Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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手紙

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 文久三年 初夏 早々
 南條朱鷺貴殿

 久方振りで御座いますが、その後お二方は元気でいらっしゃいますでしょうか。
 便りがないのは良い知らせと、此方も動乱の折り、却って少しばかり安心も致している所存です。

 近々、先の通り動乱の世と成り果てまして、寺坊主も安泰では御座いません。此方でも、都の御話は常々人々から訊きあそばせ、苦労の耐えない事かと、我々も心を痛めております。

 世論の中、お知らせを致すべきかと心中悩み抜きましたが、春の始め、当寺の和尚公山、共に坂の下の家主、吉次郎様が荼毘に付せましたことをお知らせ致します。少々間が空いてしまいましたことをお許し下さい。
 藤宮様はその後お元気でしょうか。
 利己的ながら、それ故に吉次郎様のご長女お美代様に関しましても心労が見え、もしかするとこの手紙は余計であるのかもしれません。しかし、我々も神職故、大変心苦しい。不躾になってしまいまして、更にお詫びを申し上げます。

 事情が御座いますし来ることも敵わないであろうと察します。どうか、まずはこの知らせが南條さまに届きますようにと思い募ります。


 文久三年 善福寺より、吉次郎様御戒名

清自吉堅大居士

 生前、吉次郎様は美代様に、「清く、自由であれ」とよく申していたそうです。

 善福寺 清生
 僧侶一同
 



 …まるで、拝むような気持ちになった。

 しかし、何故か後ろめたさのようなものも沸き起こり、朱鷺貴はその便りを袖元にしまう。

 丁度、風の噂で麻布山の方だが、第二次奇襲があったと最近耳にしたところだった。

「あの、すまへん」

 手紙を運んできた男は境内の方を、ちらちらと忙しなく眺めている。

「…ん?」
「いやぁ、あの…」

 男はもう一通、文をちらつかせる。

 なるほど、如何にも厳重そうな文で、これは恐らく当人しか受け取ってはならないのだろうとわかり、「少し、呼んでくる」と、朱鷺貴は男に告げて戻る。

 …さて、この文は自分に来たわけだが、だとか、藤嶋も一応本当に偉いらしいな、だとか、そういえばあそこは梵字も使う曹洞宗だったな、だから居られたのだが…と、「大居士」について考える。

 みよの父上はそういえば翡翠が言っていた、寺で養生していて幕府だかなんだかお抱えの医師に看て貰っていたのだと。
 だからか。

 多分、みよからの便りは来ていない…と思う。手紙に心労とあった。彼女は、翡翠のことを考えこの事実を送ってはいないのかもしれない。

 藤嶋を呼びに行くついで、今し方思い浮かんだ翡翠が何故か前の縁側にすっぽんぽんで座り、伸びた髪を小刀でじゃりじゃりとしていた。
 …朝は気が引き締まるというのに…。

「…は?」

 考えが一瞬にして霧散する。
 …なんで?

「あぁ、来ましたか?」

 幹斎の手紙のことだろう……。
 いや、それどころじゃないんだが。

 翡翠は何事もなさそうに立ち上がり、肌に纏わり付いた髪をはらはらと手ではらう。

 鮮やかな藤と蝶。一見華やかだがやはり殺伐としているな、うん、なんとなく見せたがらなかった雰囲気を脱した、それは劣等を越え……、いや。

「何してんの、お前」
「総髪とは言えこうも伸びると面倒を越え」
「そうじゃな……いやぁ長さがまた微妙だなそれ。却ってどーすんだ」

 ここへ来た日を思い出す。
 却って伸ばして結っちまった方がいいんではないかと特に言わなかったがまず、何故全裸なのか。

「面倒で」
「何故脱いだ」
「チクチクするやろ?」

 ……あー、はぁ…これまた斬新というか…。

「…寒くないのか?そりゃ…熱い季節だが朝だぞ…なんや呆れたな、まぁいいや服着てあのおっさん呼んでくれないか?手紙が来てる」

 用事を思い出した。アホのせいで霧散し成仏し果てるところだった。

 まるで自分の調子でぱっぱと、脱け殻になっていた着物を身に付ける翡翠に、やっぱりこいつどうかしてるよな、唖然と引いていると、油断し袖口から手紙を落してしまった。

 やはり気が付いた翡翠が「来たんですね」と呟いたが、「いや…違う」と何故かどもるのも不可解に思える。

 いや、まぁ伝えるには伝えよう…か。その気持ちで固まってはいるのだが、果たして何故吃る心持ちなんだろうかと、朱鷺貴は手紙を拾い、一人部屋へ戻った。

 湯飲みに茶を注ぎながら、再び手紙を開いて戒名を眺める。

 家族として葬って貰えたのだと、顔も見たことはないみよの父に、安らかな気持ちではいた。

 きっと、真面目な人だったのだ。あいつは挨拶を済ませたんだろうな、だとか、そんなことまで思う。

 あちらは今や大惨事に近いだろう。

 わざわざ送ってくれたからには返事も考えなければならないが、敢えてなのだろうか、和尚の戒名はそこにない。

 多分、自分にこの事実を託したのだ。その慈悲深い字面に、やはり手を合わせたくなる。

 奥へ呼びに行っただけの翡翠は普通に、あっさりと戻る。
 「これ」と、特に何かが言えるものでもなく、朱鷺貴は翡翠にただ手紙を渡した。

 当たり前に翡翠は何事もない顔で受け取るのだし、座って目を動かしながら、表情は読めないのだし。
 ただ、顔を上げれば「そうですか…」としか言えないのも大いにわかった。

「みよさんから、何か…」
「いえ」
「だろうなと思って、渡した」

 少し、手紙を持ったまま茶を眺めては「あ、茶柱…ん?髪かな…」と、まるで少しは気の抜けたように翡翠が呟いた。
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