た。まずはあれと会って話をせねば」
「…鷹司家が見方だと言えるんですか。
僕は下級の若造なんでわかりませんが、三条殿。それは一体誰なんですか」
「…あれは、言うなれば“神の子”だ」
神の子。
久坂は唸るように「あれが…?」と呟いた。
神の子とは。
よもや、もしや…。
いや、だとしたらば。
この繋がりはただの、一本の糸だったとすれば…。
「なるほど」
「坊主が、」
幹斎が発言しようとしたのと被るように「待て、」と、久坂が冷静に言い放つ。
「つまり我々は今、汚名も着せられているということか…?」
「だから、何故、」
「知の兄さん、事は冷静に見ましょうよ。あんた、何にすがってるんですか」
「…すがるのではなく、」
「そんなもの、わかりませんか?敵はいまや神そのものなんですよ」
……この若者は。
「…寺でそんな物騒な話はやめてくれないか、吉田殿」
「坊主は黙ってて頂けませんか。僕らはいま生き死にが掛かっている」
「確かにその通りだ吉田。
…我々はまず、強制的に萩へ帰る。しかし…ただで帰るとは誰も言っていない」
…どうして、こうも。
「兄さん、僕も同意見だ。あんたらは上品すぎる。僕は、玉砕するなら大砲を持って突っ込みますよ。勉強ばかりでは面白くも洒落てもいない」
「稔麿、」
「先生は言ったんじゃないんですか久坂の兄さん」
久坂はそれに押し黙った。
「…まだ、」
「例えば…晋作兄さんが同じ事を言っても僕は変わりませんよ。
僕は昔から思っていました、あんたらとは根っから気が合わない」
「違う、」
「貴方の空論は聞き飽きた、それを許さない、と。
僕はね、ならば破壊神と心中も悪くないと思っている」
不機嫌にそう言ってどこかへふらっと行こうとする若造に「待て稔麿!話を聞け!」と、久坂は声を掛ける。
「…必ず戻しますよ、三条殿。私は神職です。まずは休める場所を探してきますね」
結局、その場で解散してしまった。
…志士というのは。
だがしかし、何を盲信と言えるのだろうか。ただただ彼らは皆等しく、戦っている。
一人、俯いて両手を締める久坂が残った。
その震える背にただ、「何故、死に急ぐか…」と、他人行儀になる。
「…違う…、我々はただ、生き急ぐのだ。
師は…、そうだった、はずだ。何も悪い訳じゃなかった…っ、」
「……」
伝承とは。
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