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遺恨
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梅雨、曖昧な天候が続いていた。
準備の花屋が少し、遅れているらしい。
「朱鷺貴殿、どうしましょうか」
どうしましょうかと言われても、
「まぁ、来ないものは仕方もないしなぁ」としか言えない。
足場も悪いだろうし、少々発注も多かった。いまいち時刻のわかりにくい天気だし、季節柄日照りも悪い。
大堂は少し、それもありバタバタしていた。
「いま、昼過ぎやろかねぇ。まぁ、まだ少しありますし…お待ちしているか…。
トキさん、わてらの部屋、そういえば紫陽花が咲き始めましたよね」
「紫陽花?」
ふと翡翠が訊ねるように言った。
やり場もないしなぁとぼんやりと門を眺めていた朱鷺貴は我に返る。
準備に駆り出されていた若い坊主が疑問顔。
「確かに、通夜葬式では見たことがないし、華やかな印象なんやろうけど、あれなら1房でたくさん見えません?綺麗やし。
先方さん、『とにかくなんでもええから豪勢に』ということなんやと受け取りましたが、如何やろ?」
今日の檀家は、旗本の武家屋敷だった。
正直、そんな御身分の家などボロ寺では対応に慣れていない。
しかしどこでも変わらず人生最大の別れだ。要求を最大限は呑んでいる。
「…確かに供花として見たことはないのもそうですが…それは“自殺”の観点では、どうなのでしょう?」
「ん?」
「んーと…そうだなぁ。しかし空庵、雑草は抜くだろう?」
「確かに」
「どんなものも生かせるのならば…切り花はな、とくに“殺す”という観点ではないし、だからこそ鉢植えは良くないわけだし…こちらは鉢植えが送られてきた場合寧ろわざわざ切らなければならないし」
「その理由がわからなかったのですが…先日鉢植えについては光正法師にそう指示されました。忙しさ故、聞けないでいて…」
「うん、」
まだだよなぁと、忙しなさも少し「仕方なし」という雰囲気になってくる。
朱鷺貴は堂の前に座り一休みの態勢。
「根は未練と欲とを連想させるからだな。
切り花もまぁ…庭に余っていると捉えればいいんじゃないかな。直接命を絶つ、に至らないかも。
紫陽花はそれほど派手でもないし、まあ、紅いものなら水引をすればいいような気がしてきた」
なるほど、と言いたそうに手を叩いた朱鷺貴は翡翠を見るが、今度は翡翠が「あの…」と疑問そう。
「その“自殺”言うんは、なんでしょう?」
「えっ、」と意外そうにする空庵と、「ああ、」と何事もない朱鷺貴と。
「言わなかったっけ、言ってないかも。自分と殺すという字を書く。仏教最大の過ちとされ、何かを殺してはならない、それは己すらだ。
他、例えば自分を取り巻く何かが命を絶つ瞬間を見ること、これから死ぬとわかっているもの、事を知ることというのは大罪とされているんだよ」
そうだったのか。初めて聞いた。
なるほど、だからなのだろうか、朱鷺貴の死に対する姿勢は他の坊主と比較しても少し、違うと感じていた。
「…なるほど、」
「その考えがあって、死を悼み、布施で生きていかねばならないという縛りがあるわけだ。要するに直接関わってはならない、と」
「私には幾分か…傲慢な教えに思います」
ポツリと空庵が俯いた。
呟いてからはっとし、「いえ、すみません」と空庵は謝るが、朱鷺貴は笑い「そうだよなぁ」と同意した。
「俺もそう思うよ。直接関わらなければいいというのは、些かやり切れなさも生まれるような気がするし」
空庵に何があってここにいるのかは知らない。寺に来て間もないのだ。
いつでも寺は人を受け入れる。それは死者なら尚という違い。
当たり前を考えれば不思議な気分に至ったが、少し綺麗な少年に「花、切ってくるか」と朱鷺貴は持ち掛けた。
「俺たちも部屋の前にあるからな。そういえば多分安眠だぞ。枕花に良いかもしれない」
しかし朱鷺貴には準備があるしと「わてが一緒に行きましょうか」と翡翠が提案しようとしたときだった。
門に、数人程帯刀した武士が見える。
それで、そうか、もう昼かとわかった。
空庵は「大変だ、」と急に思い出したようだったが。
「いや、違うよあれは」
ここ数日、それには宛があった。
やれやれと向かおうとする朱鷺貴に、「あぁ、わてが行きましょ」と翡翠が門へ向かっていく。
仕方ないなと朱鷺貴は空庵に「まずは茶でも用意を」と指示をする。
「はばかりさんです、壬生浪さん」
「どうも。
三番組組長、斎藤と申します。近藤局長から貴殿らについてはお聞きしております」
「昨日は確か…源さんやったね。昨日と変わらずです」
斎藤という男は、どうも独特な雰囲気の…切れ長な目の男だった。
「まぁ、お茶でも。少々忙しないですが」
「いえ、すぐに済みますので」
「昨日もそうやったねぇ。忙しそうで」
「はい、まぁ…」
斎藤が声を潜める様子、更には懐に手を入れたので、一瞬ふと身構えてしまったのは癖だったが、斎藤はぼんやりと翡翠を細い目で見、「いやはや…」と、妙に含みのありそうな余韻で紙を取り出した。
「なかなか京には慣れませんね」
