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門出
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三件目ぐらいの暇そうな店で、朱鷺貴はチンピラ共と落ち合った。
まだ夜は浅いというのに、すでにチンピラ共は軽く酔っていた。
「どうもお元気そうですねぇ!」と言う近藤の調子はどこか、というか、皆どこか調子が違うような。
「あれ?」
「なんだ?」
「南條さん、鮗食べていーの?あと、酒も」
遊郭で出された食事は確かに、魚だった。
「コノシロ?」
「魚」
「あぁ…気にしたことなかった。シノシやない?」
「なんだいそりゃ」
聞いたことがない単語。
「あぁ、なるほどそうか…。
これは薬だから、問題なし。滋養強壮です。というか、出された物は食わないと却って罪深いという教えなんだよ」
「酒もですか?」
「これはお神酒だと俺は思ってますが?少しですし」
「…坊さんって胡散臭えんだな」
「原田さん、あんたに言われたくないかも。
まぁ、腹に入れちまえば一緒一緒」
それぞれに、解釈して朱鷺貴が説明をする。
「うーん、そうなんだね…」
「寺によるけど。殺生はいけないという点かな?これは俺のためだけにわざわざ死んだ訳じゃないから頂きます、と」
「…偉くご都合だな」
「ぶっちゃけ神様も食ってるしウチは一般的なそういう緩さを取り入れている」
「…流石だね、だから遊郭なんか来るんだ」
「因みに生臭坊主の由来はそれからくるらしい」
「へー、自分で言った」
「そうなんですか、いや知らなんだ。我々新徳寺では一切ダメでしたよ」
「捉え方によりますよ。まぁ無差別は悪い意味も良い意味もあるということで。
あ、そうだ、それだ。ウチの従者はどうしました?」
「あ、あぁ…」
そう、翡翠がいないのだ。
チンピラ共は途端にげっそりし、「…本当に酷かったよ」「あぁ本当に…」と口を揃えて言ったのだ。
「まさか陰間茶屋に連れて行かれるとは思わなんだ…」
あいつ、本当に行ったのか。面倒臭っ。
良い意味も悪い意味も…とも言い難いような、なんとも言えぬ心境。
「うむ…」
「てぇか、実はわかってただろお前ぇ…」
何故かそれを皮切りに次々、散々と色々な愚痴を聞かされ、最早自分が女とどうこうというものでもなくなってしまった。
おかしい、自分は初会ではないのに。確かに三年前までの芸者は居なかったのだけれども。
「で、あいつは金清楼に残ったん?」
「ん、あぁ…店主とかいう変なおっさんに部屋へ連れて行かれたぞ」
「ははぁ…」
更に面倒臭ぇ。
よもや夜の鐘で自分はお暇してしまおうかと何度か考えたが、やつらは妙に話が合うところもあるのだからそうもいかなかった。
結局朱鷺貴は酒も大して飲めずによくわかりもしない「尊皇攘夷」やらなんやらの話で置いてきぼりになりつつ、朝方まで野郎と過ごす、という事態に発展した。
「まあ散々だったようで…」
「お前さんそう言えば何してたんだ?一体ぇ」
「経読んでた。で、薬もちゃんと売った」
「それは鮗?」
「違う。ちゃんと生薬」
「ははは南條殿は景気の良いですな…」
「俺たちもなぁ……」
最後はそんな恨み言だったか、なんだったか。
しかし結局薬代は「ご友人としてどうにかなりまへんの?」と、店側に圧を掛けられ、全て支払いに使ってしまった。
所詮は初回、酒代である。
頭を真っ更にした翌朝、朱鷺貴は仕方なしに金清楼に赴いた。
非常に気まずい。
まず眠そうな番頭に「あぁすんまへんね初回でっか?ウチは昼からやねん」と流暢な大阪言葉で突き返されそうになり。
「あ、いや連れが来てるかと…藤宮翡翠と言うちびっこい奴が…」
「翡翠!?
なんやあんさんあそこの坊さんかいな!へえ、あんたなら歓迎ですわ」
「はぁ…」
「あぁ、ちっと待っとってなー」
番頭は玄関のすぐ横の戸を叩きながら「藤嶋さん、翡翠!お迎えやで!」と、まさしく叩き起こしたのだ。
「あぁおはようさんトキさん」
と、翡翠が寝起きでぼんやりした様子で平然と起きてきた。
「藤嶋さん、わて帰りますねぇ!」
と翡翠は一度部屋に戻り、背に恐らくは三味線か何かの風呂敷を背負って戸を閉めた。
「しっしてやられましたわぁ。
青鵐兄さん、おおきにどうも。では、お暇します」
「おう。今度はこの坊さんときぃや。またな!」
まるで親戚の家のようだ。いや、実際そう言えばそうなのだが。
「…何それ」
「あぁ、三味線貰た」
「そこ、琵琶じゃねぇんだ…」
どうにも不思議な感覚。
「琵琶なんて弾きまへんよ?」、確かにそうなんだけども。
なんとなく翡翠を眺めてから思い出した。
「お前さ、」
「なん?」
「…客をほっぽり出しちゃダメやろー…」
「ん?」
「チンピラ達だよ。さっきまで飲んでたわ」
「あぁ。わてやないで?あん人ら金なさそうやて追い出されたんよ」
「は?」
なんか違和感。に、一瞬頭は着いてこなかったが徐々に徐々に浸透した。
なるほど、そんな理由でああなったのか。
「ふっ……、待って、因みになんで連れてったの、あそこに」
「いやぁそら一応ねぇ…」
徐々に徐々に。
「っはははは!流石やな、洒落てる、粋だわ、っはははは!うっ…っはははは!」
「え、そないおもろいでっか?」
やはりこいつはズレている、離れれば碌なことがない。
うんそうか、確かに何も間違っちゃいないのだが。
「おっ……っははおもろっ、出る、口から中身出るっ……」
「朝やでトキさんなんや引くわ…」
「お前が言うなやアホ!
なんやお前なんか微妙に言葉変だにゃ早っ」
「それトキさん国言葉間違ぅとるやんなんやおかしい…」
「元々話上手ないわなんか引っ張られるなお前、」
「あーわかた、青鵐兄さんが同郷やからや…久々に国言葉で…話したからですかねぇ、抜けなくなってきたな…」
しかし。
「いやー驚いとったであいつら、女言うてそうなるか!?と」
「ホンマに初見さんやったんかねぇ?せやけど武士さんやろ?二道やろ?初めてやろ?なんも可笑しないねんな」
「そーゆーもん?
いやぁお前洒落てる、度肝抜いてる。
大物になるかもなぁ、あいつら。厳しいわなぁ、出世して返してもらわないと。
けど、まさかこうなるとは夢にも…お、思って……!」
暫くは「っはははは!」と何度か笑っていた。
風雲、明けの明星だった。
まだ夜は浅いというのに、すでにチンピラ共は軽く酔っていた。
「どうもお元気そうですねぇ!」と言う近藤の調子はどこか、というか、皆どこか調子が違うような。
「あれ?」
「なんだ?」
「南條さん、鮗食べていーの?あと、酒も」
遊郭で出された食事は確かに、魚だった。
「コノシロ?」
「魚」
「あぁ…気にしたことなかった。シノシやない?」
「なんだいそりゃ」
聞いたことがない単語。
「あぁ、なるほどそうか…。
これは薬だから、問題なし。滋養強壮です。というか、出された物は食わないと却って罪深いという教えなんだよ」
「酒もですか?」
「これはお神酒だと俺は思ってますが?少しですし」
「…坊さんって胡散臭えんだな」
「原田さん、あんたに言われたくないかも。
まぁ、腹に入れちまえば一緒一緒」
それぞれに、解釈して朱鷺貴が説明をする。
「うーん、そうなんだね…」
「寺によるけど。殺生はいけないという点かな?これは俺のためだけにわざわざ死んだ訳じゃないから頂きます、と」
「…偉くご都合だな」
「ぶっちゃけ神様も食ってるしウチは一般的なそういう緩さを取り入れている」
「…流石だね、だから遊郭なんか来るんだ」
「因みに生臭坊主の由来はそれからくるらしい」
「へー、自分で言った」
「そうなんですか、いや知らなんだ。我々新徳寺では一切ダメでしたよ」
「捉え方によりますよ。まぁ無差別は悪い意味も良い意味もあるということで。
あ、そうだ、それだ。ウチの従者はどうしました?」
「あ、あぁ…」
そう、翡翠がいないのだ。
チンピラ共は途端にげっそりし、「…本当に酷かったよ」「あぁ本当に…」と口を揃えて言ったのだ。
「まさか陰間茶屋に連れて行かれるとは思わなんだ…」
あいつ、本当に行ったのか。面倒臭っ。
