12 / 79
トサキン
2
しおりを挟む
「は?」
「ナニソレよく意味わかんないんだけど」
「ん~~~…。何から話してええもんかわからんのだけどまぁ荷物を置きにな……。大丈夫だお前の部屋には関係ないはず」
「ちょ、待て、占拠って言ったよな占拠って!」
どうやら朱鷺貴にはじわじわじわじわと意味が通用したようだ。翡翠としては「この坊主本気で京都の二大勢力(ヤクザ)と手を組みやがったかもしれん」と思い、「すまへんが、」と話を割った。
「…キナ臭い話やろうか和尚殿。今のうちにはっきり言わせて貰うと、そんならわてはここには」
「まぁ待て茶を飲みながらでも聞け。言うてお前は茶屋に帰るんか?そんならまず聞け」
「……あんさん、藤嶋と、…」
「待て仏さんの前での話じゃない、」
確かに。
自分でも今一瞬、「藤宮」の名すら口にするのを躊躇った。
朱鷺貴が不思議なような、本当に読めないような表情をしている。
感情が先立ってしまった。だがモヤモヤしたまま「わかりました、」と翡翠が吐き捨てたことに「なんなんだ?」と、いつも通り朱鷺貴は正直な反応だった。
いまは確かに待ちましょう、と目で訴えた翡翠に、「まあそうかい…」と、不服そうながら呟いた朱鷺貴は幹斎を見たようだった。
「…睨むな」と気まずそうにいう幹斎の様も、完全に的は射ているかもしれない、と翡翠は皮肉に思う。
……そもそも始めから自分はこの坊主の首を狩りに来た、それが初対面だったはずだと、冷めていくのも感じた。
「…和尚様」
墓を出た瞬間に翡翠は、恐らく自分は今、大変皮肉な表情だろうと思ったが、朱鷺貴が振り返るのだから目を合わせられない気もする。だが流されては変わらないのだと「幹斎和尚様」と、はっきり名前を呼んでやった。
「…私は始め貴方の首を狩りに来た狩り鳥やいうことを忘れないでくださいね。気分によっては不履行でもなくてよ?」
「…だからそれはどういった」
「朱鷺貴、いい。お前を拾ったときの事を思い出したわ…。
翡翠。偉い坊さんの話だ。
『仏に逢うては仏を殺し。祖に逢うては祖を殺し。羅漢に逢うては羅漢を殺し。父母に逢うては父母を殺し。親眷逢うては親眷を殺し。始めて解脱を得ん』と、」
翡翠は重く黙る。
それには朱鷺貴が「まぁ待とう」と、割った。
「よくわからんから保留。あんたのだらしなさは知っているからな。大体、物によっては俺はあんたを殺す権限があるよなぁ」
…えらく低くも、朱鷺貴はどこか楽しそう、いや、上気するような声で饒舌なようだと感じ、翡翠は言わなかったことに後ろめたさを感じた。
知らなくて良いことを伝えると言うのは些か苦い。だが露呈した方が苦い。苦行と言うものかと自分の浅はかさを知る。
果たして朱鷺貴はどう感じるのかと、翡翠は勝手ながら自分が藤嶋に拾われたときの翻弄を思い出した。
確かあの時自分は抜け落ちた。姉が死んだ理由を聞いて。聞いていたものと違う、信じていたものと違う、何も疑う気概がないのに翻弄された。そこには勝手な優しさがあったから……。
いや。
いまは自分のものなど関係がない、これから起こることに目を凝らせ、耳を傾けろ。朱鷺貴の背中に、何より自分はその立場ではないだろうと翡翠は息を殺す。そう、案外軽いものかも、知れないのだし。
何を信じるかは己のみなのだ、そう落ち着いてきた気がした。
朱鷺貴の部屋に入ってすぐ、仏壇が目に入った。
そうか、と思ってすぐに朱鷺貴は「ん」と手を出してくる。
何事かと見定めれば「位牌だよ位牌」だなんて言うのだから「はぁ」と渡すのみで。
