24 / 129
禁忌の裏
5
しおりを挟む
「しかし、何故ここがわかったのか…」
吉田という男が上官の真木を鋭い目付きで眺めれば「神職は神社だ、知らないぞ」と、真木は歳やら官位を感じる余裕さを放っていた。
「…先程坊主に案内をされここにやって来た。
隣で公卿の弔い中で、その御仁は姉小路という」
「姉小路殿が!?」
真木が心底驚いた。
ここまでくれば流石に身を持って知る、それは相当な御仁だったのだ。
……確か、武市に東洋の暗殺を命じられたとき、
「東洋公は完全な公武合体派だ。我が主君、容堂公の尊攘理論の邪魔立てをする」
と言われた。
拾った話では姉小路氏は過激尊攘派らしいが…そもそも尊攘派が被害者、これは確かに前代未聞…なのではないか、と冷静になってきた。
自分の立場を考える。
共に国抜けした同士は尊攘を謳っていただろうかと考えてみれば、誰がそう言っていたのだろう。
肝心の、今はまだ気付いていないだろうあの薩奸だって、ただただ薩摩藩は先日に尊攘派を一掃した、と言うだけだ。
高い背中はよく言った、「海の向こうは大きいがよ」と。
この違和感は、前からあったような気もするのに。
「…ははは、まさか、君がですか?」
「…いぇ、」
だが吉田は笑い飛ばす有り様で。
「まぁ、確かに。あの男は最早開国、いや、売国に転じそうだったところだ。しかし……こうも時期が良いとは」
は、
「私が検分に呼ばれた……薩摩の人斬りの刀が側にあって、私はその者を知っていた…のだ、」
薩摩と口にしただけで両方、特に吉田がぐっと、苦虫を噛み潰したような表情で「あの賊共がか」と唸る。
……どうやら。
漸く掴めてきた。
藤宮という男も確かに何派やら何藩やら、立場やらと一切を言い表していなかったじゃないか。
ただ、悪事なんて一度やれば収まりがつかん。そのうち忘れてくとしか。
「…先の寺田屋の件もありましょうよ真木さん」
「あぁ、そうだな」
「挨拶を返されてしまいましたね」
……寺田屋。
「これを好転と取るか、いや、罠かもしれませんよ」
「何、いまの流れに長州は乗っている。あとは大和行幸計画が上手くいけばいい」
「そこなんですが、真木さん」
二人で話を詰め始めたのに「おまん、ほんにあの姉小路氏を殺したんか」と望月はすり寄ってきた。
「…いや、」
更に声を潜め、
「その人、あの三条氏の右腕やったんやで」
…耳元で言われて「あぁ、」いや、頭がすぐに冷えてくれば「あぁ…、」と血の気がなくなりそうだった。
三条実美なら知っている、というか、大いに関わりがある人物だ。なんせあれはいま、主君山内容堂と共に朝廷で幅を利かせているではないか……。
「あ、」
そうだ。
じゃぁ、そうだ。
いまや完璧に長州、そして山内容堂へ逆らう者が上手くもいなくなったのではないか。
「……そうか、」
その身震いは妙なものに変わってくる。
違和感の中のひとつの要素。
『武市さんは容堂公も東洋公も、ホントのところどっちでもいいがよ、信吾』
最後別れるときの言葉だったかもしれない。
「…どうしろという」
日本を洗濯する、だなんて。
聞き取らせるつもりも毛頭なく漏れ出た言葉。
それを拾った望月が「なん?」と聞いてくるが、黙るしかなかった。
「ウチの兄さん方が少々口煩くて。下関も片付かずお疲れなんだとは思いますが、今回の大和への行幸はまず、現実となるまで我が長州藩は指を咥えて見てろとのことです」
「例え長州でも、若者だな。まだ地位が気になるのか。しかし材料は今、揃っただろう。我々はやることをやった。売国公卿の首を晒したんだぞ?良い手土産じゃないか」
「流石先輩は言うことが違いますね。
そうは言っても互いに脱藩しているわけでもなく。私はそんな退屈なもの、そろそろいいかとは思っていますが」
「私も盟友とも言える会津を捨てての肝があるぞ吉田」
「あ、そうでしたね。あの人粛清されたそうで。失礼いたしました」
単語がいちいち気になった。
「…大和行幸で、何か…」
「君は信用に足りそうだな那須くん。
大和行幸、及び攘夷親征の企画を進めてきたのはこの真木和泉氏だ。これには血の滲むような努力があった。
しかし、未だ天皇はこれを快く思わないのか、参拝には将軍ばかりが赴いている、軍勢は幕府がと、ずっとあの無能な将軍に押し付けているのだ。
見たことか、2月の折りには体調が思わしくないと見送られた」
「…なるほど」
遥かに自分よりこの男の方が世論、情勢を把握している…。
なるほど、これが長州藩か。
吉田という男が上官の真木を鋭い目付きで眺めれば「神職は神社だ、知らないぞ」と、真木は歳やら官位を感じる余裕さを放っていた。
「…先程坊主に案内をされここにやって来た。
隣で公卿の弔い中で、その御仁は姉小路という」
「姉小路殿が!?」
真木が心底驚いた。
ここまでくれば流石に身を持って知る、それは相当な御仁だったのだ。
……確か、武市に東洋の暗殺を命じられたとき、
「東洋公は完全な公武合体派だ。我が主君、容堂公の尊攘理論の邪魔立てをする」
と言われた。
拾った話では姉小路氏は過激尊攘派らしいが…そもそも尊攘派が被害者、これは確かに前代未聞…なのではないか、と冷静になってきた。
自分の立場を考える。
共に国抜けした同士は尊攘を謳っていただろうかと考えてみれば、誰がそう言っていたのだろう。
肝心の、今はまだ気付いていないだろうあの薩奸だって、ただただ薩摩藩は先日に尊攘派を一掃した、と言うだけだ。
高い背中はよく言った、「海の向こうは大きいがよ」と。
この違和感は、前からあったような気もするのに。
「…ははは、まさか、君がですか?」
「…いぇ、」
だが吉田は笑い飛ばす有り様で。
「まぁ、確かに。あの男は最早開国、いや、売国に転じそうだったところだ。しかし……こうも時期が良いとは」
は、
「私が検分に呼ばれた……薩摩の人斬りの刀が側にあって、私はその者を知っていた…のだ、」
