Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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禁忌の裏

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 石を投げればこつんと当たる先がある。先がなく落ち続ける下り坂などどこにも存在しない。
 石は、自力で這い上がることも難しい、大変不便なものだ。

 山を登っていた。
 暗い夜道、行灯では慣れないような足場だったのだと、初めて気付いた。

 ここに、初めて訪れたのはいつだったのだろうと思い出そうとしたが敵わなかった。
 あれとは付き合いは長くとも、会ったことのある時間はそれほど長くは無いものなのだ。

 今生の別れになるかもしれないが、感傷が浮かんでくるものではなかった。
 ただ、同じ部屋で何十人もと学んだ場所が珍しかった。今頃幹斎は何を括っていることやら。

 寺に辿り着けば山奥の、拓けた先は月明かりで照らされていた。

 確か、朱鷺貴と翡翠の部屋は真ん中あたりかと、藤嶋は裏庭に回り、この辺だったんじゃないかと廊下に寝転んだ。

 確かに、月はどうやら満ちている。

 静かな夜、奥の方、右側からこっそりと襖が開く音がした。少し先だったかと思えばもぞもぞと「もしかして、藤嶋さんですか」と訛った声がした。

「ど……はぁ?」

 心底驚いている翡翠はすぐに側に立つ。
 挨拶がてら「何に見える?」と聞きつつ、裾を少し捲れば、蹴られるかと思い起き上がった。

「殺し屋かよお前は」
「あんさんこんな夜分にどうやって?」
「歩いて」
「なんで?」

 襖の奥で物音がした。
 「あぁ大変」と襖を閉めてまた戻ってくる翡翠に、相変わらず世論を忘れそうだと笑いたくなった。

「危ない危ない起こすとこやった。
 で?」
「相変わらずだな」
「何?」
「うん」

 古い教えを思い出した。

 陰陽説。人間は陰と陽で身体を形成しているという教え。
 この説を覆した男はただの、何でもない好奇心だったと聞く。山脇やまわき東洋とうよう外台秘要方がいだいひようほうだったか。臓腑を見ようなど、頭がどうかしているのだ。

「あぁ、はぁ…」

 呆れたように息を吐いた翡翠は側に座り「思い出しましたわ」とふと言った。

「あんさんがようわからんとこ見ている時は、大抵自分がやらかしたいう自覚があるときやって、そう言えば朱里兄さんが言ってましたよ」
「んー」

 ぼんやりと、まるで違う世界のような、予想もしていなかった名詞に「朱里?」と現実を思い出した。

「いつの話してんだか」
「あまり声をあげんでくださいよ。黙って帰してあげ」
「ここに置け」

 単調すぎた。
 珍しく頭の悪いことを言ったなと思えば「はぁ!?」と、今し方注意した側が声を上げるのだから面白いものだ。

「なんでっ」
「んーまぁ来るつもりじゃなかったんだけど」
「ちょっと、」

 襖が開いたようだ。
 月明かり、不機嫌そうな朱鷺貴がこちらを覗きながら「うるせぇ誰だ……」と言ってくる。

「あ!トキさ」
「……藤嶋じゃねぇか、それ!」

 目は覚めてしまったらしい。

 「失礼だなお前」と呟く藤嶋に「なんでっ!?なんだ!?」と朱鷺貴まで寄ってくる。

「…いや、逢い引きとかホンマになんなんだ貴様ら」
「違いますよトキさん。気配がしたんで起きたらコレです」
「相変わらず気にしいだよなお前。いつ寝てんだよ昔から」
「相手の就寝、目覚めと共にが」
「いや、そーゆのいいんで。なんなんですかねこれは」
「あぁ、トキさん、この人」
「置け、ここに」

 主語すらないのに「なにが?」と間髪を入れないほどの坊主。つい意識が戻される。
 そのときふと、以前朱鷺貴に「寺社奉行なんかは知ってるか」と聞かれたことと、指南所に出入りしていた旗本の男が思い出された。

 あ、よく思い出せないけど。
 似ているような気がしてきた。

「………北条…、よし…?たか…貴義?義貴?」
「……!」

 思い出している最中に朱鷺貴の表情が変わった。
 しかし、朱鷺貴は言及せずに「置けってなんなんだ」と、至って普通に隣で胡座をかいた。

「まぁ少しでいい。数日程」
「なんで」
「…家が燃えてんだよ」
「嘘じゃんそれ」
「まぁ嘘だが?何か?」
「なんっかなんで通じねぇんだろあんた…」

 呆れた態度すら取られた。
 ふと思い出したので「ここに外台秘要方はあるか」と聞いてみた。
 確か昔、幹斎が自慢していた。

「は?」
「知らねぇか?山脇東洋っつー」
かわうその解剖だろ?それがどうした」

 あぁ、そうか。

「…いや、なんでも」

 やっぱりどうかしている。

 「悪いな、飲み過ぎて」あまり考えなかった出鱈目が口を吐くと「嘘じゃん」と再び朱鷺貴は言う。確かにそうだ。

「この季節じゃ希に熊も出るし鹿もビビって襲ってくる。こんな夜中に追い出せないんだが。あんた本当にどうしたんだよ」
「追われてんだよ、死ぬかもしれない」

 黙ったけれど。
 やはり次には「嘘ですねぇ」と翡翠が言った。

「…ははっ、まぁ嘘だけど」
「ええとこ知ってますよ、藤嶋さん。花街からも近い、壬生寺いうところに野郎集団がいまして、」

 ピンときた。

「お前のお友達なら趣味が悪い、断る」
「…あらぁ、知っとったんやね」
「当たり前だ、最近この界隈でちらほらと悪目立ちしてるんだよ」
「…藤宮鷹が、最近どうのと言うてまして」
「あいつも悪癖だからな」
「まぁ」
 
 しかし歳を食ったものだ。
 これはよもや……何故かはわからない、月が明るいからかもしれない、感傷だとかそんなものに近いような。

「悪いけど、まぁ迷惑は掛けねぇよ」
「…絶対嘘じゃんというか散々掛かってますんで。突き当たりの部屋へどうぞ、布団は黴生えてると思いますが」
「幹斎の部屋だろ」
「あんたら一体なんなの」
「情人?」
「もーいいや突っ込まないわ」
「そうだな俺も疲れた」

 なんでもないこと。

 素直に従えば「やべぇなあれ」だとか「変な人…」だとか、やはり知らない空気が漂っている。

 どちらが陰か陽か、裏か表か、交わらない平行を感じる。
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