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2巻

2-2

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 お父様はもちろん剣や魔法も使えるけれど、どちらかと言うと戦略を練ったり、頭を使ったりすることの方が得意だと言っていた。
 するとお父様はちょっと悪戯っぽい笑みで私に言った。

「『夜が笑う』ところをフィルも見たことがあると思うよ」
「えっ?」

 ヒント!? 目を見開くと、お母様もあらあらと言って微笑んでいる。
 こ、これは二人とも、もう答えが分かってるんじゃ……

「そうねえ、フィルは夜じゃなくても近くで『笑う』のを二つ見ているかもしれないわ」

 お母様が両手の人差し指を私の口の端に当てて、きゅっと持ち上げる。
 私の口が自然と笑みの形になって……

「あっ」

 思わず、目をしばたたかせる。夜にあって、私の近くにある『笑み』の形のもの。

「それってもしかして、三日月のことですか?」
「さすがフィル!」

 夜に浮かんだ三日月は、日によって笑みの形に見える。それに私のそばにいるムーンウルフ、ルアアパルの瞳には三日月が浮かんでいる。
 お母様たちはそうやって私にヒントを教えてくれていたんだ。
 パスを出されてのシュートだったとしても嬉しいものは嬉しい。
 思わずその場で跳ねると、お父様に撫でられた。

「さて、その先は私が引き受けよう」

 そうだった、この先の『笑顔が咲き乱れる』はまだ解けていないんだった。
 でも月がいっぱいある訳じゃないし……
 頭を悩ませていると、お父様は微笑んでお母様に向き直った。

「アイシャ、スーリールの花を」
「分かったわ」

 スーリールの花? 首を傾げていると、お母様が氷魔法でその場に美しい花を生み出した。ユリのような形をした真っ白な花で、三日月の模様が花びらの先に入っている。

「スーリールっていうのは三日月が出る夜にしか咲かない花のことでね。咲き乱れる、という言葉がヒントだったのかな」

 スーリールの花は、言葉通り一輪ではなく群生でらしい。三日月を笑ってる口元に見立てて、『笑顔が咲き乱れる』ってのがスーリールの花のこと。それを見せるってことは、スーリールの花をなんらかの形で見せればいいってことだったんだね。
 お父様に教えてもらって、思わず拍手をしてしまう。
 すると、門番は『正解!!』と大きな声で告げて消えていった。
 第一関門突破だ。

「お父様すごいです!」

 本当にお父様の知識量はすごい。この国の宰相をやっているのは伊達だてじゃない。宰相は王の一番近くにいて、国王が何かを間違いそうになった時にいさめることも仕事の内だ。
 だからこそ何がダメで何がいいのか、この国のために何が必要なのか、他国との情勢も考えつつ国で問題が起きた時まず一番最初に動かないといけない。
 それを判断するために培われたのかこれらの知識なんだろう。
 国の事を考えながら、家族のことも考えられるお父様って本当に尊敬できる。
 普段の私に対してのデレデレが嘘みたいに、こういう時は格好良く見えるんだよなぁ。
 そうやってお父様を褒めちぎりながら進んでいると、またいくつかの分岐に出会った。
 そのたびになんとなくこっちかな? という方向に曲がっていく。
 やがて、また目の前が光り輝き、二人目の門番が現れた。
『周りの物を壊すことなく我のみを倒せ。』と門番が口にする。
 今度の門番は一人目と同じように光っていたけれど、出題を終えると同時に姿を変えた。
 一見ただの円柱に見える。大理石か何かでできているようなとろりとした質感の白色の大きな柱……どうやら魔力操作が重要になる戦闘みたい。周りのものを壊さない繊細な魔力のコントロールと、この大きな柱を倒せるぐらい強い魔力を操作できるかどうかが求められているようだ。
 これはお母様の出番かな?
 にこっと笑って、一歩前に出るお母様をじっと見つめる。
 魔法の発動から攻撃まで見逃さないようにしっかりと。
 お母様の魔法を使う姿は勉強になるってお兄様たちが言っていた。
 こういう狭いとこで使う魔法ってどんなのがあるのかな?
 お母様が一人で円柱の前に立つと、こちらを振り返って微笑んだ。

「フィル、お母様の魔法よーく見ててね」
「はいっ!」

 ドキドキしていると、お母様のそばに精霊が現れた。同時にふわりとさわやかな風を感じる。

『アイシャ、久しぶりー! それにフィルも』

 この声は、お母様と契約している風の精霊のリーンだ! リーンが呼ばれたってことは風魔法かな? でも室内で風を起こすっていうのは……?

