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門出
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玄関先が静かになってすぐに「藤嶋さーん?」と部屋の戸が叩かれる。
言いつけ通り、青鵐が三味線の包みを持ってきた。
そのままそれを横流しにされた翡翠が包みを受けとるとまず、藤嶋はいつも通りに「茶ぁ淹れろ」と命じてくる。
茶を蒸かす間に包みをほどき、組み立てる。上棹の裏側に「朱里」と彫られていた。
「お久しゅうなぁ…」
朱里は翡翠がここに来てすぐ、茶を教えてくれた男娼だった。
今や彼の影はこうして懐古にしか存在しない。
しかし三味線を教えたのは全く別の男娼だ。
暮れといい今日といい、藤嶋はどうにもそれをちらつかせる。
藤嶋はどこかぼんやりしていた。
以前も確かに籠っているのが主流ではあったが、これ程気は抜けていなかったかもしれないと感じる。
不思議だ。全く周りと掛け離れていく。
特に会話はない。
藤嶋に茶を渡し、自分は冷ます間に三味線の調弦をした。
久しぶりに鳴らした。
音は途端に噎せ返るようで、当たり前に朱里の事を思い出すが、耳に過る音色は違うものだ、なんせ、当の持ち主の音を聞いたことがない、それほど長くを過ごさなかった。
裏方故にそこまで弾いたこともないが、これだけは唯一「ええ音やな」と褒められてきたこと。実際自分もわりと好きだ。
思ったよりはまごつかなかった。歌う芸者もいないのに。
手を止めてみれば藤嶋は少し笑って息を吐いた。
「やるよそれ」
「ん?」
「使わねえのも勿体ねえし」
「まぁ…そうやねぇ」
この人が何を思っているかはいつだってわからないけれど。
何故か、理由もなく思い付く、それは唄のようなもの。
「藤嶋さん。
あの時、何故わてを拾ったんですか」
「…ん?」
「いや…」
「…っはは、突拍子もねぇなぁ」
「…なんかふと、思ったんで」
「そういやぁ、さっきの連中はなんだ?」
「お友達です」
「あぁ、そう」
多分、それほど意味もなかったんだろう。今のように気紛れだから。
「まあ忘れたけど…」
「ん?」
「さっきの。
俺も最近ふとそれ、考えたよーな気がする」
「…そうなん?」
三味線は立て掛け、少し冷めた茶を飲む。
ふいっと藤嶋は起きたばかりの布団に入り、「眠い」とぶっきらぼうに言った。
「はぁ、」
「飯食ったか」
「いえ」
「じゃ、テキトーに中寄って頼め。布団も」
予想外なこともあるものだ。
一体なんだったんだか、とても不思議で不気味な気もするが、いや、大して前と変わらないような気もすると、翡翠は藤嶋に言われた通りに飯も布団も調達した。
部屋に戻っても藤嶋は目を閉じている。だが起きているのは感じた。
それもよくよく考えれば寝る時間を決めている藤嶋には当たり前だが、どうしても違和感ばかりを抱く、何かが、少しずつ変わっているのかもしれない。
調達した布団に入り、翡翠が灯りを消すと、藤嶋はやはり起きていた。
すり寄ってきて翡翠を抱き枕にし頭のてっぺんの臭いを嗅ぐ。
それは少しで、そうしてすぐ寝付いたようだった。
そう言えば退職した際、持っていた物を返納したと藤嶋は言っていた。
それが何故か引っ掛かって思い出されたのだけど、わりとすぐに、翡翠も朝まで眠りについた。
言いつけ通り、青鵐が三味線の包みを持ってきた。
そのままそれを横流しにされた翡翠が包みを受けとるとまず、藤嶋はいつも通りに「茶ぁ淹れろ」と命じてくる。
茶を蒸かす間に包みをほどき、組み立てる。上棹の裏側に「朱里」と彫られていた。
「お久しゅうなぁ…」
朱里は翡翠がここに来てすぐ、茶を教えてくれた男娼だった。
今や彼の影はこうして懐古にしか存在しない。
しかし三味線を教えたのは全く別の男娼だ。
暮れといい今日といい、藤嶋はどうにもそれをちらつかせる。
藤嶋はどこかぼんやりしていた。
以前も確かに籠っているのが主流ではあったが、これ程気は抜けていなかったかもしれないと感じる。
不思議だ。全く周りと掛け離れていく。
特に会話はない。
藤嶋に茶を渡し、自分は冷ます間に三味線の調弦をした。
久しぶりに鳴らした。
音は途端に噎せ返るようで、当たり前に朱里の事を思い出すが、耳に過る音色は違うものだ、なんせ、当の持ち主の音を聞いたことがない、それほど長くを過ごさなかった。
裏方故にそこまで弾いたこともないが、これだけは唯一「ええ音やな」と褒められてきたこと。実際自分もわりと好きだ。
思ったよりはまごつかなかった。歌う芸者もいないのに。
手を止めてみれば藤嶋は少し笑って息を吐いた。
「やるよそれ」
「ん?」
「使わねえのも勿体ねえし」
「まぁ…そうやねぇ」
この人が何を思っているかはいつだってわからないけれど。
何故か、理由もなく思い付く、それは唄のようなもの。
「藤嶋さん。
あの時、何故わてを拾ったんですか」
「…ん?」
「いや…」
「…っはは、突拍子もねぇなぁ」
「…なんかふと、思ったんで」
「そういやぁ、さっきの連中はなんだ?」
「お友達です」
「あぁ、そう」
多分、それほど意味もなかったんだろう。今のように気紛れだから。
「まあ忘れたけど…」
「ん?」
「さっきの。
俺も最近ふとそれ、考えたよーな気がする」
「…そうなん?」
三味線は立て掛け、少し冷めた茶を飲む。
ふいっと藤嶋は起きたばかりの布団に入り、「眠い」とぶっきらぼうに言った。
「はぁ、」
「飯食ったか」
「いえ」
「じゃ、テキトーに中寄って頼め。布団も」
予想外なこともあるものだ。
一体なんだったんだか、とても不思議で不気味な気もするが、いや、大して前と変わらないような気もすると、翡翠は藤嶋に言われた通りに飯も布団も調達した。
部屋に戻っても藤嶋は目を閉じている。だが起きているのは感じた。
それもよくよく考えれば寝る時間を決めている藤嶋には当たり前だが、どうしても違和感ばかりを抱く、何かが、少しずつ変わっているのかもしれない。
調達した布団に入り、翡翠が灯りを消すと、藤嶋はやはり起きていた。
すり寄ってきて翡翠を抱き枕にし頭のてっぺんの臭いを嗅ぐ。
それは少しで、そうしてすぐ寝付いたようだった。
そう言えば退職した際、持っていた物を返納したと藤嶋は言っていた。
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