ウーカルの足音

龍槍 椀 

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第一幕 ウーカルの日常

② ウーさんの書斎は、怖い場所。 

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 パタパタはたきを掛けて、埃を落とす。 お掃除は上から下に。 エリーゼ姉さんにそう習った。 ほんと、このお家の男衆は汚す事、散らかす事にかけては、黒の森一番だとそう思うのよ。

 自分の居場所台所は何時も綺麗なのに、なんで、他の場所は、こう…… 汚したり散らかしたりするのかなぁぁぁぁ……

 アッ、ビラーノは別よ。

 あの人はとても綺麗好き。 糸と布を扱っているから、汚れは厳禁なんだよ。 私は、ビラーノの部屋だけはお掃除しない。 というよりも、出来ない。 あんまりにも綺麗だし、置いてある反物や糸なんか、私が手を出したら、汚れそうなんだもん。 

 その代り、ビラーノが作ってくれた、お家のありとあらゆる布製品は、徹底的に洗濯する。 布自体は綺麗なのよ。 本当に綺麗。 素敵な刺繍とかされて居るのもあるし……

 それを汚しくさりやがる御仁の多い事多い事。 何の染みだ変わらんものが、綺麗なシーツにべったりとか…… ホントにね…… どうして呉れよう。 各人のお部屋に入っては、ベットメイクにげんなり。 三つあるトイレ掃除しては絶望。 二つある、お風呂掃除に至っては、悪夢の様。

 でもまぁ、居候のあたしとしては、やらねばならないミッションでもあるんだ。

 そして、今日は、そんなミッションの中で一番高難易度のミッションが予定されていたりする。 えっと…… 家主のお部屋の掃除。 だいぶ前に掃除してから、一度も足を踏み入れていない場所。 というより、掃除させてくれない。 なかなかと入室許可が下りない場所でもあるんだ。



 ――― そう、それは、ウーさんの書斎。



 別称『魔窟』。 心の中でそう呼んでいる場所ね。 なにせ物が多い。 そんでもって動かしたりしたら、どやされる。 その上、色んな危険な汁があちこちに垂れていて、間違っても素手で触ったらえらい騒ぎになる。

 でもまぁ、お掃除くらいはしないと、それこそ、何が産れるか判らんしな。 なにより、ボボール爺ィがぼやくんだよ。 



「痒い…… ウーカルよ、何とかしてくれ」

「アイアイ。 どのへん?」

「ウーの書斎。 なにやら変な物が産れそうなんじゃよ。 期せずして、ホムンクルスなんぞ生まれでもしたら、大騒ぎになるぞ? なにせ、ウーの書斎の暗闇から、意図せずに生み出されるんじゃからな。 制御なんぞ出来んからな。 何が起こるが判らんぞ?」

「ヤバいね……」

「あぁ、とてもヤバい」



 ふたりして、深刻な表情を浮かべつつ腕を組む。 エリーゼ姉さんが、そんなあたしたちを見て、プッと噴出したんだ。 いや、マジでヤバいって。 前にウーさんの部屋で生成された、魔法生物のお陰で、ボボール爺さんの本体に変な瘤が出来ちゃった事が有ったんだ。

 で、治療する薬を作るのに必要なとっても沢山の薬草を取ってこなくちゃなん無かったんだよ。 アレ…… キツカッタンダ…… あたし、そん時、まともに寝床に入れないんだよ?

 だって、ボボール爺さんが痛がっているんだもん。 早く治療しなくちゃ、お家無くなっちゃう事だって、在り得たんだよ? 本当に大変だった。 だから、あたしはボボール爺さんが不調を言い出したら、一番に対処するんだ。 

 今回は、準備した掃除道具もある。 それを持って、ウーさんの書斎へ突撃したんだ。



「ウーさん、ウーさん、ボボール爺ぃが痒いって。 なんぞ『産れそう・・・・』だから、どうにかしてくれって。 掃除に来たッ!! 開けてぇぇ!!」



 書斎の扉の前で大声で怒鳴るんだよ。 そうだね、一旦なんか始めると、ウーさん書斎に籠るんだ。 寝てるんだか、起きてるんだかわからんけどね。 ちゃんと寝床も有るのに、そうなったら、書斎のソファがウーさんの寝床に早変わり。 ちゃんと、身支度しないから、そりゃもう、汚れ放題。



「ウーさん!! ウーさん!! 開けてぇぇぇ!!」

「…………うるせぇな。 なんだ…… ウーカルか」



 ボサボサの頭で、黒いローブを羽織ったウーさんが書斎の扉を少し開けたんだ。 そんで、あたしを見つけると、あからさまに溜息なんぞ漏らしとるんだ。 こっちの方が溜息を吐きたい……



「ボボール爺ィさんから頼まれた。 ウーさんの書斎を掃除してくれって」

「…………そうか。 そうだな。 判った。 危ないもん沢山有るから、気を付けるんだぞ」

「アイアイ」



 コイツ、前にやらかした事、忘れたのか? いや、そんな事、気にしちゃ無いんだね。 もぉぉ!! そう云う所だぞッっと! もっと、ボボール爺ィの本体・・気を使って欲しいぞっと! 

 そんで、やっとこウーさんの書斎に入れた。 まぁ、凄い有様だったけどね。 本やら、書き付けやらが堆く積み上げっとる。 うっすら埃も被っておるね。 書斎の大テーブルの上には、得体のしれない実験器具が所狭しと置かれているだけじゃ無く、怪しい煙がポコポコ椀の中から湧き出しても居た。


 そして、とても臭い。 鼻が曲がりそう……


 書斎の窓を開けて、空気の入れ替えをする。 よくまぁ、あんな中で長時間暮らせるもんだ。 あたしには理解できない。 下手は打てないから、ウーさんに尋ねつつ、本と書き付けの山を移動させてる。 埃を払い乍らね。 床に散らばったウーさんの服は、一旦籠に入れて別の場所に持ってく。

 床に色んな汁が零れた跡があったんで、モップでゴシゴシ綺麗にする。 書きかけの魔方陣があったり、召喚円環の出来損ないがあったり、まぁ酷い状態なんよ。 ウーさんに許可貰いつつ、そんなガラクタもモップでゴシゴシ。

 厚く埃が被った一角。 もう、長い間動かした形跡が無い場所。 モゾモゾ動く影を発見ッ!! 蟲じゃないよね……



「ウーさん!! アレ!!」

「ん? あぁ…… マズったな。 焼くか」

「ダメ!! ボボール爺さん泣くよ? ちょっと待ってて。 何処にも行かない様に見張っててッ!」



 そうウーさんに云うと、また重い溜息を吐きやがったよ。 だから、もっと、ボボール爺ィの本体・・気を使って欲しいぞっと! 今棲んでいるなんだからッ! あたしが居てもいい場所なんだからッ!! おっと、今はかなり緊急事態だッ! そんな事言ってらん無いしぃ! あたしの『お部屋』に戻って、手早く手槍を持ち出したんだ。 そんでウーさんの書斎に再突撃。 モゾモゾ動く影で速攻で手槍で刺して窓の外にポイッとなっと。



「もぅ!! 魔法生物は作らないんじゃないの? 前に大発生して駆除に時間捕られて、ボボール爺さんに瘤出来たじゃん!!」

「自然発生するモンに迄、責任とれるかッ!」

「色んな危ないもん、いっしょくたに置くなッ!!」

「はぁ………… チッ、仕方ねぇな。 ウーカル『お前・・』が、片付けておいてくれ」

「えっ? あたしが?」

「ほかに誰が居るってんだ? ボボールに頼まれたのはウーカルだろ?」

「えっ、マッ、待って…… あ、危ないモノばっかりじゃん」

「あの辺りは、もう使わんから、適当に処分して良し」

「う、うへぇぇぇぇぇ…… わぁった。 判りましたッ!!」


 口の中で悪態を吐きながら、埃の積み上がった、ホント魔窟になった場所を片付けて行く。 本、本、本、書き付け、羊皮紙の巻物、何かがこびり付いたガラスの器…… 色んな物…… 本は本。 書き付は書き付けは、ガラスの器は一纏めにしてお外の洗い場に。 

 後でウーさんの服と一緒に洗おっと。 せめてもの嫌がらせだよ。 で、大量に出て来た本と羊皮紙の巻物。 それと、書き付け。 本と巻物スクロールは、このまま書斎に置いておくと、また変なモノが産れかねない。 書斎の奥に、厳重な結界を張った書庫が有るんだ。 其処に持って行く。 書き付けはウーさんの書斎机の上。 まぁ、気が向いたら、またぞろ何か始めるでしょ。

 研究だか、検証だか知らんけど、呼びつけられて、書き付け集めるよりマシだもん。 




       ――――― § ―――――




 書斎の奥の書庫。 厳重な結界をウーさんに一時解いて貰った。 だって、入れないんじゃ片付けられないんだもん。 せっせと、さっきの本の山と巻物スクロールの束を持って薄暗い書庫に突撃する。 手槍はおいて行ったよ、書斎に。 壁面一杯の本棚。 空いてる所に本を詰め込む。 表題の最初の文字順にね。


 内容は知らないから、そうする他ないもん。


 巻物スクロールは、奥まった場所にある宝箱に投入する。 どんな種類か知らんし、ウーさんなら必要なモノだったら、一発で手にするから、雑多に入れても文句は言われない。 

 ゴソゴソと、本やら巻物を持ち込んで行くんだ。 小さな魔法灯の頼りない光。 薄暗いインクと羊皮紙の臭いが充満する書庫。 まぁ…… 何となく…… 何となくだけど、落ち着く感じのする場所だよね。

