ウーカルの足音

龍槍 椀 

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幕間 その1 ウーカルの仲間達

六話 エント族 千年聖樹 精霊 リンドンの至誠 (2)

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 魔人と交わした、『契約』の直後…… 急激に意識が遠退いた。

 意識が分散し、色々なモノを見聞きした。 この『隠れ家』と呼ばれる魔人たちの巣は、傍から見れば何とも恐ろしい場所だった。 荒野に在し、自己研鑽と魔導の習得に明け暮れていた千年の認識を以てしても、想像を超えるモノしか・・ない。



 ボボールは良い。 アレは千年聖樹の長老だ。 存在自体が神聖なモノだ。 



 しかし、 ウルフガング=グランマニエ=エトワール=バララント=デ=プレガーレと云う魔人はどうだ。 存在自体が有り得ない。 妖魔と魔人の両方の特徴をその魂に刻み込んでいる。 訳が判らん。 更に云えば、ドライアド族が人化して歩き回っていると云う、稀有な存在も居る。

 アレは無い。 マジで無い。 本来ドライアド族は一所に居て自身の眷属の繁茂を何よりも重視する。しかし、あのエリーゼとやらは、そんな様子が全くない。 他の植物を愛で、その花や実、葉や茎、地下茎などを用いて、薬品を生成している。 魔術師の範疇の事柄を、植物の魔物が行うんだ。 大協約違反にならんのか?

 いや、 ……ならないんだろうな。 ボボールがそれを見逃す筈も無いからな。

 あと、黒の森ではめったに居ない、 高位闇蜘蛛エルダー=シュエロブ族のビラーノ。 ああいった、古来からの血脈は、『黒の森ガイアの森』じゃなくて、『黄昏の森クレスプキュル』に居るモンだろ? もしくは、かなりの齢を重ねた個体だとしか言えん。 訳が判らん。

 主だった奴等でさえ、『黒の森ガイアの森』の常識から逸脱しているのに、まだ居るらしい。 

 ボボール爺の幹から香る、この『隠れ家』に棲んでいるであろう魔人たちの気配。 今は居らずとも、いずれ合う事になるだろうが、それらの気配ですら、『異常』だと云えた。

 普通の魔物ならば、数刻で精神が参ってしまうぞ? 相当強い魔人であっても…… この『隠れ家』が持つ威圧感に耐えられたもんじゃない。 それだけは断言できる。

 それじゃぁ、あの兎人族の娘は?

 アレも異質だ。 種族的にこんな『黒の森ガイアの森』の奥深くに居る事さえオカシイ。 魔力への耐性や、瘴気耐性など、持ち合わせている筈も無い。 その上、ここらの魔物達は総じて強いんだ。 まして、あの『廃龍の墓所』に来ただと? どうやって? 誰かが運んだのか? いや、しかし……


     いくら考えても、答えは出ない。


 散文的になった俺の存在は、そんな事を想う。 『隠れ家』のあちこちから齎される、数々の空間記憶。 その中に、あの兎の娘がチラチラ映り込む。 相当に…… 相当に、気に掛けられている存在だと思う。 それを護れ? いや、もう十分に護られているだろ? 俺が、その役目を果たす? 

 オカシイだろ?

 釈然としないモノを感じつつ、契約の完了を微睡の中で待つことに成った。




         ―――― ☆ ―――― ☆ ――――




 夢から醒めたらまた夢か。 いや、現実だな。


 俺は小さな部屋の中に居た。 武器を掛ける場所に掲げられていた。 身体は既にハルバードと一体化しており、其処から動く事すらできない。 しかし魂は別だ。 

 俺の揺らめく存在が、形になって、この柄の中に自身が固定された事を認識した。 ……悪くは無い。 けれど、未だに 魔力不足のせいで『自身の存在』が揺らいでいる。 『俺自身』が、” 不安定 ”な、状態だと云えた。 見ると、誰かかベッドで眠っていた。 俺の存在を無視・・するが如く、悠々と身体を横たえている。



 ――― 小癪な奴だ。



 その事に何故か、猛烈に腹立たしく感じた。 ” 俺を誰だと思っているのだ ” と。  ” 千年聖樹リンドン=ウエイスト=ディスケット=スクラップ=ミレニ=ホリトリだぞ ” と。 この時の俺を、俺は全力で止めたい。 ぶん殴ってでも、止めたいと、そう思う。 しかし、その時の俺は、極めて横柄・・・・・に声を掛けた。



 〈我の許可なく、我を手にする者は誰だ〉 



 きっと、そいつの頭の中に、荘厳な『響き・・』と成って、俺の言葉が響いている筈。 存在が不安定ながらも、千年聖樹の霊体・・となった俺の言葉は、『』では無く、『思念・・』として、相手に届くからだ。 誰も俺のを無視する事は出来ない筈だ。 案の定そいつも、むくりと上半身を起こした。

 思ってもみなかった反応をそいつがした。 物凄く不機嫌な表情を浮かべ、傲岸不遜に俺の方に視線を向けると、鋭い言葉を放ったのだ。



「誰かは知らんが、へし曲げるぞ」



 機嫌の悪い声は、低く唸るように俺に迫った来た。 この、この声!! や、ヤバい!! そいつの…… その方の…… う、ウーカルさんの肚から出た声は、さらさら慈悲の音は無い。 何時でもへし曲げる準備は整っているぞ、との声の響き。 更に、『拳』を握り、ベキバキ鳴らす。 剣呑な視線は、相変わらず、俺に向かっている。 

 ま、不味いぞ!! 本格的に不味い。

 精霊誓約で、ウーカルさんを『護る』と誓い、『その誓約』が完成したから現世に『霊体』として蘇られたのに、護衛対象に向けて、威圧なんてしちまった!! や、ヤバい、ヤバい!! 咄嗟に『言い訳』が口に上り、漏れ出る。



「い、いや、待って! う、ウーカルさん? えっ? な、なんで、此処に? 待って、待って!! いきなりなんて、そんな無茶な!!」

「誰だ、言い訳なんざ聞きたくない。 乙女の寝室に侵入して、いきなりの恫喝。 どう考えても、お前が悪い。 ん? 手槍の中から? ……お前、誰だ?」



 うわっ、機嫌悪ッ! いや、まぁ、どう考えても、俺が悪い。 と、とりあえず、自己紹介しとこう!



「わ、わっちです! ほら、ウーカルさんにへし折られた、千年聖樹ですッ!! リンドン=ウエイスト=ディスケット=スクラップ=ミレニ=ホリトリ っていいますッ! あ、あの……」

「なげぇ…… リンドンでいい?」



 うわっ! せっかく真名で自己紹介したのに、いきなり略称で呼ぶのか! 長いって、神聖な名を教えたにもかかわらず!! ちょっと非難がましい視線を向けたら、 ベキッ って、拳を鳴らす音。

 ――― ハヒィィ! わ、判りました。

 わっちはリンドン。 リンドンでいいです!! 剣呑な威圧感が、俺の意地をへし折った。 もう、こうなれば、道化としての接するしかない。 いや、そうしないと、



「はいッ!! わっちはリンドン。 リンドンっす!!」

「で、なんで、あたしの部屋に居るの?」

「へい、そうでした」



 ウーカルさんの守護としての精霊誓約で、道化として立ち回るって『言上げ』してるから、口調が道化口調に代わる。 いや、自分で変えたとも云う。 この状況下で、尊厳を前面に出したら、それこそ、一瞬でウーカルさんの機嫌は悪化する。 なんとしてもそれは避けねばならん。

 契約の一部なんだが、口調が軽いな…… 千年聖樹の霊体として、コレはどうかと思うが……

 いや、まて、” 失敗 ” を、糊塗するには、コレは良いかもしれん!



「なんか、性格変わった?」

「い、いや、長い事、不自由してたんで…… それに、今はもう、わっちを虐めるモノなんて無いっすからね」



 滲み出る様に、貰った槍の柄から、ぬるっと霊体が滲みだせた。 なんだか、ぼんやりとした影で、存在感が薄すいのは、仕方ない。 なにせ、保有魔力が極めて薄いからな。 床に座り込んで、話を始めた。 長くなる話だからな。 契約の事だって伝えないとな。

 ウーカルさんの表情が険しい。 簡単に云うと、『要点だけ話せ要点だけ!』 って、表情。 だから、簡潔に事象を説明する。 過不足なく、どんな状態なのかを。 



「『廃龍の墓所』…… つまりはリンドンの立っていた場所じゃぁ、魔力の吸収が出来なくて、育てなかったって聞いたよ? どんなことに成ってたんだ? 事情が良く見えなくてね。 お願いされたから行ったけど、まぁ、恨まれてるって、あたしが思うのは其処なのよ」

「いや いや いや、恨んでなんかいないっすよ。 ……そうなんすよね。 近くに『廃龍の墓所』が出来上がって、自然魔力のほとんどが、あの墓所に吸われててですね・・・」

「エント族なら、動けただろ?」

「いや、その動く為の魔力も持っていかれるんすよ。 わっちってば、最初からこんなんじゃ無かったんですよ。 あそこに生まれて、最初の五百年くらいは良かったんです。そこに、あの魔術師が来て、墓所封印してからおかしくなり始めて、気が付いたらご飯が無い状態……」

「それは、きついね」

「一族の者に助けを求めても、危険だから誰も来てくれなくてねぇ……」

「それも、そうだ。行ったら動けなくなるんだったら、誰もいかねぇよな」

「懇願の連絡とっても、今は無理とかそんなのばっかで…… 段々悪態の連続になってたんですよ」

「まぁ、気持ちは判らんでもないよな」

「このまま枯れちゃうのかなぁ とか思いながら、細々と食い延ばしていたんですよね。 そしたらウーカルさんが来たんですよ。 助けかなぁって思ってたら、切り倒しに来たって…… なんかムカついちゃって…… いつも他の動物にしてるように、記憶をちょこっと覗かせてもらって、一番嫌な事思い出してもらいました」

「二度と近寄れんように、其処に近寄ると嫌な事思い出すって覚えさせるわけだ…… なにそれ、効果的な手段だけど、遣られる方にとっちゃ、最悪」

「すんませんッ! すんませんッ! 本当にすんませんッ!! でも、そうするしか方法がなくって……」

「結果、『ウーカルさん』に切り倒された」

「まさか、あんなにお強いとは…… 思ってませんでした!」

「そうなんだ…… でも、今の『ウーカル』じゃないよそれ」

「へっ?」

「『ウーカルさん・・・・・・』は、私の中に居る、もう一人の私。普段は寝てる」



 いきなりのネタ晴らしを、したような顔をしているウーカルさん。 誰にでも誠実に向き合おうとする、この娘の本来の姿か。 この『隠れ家』が有する空間記憶も、そんな事を俺に伝えていたな…… しかし、その事実は、既にあの魔人から伝えられている。 そして、その人こそが、俺をこの世界に留め、この役割を振った当人だと云う事も。 つまりは、現状に関して、大した違いは無いって云う事だ。



「そ、そうなんですか…… いや、でも俺っちにとっては、ウーカルさんは一人ですから!」



 明らかに胡散臭げにしているよな…… 

 まぁ、俺だって、いきなりこんな事云われたら、胡散臭く思うよな。 えっと、笑っとこう。 懐柔するんじゃなく、明け透けにこちらの感情を浮かべる方が、きっと『この娘・・・』には判りやすいだろう。 疑いの眼で俺を見つつ、ウーカルさんは一つの質問を俺に投げかけた。



「……なんで、恨まないの?」

「……ウーカルさんには、お願い・・・聞いてもらったから……」

お願い・・・?」

「そうですよ。 俺っちをこんなにした『廃龍』と『廃龍の墓所』を、ぶっ壊してくれってお願いしたんっすよ」

「あぁ、それで、『ウーカルさん』あの墓所ぶっ壊したんだ」

「そうですよ。だから、あの魔人が、ウーカルさんを護る誓約をしろって言って来た時、二つ返事で了承したんっす」



 さてと、精霊誓約について、ようやく説明する時が来た。 ちゃんと理解してもらわないと、俺が困る。 この先ずっと一緒に行動するんだ。 なんなら、ウーカルさんから漏れ出る『魔力』を頂く事を承認してもらわないいけない。 ちょっとした正念場だ。 けど、ウーカルさんが引っ掛かったのは、精霊誓約の部分じゃ無かった。



「魔人? 誰?」



  ――― エッ? そこ?



「此方の凄腕の魔術師で、この槍を作られた方ですけど?」

「魔人って、どういう事?」

「だって、あの人、人族じゃありませんぜ? これでも、わっちは、鑑定関係の魔法には通じてる方っすよ。 なにせ動けなかったから。 そういう事で、やっぱ視る・・でしょ、契約を結ぶ相手の事。 そしたら、見えた種族が妖魔族。 つまり、魔人って事っすよ」

「ふ、ふーん、そういう事。 判った……  そうだ、リンドン、お前ご飯は如何してるの?」

「へっ? ご飯ですか? いや、別にもう、こんな姿に成ってしまったから・・・」

「精霊の姿になっても、何かしらいるんじゃない?」

「・・・まぁ 水と魔力が有れば・・・」

「そしたら、そんな靄みたいな姿でなく、もっとはっきりとした姿になれる?」

「ええ、まぁ なれますよ」

「そんじゃぁさぁ、朝晩に水で洗って、私がリンドンを使う時に、私から魔力を啜るってのは如何かな?」

「え?えええ? いいんすか? そんな事して。 結構吸いますよ俺っち」



 とんでもない好条件が出た。 お人よしにも程がある。 存在が希薄になる程、魔力が無い俺に対して、魔力供給をしてやるよって、ウーカルさんからの提案。 乗らない方がおかしい。 貰うよ、俺。 だって、あの飢餓感は、魂にまで刻みつけられている。

 ……まだ消えたくはないし、なんなら、これからウーカルさんと一緒に暮らす方が今までの千年以上の月日より興味がある。



「うん、ウーさんが言うには、私、かなり魔力を貯め込んでいるらしいだ。 何事も過ぎるってのが良くないらしくてさ、このままじゃいけないそうなんだ。 魔法を使えばいいんだけど、簡単な魔法しか使えないから、ちょっと困ってたんだよ。 余りまくっている分を啜って貰えれば、あたしも有難いんだけどね」

「……わ、わっちには、滅茶苦茶いい条件っすよ?」

「『あたしの守護誓約』をウーさんと結んでくれたんよね? じゃぁ私からも御返ししたいし・・ダメかな?」

「嬉しいっす。感激っす! よろしくお願いします!!!」

「うん、よろしく。 それで、一つお願い」

「なんっしょか?」

「私が寝てるときは、邪魔しないで欲しい」

「了解っす!」

「即答かい…… 素直なのは、あたしと同じねッ! ほんとにお願いね」




 勿論、即答する。 それだけは、間違いない。 ウーカルさんは、中の別人格を含め…… 今の俺には強大に過ぎる。

 絶対にこれ以上悪感情を持たれたくない。 静かに『柄』の中に戻った。 戻って、眠った。 眠らないと、魔力が無くなる。 無くなれば、俺は存在が維持できなくなり、遠い時の輪の接する処に向かって行く。


 だから、静かに……





        時を待つことにした。






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