14 / 34
第三部:死食のカルト
第13章:守りの料理
しおりを挟む
アーケイディアからの出発から二週間、栄作たちは遂に霧の森の入口に立っていた。周囲の風景は徐々に変化し、通常の樹木が神秘的な銀色の樹皮を持つ巨木に変わっていた。地面には淡い青色の苔が広がり、空気中には霧が漂っている。
「これが霧の森...」栄作は息を呑んだ。「神秘的な場所ですね」
シルヴァンが静かに頷いた。「この先は精霊族の領域だ。慎重に進まねばならない」
彼らは馬車を森の入口に置き、徒歩で進むことにした。荷物は最小限にし、栄作も調理道具を厳選して背負っていた。
「霧が濃くなってきたな」マグナスが周囲を見回した。「視界が悪い」
「互いを見失わないように」ナディアは全員に魔法の紐を配った。「これを手首に巻いておきましょう。離れすぎると光って知らせてくれるわ」
森に入るとすぐに、彼らは異質な雰囲気に包まれた。鳥や動物の声が聞こえないかわりに、風が葉を揺らす音が不思議なメロディを奏でていた。時折、光の粒子が空中を舞うように漂っている。
「あれは...精霊?」ルークが小声で尋ねた。
「そうだ」シルヴァンは静かに答えた。「この森の住人だ。今はただ我々を観察しているだけだが、敵意を示せば攻撃してくる」
彼らは半日ほど森の中を進んだ。霧が濃くなるにつれ、時間の感覚も曖昧になってきた。昼なのか夕方なのか、判断が難しい。
「そろそろ野営地を探しましょう」栄作は提案した。「この先は見通しが悪いです」
彼らは小さな空き地を見つけ、そこで休息することにした。マグナスが歩哨に立つ中、栄作は特別な「精霊の森のスープ」を用意し始めた。シルヴァンから教わったエルフの調理法を取り入れたレシピだ。
「この料理には、周囲の自然と調和する効果があります」栄作は説明した。「精霊族に敵意がないことを示す助けになるはずです」
スープが煮立つと、柔らかな青い光が鍋から漂い始めた。その香りは森の深い部分から集めた特殊なハーブの効果で、心を落ち着かせる効果があった。
「これは素晴らしい匂いだ」シルヴァンは珍しく感心した様子で言った。「エルフの技術を見事に取り入れている」
全員がスープを口にすると、不思議な感覚が体内に広がった。森の音がより鮮明に聞こえ、霧の中の光が以前より明るく見えるようになった。
「体が森と共鳴しているような...」ナディアは驚いた様子で言った。
夕食後、彼らは交替で見張りをしながら野営を続けた。栄作の当番中、彼は不思議な感覚に包まれた。森が彼に何かを伝えようとしているような...
「誰か、いますか?」栄作は小声で問いかけた。
一瞬、風が止み、そして彼の目の前に小さな光の球が現れた。それは人の形に変化し始め、やがて半透明の小さな人型の存在になった。女性のような姿で、髪は風に揺れる草のようだった。
「精霊...」栄作は息を呑んだ。
精霊は栄作を観察し、何かを言おうとしたが、声は聞こえなかった。代わりに、栄作の頭の中に直接言葉が響いた。
『料理人よ、なぜここに来た?』
栄作は驚いたが、冷静さを保った。「私たちは月光の果実を探しています。世界を救うためです」
精霊はしばらく栄作を観察した後、『多くの人間は奪うために来る。だが、お前の心には純粋さがある』と伝えた。
「どうか私たちを導いてください」栄作は丁寧にお願いした。「私たちは森や精霊族に危害を加えるつもりはありません」
精霊は考えるように静止した後、『明日、長老に会わせよう。彼女がお前たちの真意を判断するだろう』と答えた。
その後、精霊は光の粒子となって消えた。栄作は急いでシルヴァンを起こし、起きたことを報告した。
「精霊と直接交流できたのか」シルヴァンは驚いた様子で言った。「珍しいことだ。おそらく、お前の料理が彼らの心を開いたのだろう」
翌朝、目を覚ますと、彼らの周りには数十の小さな光の球が浮かんでいた。精霊たちが彼らを囲み、観察していたのだ。
「みんな、慌てないで」シルヴァンは静かに言った。「彼らは私たちを案内してくれるはずだ」