「枕元にあるのは目覚めが悪いかもしれねぇが仕方ないな」
ああそうか、そんな思いなのかと翡翠が思えば朱鷺貴は仏壇の前に座り手を合わせ目を閉じる。
多分、読経してるんだとすぐにわかった。それは精神統一、というやつなのだろうか。
待っていた。
朱鷺貴は暫くそうしていたが「で?」と、終わったのだろう、あっさり幹斎に向き合っては「ふむ」と幹斎も一息吐いたようだった。
「何から話すべきかと言えばまずは南堂の話からだろうな。
翡翠、察しの通り藤嶋からの預かりものだ。だが接点はまぁ、お前の兄の鷹だな」
「…兄などではありまへん。もう、今は。さて私にはこれで貴方を殺す権限はなくなりましたか?」
「さぁな。一種の裏切りかもしれんからまだなんとも」
「裏切りなどわても同じやて、」
「待て、お前は極端だな。まずは事実を伝えさせてくれ」
翡翠がちらっと朱鷺貴を見れば、朱鷺貴は何か言いたいのだろう、腕組をして横目で自分を見ては、次に幹斎を見た。
遥かに自分より冷静で、坊主とは感心するなと皮肉に似たものを感じるも打ち消した。
「取り敢えず現状は預かりものをしている、それは藤宮鷹の……知り合いの知り合いらしい男だ。藤宮鷹が藤嶋を紹介した……みたいだが詳しくはいまいちわからない。なんせ藤嶋は会合に儂らを寄せ付けないからな」
「……すげぇあんたが混乱してるのはわかった、全然話が見えない」
「…簡単ですよトキさん。この男あれからヤクザと手を組んでいるいう話やけど、藤嶋が関わるのはいまいちわからない。あの人、今やヤクザでも役人でもないはずやで」
「預かりものは人間でヤクザってとこはわか」
「ちゃうねんちゃうねん、せやから話を聞け。
いや待て話は合っているような気がしなくもなく……?」
「わかった俺の頭が悪かった。先を話してくれジジイ」
「ふむぅ……」
「ナニソレよく意味わかんないんだけど」
「ん~~~…。何から話してええもんかわからんのだけどまぁ荷物を置きにな……。大丈夫だお前の部屋には関係ないはず」
「ちょ、待て、占拠って言ったよな占拠って!」
どうやら朱鷺貴にはじわじわじわじわと意味が通用したようだ。翡翠としては「この坊主本気で京都の二大勢力(ヤクザ)と手を組みやがったかもしれん」と思い、「すまへんが、」と話を割った。
「…キナ臭い話やろうか和尚殿。今のうちにはっきり言わせて貰うと、そんならわてはここには」
「まぁ待て茶を飲みながらでも聞け。言うてお前は茶屋に帰るんか?そんならまず聞け」
「……あんさん、藤嶋と、…」
「待て仏さんの前での話じゃない、」
確かに。
自分でも今一瞬、「藤宮」の名すら口にするのを躊躇った。
朱鷺貴が不思議なような、本当に読めないような表情をしている。
感情が先立ってしまった。だがモヤモヤしたまま「わかりました、」と翡翠が吐き捨てたことに「なんなんだ?」と、いつも通り朱鷺貴は正直な反応だった。
いまは確かに待ちましょう、と目で訴えた翡翠に、「まあそうかい…」と、不服そうながら呟いた朱鷺貴は幹斎を見たようだった。
「…睨むな」と気まずそうにいう幹斎の様も、完全に的は射ているかもしれない、と翡翠は皮肉に思う。
……そもそも始めから自分はこの坊主の首を狩りに来た、それが初対面だったはずだと、冷めていくのも感じた。
「…和尚様」
墓を出た瞬間に翡翠は、恐らく自分は今、大変皮肉な表情だろうと思ったが、朱鷺貴が振り返るのだから目を合わせられない気もする。だが流されては変わらないのだと「幹斎和尚様」と、はっきり名前を呼んでやった。