「あぁ、すんまへん。なんや、癖で…」
「いえいえ、良いことです。近頃物騒なんで」
斎藤に見せられた紙は、人相書きだった。
準備の花屋が少し、遅れているらしい。
「朱鷺貴殿、どうしましょうか」
どうしましょうかと言われても、
「まぁ、来ないものは仕方もないしなぁ」としか言えない。
足場も悪いだろうし、少々発注も多かった。いまいち時刻のわかりにくい天気だし、季節柄日照りも悪い。
大堂は少し、それもありバタバタしていた。
「いま、昼過ぎやろかねぇ。まぁ、まだ少しありますし…お待ちしているか…。
トキさん、わてらの部屋、そういえば紫陽花が咲き始めましたよね」
「紫陽花?」
ふと翡翠が訊ねるように言った。
やり場もないしなぁとぼんやりと門を眺めていた朱鷺貴は我に返る。
準備に駆り出されていた若い坊主が疑問顔。
「確かに、通夜葬式では見たことがないし、華やかな印象なんやろうけど、あれなら1房でたくさん見えません?綺麗やし。
先方さん、『とにかくなんでもええから豪勢に』ということなんやと受け取りましたが、如何やろ?」
今日の檀家は、旗本の武家屋敷だった。
正直、そんな御身分の家などボロ寺では対応に慣れていない。
しかしどこでも変わらず人生最大の別れだ。要求を最大限は呑んでいる。
「…確かに供花として見たことはないのもそうですが…それは“自殺”の観点では、どうなのでしょう?」
「ん?」
「んーと…そうだなぁ。しかし空庵、雑草は抜くだろう?」
「確かに」
「どんなものも生かせるのならば…切り花はな、とくに“殺す”という観点ではないし、だからこそ鉢植えは良くないわけだし…こちらは鉢植えが送られてきた場合寧ろわざわざ切らなければならないし」
「その理由がわからなかったのですが…先日鉢植えについては光正法師にそう指示されました。忙しさ故、聞けないでいて…」
「うん、」
まだだよなぁと、忙しなさも少し「仕方なし」という雰囲気になってくる。
朱鷺貴は堂の前に座り一休みの態勢。
「根は未練と欲とを連想させるからだな。
切り花もまぁ…庭に余っていると捉えればいいんじゃないかな。直接命を絶つ、に至らないかも。
紫陽花はそれほど派手でもないし、まあ、紅いものなら水引をすればいいような気がしてきた」
なるほど、と言いたそうに手を叩いた朱鷺貴は翡翠を見るが、今度は翡翠が「あの…」と疑問そう。
「その“自殺”言うんは、なんでしょう?」
「えっ、」と意外そうにする空庵と、「ああ、」と何事もない朱鷺貴と。
「言わなかったっけ、言ってないかも。自分と殺すという字を書く。仏教最大の過ちとされ、何かを殺してはならない、それは己すらだ。
他、例えば自分を取り巻く何かが命を絶つ瞬間を見ること、これから死ぬとわかっているもの、事を知ることというのは大罪とされているんだよ」
そうだったのか。初めて聞いた。
なるほど、だからなのだろうか、朱鷺貴の死に対する姿勢は他の坊主と比較しても少し、違うと感じていた。
「…なるほど、」
「その考えがあって、死を悼み、布施で生きていかねばならないという縛りがあるわけだ。要するに直接関わってはならない、と」
「私には幾分か…傲慢な教えに思います」
ポツリと空庵が俯いた。
呟いてからはっとし、「いえ、すみません」と空庵は謝るが、朱鷺貴は笑い「そうだよなぁ」と同意した。
「俺もそう思うよ。直接関わらなければいいというのは、些かやり切れなさも生まれるような気がするし」
空庵に何があってここにいるのかは知らない。寺に来て間もないのだ。
いつでも寺は人を受け入れる。それは死者なら尚という違い。
当たり前を考えれば不思議な気分に至ったが、少し綺麗な少年に「花、切ってくるか」と朱鷺貴は持ち掛けた。
「俺たちも部屋の前にあるからな。そういえば多分安眠だぞ。枕花に良いかもしれない」
しかし朱鷺貴には準備があるしと「わてが一緒に行きましょうか」と翡翠が提案しようとしたときだった。
門に、数人程帯刀した武士が見える。
それで、そうか、もう昼かとわかった。
空庵は「大変だ、」と急に思い出したようだったが。
「いや、違うよあれは」
ここ数日、それには宛があった。
やれやれと向かおうとする朱鷺貴に、「あぁ、わてが行きましょ」と翡翠が門へ向かっていく。
仕方ないなと朱鷺貴は空庵に「まずは茶でも用意を」と指示をする。
「はばかりさんです、壬生浪さん」
「どうも。
三番組組長、斎藤と申します。近藤局長から貴殿らについてはお聞きしております」
「昨日は確か…源さんやったね。昨日と変わらずです」
斎藤という男は、どうも独特な雰囲気の…切れ長な目の男だった。
「まぁ、お茶でも。少々忙しないですが」
「いえ、すぐに済みますので」
「昨日もそうやったねぇ。忙しそうで」
「はい、まぁ…」
斎藤が声を潜める様子、更には懐に手を入れたので、一瞬ふと身構えてしまったのは癖だったが、斎藤はぼんやりと翡翠を細い目で見、「いやはや…」と、妙に含みのありそうな余韻で紙を取り出した。
「なかなか京には慣れませんね」
「あぁ、すんまへん。なんや、癖で…」
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