良い意味も悪い意味も…とも言い難いような、なんとも言えぬ心境。
「うむ…」
「てぇか、実はわかってただろお前ぇ…」
何故かそれを皮切りに次々、散々と色々な愚痴を聞かされ、最早自分が女とどうこうというものでもなくなってしまった。
おかしい、自分は初会ではないのに。確かに三年前までの芸者は居なかったのだけれども。
「で、あいつは金清楼に残ったん?」
「ん、あぁ…店主とかいう変なおっさんに部屋へ連れて行かれたぞ」
「ははぁ…」
更に面倒臭ぇ。
よもや夜の鐘で自分はお暇してしまおうかと何度か考えたが、やつらは妙に話が合うところもあるのだからそうもいかなかった。
結局朱鷺貴は酒も大して飲めずによくわかりもしない「尊皇攘夷」やらなんやらの話で置いてきぼりになりつつ、朝方まで野郎と過ごす、という事態に発展した。
「まあ散々だったようで…」
「お前さんそう言えば何してたんだ?一体ぇ」
「経読んでた。で、薬もちゃんと売った」
「それは鮗?」
「違う。ちゃんと生薬」
「ははは南條殿は景気の良いですな…」
「俺たちもなぁ……」
最後はそんな恨み言だったか、なんだったか。
しかし結局薬代は「ご友人としてどうにかなりまへんの?」と、店側に圧を掛けられ、全て支払いに使ってしまった。
所詮は初回、酒代である。
頭を真っ更にした翌朝、朱鷺貴は仕方なしに金清楼に赴いた。
非常に気まずい。
まず眠そうな番頭に「あぁすんまへんね初回でっか?ウチは昼からやねん」と流暢な大阪言葉で突き返されそうになり。
「あ、いや連れが来てるかと…藤宮翡翠と言うちびっこい奴が…」
「翡翠!?
なんやあんさんあそこの坊さんかいな!へえ、あんたなら歓迎ですわ」
「はぁ…」
「あぁ、ちっと待っとってなー」
番頭は玄関のすぐ横の戸を叩きながら「藤嶋さん、翡翠!お迎えやで!」と、まさしく叩き起こしたのだ。
「あぁおはようさんトキさん」
と、翡翠が寝起きでぼんやりした様子で平然と起きてきた。
「藤嶋さん、わて帰りますねぇ!」
と翡翠は一度部屋に戻り、背に恐らくは三味線か何かの風呂敷を背負って戸を閉めた。
「しっしてやられましたわぁ。
青鵐兄さん、おおきにどうも。では、お暇します」
「おう。今度はこの坊さんときぃや。またな!」
まるで親戚の家のようだ。いや、実際そう言えばそうなのだが。
「…何それ」
「あぁ、三味線貰た」
「そこ、琵琶じゃねぇんだ…」
どうにも不思議な感覚。
「琵琶なんて弾きまへんよ?」、確かにそうなんだけども。
なんとなく翡翠を眺めてから思い出した。
「お前さ、」
「なん?」
「…客をほっぽり出しちゃダメやろー…」
「ん?」
「チンピラ達だよ。さっきまで飲んでたわ」
「あぁ。わてやないで?あん人ら金なさそうやて追い出されたんよ」
「は?」
なんか違和感。に、一瞬頭は着いてこなかったが徐々に徐々に浸透した。
なるほど、そんな理由でああなったのか。
「ふっ……、待って、因みになんで連れてったの、あそこに」
「いやぁそら一応ねぇ…」
徐々に徐々に。
「っはははは!流石やな、洒落てる、粋だわ、っはははは!うっ…っはははは!」
「え、そないおもろいでっか?」
やはりこいつはズレている、離れれば碌なことがない。
うんそうか、確かに何も間違っちゃいないのだが。
「おっ……っははおもろっ、出る、口から中身出るっ……」
「朝やでトキさんなんや引くわ…」
「お前が言うなやアホ!
なんやお前なんか微妙に言葉変だにゃ早っ」
「それトキさん国言葉間違ぅとるやんなんやおかしい…」
「元々話上手ないわなんか引っ張られるなお前、」
「あーわかた、青鵐兄さんが同郷やからや…久々に国言葉で…話したからですかねぇ、抜けなくなってきたな…」
しかし。
「いやー驚いとったであいつら、女言うてそうなるか!?と」
「ホンマに初見さんやったんかねぇ?せやけど武士さんやろ?二道やろ?初めてやろ?なんも可笑しないねんな」
「そーゆーもん?
いやぁお前洒落てる、度肝抜いてる。
大物になるかもなぁ、あいつら。厳しいわなぁ、出世して返してもらわないと。
けど、まさかこうなるとは夢にも…お、思って……!」
暫くは「っはははは!」と何度か笑っていた。
風雲、明けの明星だった。
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