「…私は始め貴方の首を狩りに来た狩り鳥やいうことを忘れないでくださいね。気分によっては不履行でもなくてよ?」
「…だからそれはどういった」
「朱鷺貴、いい。お前を拾ったときの事を思い出したわ…。
翡翠。偉い坊さんの話だ。
『仏に逢うては仏を殺し。祖に逢うては祖を殺し。羅漢に逢うては羅漢を殺し。父母に逢うては父母を殺し。親眷逢うては親眷を殺し。始めて解脱を得ん』と、」
翡翠は重く黙る。
それには朱鷺貴が「まぁ待とう」と、割った。
「よくわからんから保留。あんたのだらしなさは知っているからな。大体、物によっては俺はあんたを殺す権限があるよなぁ」
…えらく低くも、朱鷺貴はどこか楽しそう、いや、上気するような声で饒舌なようだと感じ、翡翠は言わなかったことに後ろめたさを感じた。
知らなくて良いことを伝えると言うのは些か苦い。だが露呈した方が苦い。苦行と言うものかと自分の浅はかさを知る。
果たして朱鷺貴はどう感じるのかと、翡翠は勝手ながら自分が藤嶋に拾われたときの翻弄を思い出した。
確かあの時自分は抜け落ちた。姉が死んだ理由を聞いて。聞いていたものと違う、信じていたものと違う、何も疑う気概がないのに翻弄された。そこには勝手な優しさがあったから……。
いや。
いまは自分のものなど関係がない、これから起こることに目を凝らせ、耳を傾けろ。朱鷺貴の背中に、何より自分はその立場ではないだろうと翡翠は息を殺す。そう、案外軽いものかも、知れないのだし。
何を信じるかは己のみなのだ、そう落ち着いてきた気がした。
朱鷺貴の部屋に入ってすぐ、仏壇が目に入った。
そうか、と思ってすぐに朱鷺貴は「ん」と手を出してくる。
何事かと見定めれば「位牌だよ位牌」だなんて言うのだから「はぁ」と渡すのみで。
「枕元にあるのは目覚めが悪いかもしれねぇが仕方ないな」
ああそうか、そんな思いなのかと翡翠が思えば朱鷺貴は仏壇の前に座り手を合わせ目を閉じる。
多分、読経してるんだとすぐにわかった。それは精神統一、というやつなのだろうか。
待っていた。
朱鷺貴は暫くそうしていたが「で?」と、終わったのだろう、あっさり幹斎に向き合っては「ふむ」と幹斎も一息吐いたようだった。
「何から話すべきかと言えばまずは南堂の話からだろうな。
翡翠、察しの通り藤嶋からの預かりものだ。だが接点はまぁ、お前の兄の鷹だな」
「…兄などではありまへん。もう、今は。さて私にはこれで貴方を殺す権限はなくなりましたか?」
「さぁな。一種の裏切りかもしれんからまだなんとも」
「裏切りなどわても同じやて、」
「待て、お前は極端だな。まずは事実を伝えさせてくれ」
翡翠がちらっと朱鷺貴を見れば、朱鷺貴は何か言いたいのだろう、腕組をして横目で自分を見ては、次に幹斎を見た。
遥かに自分より冷静で、坊主とは感心するなと皮肉に似たものを感じるも打ち消した。
「取り敢えず現状は預かりものをしている、それは藤宮鷹の……知り合いの知り合いらしい男だ。藤宮鷹が藤嶋を紹介した……みたいだが詳しくはいまいちわからない。なんせ藤嶋は会合に儂らを寄せ付けないからな」
「……すげぇあんたが混乱してるのはわかった、全然話が見えない」
「…簡単ですよトキさん。この男あれからヤクザと手を組んでいるいう話やけど、藤嶋が関わるのはいまいちわからない。あの人、今やヤクザでも役人でもないはずやで」
「預かりものは人間でヤクザってとこはわか」
「ちゃうねんちゃうねん、せやから話を聞け。
いや待て話は合っているような気がしなくもなく……?」
「わかった俺の頭が悪かった。先を話してくれジジイ」
「ふむぅ……」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小童、宮本武蔵
雨川 海(旧 つくね)
歴史・時代
兵法家の子供として生まれた弁助は、野山を活発に走る小童だった。ある日、庄屋の家へ客人として旅の武芸者、有馬喜兵衛が逗留している事を知り、見学に行く。庄屋の娘のお通と共に神社へ出向いた弁助は、境内で村人に稽古をつける喜兵衛に反感を覚える。実は、弁助の父の新免無二も武芸者なのだが、人気はさっぱりだった。つまり、弁助は喜兵衛に無意識の内に嫉妬していた。弁助が初仕合する顚末。
備考 井上雄彦氏の「バガボンド」や司馬遼太郎氏の「真説 宮本武蔵」では、武蔵の父を無二斎としていますが、無二の説もあるため、本作では無二としています。また、通説では、武蔵の父は幼少時に他界している事になっていますが、関ヶ原の合戦の時、黒田如水の元で九州での戦に親子で参戦した。との説もあります。また、佐々木小次郎との決闘の時にも記述があるそうです。
その他、諸説あり、作品をフィクションとして楽しんでいただけたら幸いです。物語を鵜呑みにしてはいけません。
宮本武蔵が弁助と呼ばれ、野山を駆け回る小僧だった頃、有馬喜兵衛と言う旅の武芸者を見物する。新当流の達人である喜兵衛は、派手な格好で神社の境内に現れ、門弟や村人に稽古をつけていた。弁助の父、新免無二も武芸者だった為、その盛況ぶりを比較し、弁助は嫉妬していた。とは言え、まだ子供の身、大人の武芸者に太刀打ちできる筈もなく、お通との掛け合いで憂さを晴らす。
だが、運命は弁助を有馬喜兵衛との対決へ導く。とある事情から仕合を受ける事になり、弁助は有馬喜兵衛を観察する。当然だが、心技体、全てに於いて喜兵衛が優っている。圧倒的に不利な中、弁助は幼馴染みのお通や又八に励まされながら仕合の準備を進めていた。果たして、弁助は勝利する事ができるのか? 宮本武蔵の初死闘を描く!
備考
宮本武蔵(幼名 弁助、弁之助)
父 新免無二(斎)、武蔵が幼い頃に他界説、親子で関ヶ原に参戦した説、巌流島の決闘まで存命説、など、諸説あり。
本作は歴史の検証を目的としたものではなく、脚色されたフィクションです。
蒼穹(そら)に紅~天翔る無敵皇女の冒険~ 四の巻
初音幾生
歴史・時代
日本がイギリスの位置にある、そんな架空戦記的な小説です。
1940年10月、帝都空襲の報復に、連合艦隊はアイスランド攻略を目指す。
霧深き北海で戦艦や空母が激突する!
「寒いのは苦手だよ」
「小説家になろう」と同時公開。
第四巻全23話
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
霧衣物語
水戸けい
歴史・時代
竹井田晴信は、霧衣の国主であり父親の孝信の悪政を、民から訴えられた。家臣らからも勧められ、父を姉婿のいる茅野へと追放する。
父親が国内の里の郷士から人質を取っていたと知り、そこまでしなければ離反をされかねないほど、酷い事をしていたのかと胸を痛める。
人質は全て帰すと決めた晴信に、共に育った牟鍋克頼が、村杉の里の人質、栄は残せと進言する。村杉の里は、隣国の紀和と通じ、謀反を起こそうとしている気配があるからと。
国政に苦しむ民を助けるために逃がしているなら良いではないかと、晴信は思う、克頼が頑なに「帰してはならない」と言うので、晴信は栄と会う事にする。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる