30 / 129
手紙
3
しおりを挟む
翡翠は壬生寺に赴いた。
忙しなく、確かに坊主ではない、帯刀した者達ばかりが目立ち、その中にいた先日の斎藤が、「おや、」と気付いてくれた。
翡翠は頭を少し下げ「こんにちは」と挨拶を返す。
……どうも。
彷徨いている者達は皆、目は合わせるらしい。それはまるで顰蹙そうというより、“メンチ切り”のような殺伐さ。
随分、聞いていたよりも隊員は増えているようだ。
斎藤が然り気無く手で皆を制し、「條徳寺の」と、特に因縁もなくさっぱりとわざわざ声を掛けてくれた。
「何かございましたか」
「いえ…まぁ…」
翡翠が雰囲気を気にしていると察したのか、斎藤はふと、「副長でしたら空いてますよ」と言った。
それで漸く、ごろつきのような隊員達の殺意に似た空気は一切、なくなった。
「少々そこまでは歩くか…」
「…ん?」
「今丁度、側の西本願寺にお出掛けになっているんですよ。すぐに戻るはずなんですが…恐らく」
そう言いながら斎藤はやはり然り気無く翡翠を門の外へ促し、「すみませんね」と小声で言った。
「今朝から少々忙しくて。加えて隊員もまぁ、身分も疎らで失礼な態度をしてしまいましたね」
「いえ。ぼちぼちなようで何よりです」
「私がお伺いしても宜しいのですが」
「あ、まぁ…」
「そうですよね。では、そこまで送ります」
随分と鋭い男だ。瞬時にそう読み取った。
恐らく、それは斎藤自身も自分に対して思っているだろう。
どうも、この男、勘のようなものだが自分と同じ匂いがしてならない。
それは、会ったことのある試衛館の連中とも、また少し違った匂いで。
「…お西さんとは…」
「あぁ、まぁご近所さんなので」
含みがあるような気がする。
まぁ、ここが本当にそれだけの存在になったのかもしれないと思えば、安心するような、それとも…と、目的は思い出す。
斎藤へは特に掘り下げることをやめた。
…これほど、世知辛くもなったものだな。
西本願寺の門あたりで、丁度土方と遭遇した。
前より上等な着物で、赤漆の、装飾も良い刀を下げている。
まるで垢抜けたようだ、一気に。
「お、さっぱりしたな。おめぇか」
「どうも」
「元気そうじゃねぇか」
土方が斎藤をチラッと見ると、「お連れ致しました」とだけ告げる。
「寺が暇になりまして。少々お話し相手になっては頂けないやろかと思ったんやけど、忙しいやろかねぇ」
特に嫌味でもなく、「お陰様でな」と爽やかに土方は返してくる。
「まぁ折角来たんだ、茶でも出すよ。まだ馴染まねぇが」
そう言うと土方は後ろ、西本願寺を当たり前に指す。
どういう了見か謎ではあったが、斎藤はそれを見て土方の顔を伺っている。
特に何も言わずくるっとまた西本願寺へ向いた土方に察したようで、斎藤は翡翠の側に付いたままとなった。
土方は当たり前のように…外れの、どうやら“鼓楼”の戸を開けた。
最早私物化と言うべきなのか、それなりの武器があった。運び込んだに違いない。
…まさか、本当に人様の敷地に押し入ってしまったのではないか、この人は。
京の人から嫌われそうだな、なんせここは“お西さん”だ。罰当たりに感じる。
「こんな場所で悪ぃな。
斎藤、坊主から茶を貰ってきてくれねぇか?」
「…あ、いえ、お構い無く」
疑惑も少しは固まった。
「そうかい?」とその場に座った土方は堂々としている。
「ほんで、話ってのはなんだい?」
忙しないのは本当らしい。それとも江戸っ子の性分だろうか。単刀直入だった。
「…まぁ、大した話やないんやけど…。
小耳に挟んだんですが、先日大阪の力士と悶着があったと…」
「……ほう?」
その、まるで射抜くような黒目は何を考えているのかわからない、そんな風格だった。
「…西の作法を教授に。大阪者は厄介なんで、お気を付けてくださいねと…お見受けしたところ幸先は良いではありませんか」
「……その話をどこから聞いたかは知らんが」
「京の商売人には回る話です。彼は、こちらでは名の聞くお方なんで」
「なるほどなぁ。
これは雑談だとして。お前さん、南條の下に就く前、茶屋にいたんだよな」
…なるほど。
「そうですが」
「郭で売られるのは大抵、元は武家やらそれなりの商家やらの倅だと…お座敷の決まりを知れたよ」
「…まぁ、大抵はそうやろうね」
「お前さん、名字帯同はしてたんかい?
…まぁ、過去の因縁は話てぇもんじゃねぇんだろうが」
…勿論、それもここにとっては深く関わる話かと、まぁただで来たわけでもない。
道何本か先の御所が自然と頭に浮かんだ。
つまり、藤嶋の素性くらいなら掴んでいるのかもしれない。それなら随分と立派な仕事をしているようだ。
「…やはりあんさんには敵いませんな。
そうですね、正確に名乗る機会もありませんでした。
わては、藤宮翡翠と申します」
「なるほど」
この、ひっそりとした武器庫。
忙しなく、確かに坊主ではない、帯刀した者達ばかりが目立ち、その中にいた先日の斎藤が、「おや、」と気付いてくれた。
翡翠は頭を少し下げ「こんにちは」と挨拶を返す。
……どうも。
彷徨いている者達は皆、目は合わせるらしい。それはまるで顰蹙そうというより、“メンチ切り”のような殺伐さ。
随分、聞いていたよりも隊員は増えているようだ。
斎藤が然り気無く手で皆を制し、「條徳寺の」と、特に因縁もなくさっぱりとわざわざ声を掛けてくれた。
「何かございましたか」
「いえ…まぁ…」
翡翠が雰囲気を気にしていると察したのか、斎藤はふと、「副長でしたら空いてますよ」と言った。
それで漸く、ごろつきのような隊員達の殺意に似た空気は一切、なくなった。
「少々そこまでは歩くか…」
「…ん?」
「今丁度、側の西本願寺にお出掛けになっているんですよ。すぐに戻るはずなんですが…恐らく」
そう言いながら斎藤はやはり然り気無く翡翠を門の外へ促し、「すみませんね」と小声で言った。
「今朝から少々忙しくて。加えて隊員もまぁ、身分も疎らで失礼な態度をしてしまいましたね」
「いえ。ぼちぼちなようで何よりです」
「私がお伺いしても宜しいのですが」
「あ、まぁ…」
「そうですよね。では、そこまで送ります」
随分と鋭い男だ。瞬時にそう読み取った。
恐らく、それは斎藤自身も自分に対して思っているだろう。
どうも、この男、勘のようなものだが自分と同じ匂いがしてならない。
それは、会ったことのある試衛館の連中とも、また少し違った匂いで。
「…お西さんとは…」
「あぁ、まぁご近所さんなので」
含みがあるような気がする。
まぁ、ここが本当にそれだけの存在になったのかもしれないと思えば、安心するような、それとも…と、目的は思い出す。
斎藤へは特に掘り下げることをやめた。
…これほど、世知辛くもなったものだな。
西本願寺の門あたりで、丁度土方と遭遇した。
前より上等な着物で、赤漆の、装飾も良い刀を下げている。
まるで垢抜けたようだ、一気に。
「お、さっぱりしたな。おめぇか」
「どうも」
「元気そうじゃねぇか」
土方が斎藤をチラッと見ると、「お連れ致しました」とだけ告げる。
「寺が暇になりまして。少々お話し相手になっては頂けないやろかと思ったんやけど、忙しいやろかねぇ」
特に嫌味でもなく、「お陰様でな」と爽やかに土方は返してくる。
「まぁ折角来たんだ、茶でも出すよ。まだ馴染まねぇが」
そう言うと土方は後ろ、西本願寺を当たり前に指す。
どういう了見か謎ではあったが、斎藤はそれを見て土方の顔を伺っている。
特に何も言わずくるっとまた西本願寺へ向いた土方に察したようで、斎藤は翡翠の側に付いたままとなった。
土方は当たり前のように…外れの、どうやら“鼓楼”の戸を開けた。
最早私物化と言うべきなのか、それなりの武器があった。運び込んだに違いない。
…まさか、本当に人様の敷地に押し入ってしまったのではないか、この人は。
京の人から嫌われそうだな、なんせここは“お西さん”だ。罰当たりに感じる。
「こんな場所で悪ぃな。
斎藤、坊主から茶を貰ってきてくれねぇか?」
「…あ、いえ、お構い無く」
疑惑も少しは固まった。
「そうかい?」とその場に座った土方は堂々としている。
「ほんで、話ってのはなんだい?」
忙しないのは本当らしい。それとも江戸っ子の性分だろうか。単刀直入だった。
「…まぁ、大した話やないんやけど…。
小耳に挟んだんですが、先日大阪の力士と悶着があったと…」
「……ほう?」
その、まるで射抜くような黒目は何を考えているのかわからない、そんな風格だった。
「…西の作法を教授に。大阪者は厄介なんで、お気を付けてくださいねと…お見受けしたところ幸先は良いではありませんか」
「……その話をどこから聞いたかは知らんが」
「京の商売人には回る話です。彼は、こちらでは名の聞くお方なんで」
「なるほどなぁ。
