Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

文字の大きさ
上 下
20 / 129
禁忌の裏

1

しおりを挟む
「ほう……」

 門の中の事情。

 一人の浪人と暗闇、蝋燭の明かりに浮かぶは壺と藤構えの男と。浪人は身汚い形に目を煌々とさせていた。

「まぁ、丁度ウチは刃溢れしてた所。ええよ、お宅の腰の物は如何か?」
「は?」
「ウチに丁度ええ物があってなぁ、」

 藤宮という男に目配せをされた。あれか。
 有無を言わずに立ち去り、用意のあった一振の刀を持ち出す。

 渡した刀を手にした藤宮はまた「ふむ」と唸り、その白刃をすらりと抜く。
 刃紋に蝋の光が煌々と光った。

「薩摩の刀鍛冶が試しに打ったもんらしいんやけど……切れ味は間違いないで」

 藤宮が刀を鞘に納めると、浪人は嬉々としてその刀を受け取ろうかとするが「待ちや、」とシンとした声が灯るよう。

「こん首に値ぇ付けるんは俺やねんなぁ?
 あんた、国を捨てたんよな?いいや、捨てんとも、俺のために割腹かっぷくする覚悟はあるか?」

 場は静まり返る。

 陽炎の中、一気に浪人の目の色は変わり「そげな人柄かおまはん」と、忌まわしい薩摩訛りの返事が聞こえた。

「まぁ、ええわ。
 俺も商売人や。まぁ見とき。
 こん刀はやる。どうせ無名なもんや、売れはせんが、好きにしいや」

 藤宮が一睨みしその場を辞そうと立ち上がる。それだけで場を凍てつかせる、この男にはそういった空気があった。

「近頃は人斬りもただのアホやねんな。最近やと土佐の…なんて言うたか下級上がりが」
「わしはあげな品のなかこつなかとよ、藤宮はん」

 「貴様っ、」と、柄に手を掛け薩摩浪人に食い掛かるほど頭に来たが、藤宮にそれをさっと制された。

「……っはははは!」
「…退いてくれや、」
「やれやれ仲良くしいや、同じ穴の狢やないか。せやから理念も変わらん、仲間なんやで?」

 薩摩浪人もぐっと黙りこける。
 あんたにゃ言われたくもないことだ。

「まぁ、悪いなぁ、そんなわけやし俺もついつい過剰になっとるさかい。堪忍してや。なぁ?那須なす

 俯いた。
 流石に薩摩浪人も、まるで何かが異様だと察したようで口黙らせる。

「なんかあったら、わかるなぁ?」

 それだけ言った藤宮に壺を持たせられ「行くぞ」と場を去る。

 予想より軽かったが重い。なんとなく軽い物が入っていそう。これは恐らく糠漬け等の壺だろうに。

 徐々に徐々にと「っははははは!」と高笑いする藤宮はまるで天下を取ったかのような様だった。

「…さぁ、どないするかな、あの売女ばいたは」

 …売女等とは。
 少し前に重鎮の首を晒したことを思い出す。

「…こんは、どちらさんへ」
「はぁ?アホかお前は。仏さんなんて寺以外行く場所ないやろ?土佐ではちゃうんか?」
「けしかける気ぃかや、」
「さあな。お前は自分の心配でもしたったらどうや?」

 まるで突くような物言い。
 武器は武器でしかない、この男には。別に志士でもないのだから、そういうものなのだろう…。

「それも杞憂、時代は変わるんよ。
 大事ない、悪事なんてなぁ、一度やれば収まりがつかん。そのうち忘れてくわ」

 そうも言われれば「そんですか」と、まだ思い出す。

「あぁ、気ぃ落とすなや。皆やっとる。だが、商売いうんはそうやって回っていくんやで、都会に来たなら覚えんとね」

 …碌でもない。売女などと皮肉も効いている。

 だが、一体誰に碌があったというのか。
 散り散りになり投獄された仲間、いや、故郷を思い出しても結局わからない。
 結局いまこの手に持つそれすらも。

「…藤宮はん」
「あ?」
「こんで、ほんに日本は変わるんか?」

 そんなことを聞いても仕方がない。
 …そんなことを聞いても、仕方がない。

「知ったこっちゃないわ」

 だが一つ決めることが出来た。俺は、この男のために腹は切らない。

 それは夜分の事だった。
 藤宮の性分は諦め、気掛かりなひとつの点を聞かねばと思い出した。

「……ほんで、竜馬は今どうしとるがや。吉村と出て行ったきりや。
 こん首と、あん薩奸さつかんと、なんの関係があるんかねや」
「お前さん、今故郷には帰れんやろ、なぁ」

 黙り込む。
 自分には到底力がない。

「俺もいまや故郷にはおれんよ。あんさんなんでお偉いさんを殺ったんや?そんだけの魂ぁあったんやろ?」
「…東洋とうよう公にゃ、一切尊皇の意思がない。しっかし、我々にゃ尊皇あっての攘夷なんじゃ」
「……ふん、あっそう」

 だがその尊皇という思想、攘夷という思想が本当に己や…武市の思想かはわからない。
 竜馬は、流れを読みそれに乗れの一点張りだった。

「……ははは、」
「なんがおかしい」
「…言うとくがそん首と言い、なんと言い、神さんになんてなぁ、人間の志なんてもんはないんやで。
 この世にはな、己以外に期待なんてもん、ないんや。なら、信じた道を行け。自由にやらしたる言っとるやろ?」
「…そんなら、おんしの信じる道ってのはなんじゃ」
「なんやあんさん、人のことばかりで優しいんやな。つまらんこと聞くなや。
 まぁ俺が欲しいもんはな、こんなもんやないんや、那須」
「は?」
「神さんの首や」

 …神の、首?
 孤高とはよもやこれかもしれないが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Get So Hell?

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末 純粋 人生 巡業中♪

Get So Hell? 2nd!

二色燕𠀋
歴史・時代
なんちゃって幕末。 For full sound hope,Oh so sad sound. ※前編 Get So Hell? ※過去編 月影之鳥

月影之鳥

二色燕𠀋
歴史・時代
Get So Hell? 過去編 全4編 「メクる」「小説家になろう」掲載。

大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜

雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。 そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。 これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。 主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美 ※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。 ※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。 ※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。

陣代『諏訪勝頼』――御旗盾無、御照覧あれ!――

黒鯛の刺身♪
歴史・時代
戦国の巨獣と恐れられた『武田信玄』の実質的後継者である『諏訪勝頼』。  一般には武田勝頼と記されることが多い。  ……が、しかし、彼は正統な後継者ではなかった。  信玄の遺言に寄れば、正式な後継者は信玄の孫とあった。  つまり勝頼の子である信勝が後継者であり、勝頼は陣代。  一介の後見人の立場でしかない。  織田信長や徳川家康ら稀代の英雄たちと戦うのに、正式な当主と成れず、一介の後見人として戦わねばならなかった諏訪勝頼。  ……これは、そんな悲運の名将のお話である。 【画像引用】……諏訪勝頼・高野山持明院蔵 【注意】……武田贔屓のお話です。  所説あります。  あくまでも一つのお話としてお楽しみください。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

白い鴉の啼く夜に

二色燕𠀋
現代文学
紫陽花 高校生たちの話 ※本編とはあまり接点がないです。 「メクる」「小説家になろう」掲載。

処理中です...