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禁忌の裏
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それから那須信吾が坊主にしばし匿われた場所は、宝積寺という場所だった。
あの太閤秀吉が天下分け目、山崎の戦で本丸とした場所なんだと、道中で聞かされた。
そこで漸く理解した。
坊主が壺を持ち歩いている。花街からは距離がある。
ふと石段が目に付いたとき、「儂は世間から離れた身だが」と坊主は漸く口を開いた。
「はい?」
「それ故、最近流行りの天誅やらなんやら、一纏めにわからない、知る必要はないのだ、坊主だからな」
「…はぁ、」
「それを前置きとして言うけどな、お前さん、何を考えてここまで首を持ってきた?」
「…はい?」
ただただシンとしている。
石段はとても長く感じて。
「人はただ、結局は流れ行くだけなのだ。この首かて、生きていたら生きていたなりの流れがあったし、死んでしまえば死んでしまったなりの流れがある。それは、関わった全ての者もそうだろう」
声色は静かな経のようなものだった。
しかし、それは説教、説法のようには感じられないような、雑談だとさえ思えるもので。
「我々には称えるものがある。それは皆同じはずで人は…人なんだから、本当に腹を割ればわかり合えないはずもないのではないかと、は思う」
「…そうだなぁ」
まるで上の空。「そうではない」と言いたそうな間があったが、そもそも坊主は独特で、妙な間合いで話すらしい。
「知ることがなければ得ることもない、というやつだな。何かにすがるより越える方が遥かに為になる、そこには殺伐というものがどうしても眼前に広がるのかもしれない」
一体何が言いたいのだろうか。わからないがふいにふらっと、自分と共に画策をしてきた土佐の上士の顔が浮かんだ。
「俺がおった隊の隊長は、生まれのせいか自尊心が高いのに…結局自分を何かの配下に付けたがり、その中の優劣に一喜一憂していたんじゃ。
その下にも付く人間はいたけども、そいを武器かなんかだと勘違いをしていた…いや、しているんじゃ」
「武市という男か?」
「…我々も名の知れる者になりましたな。今や俺は捨てた場所ですが」
「一時期預かって、まぁ顔見知りでな。覚えてないだろうけれども」
そうだったのか。
だとしたら、自分が勤王堂に入る前かもしれない。
こんな坊主は見たことがないし、あの男が藩邸以外の世話になりたがるとも思えない。
道は暗闇で見えないのだ。
石段を登りきれば立派な寺があった。
坊主は特に何も促さず、ただ堂へ当たり前に入る。
「左の部屋に浪人が数人泊まっている。代わる代わるやってくるが概ね長州の者だ。
儂は姉小路殿に軽く経を唱えるから、伝えてきてくれ」
淡々、というよりも、坊主はどうやら疲れているような、そんな雰囲気を醸し出していた。
長州の者など、果たして自分が会えようかと手が震えそうだった。
あの公家は禁裏朔平門付近で殺されたのだ。
ざっと知ったのは、過激尊攘派の重要な公家だということ。
自分も長州藩の重役や上士とは、勤王堂にいる時にしか関わりがなかった。
扉を開けると、そこには三人の武士がいた。
二人向かい合っている者には睨まれ、「誰だ、」ときつい口調。
しかし次には「信吾か!?」と、馴染みある土佐訛りが聞こえてきた。
「亀弥太か…!?」
それは望月という少し背の小さい同郷、勤王堂の仲間だった。
その他一人は中年ほどの、育ちが良さそうな男。
もう一人、齢、同じくらいの釣り目な若者が「君の知り合いか?」とつまらなそうに亀弥太に訪ねた。
「勤王堂の仲間です。先日の吉田東洋の件で」
「もしかして、君が?」
強張っていたのだろうか、亀弥太が少し顔を崩し「こちらは長州の吉田稔麿さん」と、その独特な雰囲気の男を紹介してきた。
「…那須信吾と申します」
更に強張ったかもしれない。
自分は先程まで、長州公卿の首を持ち歩いていたのだ。
「ははは、吉田東洋を仕留めるとは。お主も後先がないようだな。
さて、私は真木和泉守保臣と申す」
「……和泉守…というと、」
「久留米で神職をやっていた」
「…ははぁ、」
間違いなく自分よりも上官……国司か何かの位だった気がする、程度のことが頭を過った。
久留米の、国司?何故ここにいるのか。
あの太閤秀吉が天下分け目、山崎の戦で本丸とした場所なんだと、道中で聞かされた。
そこで漸く理解した。
坊主が壺を持ち歩いている。花街からは距離がある。
ふと石段が目に付いたとき、「儂は世間から離れた身だが」と坊主は漸く口を開いた。
「はい?」
「それ故、最近流行りの天誅やらなんやら、一纏めにわからない、知る必要はないのだ、坊主だからな」
「…はぁ、」
「それを前置きとして言うけどな、お前さん、何を考えてここまで首を持ってきた?」
「…はい?」
ただただシンとしている。
石段はとても長く感じて。
「人はただ、結局は流れ行くだけなのだ。この首かて、生きていたら生きていたなりの流れがあったし、死んでしまえば死んでしまったなりの流れがある。それは、関わった全ての者もそうだろう」
声色は静かな経のようなものだった。
しかし、それは説教、説法のようには感じられないような、雑談だとさえ思えるもので。
「我々には称えるものがある。それは皆同じはずで人は…人なんだから、本当に腹を割ればわかり合えないはずもないのではないかと、は思う」
「…そうだなぁ」
まるで上の空。「そうではない」と言いたそうな間があったが、そもそも坊主は独特で、妙な間合いで話すらしい。
「知ることがなければ得ることもない、というやつだな。何かにすがるより越える方が遥かに為になる、そこには殺伐というものがどうしても眼前に広がるのかもしれない」
一体何が言いたいのだろうか。わからないがふいにふらっと、自分と共に画策をしてきた土佐の上士の顔が浮かんだ。
「俺がおった隊の隊長は、生まれのせいか自尊心が高いのに…結局自分を何かの配下に付けたがり、その中の優劣に一喜一憂していたんじゃ。
その下にも付く人間はいたけども、そいを武器かなんかだと勘違いをしていた…いや、しているんじゃ」
「武市という男か?」
「…我々も名の知れる者になりましたな。今や俺は捨てた場所ですが」
「一時期預かって、まぁ顔見知りでな。覚えてないだろうけれども」
そうだったのか。
だとしたら、自分が勤王堂に入る前かもしれない。
こんな坊主は見たことがないし、あの男が藩邸以外の世話になりたがるとも思えない。
道は暗闇で見えないのだ。
石段を登りきれば立派な寺があった。
坊主は特に何も促さず、ただ堂へ当たり前に入る。
「左の部屋に浪人が数人泊まっている。代わる代わるやってくるが概ね長州の者だ。
儂は姉小路殿に軽く経を唱えるから、伝えてきてくれ」
淡々、というよりも、坊主はどうやら疲れているような、そんな雰囲気を醸し出していた。
長州の者など、果たして自分が会えようかと手が震えそうだった。
あの公家は禁裏朔平門付近で殺されたのだ。
ざっと知ったのは、過激尊攘派の重要な公家だということ。
自分も長州藩の重役や上士とは、勤王堂にいる時にしか関わりがなかった。
扉を開けると、そこには三人の武士がいた。
二人向かい合っている者には睨まれ、「誰だ、」ときつい口調。
しかし次には「信吾か!?」と、馴染みある土佐訛りが聞こえてきた。
「亀弥太か…!?」
それは望月という少し背の小さい同郷、勤王堂の仲間だった。
その他一人は中年ほどの、育ちが良さそうな男。
もう一人、齢、同じくらいの釣り目な若者が「君の知り合いか?」とつまらなそうに亀弥太に訪ねた。
「勤王堂の仲間です。先日の吉田東洋の件で」
「もしかして、君が?」
強張っていたのだろうか、亀弥太が少し顔を崩し「こちらは長州の吉田稔麿さん」と、その独特な雰囲気の男を紹介してきた。
「…那須信吾と申します」
更に強張ったかもしれない。
自分は先程まで、長州公卿の首を持ち歩いていたのだ。
「ははは、吉田東洋を仕留めるとは。お主も後先がないようだな。
さて、私は真木和泉守保臣と申す」
「……和泉守…というと、」
「久留米で神職をやっていた」
「…ははぁ、」
間違いなく自分よりも上官……国司か何かの位だった気がする、程度のことが頭を過った。
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