これは雑談だとして。お前さん、南條の下に就く前、茶屋にいたんだよな」
…なるほど。
「そうですが」
「郭で売られるのは大抵、元は武家やらそれなりの商家やらの倅だと…お座敷の決まりを知れたよ」
「…まぁ、大抵はそうやろうね」
「お前さん、名字帯同はしてたんかい?
…まぁ、過去の因縁は話てぇもんじゃねぇんだろうが」
…勿論、それもここにとっては深く関わる話かと、まぁただで来たわけでもない。
道何本か先の御所が自然と頭に浮かんだ。
つまり、藤嶋の素性くらいなら掴んでいるのかもしれない。それなら随分と立派な仕事をしているようだ。
「…やはりあんさんには敵いませんな。
そうですね、正確に名乗る機会もありませんでした。
わては、藤宮翡翠と申します」
「なるほど」
この、ひっそりとした武器庫。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
Get So Hell? 2nd!
二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末。
For full sound hope,Oh so sad sound.
※前編 Get So Hell?
※過去編 月影之鳥
剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―
三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】
明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。
維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。
密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。
武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。
※エブリスタでも連載中
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
新撰組のものがたり
琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。
ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。
近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。
町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。
近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。
最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。
主人公は土方歳三。
彼の恋と戦いの日々がメインとなります。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
伊藤とサトウ
海野 次朗
歴史・時代
幕末に来日したイギリス人外交官アーネスト・サトウと、後に初代総理大臣となる伊藤博文こと伊藤俊輔の活動を描いた物語です。終盤には坂本龍馬も登場します。概ね史実をもとに描いておりますが、小説ですからもちろんフィクションも含まれます。モットーは「目指せ、司馬遼太郎」です(笑)。
基本参考文献は萩原延壽先生の『遠い崖』(朝日新聞社)です。
もちろんサトウが書いた『A Diplomat in Japan』を坂田精一氏が日本語訳した『一外交官の見た明治維新』(岩波書店)も参考にしてますが、こちらは戦前に翻訳された『維新日本外交秘録』も同時に参考にしてます。さらに『図説アーネスト・サトウ』(有隣堂、横浜開港資料館編)も参考にしています。
他にもいくつかの史料をもとにしておりますが、明記するのは難しいので必要に応じて明記するようにします。そのまま引用する場合はもちろん本文の中に出典を書いておきます。最終回の巻末にまとめて百冊ほど参考資料を載せておきました。
(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる