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禁忌の裏
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…よく咄嗟にさっきの出来事を思い出せた。
「…なるほど」
藤嶋は藤宮を見て「概ね言いたいことはわかった」と悟る。
「薩摩は何かと、尊皇でもない、攘夷倒幕も見え隠れするからな。
関ヶ原から300年の恨みもあるだろう。幕府が可愛がる長州藩方が恐らく気に入らないというのもわかるが」
「俺たちが武器売りしたり船直したりいうんも気に入らないらしいで」
「しかし、出来すぎなようにも俺には受け取れるが?」
あの藤宮が押し黙った。
確かにそうだ、その通りだ。どうやらこの藤嶋という男には、いままで通った小細工が通用しない。
「まぁ、」と藤嶋は取り成すように、側にある文机の引き出しを開け、墨と半紙を取り出した。
「そうだ五代目。
元勤王堂で思い出したが、坂本は今どうしている?」
「坂本?」
「脱藩したところまでは聞いたが。京に潜伏しているのか?」
言いながら壺を眺め「気の毒になぁ」とわざとらしい。
何を考えているかわからない。興味もなさそうで。
「坊主の手配も済ませるなんて、仕事が早い男は違うな」
「……何が言いたいん?」
「形式を考えた。少し待ってろ」
すらすらと半紙に何かを記しひらひらと墨を乾かしながら「近頃は物騒だな」とまるで呑気。
「おちおち隠居も出来ない」
「…そんなじいさんみたいな」
「五代目もたまには故郷に帰ってもいいかもな」
「は?」
「人は神にすがる。まぁでも五代目は無宗教だもんな。
現在朝廷では大和への行幸の話がちらほらと出ている。それが、正式に詔として文が作成されつつあるらしい。件の三条実美の意見が強いと見える」
…そんなことを知っているなんて。よもや、宿屋店主だなんて、そんなわけがないというのもわかってくる。話でも、公卿であることはほぼ間違いなさそうだ。
「…そないなこと、あんさんペラペラと」
「聞いた話だ、まぁそんなことをしてなんになるか、墓参り自体は有り難くとも、蓋を開ければ“兵を持ちお前が戦え”という攘夷思考から来るものなんだろう」
そして幹斎を見て「坊さんならどう思う」と振る。
「俺も生憎と無宗教でな。神は、人間程度と交わらないもので、だから人々は求めるのだと思ってる」
「…言うてること、」
藤嶋は次に那須を見てにやっと笑い「これを持っていけ」と告げた。
「いくらか互いにやりやすいだろう」
勅書 軍艦奉行並 勝海舟殿
海軍操練局開設、故に大和視察の際、将軍家茂、孝明天皇への同行、死守を命じる。
藤原某
「…は、」
「藤原某…」
藤原家……?
どこだ、それは。聞いたことがない。
「それらしいだろ?それと那須、お前は」
「これは……。
あんさん何者だ、公家なんやろ。公武合体なんか?」
…もしかしてこの流れは、自分の身が一気に危機に晒されたんじゃないか?
「何言ってるんだ?お前。お前はまだ勤王倒幕派なのか?」
「…いや、」
「じゃぁ、言っている意味がわかるよなぁ?」
「……勝海舟は、あの男は異人共をのさばらせる気や、」
ここに来る前、藤宮が「売女」と言ったのがふと思い出される。
「我々は攘夷を」
「朝廷からは充分な資材も人材も払ってるつもりだが。まぁついでに、長州方への浪費も耐えないが」
「しかし、」
「姉小路はお前が殺したのか?」
黙った。
ヒヤヒヤする。
この男一体何様だという。
「…まぁ、少し雑談だが。お前らが慕う孝明様々の従事の者に、中山忠光という質素な男がいる。今や孝明の息子の世話までしているそうだ。
質素と称したが、その男は孝明の息子のために家まで建て、貧乏暮しで首をくくる勢いだ。はは、素晴らしい勤王思考だよな。話を聞いてみても良いんじゃないか」
藤宮が先ほど「神さんの首が欲しい」と言ったのも思い出す。
「…あんさんの腹はいつでも読めませんな」
「ははっ、人を仏さんみたいに言うなよ。非常に痛ましいことだ、これは真摯に受け取らなきゃならない。惨たらしい、許せないよなぁ」
「藤嶋、」
「まずは下手人探しだろうなぁ。概ね薩摩で出てきたとして、だが島津光久はどうするかわからないし、表立っては一番強力な軍事力を持っている」
「…は?」
「都合はいずれにしても良くないということだ。しかしこんなところで話しているのでは客観視して「喧嘩」だろう。犬も食わないな」
……どうやら価値は、決まったようだ。
だが何故、この男は役人なのにどこか他人事なのだろうか。
しかし、この側にいる男はあれだけ自信を見せていたと、那須は藤宮を見る。
表情は至って普通、寧ろ「はぁ恐ろしい」と言う口調も飄々としているのだ。
謀られたか。
いや、
「流石、あんたは俺が出会った中でも一番やな、頭がおかしいよ」
…乗れたのかもしれない。
「若い者はいつの時代も新鋭的でいい。
だが、先人の良さを知らない。あいつらだってただで生きていた訳じゃない。
鳴ける鳥になれよ」
「…神さんの首を打ち落とそう人は、言うことが違う。肝に銘じますわ、あんさんは敵に回せへん」
「興味ねぇよ」
坊主は非常に気まずい、いや、関わり合いになる者の面ではなかった。
「まぁ葬儀もあるし、坊さんの世話になるといい」
「え、」
「…やめろ全く、お前ら、どの面下げてこれを持ち帰れ言うんだ」
「仕事だろ。庭に埋めるっつーのか?
まぁ確かに、愉快なものじゃないけど」
藤嶋が藤宮を一睨みしたその顔の傷が、少し引き吊ったことに、並みではない、焦燥に近いものが沸いてくる。
「…なるほど」
藤嶋は藤宮を見て「概ね言いたいことはわかった」と悟る。
「薩摩は何かと、尊皇でもない、攘夷倒幕も見え隠れするからな。
関ヶ原から300年の恨みもあるだろう。幕府が可愛がる長州藩方が恐らく気に入らないというのもわかるが」
「俺たちが武器売りしたり船直したりいうんも気に入らないらしいで」
「しかし、出来すぎなようにも俺には受け取れるが?」
あの藤宮が押し黙った。
確かにそうだ、その通りだ。どうやらこの藤嶋という男には、いままで通った小細工が通用しない。
「まぁ、」と藤嶋は取り成すように、側にある文机の引き出しを開け、墨と半紙を取り出した。
「そうだ五代目。
元勤王堂で思い出したが、坂本は今どうしている?」
「坂本?」
「脱藩したところまでは聞いたが。京に潜伏しているのか?」
言いながら壺を眺め「気の毒になぁ」とわざとらしい。
何を考えているかわからない。興味もなさそうで。
「坊主の手配も済ませるなんて、仕事が早い男は違うな」
「……何が言いたいん?」
「形式を考えた。少し待ってろ」
すらすらと半紙に何かを記しひらひらと墨を乾かしながら「近頃は物騒だな」とまるで呑気。
「おちおち隠居も出来ない」
「…そんなじいさんみたいな」
「五代目もたまには故郷に帰ってもいいかもな」
「は?」
「人は神にすがる。まぁでも五代目は無宗教だもんな。
現在朝廷では大和への行幸の話がちらほらと出ている。それが、正式に詔として文が作成されつつあるらしい。件の三条実美の意見が強いと見える」
…そんなことを知っているなんて。よもや、宿屋店主だなんて、そんなわけがないというのもわかってくる。話でも、公卿であることはほぼ間違いなさそうだ。
「…そないなこと、あんさんペラペラと」
「聞いた話だ、まぁそんなことをしてなんになるか、墓参り自体は有り難くとも、蓋を開ければ“兵を持ちお前が戦え”という攘夷思考から来るものなんだろう」
そして幹斎を見て「坊さんならどう思う」と振る。
「俺も生憎と無宗教でな。神は、人間程度と交わらないもので、だから人々は求めるのだと思ってる」
「…言うてること、」
藤嶋は次に那須を見てにやっと笑い「これを持っていけ」と告げた。
「いくらか互いにやりやすいだろう」
勅書 軍艦奉行並 勝海舟殿
海軍操練局開設、故に大和視察の際、将軍家茂、孝明天皇への同行、死守を命じる。
藤原某
「…は、」
「藤原某…」
藤原家……?
どこだ、それは。聞いたことがない。
「それらしいだろ?それと那須、お前は」
「これは……。
あんさん何者だ、公家なんやろ。公武合体なんか?」
…もしかしてこの流れは、自分の身が一気に危機に晒されたんじゃないか?
「何言ってるんだ?お前。お前はまだ勤王倒幕派なのか?」
「…いや、」
「じゃぁ、言っている意味がわかるよなぁ?」
「……勝海舟は、あの男は異人共をのさばらせる気や、」
ここに来る前、藤宮が「売女」と言ったのがふと思い出される。
「我々は攘夷を」
「朝廷からは充分な資材も人材も払ってるつもりだが。まぁついでに、長州方への浪費も耐えないが」
「しかし、」
「姉小路はお前が殺したのか?」
黙った。
ヒヤヒヤする。
この男一体何様だという。
「…まぁ、少し雑談だが。お前らが慕う孝明様々の従事の者に、中山忠光という質素な男がいる。今や孝明の息子の世話までしているそうだ。
質素と称したが、その男は孝明の息子のために家まで建て、貧乏暮しで首をくくる勢いだ。はは、素晴らしい勤王思考だよな。話を聞いてみても良いんじゃないか」
藤宮が先ほど「神さんの首が欲しい」と言ったのも思い出す。
「…あんさんの腹はいつでも読めませんな」
「ははっ、人を仏さんみたいに言うなよ。非常に痛ましいことだ、これは真摯に受け取らなきゃならない。惨たらしい、許せないよなぁ」
「藤嶋、」
「まずは下手人探しだろうなぁ。概ね薩摩で出てきたとして、だが島津光久はどうするかわからないし、表立っては一番強力な軍事力を持っている」
「…は?」
「都合はいずれにしても良くないということだ。しかしこんなところで話しているのでは客観視して「喧嘩」だろう。犬も食わないな」
……どうやら価値は、決まったようだ。
だが何故、この男は役人なのにどこか他人事なのだろうか。
しかし、この側にいる男はあれだけ自信を見せていたと、那須は藤宮を見る。
表情は至って普通、寧ろ「はぁ恐ろしい」と言う口調も飄々としているのだ。
謀られたか。
いや、
「流石、あんたは俺が出会った中でも一番やな、頭がおかしいよ」
…乗れたのかもしれない。
「若い者はいつの時代も新鋭的でいい。
だが、先人の良さを知らない。あいつらだってただで生きていた訳じゃない。
鳴ける鳥になれよ」
「…神さんの首を打ち落とそう人は、言うことが違う。肝に銘じますわ、あんさんは敵に回せへん」
「興味ねぇよ」
坊主は非常に気まずい、いや、関わり合いになる者の面ではなかった。
「まぁ葬儀もあるし、坊さんの世話になるといい」
「え、」
「…やめろ全く、お前ら、どの面下げてこれを持ち帰れ言うんだ」
「仕事だろ。庭に埋めるっつーのか?
まぁ確かに、愉快なものじゃないけど」
藤嶋が藤宮を一睨みしたその顔の傷が、少し引き吊ったことに、並みではない、焦燥に近いものが沸いてくる。
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