クソ食らえ!

スカーレット

文字の大きさ
上 下
2 / 14

第二話 バカな子って可愛いよね

しおりを挟む
ようやく俺は、病院から解放された。
気が狂ったかの様に扱われ、母は毎日泣き、姉は腹を抱えて笑い、父は何か言いたげなのを我慢していた。
退院した日はさすがに、学校には間に合わなかったのでそのまま直帰した。
食事に関しては、目を瞑って食べるという方法を編み出して何とか栄養失調を逃れることができた。

「ほら、旨そうだぞ空!」

こんなことを言いながら、俺の目を開けさせようと全力で俺の努力を踏みにじろうとする姉だけは、絶対に許さないと決めた。

「童貞が、何食事中までキス顔の練習してんだよ、気持ち悪い」
「何で食事中にキス顔なんか練習する必要があるのか、教えてくれよ姉上」

食事中にもこんなに絡んでくる姉を、本当に疎ましく思った。
後から聞いた話では、姉は俺が本物のうんこを口にして倒れたと聞いたとき、普段からは想像できないくらい取り乱したという。
それを聞いたときには、ちょっとだけ許してやろうかな、なんて思った。

「はぁ、けどまぁ何だ、楽しませてもらったよ弟よ。今時ここまで香ばしいやつもなかなかいないからな」
「香ばしいのはあんたの足の裏くらいだろ。いいからほっといてくれない?食事に集中したいし」
「今なんつった、クソ童貞」
「もう、やめなさい!!」

母が見かねて二人ともを怒鳴りつける。
小学生の兄弟か、という怒られ方だ。
やれやれ、という様子で姉は引き下がり、部屋に戻っていった。
俺も食事を済ませ、食器を片付ける。

「空太郎、ちょっといい?」
「何だよ」
「あのね、心配なら更生施設みたいなところもお母さん、探すけど……」
「大丈夫だよ、そのうち治るだろ」
「でも……」
「悪いことばっかじゃないから、多分。それに、何とか飯は食えてるし……」

これ以上母に構っていると、本当に施設に入れられかねない。
少し可哀想かと思ったが、俺は心の中で母に謝って部屋に篭った。

この現象の原因はきっと、あのボールの直撃なのだろう。
作為的なものであってもそうでなくても、きっとこの現象そのものと繋がるものは見つからない。
脳に異常が見られないとすれば、もはや医者でも解明は不可能なのだ。

だからと言って、この現象が本当かどうかを立証する術もない。
結局は伝える人によっては俺が頭おかしい子として処理される可能性が高い。

明日からはまた学校に行かなくてはならない。
結城さんにも散々心配かけてしまった。
強がりまくった挙句にあのザマだ。

もう愛想尽かされているかもしれない。
そう考えると、うんこのことはさておいて学校に行く気が一気にうせた。


そんなこんなで迎えた翌日。
今日はちゃんと前日に風呂にも入ったし、シャワーは必要ない。
両親が申し訳なさそうにうんこを食べているのを見て居た堪れない気持ちになったが、見て見ない振りをする。

姉が起きて来て早々に朝飯をせがみ、姉も器用に箸でうんこを食べる。
寝ぼけ眼でもそもそとうんこを食べている様を見て、昨日言われたことに対して少しだけ気が晴れた。
俺も目を瞑って飯を食う。
姉はその様子をニヤニヤしながら見ていた。

学校へ行き、教室に入ると結城さんが走りよってきた。

「れんくん、おはよ!もう大丈夫なの?心配したんだよ?」
「あ、ああおはよう……ごめん、迷惑かけた」
「そんなのいいけど……もう無理しちゃダメだよ?」

下から顔を覗き込まれて、少しドギマギしてしまう。
無難に頷くと、結城さんは笑って席に戻っていった。
今日はいいことがありそうだ。

昼になって、学食へ行くといつもの様にわんさか生徒が押しかけている。
求めるのはカレー、ラーメン、焼きそば、などと名前のついたうんこだ。
こいつら本当、うんこ好きだよな。

そんなことを考えながら俺の番が回ってくる。
そこで俺は困ったことに気づく。

何頼んだとしても、地獄じゃね?

カウンターから席まで持っていく間、目を閉じているわけには行かない。
心眼でも開眼しているなら別だが、俺にはそんな中二病くさい特技は無い。
仕方なく俺はラーメンを注文して、なるべくラーメンを見ない様にしながら席まで歩く。

「あ、れんくん。一人?一緒していい?」

何でまたこのタイミングで……。
俺は一気に泣きたくなったが、何とか堪えて結城さんを見た。

「あ、ああ、いいよ。結城さんも一人なの?」
「私はいつも大体一人だよ。変わってるから」

そんなことはないと思うが。
俺みたいなのこそ変わり者だし、今まさに、真の変わり者と言える。
何しろ食べるものが全てうんこに見えるのなんか、世界広しと言えど俺くらいなものだろう。

「今日はね、私カレーにした」

来るべき時が来てしまったと思った。
結城さんの目の前に置かれた皿に盛られたうんこ。
学食のおばちゃん、俺、初めてあんたを恨んだよ。

「そ、そっか……ラーメンにしたけど、あんまり食欲なくてな」
「大丈夫?ゆっくり食べたらいいと思うよ」

そう言いながらカレーもというんこをスプーンですくって食べようとする結城さんから目を逸らす。
そうだ、見たくないなら見なければいい。

「私、食べ方汚い?食べてるの見るの嫌?」
「えっ」

神は何と過酷な試練をお与えになるのだろうか。
俺に、結城さんのスカトロプレイを……何か新しい扉が開いてしまいそうだ。

「ま、まさか。今日人が多いなーって。ほら、あんなにいっぱい」
「本当だね。あ、カレー美味しい。一口食べる?カレーって漢方に入ってる様なスパイスいっぱいなんだよ。体にいいし」
「ひ、一口?」
「あ、そっか私が口つけちゃってるし、嫌だよね、ごめん」

少し寂しそうな顔で、黙々とうんこを食べ続ける結城さん。
そんな彼女を、俺は見ていられなかった。

「結城さん」
「え?」

驚きの表情で俺を見る結城さんから、俺はスプーンを奪い取る。
南無三!!と心の中で叫んで目を閉じ、一口がっつりと頂いた。

「あ、えっと……」
「あ……」

近くの席で俺たちの様子を見ていた生徒がざわめくのがわかる。

「あ、あのえっとか、カレー美味しいな。ラーメン、良かったら食べる?」
「あ、うん、えっといいの?じゃ、いただきます」

混乱して結城さんも俺から箸を受け取ってラーメンをすする。
俺から見ると、髪をかきあげてうんこをすすってる様にしか見えないのだが。
何だかもう、扉は開いてしまっていそうだった。


「お前、昼の何だよ。結城と付き合ってんの?」

俺を先日英語教師に売りつけた友人、笠原が、教室で俺の背中をつつく。

「な、何が。そんなわけないだろ」
「何言ってんだよ、男女であんな……普通しないだろ」
「き、気にしすぎじゃね?アメリカじゃキスさえ挨拶なんだから」
「お前いつからアメリカ人になったのよ」
「と、とにかくそんなこと言ったら結城さんに迷惑だろ。結城さんが可哀想だからそういうの、やめてやってくれ」
「何だよ、のろけ話の一つでも聞けるかと思ったのに」

心底残念そうな笠原を放って、ふと結城さんを見ると、結城さんは顔を赤くして俺から目を逸らした。
さ、避けられた。
そう、あれは俗に言う間接キスだ。

だが、あんなのいちいち気にする方がどうかしてる。
俺は必死に自分にそう言い聞かせた。
そうじゃないと、スカトロ大好き結城さんの映像が頭から離れない。
童貞のくせにスカトロ好きなんて、ハイレベルすぎて自分のことだと思いたくなかった。

放課後になって、教室の隅で壁に寄りかかって、中二病の高橋が『夕方からのお元気!』とか書いてあるシリアルバーの包みの……うんこをかじっていた。
右肩に第四の目があるとか言っていたが、第三はどこにあるんだろうか。
怖くて聞けていない。

そんな高橋を尻目に、他の生徒がぞろぞろと帰り始めたので俺も帰り支度をする。

「あ、えっとねれんくん」

どんだけこの子俺のこと好きなの?
またも結城さんが、俺のところにやってきた。

「今度の土曜日、暇?」
「土曜日?……いや、何もなかったと思う」
「じゃ、じゃあ……一緒にご飯でもどう?快気祝いって言うんだっけ。私、ご馳走してあげちゃう。いっぱい食べて、これからも元気になってほしいし」

神様、何でこんないい子にこんな試練を……。
一緒に食事っていうのがこんなにも過酷な試練になるなんて俺は考えたこともなかった。

「あの、れんくん?私とじゃ、嫌かな。嫌だよね、今日だって……」
「え?あ、そうじゃなくてあの、俺でいいの?」

くそ、こんなクソみたいな事情がなければ……。
本当にクソだらけだな!!

「れんくんなら、いいよって言ってくれるかなって思ったんだけど……」
「あ、ああ、大丈夫。大丈夫だからそんな顔しないでもらっていい?周りの視線がやや痛い」

まだ教室に残っていた数人が、俺たちのやりとりを見ていた様で、全員がニヤニヤとしている。
お前ら早く帰ってクソでも食ってろよ。

「あ、ご、ごめんね。困っちゃうよね、こんなこといきなり言われても……」
「あ、いやそんなことは……帰りながら話そうか」

さすがにちょっと居辛くなって、俺は結城さんを誘って帰り道を一緒することにした。
黙って二人で歩く。
無言に耐えられなくなった俺は、ひとまず何か話題をと周りを見渡す。

「あ、そうだ結城さん」
「どうしたの、れんくん」
「じゅんこって名前の女の人いるじゃん?」
「うん、いるね」
「じゅんこってさ、ローマ字で書くとJunkoなんだけど」
「うん」
「これってさ、J-unko、つまりジャパニーズうんこだよね(全国のじゅんこさんごめんなさい)」
「…………」
「…………」

沈黙が再び二人を包む。
結城さんは、何だか可哀想な人を見る様な目で俺を見ている。
どうしてくれよう、この空気。
他に話題なかったのか、俺……。

「あのね、れんくん」
「は、はい」
「人の名前で遊んだらダメだと思う」
「そ、そうだよね、反省します」
「それより、土曜なんだけど」
「あ、そうだったね。ご飯って、何処で?」
「いやじゃなければ、駅前に、美味しいところがあって……」
「嫌なんてこと、ないよ!そんなわけないじゃないか」
「だって、れんくんずっと浮かない顔してるから……」

ああ、何ということだ。
こんなにも心配をかけておいて何がジャパニーズうんこだ。
俺がうんこだ、寧ろ……このクソ野郎!

「そ、そんなことないって!あの、えっと……そう、緊張してて。女の子と二人で帰るのなんか初めてでさ」
「私だって、男の子と一緒に帰るのなんか初めてだよ?」
「え?そうなの?」
「当たり前じゃん。私、そんなに軽そうに見える?」

小さな体で、プリプリと怒り出す結城さん。
プリプリと言っても、うんこをしてるわけではない。
身長が低めなのに出るところが出ている。

少し大きめの目、小さめの唇。
ああ、何て可愛らしいのだろう。

「ねぇ、聞いてる?」
「あ、はい聞いてます。軽そう……体重は軽そうだと思う」
「む!女の子に体重の話とか……」
「あ、いやそうじゃなくて……あの、重そうって言われたらさすがに嫌じゃない?」
「そういう話してるんじゃないのに、もう!」

結城さんが地団駄を踏む。
何だかからかいたくなってくる。
しかし、ここでそれをすると取り返しのつかないことになりそうな予感がして、何とか思いとどまった。

「ご、ごめんって。とりあえず俺は大丈夫だから。土曜って明後日だよね?何時?」
「うーん、ご飯だし、お昼前くらいがいいよね?」
「そ、そうだね」

ここでちゃっかり連絡先交換でも、と思ったが、勇気が出ない。
口実としては十分なはずなのに、何をブルってやがる、俺!!

「あ、じゃあ連絡先交換しよ?待ち合わせもしやすいと思うし」

先手を打たれた。
何してんだ、俺……それでも男なのか?
しかし結城さんのコミュ力に感謝をしながら、俺は結城さんと連絡先を交換する。

女子の連絡先なんて……もはや女子という年齢から程遠い母親と女失格の姉くらいしか入っていない。
まさか俺のオカズ兼アラーム兼ゲーム機にしかなっていないスマホに、結城さんの連絡先が入ることになるなんて。

「あ、ありがとう……本当に……」
「え、そんな泣くほどのこと?」

俺と結城さんの家は反対方向だが、連絡先交換や土曜のお誘いの感謝を込めて近くまで送り届けることにした。
結城さんは、そんなのいいよって言ってくれていたのだが、それじゃ俺の気がすまないから、と強引に送り届けた。

「じゃあ、また明日学校でね」
「うん、今日はありがとう」
「その……あとで連絡していい?ひまな時に返してくれたらいいから」
「!?あ、うん、用事なくても全然オッケ!じゃあ、また!」

ルンルン気分で帰る途中、カップルが二人で仲良くソフトクリームを食べながら歩いているのを目撃した。
取っ手のついたうんこじゃねーか、見た目からして。
けっ、仲良くクソ舐め合ってろ。
などと心の中で毒づきながら帰宅する。

「おかえり、遅かったのね」

母が出迎えてくれる。
以前はこんなことなかったのだが、先日の一件が効いているのだろうか。

「ああ、童貞小僧。機嫌よさげじゃないの。おにゃのことイチャコラして帰ってきたのかな?何か女の匂いするし」
「はぁ!?何だそれ、女の匂いって……」

ズバリと言い当てられてうろたえる。
何でこいつ、こんなに嗅覚鋭いの?
てか結城さんの匂いってどんなの?俺にも教えてほしい。

「いやぁ、とぼけるならいいんだけどな。キョドりながら女の子に説教されてたの、知ってるんだから」
「み、見てたのか……」

本当に底意地の悪い姉だ。
キョドって……たな、確かに。

「んで?土曜デートだっけ?お前着ていく服あんの?」
「バカにするなよ、ちゃんとあるわ」
「そうかそうか、てっきりデートに着て行く服がない、とか言い出すんじゃないかと思ってこんなの用意したけど、無駄だったか」

そう言って姉が取り出したのは、男物のオサレなジャケットやらパンツやら。

「え、わざわざ買ってきたの?」
「え、いやわざわざっていうか」
「お姉ちゃんね、快気祝いとか言ってさっき買いに……」
「か、母さん!?」

姉が珍しくうろたえている。

「……これ、結構高いんじゃないの?」
「ん?そうでもないぞ。値札見てみろ。古着だしな」

……本当だ、安いのだと一着五百円とかのもある。
けど、姉がこんな気を回してくれるなんて珍しい。
てか値札くらい取ってもらって来いよ!!

「あ、ありがと……土曜着てくよ」
「そうか、まぁがっつきすぎて失敗しない様にな。あと、お前病気抱えてんだから」
「病気言うな。一時的なもんだろ、どうせ」
「……だといいけどな」

姉は珍しくそれ以上絡んでこず、部屋に戻っていった。
目を閉じての食事も随分なれたもので、品物さえ見なければ皿などを見てものを判別できる様になった為、食べるのは少し早くなった。
これなら土曜だって何とかなるはず。

そして、夜結城さんから連絡があって、他愛もない話をしばらくやり取りして幸せな睡眠を得た。

翌日、学校へ行くと俺と結城さんがカップル成立、みたいな落書きが黒板にされていた。
やったのはやっぱりこいつだろう。

「おい笠原」
「あ、バレた?」
「お前な……俺たちがそんな風に見えるのか?」
「そうにしか見えないんだけど……違うのか?」
「さすがにこれはやりすぎだろ、結城さんが来る前に消して……」
「あ、もうきてます……」
「…………」

俺もさすがにこれは恥ずかしい。
何より明日出かける約束してるのに、気まずいことこの上ない。

「わ、悪かったよ。ほれ、それならお詫びのしるしだ。大事に使えよ」

こっそりと笠原が俺に渡してきたのは、上下にギザギザの入った、アルミっぽい包みの輪っかが浮いているこれは……。

「アホか……使う予定ねぇっつの」
「おいおい、女子と二人で出かけるのに何の備えもしないつもりか?それじゃ男失格だぜ?」
「何と言うありがた迷惑……」
「ねぇ、何受け取ったの?見せて見せて」
「ちょ、だ、ダメ。これはさすがに結城さんの目に触れさせるわけにいかない」

必死に追いすがる結城さんを何とか振り切って、俺は財布にもらったものをしまった。
さすがに使うことはないだろ。
昼休みに一緒に飯を食ったりすると、またこそこそひそひそやられるのだが、もう開き直ることにした。
結城さんがどう考えているかはわからないが、それでも寄って来るということは嫌がっていないのだろうと勝手に判断する。

そして迎えたお食事の日。
公明正大に、二人でうんこを食べる。
どんなに取り繕おうが、うんこにしか見えないのは事実だ。

約束した時間の十分前に到着すると、既に結城さんがいた。
私服の結城さんは初めて見る。
何と言うか、感無量だ。

私服姿で、髪型もいつもと違う。
ああ、俺に会う為にこんなおしゃれを、なんて思うと色々盛り上がってくる。
ただし、目的が食事でなければ、の話だが。

「れんくん、時間よりまだ少し早いよ?」
「結城さんこそ。今日はお招きいただき……」
「そういうの、いいって。じゃ、早速いく?」

俺たちは並んで歩く。
先日の下校の時の様に、制服ではない分デート感は強い。
おごってくれる、なんて言っていたが、さすがに女子におごらせるわけにもいかないので、母親に頼んで貯金を少しおろしてきた。
これだけあれば不測の事態にも十分対応できるだろう。

「着いたよ。ここの、すごいボリュームでそれなりに安いんだぁ」
「…………」

何と、連れてこられたのは、デカ盛りが売りの店だった。
デカ盛りのうんこを、俺に消化しろと?
つーか……中で既に食ってる連中……うんこ食ってうんこ出すとかもはや永久機関じゃね?

表彰もののエコだな。
いや、俺たちもその仲間入りを果たすことになるのか。

「れんくん、こういうの苦手?」
「い、いや大好き。俺に嫌いなものなんてないよ」
「そう?なら良かった」

ぱぁっと結城さんの顔が明るくなる。
嘘でも好きとか言っといて良かったと思う。
そう、嘘に決まってるのだ。

こんな量のうんこ食えとかどんな拷問だよ。
しかも、女子が連れてくる店なのにデカ盛りって。
いや、結城さんは悪くない。

悪いのは世界だ。
この店だ。

「じゃ、入ろうか。何食べる?好きなの頼んでいいよ」

結城さんがメニューを広げて、あれこれ説明してくれる。
その様子がとても楽しそうで、さっきまで荒んだことを考えていた自分を恥じる。

「あ、ごめんね突っ走って一人で喋って……」
「え?いや結城さんの話楽しいから、全然気にならないよ」
「れんくんは優しいなぁ」
「べ、別にそういうんじゃないから……」

結局俺は、デカ盛り天丼を頼むことにした。
写真で既に丼にめちゃくちゃな量のうんこが乗せられている画像を見てげんなりしている。
結城さんはデカ盛り唐揚げ丼にする様だ。
お値段は確かに手ごろで、俺がおごるのでも問題ないと思えた。

「はい、デカ盛り天丼に唐揚げ丼ね!お嬢ちゃん可愛いからサービスだ!」

いつの時代の駄菓子屋?みたいな文句を言いながら注文を持ってくる。
二人でいただきます、と箸を取る。

これ、マジできつそう。
仮にうんこじゃなくても、食いきれる自信ないんだけど……。
とは言え、残したら結城さんに申し訳なさすぎる。

「れんくん、何で目閉じて食べてるの?」

いきなり核心を突かれて、普段から挙動不審な俺は更にキョドる。

「えっとね、人間の五感って、一つ封印しておくと研ぎ澄まされるらしいんだ。味覚が鋭くなる気がして!」

ちょっと苦しいかな、なんて思ったが、結城さんはあっさり信じた。
何この子チョロい……。

「へぇ……あ、本当だ、何か味が少し変わった気がする!」

バカな子って可愛いなぁ。
あっさり騙されてくれた結城さんに心の中で謝罪しながら、目の前の丼を食べ進める。

「ねね、れんくん。おすそ分け」

何と結城さんが、自らの唐揚げを俺の丼に三個ほど乗っけた。
二十個近く盛られたうちの三個だから大したことない、なんて思ったがとんでもなかった。
一個が赤ん坊の拳骨くらいあるんじゃないかという大きさで、しかも見た目はうんこ。
食感と味と風味が唐揚げじゃなかったら、危うく死んじゃうところだった。

「あ、じゃあ俺も……」

そう言って海老天とかぼちゃとサツマイモのてんぷらを結城さんの丼に渡す。
あんまり行儀良くないよね、これ。

「いいの?私かぼちゃとさつまいも好きなの」

好きなの、の部分だけクローズアップされてエコーがかかって、うっかり勘違いしそうになる。
海老さんも愛してあげてください。

十分強程度で、ぺロリと結城さんは自分の分をたいらげた。
この体の何処に、あの量が入ったんだろうか。
食べた分の質量、どこ行った?
まさか体内が異空間に繋がってたりなんか……しないよな?

「れんくん、大丈夫?食べられそう?」
「……俺一人で十分だ」

前から言ってみたかったちょっとカッコいい感じのセリフ。
だが、心にもないセリフ。
可能であれば助けてほしい。

「私、まだちょっと足りないんだぁ。少しもらっていい?」

俺の食べかけなのに、結城さんは構わず箸を伸ばしてくる。
ガンガンと減っていく俺の分のうんこ。
減り方が尋常じゃない。
何この子、大食いで将来食っていこうとか思ってる?

「れんくん、最後の一口だよ、あーん」
「あ、あーん?」
「ほら、早く~」

結城さんが結城さんの箸で、俺に食べさせてくれる。
何だこの幸せ空間。
出来ることなら、一生ここで時間を止めて過ごしたい。

「美味しかった?」
「あ、うんとっても」

会計は結局どちらもおごると譲らず、折半にすることにした。
味など、最後は特にわからなかったが結城さんが嬉しそうにしていたので、良いということにした。

「元気、出た?」

結城さんがいつもの様に俺の顔を覗きこんでくる。
それ、本当に俺弱いからやめてほしい。
いたいけな男子を勘違いさせる様な行動は慎んでね。

「も、元々元気だけどね。でも、こんなに食事が楽しいって思えたのは久しぶりかな」

無難な返事を返したつもりだった。
しかし、結城さんはそうは思わなかったらしい。

「楽しくないの?普段。私とお昼食べててもつまんない?」
「あ、いやそうじゃないよ……その、ほら、普段は冷やかされたりするし」

言ってから、地雷を踏んだと思った。
ただでさえそういう話題に敏感だろうに。

「……あ、あのね。私……れんくんさえ良かったら、またこんな感じでご飯とか……できたらいいなって」
「えっ?」
「だって、れんくんは私の、大切な……」

大切な、何だ?
ドキドキと鼓動が高鳴る。

「ゆ、結城さん?」

結城さんの発言を待ちきれず、つい口を挟んでしまう。

「大切な、友達だから」

と、友達……。
一瞬でも期待してしまった俺をぶん殴りたい。
今時の友達って間接キスで唾液交換くらいは普通なんだな。

「ん、友達っていうのはちょっと違うかな……うーん……なんだろ」
「あ、いや結城さん、わかったから。大丈夫だから」
「え、そう?ならいいけど」

一瞬、結城さんが俺とは違う方を向いて、バカ、と小さく言ったのが聞こえた気がした。

「え?何?」
「ん、何でもない。それよりこれから、どうしよっか」

そう言った結城さんが、俺の後ろを見て顔を赤くしていた。
何だ?と思って振り返ると、愚かなカップルが二人で一つのうんこにかぶりついている。
っち、この野郎ども……お前らも俺みたいに、食べ物が全部うんこに見える呪いにかかればいいんだ。

そうすりゃそんな日和ったこと、そうそうできなくなんだろ。
結城さんと対照的に気分が悪くなる俺。

「何か顔色悪くない?その、カップルとか見るの苦手?」
「あ、まぁそんなとこかな……」
「意外だね、男の子ってそういうの好きなのかと思ってた」
「いやいや、他人のなんか見てもね。自分がそうならいいけど」
「えっ?」

あれ、俺変な事言ったか?

「れんくん、恋愛とか興味あるの?」

その言い方だと、あなた恋愛なんか興味あったんですか、に聞こえる気がするんだけど。

「そりゃあるよ。これでも思春期の男の子だからね」
「そ、そっかぁ。いい人、いそう?」
「え、いやさすがにそういう人はまだ……」
「そ、そうなんだ」

やけに食いついてくる。
何でほっとしたのか。

「あ、れんくん、私そろそろ帰るね。今日はありがとう」
「え?あ、わかった」
「帰ったらまた連絡するから。してもいいよね?」
「ああ、もちろん」

お互いに礼を言って、あっさりとデートは終了。
何かやらかしたのだろうか。
あんだけ食ってたし、トイレ行きたかったのかな。

気にせず行ってきていいのに、なんて思ったが後の祭りだ。
仕方なく俺も帰宅することにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...