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門出
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人の出入りは、江戸とも引けを取らず。
大門の内側は一気に賑やかだった。
試衛館連中からしたら、全く馴染みもないような雰囲気。
しかし、その店はきらびやか、というよりは少しひっそりした店だった。
これは却ってどうなんだ、名店かもしれないと思えてくる。
名を、“金清楼”。
「御免くださいまし」
翡翠としては普通に戸を潜る。
なるほど「出」と言っておいたからだろう、一同も自然とそう、構えない。
30代くらいだろうか、「おぅ、翡翠か」と、江戸っ子ノリに近い青鵐が入り口で迎える。
青鵐は翡翠をよく見、連れをよく見て、少し困惑したように何度か目線を行き来させた。
「…翡翠、一応聞いとくわ。店主か?」
「いえ、お友達を連れて来ました」
「そうかぁ…」
すぅ、と青鵐が息を吸う。
「おいコラわれなんでこんな金もなさそうで如何にも冷やかしな浪人連れてくんねんボケカスがぁ!」
唐突に言われた言葉、更に眺める番頭青鵐に、連れ一同が閉口したのは見なくてもわかった。
青鵐が眺めた先に多分、土方がいたのだ。
再び翡翠を見て、「面で選ぶなて何べん言わすねんこんアホ!」と、早口でさらに捲し立てる。
「そこは坊主やろ面だけやったらおまんま食えへんねんっ、こんじゃ芸者も喜ばんわいてこますぞ!」
怒られた。
じわりじわり効いてきたのか、一同が徐々に「なん、」「は?」と、絶対に悪口だと判断したのに対し案内人、翡翠が「ああ~~っ!」と、少々高め、嬉しそうな声をあげるのだから場は一気に異風。
「なんや久々に聞いた青鵐兄さんのどつき~!安心して泣きそうやわぁ!」
急な流れに、最早日野の喧嘩師共でも着いていけずに閉口する。
「はい、お茶と羊羹!」と言いしまいには青鵐に抱きつく翡翠にはそれが見えていない。
来る場所を完全に間違えた、しかしもう世界は広がっちまってる、とやはり余所者は黙るしかなかった。
「出たな、ようわからへんねんそれぇ。わても久々やわどないなっとんねん、溜まっとんのかぁ?情緒不安定かいなこん、クソガキぃ!お前ホンマに客見る目ぇないな!」
「大いに、大いにぃっ!」
え。
よくわかんないんだけど。
青鵐が後ろの浪人を冷たく見やる。
「あぁウチは冷やかし追い返しとんねん。どこのもんや兄ちゃんら」
間違いなく喧嘩は売られてるけども。調子がおかしい。
「えっと日野」
「まーまー兄さん、こん人らも少しで偉大な人になるさかい。それに」
「お前のそれ宛になったことぉないねんなっ!せやからあん人、無駄に客引っ掛けてたんやろがおいっ!また売られたいんかお前はぁっ!」
え。
最後まで待たずに青鵐が溜め息を吐いた。
「…ウチのアホが悪かったな。
あぁ、こんならどや?翡翠、お前が案内しぃや、三味線も余りあるで。そんなら安いもんや、お茶代でええわ今日客少ないし」
「は?」
「それともなんかホンマか?ウチは茶屋やで?そんならまず、女より高いけど払えるんか?」
は?