予想通り、精霊たちは彼らを森の奥へと導き始めた。より深く進むにつれ、森はますます幻想的な景観に変わっていった。木々は巨大化し、その幹は青白い光を放っていた。様々な色の花が咲き乱れ、中には宝石のように輝くものもあった。
数時間歩いた後、彼らは大きな湖に到着した。湖の水は鏡のように澄んでおり、その中央には小さな島があった。島には一本の巨大な銀色の木が聳え、その周りに小さな家々が見えた。
「精霊族の集落だ」シルヴァンは畏敬の念を込めて言った。
精霊たちは彼らを湖の岸辺に導き、すると水面が分かれ、湖底から道が現れた。彼らはその道を通って島へと向かった。
島に着くと、多くの精霊族が彼らを見るために集まってきた。人間に似ているが、より細く優雅な体つきで、肌は淡い青や緑の色合いを持っていた。彼らの目は大きく、内側から光を放っているようだった。
「人間が来た...」「彼らは何を求めている?」「危険はないのか?」
精霊族の間でささやきが交わされる中、一人の年老いた女性が前に出てきた。彼女は白い長い髪を持ち、青緑色の肌に年輪のような模様が刻まれていた。
「私はエオラ、この森の守護者」彼女は静かな声で言った。「なぜ我々の領域に足を踏み入れたのか、話しなさい」
シルヴァンがエルフの挨拶をした後、栄作が一歩前に出た。
「私は椎名栄作、料理人です。私たちは月光の果実を探しています。世界を脅かす闇に対抗するために必要なのです」
エオラは栄作をじっと見つめた。「五大食材の予言...知っているわ。だが、月光の果実は我々の最も神聖な宝。簡単に与えることはできない」
「お願いします」栄作は誠実に言った。「私たちは悪意を持っていません。むしろ、『死食のカルト』と呼ばれる組織から世界を守ろうとしているのです」
「死食のカルト?」エオラの表情が変わった。「彼らもここに来た。数日前、森の境界で彼らを追い返したところだ」
「彼らも月光の果実を狙っているのです」栄作は説明を続けた。「彼らは料理を悪用して人々を操っています」
エオラはしばらく考えた後、「お前たちの真意を確かめるため、試練を与えよう」と言った。「料理人よ、精霊の心に響く料理を作りなさい。我々の森の恵みを使い、その料理で森との絆を示せ」
栄作は決意を込めて頷いた。「喜んで挑戦させていただきます」
エオラの指示で、栄作は森の神聖な調理場に案内された。そこには精霊族の調理道具と、森で採れる珍しい食材が用意されていた。栄作はシルヴァンの助言を得ながら、精霊族のための特別な料理「森の調和」の準備を始めた。
栄作は精霊族から教わった調理法と自分の技術を融合させ、森の恵みを最大限に活かす料理を心を込めて作った。彼の周りには小さな精霊たちが集まり、好奇心いっぱいに彼の調理を見守っていた。
「料理には心を込めます」栄作は精霊たちに語りかけた。「この森への敬意と感謝を、この一皿に表現します」
数時間後、栄作の料理が完成した。「森の調和」と名付けられたその料理は、淡く光る青色のスープをベースに、様々な森の植物や花が彩りよく盛り付けられていた。スープからは柔らかな光が放たれ、心を落ち着かせる香りが広がっていた。
エオラとその側近たちが料理を前に集まった。「では、試食させてもらおう」
彼らが料理を口にした瞬間、驚くべきことが起きた。周囲の木々が優しく揺れ、空中に光の粒子が舞い上がった。エオラの体から青白い光が広がり、森全体が共鳴するかのように輝いた。
「これは...」エオラは驚きの表情を浮かべた。「お前の料理には森の声が宿っている。私たちの心に直接語りかけてくる」
他の精霊族も感動した様子で料理を味わった。「素晴らしい」「人間の料理とは思えない」「森の歌が聞こえる」と喜びの声が上がった。
エオラは満足そうに頷いた。「料理人よ、あなたは試練を見事に乗り越えた。あなたの心に偽りはないと分かった」
彼女は栄作に近づき、「明日の満月の夜、あなたを月光の果実がある聖域へ案内しよう」と告げた。
栄作は深く頭を下げた。「ありがとうございます」
その日、栄作たちは精霊族の歓待を受けた。彼らの住居で休息し、精霊族の文化や歴史について学んだ。シルヴァンは精霊族の長老たちと古代語で会話を交わし、ルークは若い精霊たちから簡単な自然魔法を教わっていた。
夕方、栄作は森の泉のそばで一人考え事をしていた。
「心配事でもあるのか?」
振り返ると、エオラが静かに立っていた。
「いえ...ただ、これからのことを考えていました」栄作は正直に答えた。
「死食のカルトのことか」エオラは泉に映る月を見つめた。「彼らについて、もっと知っておくべきことがある」
エオラの話によれば、カルトは最近活動を活発化させており、各地の神聖な場所を冒涜していたという。そして彼らのリーダー、ヴォラクスは強大な力を持つようになっていた。
「彼は禁断の魔力を料理に込める術を会得した」エオラは憂いの表情で語った。「そして今、五大食材を手に入れようとしている」
「彼らも月光の果実を?」
「ああ」エオラは頷いた。「先日、彼らは森の境界に現れた。我々は彼らを撃退したが、また戻ってくるだろう」
栄作は決意を固めた。「私たちは月光の果実を守り、正しく使います。死食のカルトのような悪用は絶対にしません」
エオラは栄作の目をじっと見つめた。「お前を信じよう、料理人よ」
---
翌日の夕方、満月が昇り始めた時、エオラは栄作たちを湖の奥にある隠された洞窟へと案内した。洞窟の内部は結晶で覆われ、月の光が反射して幻想的な光景を作り出していた。
「ここが聖域」エオラは洞窟の中心を指した。
そこには小さな池があり、池の中央に一本の細い木が生えていた。木には一つだけ、月のように白く輝く果実がなっていた。
「月光の果実...」栄作は畏敬の念を込めて見つめた。
「満月の夜だけ実を結ぶ神秘の木だ」エオラは説明した。「その果実には純粋なエネルギーと再生の力が宿っている」
エオラが儀式を始めようとした時、突然、洞窟の入口から物音がした。
「侵入者だ!」精霊の警備兵が叫んだ。
次の瞬間、黒い服を着た数人の人間が洞窟に押し入ってきた。彼らの目は赤く光り、体には黒い筋が走っていた。
「カルトの信者たち!」マグナスは巨大な斧を構えた。
「月光の果実を守れ!」シルヴァンは弓を引き絞った。
戦いが始まった。カルトの信者たちは通常の人間より強く、黒い魔力を放出していた。マグナスとナディアが前線で戦い、シルヴァンが弓で援護する。ルークは水の魔法で信者たちの動きを鈍らせていた。
「栄作、果実を!」シルヴァンが叫んだ。
栄作はエオラと共に池に向かった。エオラは古代語で呪文を唱え始め、月光の果実が優しく光り始めた。
「急いで!」エオラは栄作に促した。「満月の力で果実を採るのだ」
しかし、その時、黒い影が二人に飛びかかった。それは他の信者とは異なる、より強力な存在だった。
「邪魔はさせん」低く冷たい声が響いた。
男は黒いローブを着て、顔は影に隠れていたが、首には骸骨の紋章が見えた。
「ヴォラクスの側近か...」エオラは身構えた。
男は黒い炎のような魔力を放出し、二人に襲いかかった。エオラは精霊の力で防御したが、その力は強大だった。
「栄作、果実を!私が時間を稼ぐ」エオラは必死に叫んだ。
栄作は池に飛び込み、中央の木に向かって泳いだ。水は不思議なほど温かく、体を癒すような感覚があった。木に到達すると、彼は恭しく頭を下げ、「お許しください」と静かに言った。
果実に手を伸ばした瞬間、月の光が池全体を包み込み、水面が銀色に輝いた。果実は自ら枝から離れ、栄作の手の中に収まった。それは手のひらに乗るサイズで、触れると温かく、内側から光を放っていた。
岸に戻ると、戦いはまだ続いていた。エオラは力を使い果たしたように見え、黒いローブの男は彼女を追い詰めていた。
「やめろ!」栄作は叫び、月光の果実を高く掲げた。
果実が強く輝き、その光が洞窟全体を包み込んだ。光に触れたカルトの信者たちは悲鳴を上げ、黒い筋が消えていった。
黒いローブの男だけは耐えていたが、彼も徐々に後退し始めた。「この程度では...」
しかし、その時、栄作は果実を胸に抱き、「浄化の言葉」を唱え始めた。エオラから教わった古代精霊語の呪文だ。
果実の光がさらに強まり、男は遂に耐えきれなくなった。「恨むぞ...料理人...」
彼は黒い煙となって洞窟から逃げ去った。
戦いが終わり、栄作はエオラに月光の果実を見せた。「無事です」
エオラは安堵の表情を浮かべたが、すぐに真剣な顔に戻った。「だが、カルトはここを知ってしまった。もう安全ではない」
「私たちと一緒に来ませんか?」栄作は提案した。「アーケイディアなら...」
エオラは静かに首を振った。「私たちの場所はここだ。森を守らねばならない。だが...」
彼女は手を伸ばし、月光の果実に触れた。「果実よ、今こそ使命の時。料理人と共に行き、世界を救いなさい」
果実が優しく脈動し、エオラの言葉に応えているように見えた。
「栄作」エオラは厳かな声で言った。「月光の果実を託す。だが約束してほしい。力が必要な時だけ使うこと。そして最後には、新たな果実の種を森に返すことを」
栄作は真摯に頷いた。「必ず約束を守ります」
エオラは特別な容器を差し出した。「これに果実を保管するといい。月の力を保ち続けるだろう」
栄作は感謝の言葉を述べ、果実を容器に収めた。これで二つ目の食材を手に入れたことになる。
---
精霊族の集落に戻ると、彼らは緊急の防衛体制を敷いていた。カルトの襲撃に備えてのことだ。
「私たちは明日出発します」栄作はエオラに告げた。「カルトをここから遠ざけるためにも」
エオラは頷いた。「良い判断だ。だが、気をつけるように。カルトの力は強大になっている」
その夜、栄作は精霊族のために「感謝の晩餐」を用意した。月光の果実の微量なエネルギーを料理に込め、森を守る力を高める効果を持たせた。
「この料理が、皆さんの力になりますように」栄作は精霊族に向けて言った。
食事の間、エオラは第三の食材についての情報を共有した。「深海の真珠貝は、南の大海原に沈む古代の海底神殿にあると言われている」
「次はそこに向かいますね」栄作は頷いた。
「旅の間、気をつけるのだ」エオラは警告した。「カルトは諦めない。そして、月光の果実の力は慎重に使うように。使いすぎれば、果実は枯れてしまう」
翌朝、栄作たちは精霊族に別れを告げ、森を後にする準備を始めた。多くの精霊たちが見送りに集まった。
「またいつか来てください、料理人さん」若い精霊が栄作に言った。
「必ず戻ってきます」栄作は微笑んだ。「そして約束通り、果実の種を返します」
エオラは最後に栄作に近づき、彼の額に祝福の印を描いた。「月の祝福があなたとともにありますように。そして...」
彼女は栄作の耳元で囁いた。「第三の試練は水と忍耐。第四の試練は風と自由。そして最後は、創造と調和。覚えておくように」
栄作は頷き、その言葉を心に刻んだ。
霧の森を離れる時、栄作は振り返り、銀色に輝く木々に最後の別れを告げた。二つ目の食材、月光の果実を手に入れた今、彼らの旅はさらに危険になるだろう。カルトとの戦いは始まったばかり。そして次なる目的地は、南の大海原—深海の真珠貝を求めての旅が始まろうとしていた。
「これが霧の森...」栄作は息を呑んだ。「神秘的な場所ですね」
シルヴァンが静かに頷いた。「この先は精霊族の領域だ。慎重に進まねばならない」
彼らは馬車を森の入口に置き、徒歩で進むことにした。荷物は最小限にし、栄作も調理道具を厳選して背負っていた。
「霧が濃くなってきたな」マグナスが周囲を見回した。「視界が悪い」
「互いを見失わないように」ナディアは全員に魔法の紐を配った。「これを手首に巻いておきましょう。離れすぎると光って知らせてくれるわ」
森に入るとすぐに、彼らは異質な雰囲気に包まれた。鳥や動物の声が聞こえないかわりに、風が葉を揺らす音が不思議なメロディを奏でていた。時折、光の粒子が空中を舞うように漂っている。
「あれは...精霊?」ルークが小声で尋ねた。
「そうだ」シルヴァンは静かに答えた。「この森の住人だ。今はただ我々を観察しているだけだが、敵意を示せば攻撃してくる」
彼らは半日ほど森の中を進んだ。霧が濃くなるにつれ、時間の感覚も曖昧になってきた。昼なのか夕方なのか、判断が難しい。
「そろそろ野営地を探しましょう」栄作は提案した。「この先は見通しが悪いです」
彼らは小さな空き地を見つけ、そこで休息することにした。マグナスが歩哨に立つ中、栄作は特別な「精霊の森のスープ」を用意し始めた。シルヴァンから教わったエルフの調理法を取り入れたレシピだ。
「この料理には、周囲の自然と調和する効果があります」栄作は説明した。「精霊族に敵意がないことを示す助けになるはずです」
スープが煮立つと、柔らかな青い光が鍋から漂い始めた。その香りは森の深い部分から集めた特殊なハーブの効果で、心を落ち着かせる効果があった。
「これは素晴らしい匂いだ」シルヴァンは珍しく感心した様子で言った。「エルフの技術を見事に取り入れている」
全員がスープを口にすると、不思議な感覚が体内に広がった。森の音がより鮮明に聞こえ、霧の中の光が以前より明るく見えるようになった。
「体が森と共鳴しているような...」ナディアは驚いた様子で言った。
夕食後、彼らは交替で見張りをしながら野営を続けた。栄作の当番中、彼は不思議な感覚に包まれた。森が彼に何かを伝えようとしているような...
「誰か、いますか?」栄作は小声で問いかけた。
一瞬、風が止み、そして彼の目の前に小さな光の球が現れた。それは人の形に変化し始め、やがて半透明の小さな人型の存在になった。女性のような姿で、髪は風に揺れる草のようだった。
「精霊...」栄作は息を呑んだ。
精霊は栄作を観察し、何かを言おうとしたが、声は聞こえなかった。代わりに、栄作の頭の中に直接言葉が響いた。
『料理人よ、なぜここに来た?』
栄作は驚いたが、冷静さを保った。「私たちは月光の果実を探しています。世界を救うためです」
精霊はしばらく栄作を観察した後、『多くの人間は奪うために来る。だが、お前の心には純粋さがある』と伝えた。
「どうか私たちを導いてください」栄作は丁寧にお願いした。「私たちは森や精霊族に危害を加えるつもりはありません」
精霊は考えるように静止した後、『明日、長老に会わせよう。彼女がお前たちの真意を判断するだろう』と答えた。
その後、精霊は光の粒子となって消えた。栄作は急いでシルヴァンを起こし、起きたことを報告した。
「精霊と直接交流できたのか」シルヴァンは驚いた様子で言った。「珍しいことだ。おそらく、お前の料理が彼らの心を開いたのだろう」
翌朝、目を覚ますと、彼らの周りには数十の小さな光の球が浮かんでいた。精霊たちが彼らを囲み、観察していたのだ。
「みんな、慌てないで」シルヴァンは静かに言った。「彼らは私たちを案内してくれるはずだ」
予想通り、精霊たちは彼らを森の奥へと導き始めた。より深く進むにつれ、森はますます幻想的な景観に変わっていった。木々は巨大化し、その幹は青白い光を放っていた。様々な色の花が咲き乱れ、中には宝石のように輝くものもあった。
数時間歩いた後、彼らは大きな湖に到着した。湖の水は鏡のように澄んでおり、その中央には小さな島があった。島には一本の巨大な銀色の木が聳え、その周りに小さな家々が見えた。
「精霊族の集落だ」シルヴァンは畏敬の念を込めて言った。
精霊たちは彼らを湖の岸辺に導き、すると水面が分かれ、湖底から道が現れた。彼らはその道を通って島へと向かった。
島に着くと、多くの精霊族が彼らを見るために集まってきた。人間に似ているが、より細く優雅な体つきで、肌は淡い青や緑の色合いを持っていた。彼らの目は大きく、内側から光を放っているようだった。
「人間が来た...」「彼らは何を求めている?」「危険はないのか?」
精霊族の間でささやきが交わされる中、一人の年老いた女性が前に出てきた。彼女は白い長い髪を持ち、青緑色の肌に年輪のような模様が刻まれていた。
