Get So Hell? 3rd.

二色燕𠀋

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門出

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 朱鷺貴がにやにや眺めるのになんとなく翡翠は察する。あぁ、この人もそうだ破天荒だったんだ。

「江戸には吉原よしわら遊郭ゆうかくがあっただろ?京にはな、ここからもっかい折りて二本ズレた通りに島原しまばら遊郭ゆうかくってのがある。少し作法は違えど。あんたらがいる通りだよ」
「やっぱりあんた破天荒だね。買ってんじゃん」
「いいや?忘れちまいましたな江戸の頃なんてはっはっは。まぁこいつに聞いてくれ」
「まぁわてはあそこの出なんで~」
「あ、」
「うーんなるほど」

 さてと立ち上がる朱鷺貴に「ホンマにええの?」と翡翠は再度確認した。

「トキさん…なんというか駄目やったやろ」
「ん?……あ、そう来た?」
「え?違う?法衣でも入れますしね?」
「うーん…えっとまぁ…うーん…根本から違うけどま!貴様らは好きにしてくれはっはっは。降りるついでだし。京作法とは如何にと」

 ……どうやら朱鷺貴もわりと江戸のことは根に持っているのだと翡翠は解釈したが、実際の朱鷺貴にはそれほどのつもりもなく「おもろっ」くらいだ。
 なんせ、久々の刺激。

「あぁ先に言っとくが俺は仕事だ畜生め」

 ましてや釘まで刺している。
 修行というか…なんというか。

「わかりましたよ全く」

 んじゃぁと立ち上がる、非常に機嫌が良くなった朱鷺貴の後に、茶を片付ける翡翠。少し待たされる試衛館の三人。

 すぐに薬箱を背負った朱鷺貴と、羊羹の包みを持った翡翠はさぁ繰り出すぞと言わんばかりだった。

「どうせ降りるならトキさん、茶も買うて行きましょうよ」
「あーそうだね。じゃあ俺はまぁ仕事もあるし?後から伺いますよ、バカ従者を引き取りに、朝方」
「うわっ」

 無駄に口実までつけるらしい。

「俺らもじゃぁ、近藤さんを拾っていくかな…」
「あぁ、何条なんです?」
「ん?」
「南條?」
「ええっと…うーんなんて説明しましょ…お近くには何が?ここに来るまで何本どう変わりました?」
「何が?」
「あー道か!」
「んーと…」
「うーんそうだよねぇ多分わかりにくいよな江戸っ子からすると…まあ、通り沿いならぶち当たるだろ」
「ま、せやねぇ」
「ここに来るまで大体真っ直ぐだったけどわかりにくかったよ」
「坊さんなら寺わかるか?いま壬生寺みぶでら貸してくれって頼み込んでんだが」
「どこそれ」
「その前が新徳寺で…」
「あそうや言うてましたね新徳寺。わてはわかりました。その手前ですなぁ」 

 一文字違いだね、と然り気無く沖田が呟く。

 翡翠はふむふむだが、朱鷺貴は「全然わからん」と意外な結果。やはりここは翡翠に投げられるようだ。

 やいのやいの大まかで腰を上げて男たちは寺を降りる。

「しかし門出にしちゃぁ苦労したもんですね」
「全くだ。こっちは道場まで潰したってーのに」
「集まった浪人たちも、全く持って覚悟というか…覇気もあったもんじゃなかったよ」
「お陰で大将の人相が悪くなっててなぁ…」

 煎餅顔を思い出す。
 言うて人相は大してよかったわけでもなかろうが、確かに気苦労を考えれば窶れでもしているのかもしれない。
 そうなればこれは粋な計らい、と言うべきなの…か。

「世の中物騒になったもんですね。寺ですら無関係ともいかなくなったもんですよ、儲かって仕方ない」
「そのわりにボロだねーあの寺。流行りの手習塾てならいじゅくとかやってないの?」
「やってるやつもいるけどそこそこ分かりにくい場所だし、こっちの儲けはそんなにない。ちなみにこっちじゃ“寺子屋てらこや”と呼ぶんだよ」
「へー」
「つーか、坊さん。前から思ってたんだが薬もやってんのか?」
「まぁまぁ。俺よりどちらかと言えば翡翠の方が詳しいです」
「土方さんも薬屋さんやったね?」
「元々俺もこいつらも武家じゃねぇから」

 なるほど。

「そうや、千葉道場近くの善福寺ぜんぷくじにいらっしゃってる…幕府お抱えのお医者様言うん、御存知です?」

 ふと翡翠がそう聞いた。
 試衛館三人は考えてから、
 「そりゃ松本まつもと先生かい?」だの、「今度将軍と来る人?」だの、「あぁ松本先生」だの、どうやら知っている様子。

「偉い先生だってな」
「へぇ~そうなんや」
「それがどうした?」
「いえ、聞き及んだので」

 朱鷺貴すら知らない事情に翡翠の顔を覗くと、「ああ、和尚が」と続ける。

「みよさんのお父様とお世話になっとるそうで」
「あぁ、そうか、言ってたな」
「そないに偉い方なら、和尚さんも安心ですな」

 いまのところみよの父のあれからは、連絡がない。あわよくば…冬を持ち越せるのかもしれないなと思いを馳せる。

「みよ?」
「あぁ、そうそう。わても男をあげましたよ土方さん」
「おうそうかい。どんなんだ?」

 朱鷺貴ですらそれは聞いてこなかった。

「内緒です」
「持てる男は違うもんですねぇ…」

 そう言って土方を眺める沖田に「なんだよ」と土方は素っ気ない。

 恋の句を思い出す。そんな気はしていた。迷う、そんな道。

「大将も奥さんと倅を置いてきたんだぜ。俺にもいー女いねぇかなぁ」
「原田さんはおいくつなんです?20と…どうやろ…5つあたりで?」
「おめぇよく当たるよなぁ」
「そう言えば俺はお前の正確な歳を知らないな」
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