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禁忌の裏
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「ほう……」
門の中の事情。
一人の浪人と暗闇、蝋燭の明かりに浮かぶは壺と藤構えの男と。浪人は身汚い形に目を煌々とさせていた。
「まぁ、丁度ウチは刃溢れしてた所。ええよ、お宅の腰の物は如何か?」
「は?」
「ウチに丁度ええ物があってなぁ、」
藤宮という男に目配せをされた。あれか。
有無を言わずに立ち去り、用意のあった一振の刀を持ち出す。
渡した刀を手にした藤宮はまた「ふむ」と唸り、その白刃をすらりと抜く。
刃紋に蝋の光が煌々と光った。
「薩摩の刀鍛冶が試しに打ったもんらしいんやけど……切れ味は間違いないで」
藤宮が刀を鞘に納めると、浪人は嬉々としてその刀を受け取ろうかとするが「待ちや、」とシンとした声が灯るよう。
「こん首に値ぇ付けるんは俺やねんなぁ?
あんた、国を捨てたんよな?いいや、捨てんとも、俺のために割腹する覚悟はあるか?」
場は静まり返る。
陽炎の中、一気に浪人の目の色は変わり「そげな人柄かおまはん」と、忌まわしい薩摩訛りの返事が聞こえた。
「まぁ、ええわ。
俺も商売人や。まぁ見とき。
こん刀はやる。どうせ無名なもんや、売れはせんが、好きにしいや」
藤宮が一睨みしその場を辞そうと立ち上がる。それだけで場を凍てつかせる、この男にはそういった空気があった。
「近頃は人斬りもただのアホやねんな。最近やと土佐の…なんて言うたか下級上がりが」
「わしはあげな品のなかこつなかとよ、藤宮はん」
「貴様っ、」と、柄に手を掛け薩摩浪人に食い掛かるほど頭に来たが、藤宮にそれをさっと制された。
「……っはははは!」
「…退いてくれや、」
「やれやれ仲良くしいや、同じ穴の狢やないか。せやから理念も変わらん、仲間なんやで?」
薩摩浪人もぐっと黙りこける。
あんたにゃ言われたくもないことだ。
「まぁ、悪いなぁ、そんなわけやし俺もついつい過剰になっとるさかい。堪忍してや。なぁ?那須」
俯いた。
流石に薩摩浪人も、まるで何かが異様だと察したようで口黙らせる。
「なんかあったら、わかるなぁ?」
それだけ言った藤宮に壺を持たせられ「行くぞ」と場を去る。
予想より軽かったが重い。なんとなく軽い物が入っていそう。これは恐らく糠漬け等の壺だろうに。
徐々に徐々にと「っははははは!」と高笑いする藤宮はまるで天下を取ったかのような様だった。
「…さぁ、どないするかな、あの売女は」
…売女等とは。
少し前に重鎮の首を晒したことを思い出す。
「…こんは、どちらさんへ」
「はぁ?アホかお前は。仏さんなんて寺以外行く場所ないやろ?土佐ではちゃうんか?」
「けしかける気ぃかや、」
「さあな。お前は自分の心配でもしたったらどうや?」
まるで突くような物言い。
武器は武器でしかない、この男には。別に志士でもないのだから、そういうものなのだろう…。
「それも杞憂、時代は変わるんよ。
大事ない、悪事なんてなぁ、一度やれば収まりがつかん。そのうち忘れてくわ」
そうも言われれば「そんですか」と、まだ思い出す。
「あぁ、気ぃ落とすなや。皆やっとる。だが、商売いうんはそうやって回っていくんやで、都会に来たなら覚えんとね」
…碌でもない。売女などと皮肉も効いている。
だが、一体誰に碌があったというのか。
散り散りになり投獄された仲間、いや、故郷を思い出しても結局わからない。
結局いまこの手に持つそれすらも。
「…藤宮はん」
「あ?」
「こんで、ほんに日本は変わるんか?」
そんなことを聞いても仕方がない。
…そんなことを聞いても、仕方がない。
「知ったこっちゃないわ」
だが一つ決めることが出来た。俺は、この男のために腹は切らない。
それは夜分の事だった。
藤宮の性分は諦め、気掛かりなひとつの点を聞かねばと思い出した。
「……ほんで、竜馬は今どうしとるがや。吉村と出て行ったきりや。
こん首と、あん薩奸と、なんの関係があるんかねや」
「お前さん、今故郷には帰れんやろ、なぁ」
黙り込む。
自分には到底力がない。
「俺もいまや故郷にはおれんよ。あんさんなんでお偉いさんを殺ったんや?そんだけの魂ぁあったんやろ?」
「…東洋公にゃ、一切尊皇の意思がない。しっかし、我々にゃ尊皇あっての攘夷なんじゃ」
「……ふん、あっそう」
だがその尊皇という思想、攘夷という思想が本当に己や…武市の思想かはわからない。
竜馬は、流れを読みそれに乗れの一点張りだった。
「……ははは、」
「なんがおかしい」
「…言うとくがそん首と言い、なんと言い、神さんになんてなぁ、人間の志なんてもんはないんやで。
この世にはな、己以外に期待なんてもん、ないんや。なら、信じた道を行け。自由にやらしたる言っとるやろ?」
「…そんなら、おんしの信じる道ってのはなんじゃ」
「なんやあんさん、人のことばかりで優しいんやな。つまらんこと聞くなや。
まぁ俺が欲しいもんはな、こんなもんやないんや、那須」
「は?」
「神さんの首や」
…神の、首?