「さあ、リーン。力を貸して」
『なんだか楽しそうなことをしてる! もちろんいいよお!』

 お母様の言葉と共に、小さな竜巻が巻き起こる。
 リーンが自分の手のひらに息をふきかけたことで、小さな風の渦ができているようだ。リーンがお母様の前にそれを離すと、今度はお母様がその小さな風の渦に魔力を加える。
 やがて小さかった竜巻は円柱と同じぐらいの大きさになった。
 部屋の中で竜巻を起こせるのはすごいけど、そんなのを起こしたら周りの壁まで壊しちゃうんじゃ……?
 そうい、一人焦ったけれど、実際は違った。

「あれ?」

 竜巻が、円柱を少しずつ削って上から崩していく。けれどお母様の後ろに立つ私たちにはそよ風一つやってこない。ただ、お母様の風の魔力がそこに集中していることだけが分かって思わず見とれてしまった。

「すごいでしょう? 部屋の中で竜巻を起こすという発想力。小さなものを作るための魔力の込め方。周りに影響を出さないようにするコントロール。あの人が私の妻であり、あなた達の母親なんですよ」

 お父様が、誇らしげに愛おしそうにお母様を見つめてる。

「はい……。すごく、すごく綺麗です。お母様すごい……」

 そう言っていると、あっという間に門番である円柱が消えていく。
『お見事!』という声だけが最後に響き、ひとかけら残っていた円柱は跡形もなく消えた。
 当たり前だけど周りには何一つとして影響は出ていない。
 ただ、門番すらいなかったのでは、と思えるほど静かな道が目の前に広がっている。
 それに対して、特に疲れた様子もないお母様。あのレベルの魔法を使えるなんてどれだけの努力をしたんだろう。才能だけで到達できるとは思えないくらいすごい魔法だった。
 ただでさえ魔力量が多いと魔力量の調整や動かす時の操作が人の何倍も難しいはずなのに、それを簡単にやってのけるなんて。
 本当に自慢のお母様だ。
 早く、私も早く魔法を使えるようになりたい。お母様みたいなすごい魔法を使えるように。

「さすがですねアイシャ」
「ふふ、フィルのために張り切っちゃったわ。どうだったかしらフィル?」
「すごかったです! やっぱりお母様は私の自慢のお母様です!」
「ふふ。ありがとう」

 本当に、自慢のお母様だ。
 私たちはまたゆっくりと歩を進めた。
 私が選ぶ道の二択を間違えていたのか、何度か見たことのある道に出ることもあったけど、お父様とお母様はまったく怒ることなくもう一つの道に足を進めた。
 それからも何人かの門番に出くわした。
 スフィンクスのように謎を出す門番、可愛らしく見えてすごく足の速い兎型魔獣の捕獲、音楽で作られた謎解き――様々な難関を私たちは突破していく。

『お見事』

 そうして、しわがれた声で言ったチェスの騎士のような七人目の門番が消えると同時に、パッと目の前がまたたいた。
 わあっと歓声が聞こえる。
 辺りを見回すと入口に戻ってきたようだ。外の明るさが目に染みて、何度も瞬きをする。すると首にはいつの間にか、小さなメダルのようなものが下がっていた。

「まさか攻略者が出るなんて……」

 お兄様たちのクラスメイトらしき人たちがこちらを見てびっくりしている。
 その一方で、お兄様たちが結果は分かっていたとでも言うような苦笑を浮かべて賞品を持ってきてくれる。
 文化祭内で使えるクーポン券だ。
 ちょっと悔しそうな顔で、リーベ兄様は頭を掻いている。

「あー、やっぱり父さん達には簡単だったかー。結構企画する側の僕たちも趣向を凝らして、難易度も高めにしてたんだけどなー」
「フィルがいるのに格好悪いところは見せられませんからね。しかし番人達――幻覚魔法や、精霊魔法の使い方は見事でしたよ」
「うふふ、私も頑張っちゃったわ! フィルも頑張ってくれたしね」
「うん!」