 本と巻物を運び終え、一応本棚と宝箱の中に詰め込んで一段落…… ふっと、息が抜ける。 ちと疲れた…… 革張りの椅子が一脚有るんだが、そこにちょっと座らせてもらう。 背の高い背凭せもたれと、程よい硬さの座面。 お尻を載せると包み込むような感覚…… いや、なんか溶けて行くような? そんな感覚。 ちょ、ちょっとくらい、いいよね。 良い事にしよう。 だって、頑張ったんだもん。




  ふみゃぁぁ~~~~ つ、疲れたんかな?   ……瞼が急に重く感じる。



    手足から力が抜ける……       だんだんと意識が……






            遠くなって……






           クピィィィ…… 


                    スピィィィ……













「……おい。 一体何の話だ? おいッ! おい! ……チッ、仕方ねぇ。 言ってた通り、ウーカルを起こすか…………。      おい、ウーカル。 呪いの椅子に座り込んで、何している? 『死ぬ・・』つもりか?」

「…………ハッ!! えっ?? の、『呪いの椅子』? な、何ですと!!」


 心地よい眠りからいきなりの覚醒。 深く重いウーさんの声が、あたしの心臓を掴む。 包み込んでいた何か・・から、引き剥がされるような感じも…… 気が付けば、ウーさんがあたしの手を引いて、革張りの椅子から引き剥がして、書庫の床に転がされてた。 背後には、アノ革張りの椅子。 良く見ると、なんか、さっきよりも色艶が良い感じ。 元気に成っとる…… って感じ。 なんでだ?



「……まったく、油断も隙も無いな。 眼を離した途端にコレかよ…… ウーカル、どっか不調は無いか?」

「不調? 無いよ? ぐっすり眠ってむしろ快調!」

「はぁぁぁ…… お前は、本当に規格外だな。 此奴に座って、まともなままな奴を俺は見た事ねぇぞ? 本当に大丈夫なんだろうな」

「う~ん。 別に? ドコモナントモナイヨ? 深く眠って、夢すら見て無かったし。 身体も…… なんか軽いかな?」

「…………じゃぁ、アレは誰だったんだ?」

「誰って?」




 ジッとあたしの目を見詰めるウーさん。 其処に困惑の色が浮かび上がるのが見て取れた。 まぁ、ほら、ウーさんとは付き合い長いし、ご機嫌かそうで無いかを見極めるのは、あたしの仕事みたいなもんだし…… 

 でも、こんな目の色であたしを見たのは、初めてかも知れんね。 困惑って…… ねぇ…… なんだろ? プィと視線を切るウーさん。 ぼそりと呟く。




「…………いや、いい。お前は、兎人族の『忌み子』だったんだよな。 それじゃぁ、アレが?」

「一体、何の話なの? なんか、変だったのあたし」

「いや、まぁ…… いい。 お前がボケ兎ウーカルだと云うのは、判った」

「そりゃ、あたし、あんまり頭良くないから、ボケ兎でいいけど、何なのさ?」

「いいんだ。 それより、この椅子は呪われた椅子だ。 良く座ろうと思ったもんだ」




 呆れ果てたって云う様な声で、そうあたしに言ったんだ。 ムッカァァァ!! 大体、この書庫に入る事に成った直接の原因は、ウーさんに有るんだぞッ!! なんで、そんな咎めるような口調で云うかなッ!!




「だって疲れたし…… ウーさんのせいだぞ! あんなに書斎を汚してからに!! おかげでクタクタに成っちゃったんだ。 だから、座り心地よさそうな椅子素敵なサボり場所に座って、ちょっと、休憩しようとしただけじゃん!!」

「……あぁ、お前には、そう見えたんだ。 その椅子の革…… 若い女から、剥いだ革だ。 ある国の魔導士が、悪意の術式を詰め込めて作り上げたモンだ…… それを所持してた国から、依頼を受けて保管してたモンだ。 まぁ、アイツ等、コイツの『呪い』の解呪も、壊す事も出来なくて、余りの悪影響にどうしようもなくて、俺の所に持ち込んだ曰く付き…… それを、座り心地よさそうとか…… お前は…… まったく……」

「ソレ…… マジで?」

「マジで」

「ひょぇぇぇぇぇ!! う、ウーさん、あたし、ヤラカシタ?」

「まぁ、お前が無事だから別にいい。 けど、二度と座んな。 いいな」

「…………アイアイ」




 シュンとしてしまう。 迷惑かけたみたいだね。 腕を組んで、睨みつけるウーさん。 ウーさんの前で膝を折って、座り込んで、神妙に俯くあたし。 ご、ゴメンね……




 説教は少しで済んだ。



 けど…… 怖い場所だ……



 やっぱり、ウーさんの書斎は怖い場所だよ……





 なんだよ、『呪いの椅子』って……









         ………………そんなモン 預かんなっ!!









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