間が生まれた。
翡翠が漸くちらっと後ろを振り向けば完璧に試衛館一同はポケっとしている。
が、理解してきたようだ。
「…兄さん、そんなら友情割引でどうです?」
「はぁ?何言うとんねん笑かすなや」
「いや、」
「えーっと」
近藤か沖田か土方か原田かが戸惑う間もない友情割引。しかし翡翠は誰も構わず「…そういや店主はぁ?」と自分の調子、ごく普通だった。
「知るか、最近籠っとるわぁ!」
「うるせぇんだよ青鵐!」
玄関の真横の部屋から、いつもより三倍も人相が悪い藤嶋が、騒ぎに出てくる。
確かに騒いでいたが、お呼びというわけではなかったのに。
「…やっっぱりてめぇか翡翠、こっちはここんとこイライライライラ溜まってんだよっ、」
怒られた。
よもや試衛館一同からすれば「もう勝手にしてくれ、というか解放してくれ」になってきている。
これは一体なんの茶番だ。
藤嶋がじっくりと自分達を眺めた。
「はぁ、もうえーわ三味線あったよな青鵐持ってこい。てめぇは面貸せや」
「は?わてに言うてます?」
「おうよ」
「え何で?嫌やねん、どつきまわされるやん」
「自業自得やで翡翠」
「あとはなんでもえーよ。今日は暇で儲けもねぇだろうし、新境地へよーこそ。ご新規初見店主割引でっ」
あっという間に翡翠はヤクザのような藤嶋に部屋へ連れて行かれてしまった。
どういうことだ、とても心許ない事情。どうやらほっぽり出されてしまったのは確かだ。
「…あぁ、悪いなあんさんら。店主割引言うとったけど今店主わてやから。
まあ友情なんちゃらで茶漬けと酒くらい出したるわ折角やし、どーせ今日はどこも酒しか飲めへんやろ新規じゃ」
「…半分くらいわかんなかったけど、口悪いね店主さん」
「まあなぁ野郎しかおらへんさかい気い使ぅへんでええねん。そこんとこ気楽やで。
ま!武士は二道や言うしええんちゃう?」
皆自由すぎないか?これは。こういう場所なの?ここは…。
「…心底おっかねぇ」
「あんさん面ええなぁ。芸者もあんさんなら」
「いや忝ない、我々はどうやら間違えたようです…」
「あっそう。ほんならあんさんらその辺歩いて京作法学んできぃや。あれよりその方がましやわ。
また出世でもしたらな。さいなら」
試衛館一同、青鵐に扇子でしっしとやられてしまった。
世の中非常に厳しいなと、なんとも言えずに立ち去る。
大門の内側は一気に賑やかだった。
試衛館連中からしたら、全く馴染みもないような雰囲気。
しかし、その店はきらびやか、というよりは少しひっそりした店だった。
これは却ってどうなんだ、名店かもしれないと思えてくる。
名を、“金清楼”。
「御免くださいまし」
翡翠としては普通に戸を潜る。
なるほど「出」と言っておいたからだろう、一同も自然とそう、構えない。
30代くらいだろうか、「おぅ、翡翠か」と、江戸っ子ノリに近い青鵐が入り口で迎える。
青鵐は翡翠をよく見、連れをよく見て、少し困惑したように何度か目線を行き来させた。
「…翡翠、一応聞いとくわ。店主か?」
「いえ、お友達を連れて来ました」
「そうかぁ…」
すぅ、と青鵐が息を吸う。
「おいコラわれなんでこんな金もなさそうで如何にも冷やかしな浪人連れてくんねんボケカスがぁ!」
唐突に言われた言葉、更に眺める番頭青鵐に、連れ一同が閉口したのは見なくてもわかった。
青鵐が眺めた先に多分、土方がいたのだ。
再び翡翠を見て、「面で選ぶなて何べん言わすねんこんアホ!」と、早口でさらに捲し立てる。
「そこは坊主やろ面だけやったらおまんま食えへんねんっ、こんじゃ芸者も喜ばんわいてこますぞ!」
怒られた。
じわりじわり効いてきたのか、一同が徐々に「なん、」「は?」と、絶対に悪口だと判断したのに対し案内人、翡翠が「ああ~~っ!」と、少々高め、嬉しそうな声をあげるのだから場は一気に異風。