 謎解きはヒントを出されてばっかりだったけど、兎型魔獣を捕まえるときにはルアを召喚して、一緒に隅っこに兎を追い込んだり、音楽をメモしたり、すごく楽しかった。
 そう伝えると、お兄様たちはとても嬉しそうに笑ってくれた。
 その光景と何かがダブって、目をこする。
 そうだ、前世でも似たようなことをしたんだ。確かあの子の文化祭もこんな感じだったっけ……
 ふと、前世のことを思い出してしまった。
 私には四人の弟妹がいて、一番上の弟が動物大好きだった。
 クイズをして、よく動物のことを教えてくれたっけ。
 この世界で私は本当に優しく愛されている。でもあの子たちは私がいなくなって大丈夫かな……
 そう思っていると、誰かに優しく頭を撫でられた。見上げればエル兄様がいた。

「大丈夫?」
「ん……ごめんなさい、大丈夫です!」

 慌てて笑顔を作ると、エル兄様は一瞬目を見開いてから微笑んだ。

「フィルは時々、すごく遠くを見ているけど、何かを一人で抱え込む必要はないからね。僕や家族は絶対にフィルの味方だから」
「エル兄様……」

 せっかく、学園祭で楽しそうだったのにごめんなさいの気持ちを込めて頭を下げると、大丈夫だよ、と言われてしまう。
 それから私の頭をポンポンとひと撫でして、エル兄様はリーベ兄様のところに戻っていった。

「フィル?」

 お母様に声を掛けられて、慌てて手を繋ぎなおす。

「どうしましたか?」
「ううん、なんでもないです!」

 元気な声を出すと、お母様とお父様は一瞬首を傾げたけど微笑んでくれた。
 まだ、私は家族に自分の前世のことを話していない。
 話せないのは私の弱さだ。置いてきてしまったあの子たちが心配だけど、どうすることもできないし、今ここにいる家族のことよりも前世を優先しているような自分はあんまりよくないんじゃないかって思う。
 いつか話せる時がくるかな? 話せたらいいのにな。

「エル兄様、ありがとう!」

 今はせめて、そっとしておいてくれていることにお礼を言うべく、私は大きく兄様に手を振った。


 それからお兄様たちはクラスの人達に色々引き継ぎをして、私たちと合流してくれた。
 次に向かうのはジュール兄様のところだ。ジュール兄様はどんなことをしてるのかな?
 学園を飾っている外装の植物を動かしているのはジュール兄様だと前に聞いたけど、部活のほうでも何か出し物を出しているらしい。
 きっとジュール兄様の好きな植物関係の何かだと思うんだけど。
 お花を売ったりとか? それともお花の育てかた講座とかかな? 私も植物は好きだしジュール兄様のお話はすごく面白いから楽しみだ。
 あ、でもジュール兄様、家族以外とお話するのは苦手だっけ。大丈夫かな?
 心配しながら今度は、お兄様たちと手を繋いで歩く。
 本当は私のことをエル兄様が抱っこしたそうだったけど……それだと誰か一人しかできないからダメなんだって。
 また喧嘩がリーベ兄様と始まりそうになったので、妥協案として二人と手を繋ぐことになった。父様たちのラブラブ手繋ぎも見れて嬉しい。
 背の高い二人と手を繋ぐと正直腕が疲れるから、帰りはエル兄様に抱っこしてもらいたい。
 甘えたことを考えつつ、眩しいほどの景色を見ていると、ふと視線を感じた。

「ん?」

 視線を感じた方を向くと、誰かとガッツリ目が合ってしまう。
 そこにいたのは見たことのない緑髪の男性だった。なぜか私を見て目をきらきらと……もとい、ギラギラさせている。
 えと、どちら様?
 そう聞こうとした時だった。

「妖精?」
「え?」
「あなたは妖精ですか? なんの妖精ですか? あ! その可愛らしい見た目はスイートピーの妖精ですね! あぁ! なんて可愛いんでしょう!」

 ぼそりとした呟きの後、ビックリするような速さでその人は私との距離を詰めてくる。
 何この人! 怖いんだけど!?

「っ、おにいさま!」

 本能的な恐怖に襲われて、エル兄様にしがみつく。
 するとエル兄様が私をぎゅっと抱き抱え、リーベ兄様が私たちを隠すように立ってくれる。
 お父様とお母様も眉をしかめて、私とエル兄様を囲むように立ってくれた。

「あぁ! 隠れないでください! 大丈夫ですよ。少しお話がしたいだけですから」
「いやです!」

 リーベ兄様の身長で前に立たれたら結構怖いはずなのに、彼は今も私を見ようとしているのか、私たちの周りをクルクルと回っている。
 何この人! 人を妖精だとか言って! 違うから! れっきとした人間だから!
 というか、さっきからうちの家族から向けられている殺気にこの人は気づいていないんだろうか。私が本気で泣きだしたらどうなってしまうか分かるから泣くに泣けない。でも私の近くから離れてほしい。
 もうやだ、ジュール兄様と合流したらここから逃げてやるんだから!
 そう思った時だった。

「……プラント、僕の妹、泣かした?」
「ジュール兄様!」
「ジュール君!」

 少年の後ろから現れたのはジュール兄様だった。
 少年と私の声が重なる。
 どうやら彼は、ジュール兄様の知り合いでプラント、というらしい。
 ジュール兄様は彼――プラントさんが私を泣かそうとしたことに怒ってくれているようで、表情が硬い。
 しかし、プラントさんは一切それに気が付いていないようで、にこにこと笑いながらジュール兄様に向かって言った。

「いいところに来ましたね! 見てください! 妖精さんが来てくれたんです! すっごく可愛いでしょう。僕はスイートピーの妖精さんかなって思うんだけど君はどう思いますか?」

 ス、スイートピーの妖精……?

「……フィルは、僕の妹」
「え?」

 ジュール兄様が、プラントさんとリーベ兄様の間に入り、エル兄様に抱っこされている私の手を握る。

「この子……僕の妹。フィエルテ。妖精みたいに可愛いけど……ちゃんと人間」
「なんと! こんなにも可愛らしいのに! 同じ人間とはとても思えませんよ!」

 私が人間だと納得できないのか、彼はさらに近づいてきてじっと見つめてくる。
 興味のあるものを理解しようとしてるのは分かるけど、まるで珍しい動物を見ているような視線が怖くて、体が強張ってしまう。

「っ……」
「プラント、それ以上近づいたら怒る……。フィル、怖がってる」

 また生理的な涙が溢れそうになって、ぐっとこらえたけど遅かった。

「うぅ、やだぁ……」

 エル兄様の腕に抱きつくようにして泣いてしまった。
 基本家から出られない私は、見ず知らずの人にこんなにグイグイ来られたことがなくて純粋に怖い。ぎゅうっとしがみついてイヤイヤと首を振ると、三人のお兄様たちは心配そうに私の頭やら手やらを撫でたり握ったりしてくれる。
 同時にお兄様たちとお母様たちの殺気がプラントさんに向く。
 けれどやっぱり彼がそれに気が付いたそぶりはなかった。
 それどころかまさか私が泣くとは思っていなかったのか、彼はトンボのような眼鏡をかちゃかちゃと揺すってから、慌てたように両手を振った。

「あぁ! 泣かないでくださいっ! すみませんでした……本当に妖精みたいにすごく可愛かったから、僕の植物大好きな気持ちが伝わって、ついに妖精が目の前に現れてくれたのかと思ったのです。ジュール君の妹さんだとは知らず……すみません」

 早口に謝るその姿には特に私への悪意は見受けられない。
 それが分かったのか、お兄様たちからも少しずつ警戒の色が薄れる。
 ジュール兄様も、プラントさんのことは十分すぎるぐらいよく知っているんだろう。
 困ったような表情を浮かべて私を見た。

「フィル……プラントも、悪気はないから。許してくれる?」

 それにこくんと頷き返す。怖かったけど、何か無理強いされた訳じゃないし、終始妖精さんって外見を褒められただけだ。
 ……ただ勢いがとんでもなかっただけで。
 それに、植物の妖精に会えたって喜ぶくらい植物が好きなんだろうし、本当に悪い人じゃないんだろう。
 そっとエル兄様に下ろしてもらって、プラントさんの前に立つ。

「フィエルテ・フリードリヒです。は、はじめまして!」

 カーテシーをしてから顔を上げる。
 すると、申し訳なさそうな顔をしながらプラントさんは自己紹介をしてくれた。

「僕の名前はプラント・スティル。ジュール君の三つ上の学年で、同じ部活動を行っています」
「スティル、さん?」
「プラントでいいですよ。ジュール君もそう呼んでますしね」

 ちらっとジュール兄様を見ると、うんうんと頷かれたのでプラントさんと呼ばせてもらおう。
 とはいえ、年上の先輩にため口のジュール兄様、それはいいのかな?
 しかしスティルってスティル伯爵家だろうか? それなら植物好きも納得だ。
 ジュール兄様がよく出かける植物の大会は、スティル伯爵家主催のものが多い。
 それはスティル伯爵家が植物を生業なりわいにする家だからだ。
 スティル伯爵家は領内の農産業に力を入れたことで発展した家で、この国に出回ってる野菜や果物はスティル伯爵家領のものが多いし、植物を使った商品や薬品もスティル伯爵家が何かしらの形で関わっていることが多い。
 私がフォルトゥナ商会でいつも買う果物もスティル領産のものがほとんどだ。
 そんな訳で、スティル伯爵家は爵位がものすごく高い訳ではないけど、この国でも結構重要な位置にある。
 まぁ一族が植物にしか興味がなく、研究者気質で社交界にも滅多に出てこないから、産業面では重要とはいえ、家名としてはそこまで重要視していない貴族が多いらしいけどね。
 私はプラントさんを見上げる。
 緑色の髪の毛に、大きな眼鏡。
 私が勉強をした貴族年鑑にはまだ彼の絵姿や詳細は記録されていなかった。つまり、彼はまだ成人していないのだ。

「フルーツ……」
「フルーツ? ……お好きなんですか?」

 私が呟くと、プラントさんはすぐに私と目線を合わせるようにしゃがんでくれた。
 やっぱりいい人だ。
 私は大きく頷いて続けた。

「フォルトゥナ商会さんから毎日届く果物は、スティル領からのものだよってお父様が言っていました」
「あぁ、確かにうちからフォルトゥナ商会におろしていますね。なんでもこの頃はとても贔屓ひいきにしてくださるお客様がいらっしゃるとかで……ウチとしても美味しく食べていただけるのは嬉しいですから、中でも状態や品質が最も優れたものをお渡しするようお願いしてますが……もしかして、貴女あなたが?」
「いつも美味しいフルーツをありがとうございます」

 砂糖漬けの甘味が好まれるこの世界で、フルーツを好む子供は珍しいとよく言われる。
 だからきっと、これは私のことだろう。
 ぺこりと頭をさげる。
 するとプラントさんは眼鏡の奥の目を丸くして、ジュール兄様を振り返った。

「……まさか我が家からフリードリヒ公爵家におろしていたとは知りませんでした。ジュール君。君は知ってたんじゃありませんか?」

 それにジュール兄様はあいまいに微笑んで、返事をしなかった。
 あ、この反応は知ってた感じですね。
 最近だと、スティル領で果物を研究している人からと言って、フォルトゥナ商会さんが持ってきてくれるおまけが確かに増えていた。
 それにすごくいい出来の果物とかをうちに優先的に持ってきてもらっていたし、ジュール兄様のお知り合いならもっと早くお礼を言えたのに。
 それに美味しいフルーツを作る人って分かってたら怖い人とは思わなかったよ。多分。
 多分ね、うーん、でもさっきの勢いはやっぱり少し怖いかも?
 どっちかなあ、と思いつつジュール兄様を見上げると、ジュール兄様はプラントさんからそっと私を隠すようにして呟いた。

「……うちのフィルと会わせなくなかった」
「どうしてですか!?」
「フィルは……可愛いし……植物のこともバカにしない……プラントも絶対、好きになる。それで……フィルが僕よりプラントを優先するようになったら……やだ」

 お兄様……
 相変わらずのシスコンが炸裂しちゃってます。
 そもそも誰も彼もが私を好きになったりするはずがない。
 確かに見た目は優秀な遺伝子のおかげでそれなりにいい自覚はあるけど、人は見かけじゃないからね! 
 でもそれより、私がジュール兄様より他の人を優先するはずがない。植物のことだって、確かにプラントさんの家は研究で有名だけれど、家でも学校でも植物に対して熱心なジュール兄様はそれに負けないと思っている。教え方だって上手で、難しい話でも私が分かりやすいように話してくれるから興味をそそられる。毒にも薬にもなる植物を、正しく育て、正しく使う兄様は尊敬できる人だ。
 私の家族は尊敬できる人しかいない。自慢の家族だし、他の人なんかに目を向けている暇なんてない。
 …………大分話がそれちゃってるな。
 チラッとお父様とお母様の方に視線を向けると、あらあらと言った様子でジュール兄様を微笑ましそうに見つめていた。他の兄様たちも肩をすくめている。

「僕は自他ともに認める植物バカだからそんな心配は必要ないと思いますけどね……」
「あはは……」


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