孤高とはよもやこれかもしれないが。
門の中の事情。
一人の浪人と暗闇、蝋燭の明かりに浮かぶは壺と藤構えの男と。浪人は身汚い形に目を煌々とさせていた。
「まぁ、丁度ウチは刃溢れしてた所。ええよ、お宅の腰の物は如何か?」
「は?」
「ウチに丁度ええ物があってなぁ、」
藤宮という男に目配せをされた。あれか。
有無を言わずに立ち去り、用意のあった一振の刀を持ち出す。
渡した刀を手にした藤宮はまた「ふむ」と唸り、その白刃をすらりと抜く。
刃紋に蝋の光が煌々と光った。
「薩摩の刀鍛冶が試しに打ったもんらしいんやけど……切れ味は間違いないで」
藤宮が刀を鞘に納めると、浪人は嬉々としてその刀を受け取ろうかとするが「待ちや、」とシンとした声が灯るよう。
「こん首に値ぇ付けるんは俺やねんなぁ?
あんた、国を捨てたんよな?いいや、捨てんとも、俺のために割腹する覚悟はあるか?」
場は静まり返る。
陽炎の中、一気に浪人の目の色は変わり「そげな人柄かおまはん」と、忌まわしい薩摩訛りの返事が聞こえた。
「まぁ、ええわ。
俺も商売人や。まぁ見とき。
こん刀はやる。どうせ無名なもんや、売れはせんが、好きにしいや」
藤宮が一睨みしその場を辞そうと立ち上がる。それだけで場を凍てつかせる、この男にはそういった空気があった。
「近頃は人斬りもただのアホやねんな。最近やと土佐の…なんて言うたか下級上がりが」
「わしはあげな品のなかこつなかとよ、藤宮はん」
「貴様っ、」と、柄に手を掛け薩摩浪人に食い掛かるほど頭に来たが、藤宮にそれをさっと制された。
「……っはははは!」
「…退いてくれや、」
「やれやれ仲良くしいや、同じ穴の狢やないか。せやから理念も変わらん、仲間なんやで?」
薩摩浪人もぐっと黙りこける。
あんたにゃ言われたくもないことだ。
「まぁ、悪いなぁ、そんなわけやし俺もついつい過剰になっとるさかい。堪忍してや。なぁ?那須」
俯いた。
流石に薩摩浪人も、まるで何かが異様だと察したようで口黙らせる。
「なんかあったら、わかるなぁ?」
それだけ言った藤宮に壺を持たせられ「行くぞ」と場を去る。
予想より軽かったが重い。なんとなく軽い物が入っていそう。これは恐らく糠漬け等の壺だろうに。
徐々に徐々にと「っははははは!」と高笑いする藤宮はまるで天下を取ったかのような様だった。
「…さぁ、どないするかな、あの売女は」
…売女等とは。
少し前に重鎮の首を晒したことを思い出す。
「…こんは、どちらさんへ」
「はぁ?アホかお前は。仏さんなんて寺以外行く場所ないやろ?土佐ではちゃうんか?」
「けしかける気ぃかや、」
「さあな。お前は自分の心配でもしたったらどうや?」
まるで突くような物言い。
武器は武器でしかない、この男には。別に志士でもないのだから、そういうものなのだろう…。
「それも杞憂、時代は変わるんよ。
大事ない、悪事なんてなぁ、一度やれば収まりがつかん。そのうち忘れてくわ」
そうも言われれば「そんですか」と、まだ思い出す。
「あぁ、気ぃ落とすなや。皆やっとる。だが、商売いうんはそうやって回っていくんやで、都会に来たなら覚えんとね」
…碌でもない。売女などと皮肉も効いている。
だが、一体誰に碌があったというのか。
散り散りになり投獄された仲間、いや、故郷を思い出しても結局わからない。
結局いまこの手に持つそれすらも。
「…藤宮はん」
「あ?」
「こんで、ほんに日本は変わるんか?」
そんなことを聞いても仕方がない。
…そんなことを聞いても、仕方がない。
「知ったこっちゃないわ」
だが一つ決めることが出来た。俺は、この男のために腹は切らない。
それは夜分の事だった。
藤宮の性分は諦め、気掛かりなひとつの点を聞かねばと思い出した。
「……ほんで、竜馬は今どうしとるがや。吉村と出て行ったきりや。
こん首と、あん薩奸と、なんの関係があるんかねや」
「お前さん、今故郷には帰れんやろ、なぁ」
黙り込む。
自分には到底力がない。
「俺もいまや故郷にはおれんよ。あんさんなんでお偉いさんを殺ったんや?そんだけの魂ぁあったんやろ?」
「…東洋公にゃ、一切尊皇の意思がない。しっかし、我々にゃ尊皇あっての攘夷なんじゃ」
「……ふん、あっそう」
だがその尊皇という思想、攘夷という思想が本当に己や…武市の思想かはわからない。
竜馬は、流れを読みそれに乗れの一点張りだった。
「……ははは、」
「なんがおかしい」
「…言うとくがそん首と言い、なんと言い、神さんになんてなぁ、人間の志なんてもんはないんやで。
この世にはな、己以外に期待なんてもん、ないんや。なら、信じた道を行け。自由にやらしたる言っとるやろ?」
「…そんなら、おんしの信じる道ってのはなんじゃ」
「なんやあんさん、人のことばかりで優しいんやな。つまらんこと聞くなや。
まぁ俺が欲しいもんはな、こんなもんやないんや、那須」
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