「なんや久々に聞いた青鵐兄さんのどつき~!安心して泣きそうやわぁ!」
急な流れに、最早日野の喧嘩師共でも着いていけずに閉口する。
「はい、お茶と羊羹!」と言いしまいには青鵐に抱きつく翡翠にはそれが見えていない。
来る場所を完全に間違えた、しかしもう世界は広がっちまってる、とやはり余所者は黙るしかなかった。
「出たな、ようわからへんねんそれぇ。わても久々やわどないなっとんねん、溜まっとんのかぁ?情緒不安定かいなこん、クソガキぃ!お前ホンマに客見る目ぇないな!」
「大いに、大いにぃっ!」
え。
よくわかんないんだけど。
青鵐が後ろの浪人を冷たく見やる。
「あぁウチは冷やかし追い返しとんねん。どこのもんや兄ちゃんら」
間違いなく喧嘩は売られてるけども。調子がおかしい。
「えっと日野」
「まーまー兄さん、こん人らも少しで偉大な人になるさかい。それに」
「お前のそれ宛になったことぉないねんなっ!せやからあん人、無駄に客引っ掛けてたんやろがおいっ!また売られたいんかお前はぁっ!」
え。
最後まで待たずに青鵐が溜め息を吐いた。
「…ウチのアホが悪かったな。
あぁ、こんならどや?翡翠、お前が案内しぃや、三味線も余りあるで。そんなら安いもんや、お茶代でええわ今日客少ないし」
「は?」
「それともなんかホンマか?ウチは茶屋やで?そんならまず、女より高いけど払えるんか?」
は?
間が生まれた。
翡翠が漸くちらっと後ろを振り向けば完璧に試衛館一同はポケっとしている。
が、理解してきたようだ。
「…兄さん、そんなら友情割引でどうです?」
「はぁ?何言うとんねん笑かすなや」
「いや、」
「えーっと」
近藤か沖田か土方か原田かが戸惑う間もない友情割引。しかし翡翠は誰も構わず「…そういや店主はぁ?」と自分の調子、ごく普通だった。
「知るか、最近籠っとるわぁ!」
「うるせぇんだよ青鵐!」
玄関の真横の部屋から、いつもより三倍も人相が悪い藤嶋が、騒ぎに出てくる。
確かに騒いでいたが、お呼びというわけではなかったのに。
「…やっっぱりてめぇか翡翠、こっちはここんとこイライライライラ溜まってんだよっ、」
怒られた。
よもや試衛館一同からすれば「もう勝手にしてくれ、というか解放してくれ」になってきている。
これは一体なんの茶番だ。
藤嶋がじっくりと自分達を眺めた。
「はぁ、もうえーわ三味線あったよな青鵐持ってこい。てめぇは面貸せや」
「は?わてに言うてます?」
「おうよ」
「え何で?嫌やねん、どつきまわされるやん」
「自業自得やで翡翠」
「あとはなんでもえーよ。今日は暇で儲けもねぇだろうし、新境地へよーこそ。ご新規初見店主割引でっ」
あっという間に翡翠はヤクザのような藤嶋に部屋へ連れて行かれてしまった。
どういうことだ、とても心許ない事情。どうやらほっぽり出されてしまったのは確かだ。
「…あぁ、悪いなあんさんら。店主割引言うとったけど今店主わてやから。
まあ友情なんちゃらで茶漬けと酒くらい出したるわ折角やし、どーせ今日はどこも酒しか飲めへんやろ新規じゃ」
「…半分くらいわかんなかったけど、口悪いね店主さん」
「まあなぁ野郎しかおらへんさかい気い使ぅへんでええねん。そこんとこ気楽やで。
ま!武士は二道や言うしええんちゃう?」
皆自由すぎないか?これは。こういう場所なの?ここは…。
「…心底おっかねぇ」
「あんさん面ええなぁ。芸者もあんさんなら」
「いや忝ない、我々はどうやら間違えたようです…」
「あっそう。ほんならあんさんらその辺歩いて京作法学んできぃや。あれよりその方がましやわ。
また出世でもしたらな。さいなら」
試衛館一同、青鵐に扇子でしっしとやられてしまった。
世の中非常に厳しいなと、なんとも言えずに立ち去る。
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