薩摩と口にしただけで両方、特に吉田がぐっと、苦虫を噛み潰したような表情で「あの賊共がか」と唸る。
……どうやら。
漸く掴めてきた。
藤宮という男も確かに何派やら何藩やら、立場やらと一切を言い表していなかったじゃないか。
ただ、悪事なんて一度やれば収まりがつかん。そのうち忘れてくとしか。
「…先の寺田屋の件もありましょうよ真木さん」
「あぁ、そうだな」
「挨拶を返されてしまいましたね」
……寺田屋。
「これを好転と取るか、いや、罠かもしれませんよ」
「何、いまの流れに長州は乗っている。あとは大和行幸計画が上手くいけばいい」
「そこなんですが、真木さん」
二人で話を詰め始めたのに「おまん、ほんにあの姉小路氏を殺したんか」と望月はすり寄ってきた。
「…いや、」
更に声を潜め、
「その人、あの三条氏の右腕やったんやで」
…耳元で言われて「あぁ、」いや、頭がすぐに冷えてくれば「あぁ…、」と血の気がなくなりそうだった。
三条実美なら知っている、というか、大いに関わりがある人物だ。なんせあれはいま、主君山内容堂と共に朝廷で幅を利かせているではないか……。
「あ、」
そうだ。
じゃぁ、そうだ。
いまや完璧に長州、そして山内容堂へ逆らう者が上手くもいなくなったのではないか。
「……そうか、」
その身震いは妙なものに変わってくる。
違和感の中のひとつの要素。
『武市さんは容堂公も東洋公も、ホントのところどっちでもいいがよ、信吾』
最後別れるときの言葉だったかもしれない。
「…どうしろという」
日本を洗濯する、だなんて。
聞き取らせるつもりも毛頭なく漏れ出た言葉。
それを拾った望月が「なん?」と聞いてくるが、黙るしかなかった。
「ウチの兄さん方が少々口煩くて。下関も片付かずお疲れなんだとは思いますが、今回の大和への行幸はまず、現実となるまで我が長州藩は指を咥えて見てろとのことです」
「例え長州でも、若者だな。まだ地位が気になるのか。しかし材料は今、揃っただろう。我々はやることをやった。売国公卿の首を晒したんだぞ?良い手土産じゃないか」
「流石先輩は言うことが違いますね。
そうは言っても互いに脱藩しているわけでもなく。私はそんな退屈なもの、そろそろいいかとは思っていますが」
「私も盟友とも言える会津を捨てての肝があるぞ吉田」
「あ、そうでしたね。あの人粛清されたそうで。失礼いたしました」
単語がいちいち気になった。
「…大和行幸で、何か…」
「君は信用に足りそうだな那須くん。
大和行幸、及び攘夷親征の企画を進めてきたのはこの真木和泉氏だ。これには血の滲むような努力があった。
しかし、未だ天皇はこれを快く思わないのか、参拝には将軍ばかりが赴いている、軍勢は幕府がと、ずっとあの無能な将軍に押し付けているのだ。
見たことか、2月の折りには体調が思わしくないと見送られた」
「…なるほど」
遥かに自分よりこの男の方が世論、情勢を把握している…。
なるほど、これが長州藩か。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
Get So Hell? 2nd!
二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末。
For full sound hope,Oh so sad sound.
※前編 Get So Hell?
※過去編 月影之鳥
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜
雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。
そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。
これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。
主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美
※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。
※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。
※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。
陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――
黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。
一般には武田勝頼と記されることが多い。
……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。
信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。
つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。
一介の後見人の立場でしかない。
織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。
……これは、そんな悲運の名将のお話である。
【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵
【注意】……武田贔屓のお話です。
所説あります。
あくまでも一つのお話としてお楽しみください。
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる