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幕間 その1 ウーカルの仲間達
第五話 ラミア―種 沼毒蛇(ヒュドラー族) レルネーの友誼
しおりを挟む「レルネー!!! 遊びに来たよぉぉ~~~~ ウーカルだよ~~~~」
断崖の上から声がする。 でも、声がする前に貴女が来たのは知っていた。 貴方の気配がとても、強く、私に届いていたから。 渡る風の音。 それ以外はほぼ何も聞こえない、生き物の気配の薄い毒沼沢地。 陰々滅滅とした白い捻子くれた樹々の合間の、黒紫色の霧の合間にから、一気に断崖を上る。
古の記憶から、風の魔法の使い方を思い出した私は、【巻風】を発動。 人化した姿で、私が一気に断崖を登れた理由ね。 ウーカルに影響が出ないように、ちょっと離れた場所に着地。 彼女の姿に、心が騒めく。
「ウーカル、よく来たね」
「アイアイ。 会いに来たよ、レルネー。 久しぶり!」
「ほんとに、逢いに来てくれたなんて、素敵だ」
「約束したじゃん。 あたし、素直な女だから、約束は守るよ。 そうそう、これお土産。 ちょっと、試したい事があるんよ」
「試したい事? なに?」
「とりあえず、ソレの蓋開けて中身を見てみて!」
「う、うん……」
ちょっと変な感じがした。 いつものお土産とは違いそうね。 でも何なのかしら? 不思議に思いつつも、保管瓶の蓋を外す。 立ち登る『瘴気』。 口から零れ落ちる『強い毒気』。 余りの中身の効能に、心が震える。
コレ…… 自然界で生成されたモノじゃない。 確実に誰かが、何らかの意図を持って合成した『毒』だ。 とても強い。
私が経験したことも無い様な、そんな感覚が、瓶から立ち上る瘴気からも、想像できる。 ごくりと喉が鳴る。 もし…… こんな毒を日常的に摂取できれば、私はもう一段上の存在に成れるかもと云う、淡い期待すら齎してくれる。
「こ、これは…… 凄い…… 飲んでも?」
「いいよ。 いや、でも、飲める? 匂いとか、レルネーが大丈夫か確認して貰おうと思ってただけなんだけど」
「いや、これは…… 凄いよ。 本当に凄い。 ちょっと、頂くね」
大きめの保管瓶の首と底を持って、瓶を傾ける。 細長く成ってる瓶の口に、私は直に口を付けて、中身を飲み込んでいく。 舌と喉が焼ける様に熱い。 頭もクラクラする陶酔感に包まれている。 多分……今、口の周辺に黒紫色の煙が上がっているわね。
かなり濃い毒気が拡散しているのが、判る程なのんだもの。 半分程を飲み干して…… そうね、私は何故か確信したわ。 私は一段上の存在になったって…… だって、湧き出す力を抑え込むのに必死なんだもの。 思わず、ウーカルに抱き着きそうになったのは…… 私だけの秘密。 そんな事しちゃったら、ウーカルだってただでは済まないんだものね。 興奮のあまり、口数が多くなり、早口になってしまう。
「凄い、凄い! 本当に凄いのよ!! 言葉がこれしか出てこないわ! ウーカル、これって、誰が生成したの! こんな高度な毒物生成できるなんて、その人は妖魔? 魔人? 人族の毒物精製師では無理よ! それに、これ、かなり高位の方の気配もするわ! そうね…… 基本になる部分に、強い精霊様の加護を感じるの。 古の精製水? って云うのかな。 齢を重ねた、独特の風味があるのよ。 ねぇ、ウーカル。 ホントに、これ、貰っていいの?」
「勿論、それはお土産だから、レルネーに上げる。 それと、今の質問に応えるね」
「ええ、どの質問かしら?」
「誰が作ったかって奴」
「ええ、そうね。 教えて貰えるかな?」
「アイアイ。 それ造ったのは、太古の千年聖樹の亡骸跡地」
「えっ? はぁ?」
「そこに、家から出た排水と、廃棄毒物やら、危険ポーションやらをウーさんの【水玉】で押し流したモノ。 ついでに言うと、その【水玉】は、丘の上のボボール爺さんの加護と、あの丘に加護を与えている全ての精霊様の息吹が吹き込まれているらしいんよね。 まぁ、そんな感じだから、誰が作ったかって云うと…… まぁ、自然発生って云う感じ」
「ま、まさか、そんな事……」
「うん、あり得ないよね。 でも、ほんと。 それに至ったお話を聞く?」
「出来れば…… 詳しく……」
「アイアイ。 事の発端はね、白蟻人族が独自進化を遂げちゃったことから始まるんだ。 それはね、先代の千年聖樹が枯れて、そこに腐敗屍蟻が棲み付いたことから始まるんよ……」
まぁ、長い長いお話してもらう。 そうよ、何故こんな、毒を主食とする魔物にとってのエリクサーの様な水薬が有るのよ。 教えてもらわなきゃ、いけない気がするのよ。 その御話は、前代未聞で、私の理解の範疇を越えていたわ。
でも、一つだけ理解した事があるの。 森の誓約…… 大協約を破った者には、鉄槌が振り下ろされる。 その御意志を神様はお示しになったのよ。
ニコニコとお話を続けるウーカル。 でもね、なんだか、そのお話には、別の意図があるような気がしてきたの。
「……てな具合に、偶然、猛毒の毒の地下湖が出来ちゃんたんだよね。 まぁ、猛毒になるとは思ってなかったけど、多少は強い毒の沼になるんじゃなかろうかって、思ってたけどさっ! ちょっと、思惑もあったんだよ」
ニヤリと笑うウーカル。 決して黒い笑みとは言えない、何かを画策したって感じの笑み。 考えて考えて、やっと条件が揃ったって感じの表情…… だから、私は小さく問い掛けたのよ。
「思惑? それは…… なに?」
「うん。 それはね、その大空洞の王国跡地にレルネーが来れたらいいなって事」
「私?」
「うん。 レルネーは毒水が無いと生きて行けない妖魔でしょ。 だから、毒沼をどうにか、丘近くに造れないかなって考えたんだ。 普通な感じの毒沼だと、周囲に物凄い影響が出て、森の皆が困るけど、洞穴の中ならそこに留まるし、流れ出た部分には、浄化目的で食獣葛を植えたら、影響が少なくなるしね。 食獣葛は、陽光が無いと育たないから、洞穴内には、入れないし」
「私の為……に?」
「アイアイ。 それで、お土産に持ってきて試してもらったんだ。 その毒水が一杯に成ってる、地下湖。 真ん中に白蟻人の御城の残骸もあるから、レルネーが巣を作るのも簡単だよ!」
「……わ、私の為に……」
「だって、友達じゃんか。 こんな蛇搦渓谷の奥深くの毒沼で、たった一人きりなんて、寂しすぎるよ。 あたしは兎人族。 寂しいと死んじゃうよ」
「う、ウーカル…… 貴女って人は……」
「ボケ兎が一生懸命考えたんだ。 レルネーがあの地下湖に来てくれたら、もう、あそこにはレルネー以外棲み付く魔物も妖魔も居なくなるし、地下深くで困った事に成らないモノ。 それに、今なら水棲の魔物だって居ないから、結構快適だと思うよ?」
「妖魔の…… それも、同族のラミア―族にすら、忌み嫌われる沼毒蛇の私に…… 居場所を呉れると云うの?」
「だから言ったじゃん、友達が遠くで孤独に苦しむ姿を見るのは嫌なんだよ。 だったらってさ。 それにさ、あの丘にとっても良い事なんだよ。 なんだかんだ云っても、あの場所は先代千年聖樹の有った場所。 有象無象があの場所に誘惑されているのは確かなんだ。 あたしらが、ボボール爺さんの家に居るのと同じ。 もう、意思のない、先代千年聖樹の残滓が魔人やら獣人やら、蟲人やらを無理矢理進化させてしまうのは、今回の事で判っちゃったからね。 だから、安全を考えると、影響の少ない妖魔があそこに陣取ってくれたら、これ以上悩まなくて済むんだもん。 それが、二つ目の理由だよ」
「互いに…… 利益が有るから?」
「うん、友達だからね。 一方的に益が有ると、もう一方が気持ち的に辛くなるし…… じゃないかな?」
「………………うん」
「来てくれる?」
「出来たら……」
「なら、おいでよ。 あそこなら、あたしもちょくちょく遊びに行けるしね」
「…………ありがと。 な、なんて云うのかな、こんな気持ち初めて」
階位が上がって、変化した翡翠色となった『眼』から、ポロポロと涙が零れ落ちた。 涙ですら他の種族に対しては強烈な毒になる私だけど…… 流さずにはいられなかった。 この断崖の上が、かなり汚染される事になるけれど……
――― お許しください。神様、精霊様。
私に涙を堪える事は無理です。 孤独な蛇に手を差し伸べてくれたウーカルの心に、私の心は震え続けているの。 だから…… だから……
涙で濡れる瞳で ジッ と見詰める。 ウーカル、大好きよ。 出来ないけど…… 決してしては成らないけれど、心の中で貴方の事をギュッと抱きしめているんですもの。
――― ☆ ――― ☆ ―――
あれから時間が経ち、私は『黒の聖域』の南側麓地下の大空洞に身を移した。 成程、ウーカルが云う通り、其処は蟻人族の都市の跡。 中央に半分水没して湖の中の孤島の様に成っているのは、かつての王城。
王城内には、様々な設備や備品が転がっていたわ。 綺麗なタペストリーも、素敵なステンドガラスも。 出来るだけ手出ししないように、有るがままに有るように、私は注意を払いつつ、荒れた場内を整備したの。
一つ驚いた事が有ったの。
一つ階位が上がった私は、自身から漏れ出る『毒気』と『瘴気』を無意識で制御できるようになったの。 だから、無制限に周囲を汚染する事は無くなったわ。 時と場合…… 自分の意思で、制御出来るのよ。 きっと、コレは、神様と精霊様の御加護。 この力を何に使うのかは、私次第だけど……
この力を振るうのは、ウーカルの為にしか使わない。
彼女と、お茶出来るようになったんだから、それに利用するのは、当たり前なのよ。 安寧が、私の望み。 心を通わせられたウーカル。
彼女が居なければ、私はまだ……
きっと、孤独な蛇でしかなったんだと思う。
私が『友誼』を結んだのはウーカル。 彼女の為なら…… 私はどんな困難でも跳ね返して見せる。 もし、彼女が苛まれるようなら、この私が、絶対に救い出すわ。
それが、『友誼結びし者』への、私の誓約。
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