「私はエオラ、この森の守護者」彼女は静かな声で言った。「なぜ我々の領域に足を踏み入れたのか、話しなさい」
シルヴァンがエルフの挨拶をした後、栄作が一歩前に出た。
「私は椎名栄作、料理人です。私たちは月光の果実を探しています。世界を脅かす闇に対抗するために必要なのです」
エオラは栄作をじっと見つめた。「五大食材の予言...知っているわ。だが、月光の果実は我々の最も神聖な宝。簡単に与えることはできない」
「お願いします」栄作は誠実に言った。「私たちは悪意を持っていません。むしろ、『死食のカルト』と呼ばれる組織から世界を守ろうとしているのです」
「死食のカルト?」エオラの表情が変わった。「彼らもここに来た。数日前、森の境界で彼らを追い返したところだ」
「彼らも月光の果実を狙っているのです」栄作は説明を続けた。「彼らは料理を悪用して人々を操っています」
エオラはしばらく考えた後、「お前たちの真意を確かめるため、試練を与えよう」と言った。「料理人よ、精霊の心に響く料理を作りなさい。我々の森の恵みを使い、その料理で森との絆を示せ」
栄作は決意を込めて頷いた。「喜んで挑戦させていただきます」
エオラの指示で、栄作は森の神聖な調理場に案内された。そこには精霊族の調理道具と、森で採れる珍しい食材が用意されていた。栄作はシルヴァンの助言を得ながら、精霊族のための特別な料理「森の調和」の準備を始めた。
栄作は精霊族から教わった調理法と自分の技術を融合させ、森の恵みを最大限に活かす料理を心を込めて作った。彼の周りには小さな精霊たちが集まり、好奇心いっぱいに彼の調理を見守っていた。
「料理には心を込めます」栄作は精霊たちに語りかけた。「この森への敬意と感謝を、この一皿に表現します」
数時間後、栄作の料理が完成した。「森の調和」と名付けられたその料理は、淡く光る青色のスープをベースに、様々な森の植物や花が彩りよく盛り付けられていた。スープからは柔らかな光が放たれ、心を落ち着かせる香りが広がっていた。
エオラとその側近たちが料理を前に集まった。「では、試食させてもらおう」
彼らが料理を口にした瞬間、驚くべきことが起きた。周囲の木々が優しく揺れ、空中に光の粒子が舞い上がった。エオラの体から青白い光が広がり、森全体が共鳴するかのように輝いた。
「これは...」エオラは驚きの表情を浮かべた。「お前の料理には森の声が宿っている。私たちの心に直接語りかけてくる」
他の精霊族も感動した様子で料理を味わった。「素晴らしい」「人間の料理とは思えない」「森の歌が聞こえる」と喜びの声が上がった。
エオラは満足そうに頷いた。「料理人よ、あなたは試練を見事に乗り越えた。あなたの心に偽りはないと分かった」
彼女は栄作に近づき、「明日の満月の夜、あなたを月光の果実がある聖域へ案内しよう」と告げた。
栄作は深く頭を下げた。「ありがとうございます」
その日、栄作たちは精霊族の歓待を受けた。彼らの住居で休息し、精霊族の文化や歴史について学んだ。シルヴァンは精霊族の長老たちと古代語で会話を交わし、ルークは若い精霊たちから簡単な自然魔法を教わっていた。
夕方、栄作は森の泉のそばで一人考え事をしていた。
「心配事でもあるのか?」
振り返ると、エオラが静かに立っていた。
「いえ...ただ、これからのことを考えていました」栄作は正直に答えた。
「死食のカルトのことか」エオラは泉に映る月を見つめた。「彼らについて、もっと知っておくべきことがある」
エオラの話によれば、カルトは最近活動を活発化させており、各地の神聖な場所を冒涜していたという。そして彼らのリーダー、ヴォラクスは強大な力を持つようになっていた。
「彼は禁断の魔力を料理に込める術を会得した」エオラは憂いの表情で語った。「そして今、五大食材を手に入れようとしている」
「彼らも月光の果実を?」
「ああ」エオラは頷いた。「先日、彼らは森の境界に現れた。我々は彼らを撃退したが、また戻ってくるだろう」
栄作は決意を固めた。「私たちは月光の果実を守り、正しく使います。死食のカルトのような悪用は絶対にしません」
エオラは栄作の目をじっと見つめた。「お前を信じよう、料理人よ」
---
翌日の夕方、満月が昇り始めた時、エオラは栄作たちを湖の奥にある隠された洞窟へと案内した。洞窟の内部は結晶で覆われ、月の光が反射して幻想的な光景を作り出していた。
「ここが聖域」エオラは洞窟の中心を指した。
そこには小さな池があり、池の中央に一本の細い木が生えていた。木には一つだけ、月のように白く輝く果実がなっていた。
「月光の果実...」栄作は畏敬の念を込めて見つめた。
「満月の夜だけ実を結ぶ神秘の木だ」エオラは説明した。「その果実には純粋なエネルギーと再生の力が宿っている」
エオラが儀式を始めようとした時、突然、洞窟の入口から物音がした。
「侵入者だ!」精霊の警備兵が叫んだ。
次の瞬間、黒い服を着た数人の人間が洞窟に押し入ってきた。彼らの目は赤く光り、体には黒い筋が走っていた。
「カルトの信者たち!」マグナスは巨大な斧を構えた。
「月光の果実を守れ!」シルヴァンは弓を引き絞った。
戦いが始まった。カルトの信者たちは通常の人間より強く、黒い魔力を放出していた。マグナスとナディアが前線で戦い、シルヴァンが弓で援護する。ルークは水の魔法で信者たちの動きを鈍らせていた。
「栄作、果実を!」シルヴァンが叫んだ。
栄作はエオラと共に池に向かった。エオラは古代語で呪文を唱え始め、月光の果実が優しく光り始めた。
「急いで!」エオラは栄作に促した。「満月の力で果実を採るのだ」
しかし、その時、黒い影が二人に飛びかかった。それは他の信者とは異なる、より強力な存在だった。
「邪魔はさせん」低く冷たい声が響いた。
男は黒いローブを着て、顔は影に隠れていたが、首には骸骨の紋章が見えた。
「ヴォラクスの側近か...」エオラは身構えた。
男は黒い炎のような魔力を放出し、二人に襲いかかった。エオラは精霊の力で防御したが、その力は強大だった。
「栄作、果実を!私が時間を稼ぐ」エオラは必死に叫んだ。
栄作は池に飛び込み、中央の木に向かって泳いだ。水は不思議なほど温かく、体を癒すような感覚があった。木に到達すると、彼は恭しく頭を下げ、「お許しください」と静かに言った。
果実に手を伸ばした瞬間、月の光が池全体を包み込み、水面が銀色に輝いた。果実は自ら枝から離れ、栄作の手の中に収まった。それは手のひらに乗るサイズで、触れると温かく、内側から光を放っていた。
岸に戻ると、戦いはまだ続いていた。エオラは力を使い果たしたように見え、黒いローブの男は彼女を追い詰めていた。
「やめろ!」栄作は叫び、月光の果実を高く掲げた。
果実が強く輝き、その光が洞窟全体を包み込んだ。光に触れたカルトの信者たちは悲鳴を上げ、黒い筋が消えていった。
黒いローブの男だけは耐えていたが、彼も徐々に後退し始めた。「この程度では...」
しかし、その時、栄作は果実を胸に抱き、「浄化の言葉」を唱え始めた。エオラから教わった古代精霊語の呪文だ。
果実の光がさらに強まり、男は遂に耐えきれなくなった。「恨むぞ...料理人...」
彼は黒い煙となって洞窟から逃げ去った。
戦いが終わり、栄作はエオラに月光の果実を見せた。「無事です」
エオラは安堵の表情を浮かべたが、すぐに真剣な顔に戻った。「だが、カルトはここを知ってしまった。もう安全ではない」
「私たちと一緒に来ませんか?」栄作は提案した。「アーケイディアなら...」
エオラは静かに首を振った。「私たちの場所はここだ。森を守らねばならない。だが...」
彼女は手を伸ばし、月光の果実に触れた。「果実よ、今こそ使命の時。料理人と共に行き、世界を救いなさい」
果実が優しく脈動し、エオラの言葉に応えているように見えた。
「栄作」エオラは厳かな声で言った。「月光の果実を託す。だが約束してほしい。力が必要な時だけ使うこと。そして最後には、新たな果実の種を森に返すことを」
栄作は真摯に頷いた。「必ず約束を守ります」
エオラは特別な容器を差し出した。「これに果実を保管するといい。月の力を保ち続けるだろう」
栄作は感謝の言葉を述べ、果実を容器に収めた。これで二つ目の食材を手に入れたことになる。
---
精霊族の集落に戻ると、彼らは緊急の防衛体制を敷いていた。カルトの襲撃に備えてのことだ。
「私たちは明日出発します」栄作はエオラに告げた。「カルトをここから遠ざけるためにも」
エオラは頷いた。「良い判断だ。だが、気をつけるように。カルトの力は強大になっている」
その夜、栄作は精霊族のために「感謝の晩餐」を用意した。月光の果実の微量なエネルギーを料理に込め、森を守る力を高める効果を持たせた。
「この料理が、皆さんの力になりますように」栄作は精霊族に向けて言った。
食事の間、エオラは第三の食材についての情報を共有した。「深海の真珠貝は、南の大海原に沈む古代の海底神殿にあると言われている」
「次はそこに向かいますね」栄作は頷いた。
「旅の間、気をつけるのだ」エオラは警告した。「カルトは諦めない。そして、月光の果実の力は慎重に使うように。使いすぎれば、果実は枯れてしまう」
翌朝、栄作たちは精霊族に別れを告げ、森を後にする準備を始めた。多くの精霊たちが見送りに集まった。
「またいつか来てください、料理人さん」若い精霊が栄作に言った。
「必ず戻ってきます」栄作は微笑んだ。「そして約束通り、果実の種を返します」
エオラは最後に栄作に近づき、彼の額に祝福の印を描いた。「月の祝福があなたとともにありますように。そして...」
彼女は栄作の耳元で囁いた。「第三の試練は水と忍耐。第四の試練は風と自由。そして最後は、創造と調和。覚えておくように」
栄作は頷き、その言葉を心に刻んだ。
霧の森を離れる時、栄作は振り返り、銀色に輝く木々に最後の別れを告げた。二つ目の食材、月光の果実を手に入れた今、彼らの旅はさらに危険になるだろう。カルトとの戦いは始まったばかり。そして次なる目的地は、南の大海原—深海の真珠貝を求めての旅が始まろうとしていた。
102
あなたにおすすめの小説
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい
空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。
孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。
竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。
火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜?
いやいや、ないでしょ……。
【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活
アイアイ式パイルドライバー
ファンタジー
名家の生まれなうえに将来を有望視され、若くして領主となったカイエン・ガリエンド。彼は飢饉の際に王侯貴族よりも民衆を優先したために田舎の開拓村へ左遷されてしまう。
妻は彼の元を去り、一族からは勘当も同然の扱いを受け、王からは見捨てられ、生きる希望を失ったカイエンはある日、浅黒い肌の赤ん坊を拾った。
貴族の彼は赤子など育てた事などなく、しかも左遷された彼に乳母を雇う余裕もない。
しかし、心優しい村人たちの協力で何とか子育てと領主仕事をこなす事にカイエンは成功し、おまけにカイエンは開拓村にて子育てを手伝ってくれた村娘のリーリルと結婚までしてしまう。
小さな開拓村で幸せな生活を手に入れたカイエンであるが、この幸せはカイエンに迫る困難と成り上がりの始まりに過ぎなかった。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる