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最終章 その日の空は蒼かった
ただ…… ただ、一心に、愛する人と (1)
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『揺籃の聖域』にて、風の精霊様に請願は建てられた。
ロマンスティカに助力する事に決したラムソンが、彼の者への繋ぎを風の精霊様へ嘆願し、それが認められたからだった。 請願を受け取られた、風の精霊様は、それを遠く王都ファンダル、王城コンクエストムに繋がれた。 そして、顕現し『使命』を下されたのだった。
―――― 謂わば、精霊の強権の発動。
既に、先触れはされていた。 彼の地の状況を観測していた精霊様方は、エスカリーナの帰還に必要な者を既に選定しており、その者へ影響力を発揮できる者に『助力嘆願』を願いを下されていた。
” 小賢女を北の大森林へ。彼の地に捕らわれたる、『精霊が愛し子』を救え ”
と。 答えたのは、ファンダリア王国に於いて、現在絶大な影響力を持つに至ったフローラル王妃陛下。 この国の王権保持者であり、ロマンスティカの母でもある人。 精霊が『使命』は直ぐに受け取られ、ロマンスティカは彼女の母の元に属する魔術士となった。
王妃陛下は自身の住まう宮に、祈りの聖壇を設置する事を隠れ蓑に、その命を果たす。 ファンダリア王国に於ける二人の重要人物に、ロマンスティカが王都を離れる事の許可を得た王妃陛下は、彼女に精霊様の『使命』の受諾を促す。
一も二も無く、彼女はその『使命』を受け、彼の地への道程を辿ることに成る。 蒼穹の果てより小賢女ティカは、疾しる。 長大な距離を繋ぐ【転移門】を展開したのは、王都の護りであるミルラス防壁を抜けた直後。
繋ぐは北伐城塞のすぐ近くの荒野。 目指すは北の大森林ジュノーとの境に展開されている、【防御結界】がゆるく組まれた場所。 それが、北伐城塞の城門であったから。 それ以外の場所に、【防御結界】を抜ける穴らしき場所が見つからないからであった。
そう…… 大森林ジュノー ジュバリアン王国とファンダリア王国の国境線に於いて、唯一にして、彼の地への道を辿れそうな場所だったから。 小賢女は別の焦りもあった。 どうにも不安が拭えないのであった。 風の精霊様から頂いた『使命』は理解している。
しかし、余りにも急性。 余りにも余裕が無い。 状況は判らないが、それが示唆する事は唯一つと感じている。
―――― エスカリーナの生命の危機
それ故、小賢女ティカは、何もかも捨て置き、王城外苑に於いて、最強の軍馬を借り受け、早駆けに駆け北伐城門への道を急いでいた。 既に、その動向は王宮魔道院も察知はしているが、今現在小賢女ティカのいる場所が特定出来ぬ程の速度であった。
” エスカリーナッ! 一体、貴女は何を為したて、どんな状況に落ち込んだのッ! あぁ、あの【防御結界】をうまく抜けられる事を願うばかりよ…… ”
馬を駆る小賢女ティカの口から漏れるのは、そんな愚痴めいた、それでいて心配でしかないと云う声音の『お小言』だった。 何とも言えない憔悴感が、ティカの胸を締め付け、そして今も馬を駆る。
そんな彼女の目に、とんでもない物が飛び込んできたのは、もう少しで、北伐城塞の城門へと届く時であった。
――― § ――― § ――――
森の中を疾る森猫と霊馬。 ラムソンはひたすら駆けていた。 樹々はその道行きを妨げることなく、彼らに道を作り出す。 その姿は、荒野を駆け抜ける人馬一体の騎兵の様でもあった。
―――
風の精霊様への嘆願は届いた。 直ぐにロマンスティカの返答を、風の精霊様は持って帰ってこられた。 その返答は 『 諾 』。 既に王城を出たと、そう風の精霊様は伝えてこられた。
” こちらも直ぐに迎えに行った方が良い ”
と、そう告げたのは、シュトカーナ。 風の精霊様は、彼女にロマンスティカが途轍もない速度で、北伐城塞に向かっていると、そう告げていたから。 精霊様方から見ても、ロマンスティカの移動速度は驚愕に値する程。
ラムソンが全力で走っても、相当に時間を取られるのは、大森林ジュノーが『原初の森』と化した為。 巨木があちらこちらに林立し、灌木が無造作に生い茂るそんな森は、高速で移動するには不向きな場所。 森猫族が得意とする、枝から枝への移動は、ある程度、森の民の手が入った森でしか出来ない。
それ程、『原初の森』たる大森林ジュノーは特殊な場所と成っていた。 体術に特化している森猫族であっても、その例外では無い。
「そいなら、ちょっと、古馴染みに声を掛けようか?」
妖精騎士ホワテルが、皆を見てそう告げる。 周囲を見回し、此処なら大丈夫かなと少々考えた後、精霊魔法の聖句を口にする。 一種の禁句であったのだろうか、シュトカーナが優美な眉を顰める。
Gloria Pet, Si Santo, sicut erat inPrincipio
jacta est alea.
vivere est militare.
『 来たれ、我が朋。 魔人騎士スルカス。 世界の均衡を取りし聖女が奪還の助力嘆願す 』
薄暗がりの洞の中。 その中でも闇の濃い場所に、霊気が地面から盛り上がり、やがて形を取る。 感じる者は、感じる強い闇の気配。 魔物の気配。 地面の下に存在すると云う、この世界の冥界より招かれし者。 魔族が棲む地下世界より、地上界へ誘われし巨躯。
それは、確かに霊馬であった。 ホワテルが何処で朋と成ったのかは、計り知れない。 魔族との交流はとても珍しく、それを成した者がいるとは、膨大な知識を有するシュトカーナでも知らなかった。 禁呪とも云えるそんな文言を吐いたのが、清廉を旨とする妖精騎士であったことも、不思議ではあった。
「ちょっと抜けるで」
「おう。 気ぃ付けてな。 アイツ等も、恩に着とるっちゅう事か?」
「生きている場所は違えど、同じ世界の住人やろ。 世界の崩壊を止めたちゅうことは、アイツ等でもわかっとうわ」
「さいか。 なら、助力してくれそうなんか?」
「アイツ等にとって、息をする事すら難しいこっちに来たんやさかい、そうなんやろ」
ブラウニーとホワテルが言葉を交わす。 妖精王と、その配下である妖精騎士では有るが、交わす言葉は至ってぞんざい。 それをニマニマとした表情で見守るのは妖精女王レディッシュ。 ヤレヤレと溜息を落とすは、仲間の妖精騎士達。
ホワテルは、霊馬に向かい歩き出す。 霊気が周囲から集まって、彼の体を取り巻き、騎士装束を具現化する。 霊馬の近くに歩みを進めた頃には、立派な騎士正装の妖精騎士の姿に変わっていた。
「来訪感謝する。 霊馬スルカス。 いや、魔人騎士と云った方が良いか」
〈なんの、妖精騎士ホワテル。 古の約定により、我は参った。 それに、我が盟主もこの来訪に《諾》を与えたのだ。 貴様とは、様々な因縁があるでな。 さて、我は何をする〉
「そこな森の民、第十三氏族が末裔 森猫族のラムソンを、南の境界へ運んでほしい。 そこで、一人女子と合流して、此処に戻って欲しい。 あ奴がその足で疾るとも、時が足りぬからな」
〈そんな事か〉
「知っての通り、大森林ジュノーは原初の森として再生された。 つまりは、魔族にも『善き場所』となった。 伺っていた者達も居るのではないか? その為の用心なのだ」
〈理を知る者ばかりでは無いと…… そう看破しておるのか〉
「長くおぬしらと、相対しては居らぬ。 話が通る者も通らぬモノも魔族にはおるでな」
〈フフフ、それでこそ我が朋。 よし、森猫が戦士。 我が背を貸してやろう〉
硬直する様に立ち竦むラムソンに、その霊馬は声を掛ける。 魔物とは言葉を発しない者…… なのに何故? そんな疑問が彼の頭の中に渦巻く。 地下迷宮に棲み、時に地上に暴れる来る魔物達。 しかし、そんなモノ達とは比べ物に成らない程に、厚く濃い霊気を纏う目の前の『魔馬スレイプニール』
四対の足が、地面を掻く。 少々苛立ちを感じているのか。
「ラムソン。 背を貸して貰え。 魔人騎士スルカスは、誇り高き者。 その背を借りられるのは、誠の武人のみ。 お前が何者なのかは、一目で看破しておるよ。 彼の前には障害がその道を譲る。 鬱蒼とした森も、平坦な草原と変わり、その速度は矢の如し。 行け、ラムソン。 エスカリーナ姫様の奪還を成す為に」
怒気を含んだホワテルの声。 幾年も掛けた戦の中で育まれた好敵手という『朋』への信頼が滲む。 相対する者の間で結ばれた『縁』は、相応の重圧を以てラムソンに伝えられる。 敬愛する主人の名を耳朶に収めると、ラムソンは表情を厳しく引き締め、そして口上を述べる。
「我、古の第十三氏族が末裔にして、エスカリーナ姫の護衛近侍。 妖精騎士ホワテルが朋であり、魔族が魔人騎士スルカスが助力に感謝申し上げる。 その背を借りる事、お許しを。 いざ参らん」
――― § ――― § ―――
大きく弾け飛ぶ北伐城塞の軍門。 大森林ジュノー側から、巨躯魔鬼に蹴り飛ばされた様に、軍門の巨大な扉が粉々に成った。 大音声が、北伐城塞周辺に響き渡る。
「我、ニトルベイン大公家がご息女、王宮魔道院第三位魔導士、小賢女ロマンスティカ嬢を迎えに参った者。 その道を通さぬと云うならば、推して参る。 我に、大儀あり」
声は北伐城塞に響き渡り、破壊された城塞軍門から巨大な影が疾り出てくる。 八本の力強い脚で大地を掻く魔物。 守備兵はなすすべも無く、その疾走を見送るばかり。 軍門に続く道を走る魔物の前に、人族の世界では巨馬とも云える、軍馬に乗った一人の女性が立ちふさがる。
「ラムソン!!」
「ニトルベインの魔女! 来てくれたかッ!」
「そ…… それは?」
「状況説明は後。 直ちにこちらに来て、魔人騎士スルカス殿の背に。 スルカス殿、彼女が『鍵』に御座います」
〈よかろう〉
状況が良く飲み込めないロマンスティカ。 しかし、その真摯な眼差しに、『行かねばならない』と、心を決めた。 巨大な魔人騎士スルカスに足がすくむも、背に乗るラムソンから手を差し伸べられれば、その手を掴むしかない。
ひらりと魔人騎士スルカスの背に乗るロマンスティカ。 二人を載せても微動だにしない魔人騎士スルカスは、ぼそりと呟く様に言葉を吐く。
〈行くぞ。 この世界を取り戻した『聖女』たる者を、『狭間の地』という無明の闇の中より奪還せねばならぬ。 これぞ、この世界に生きとし生けるモノの義務なり。 精霊様方の御加護あらん事を〉
魔物が神聖な言葉を吐く。 その状況に目を白黒させるロマンスティカ。 ” しかし…… ” と、彼女は心内で呟く。
” おばば様が仰られていた、リーナの在り様なのでしょう。 生きとし生けるモノ。 人族や、獣人族だけでなく、魔物や魔人もまたこの世界に生きているモノなのですもの。 ……腑に落ちましたわ。 あの子の奪還には、この世界の生きとし生けるモノ達すべての助力が必要なのだと。 そう、全て…… それほど、厳しい状況に置かれているのね、あの子。 全く、何処までも…… 無私なる貴女なのでしょう。 判りました。 わたくしロマンスティカの全力を以て、皆々様方の希望の光を取り戻しましょう ”
疾駆する魔人騎士スルカスは、元来た道を直走る。 樹々はその道を開け、荒野を突き進む騎兵の様に。 陽光がその道を明るく照らし、真っ直ぐに、ただ只管に真っ直ぐに……
――― § ―――― § ―――
揺籃の聖域に到着し、其処に聳え立つパエシアの巨木を見上げるロマンスティカ。 神聖な風が頬を撫でる。 まるで、『待っていました』と、云わんばかりの雰囲気を醸し出していた。 魔人騎士スルカスは、巨樹の足元に脚を向け、そのままに巨樹そのものに向かう。
一瞬、何処に行くのかと、不安に思うも、同乗するラムソンは何の不安も無く、平然と前を向いていたのが不思議だとは、思っている。 やがて、その理由も判明する。 巨樹があまりにも大きいため、視界が惑わされ、遠近感が掴めなかったのが理解できた。 魔人騎士スルカスが目指しているのは、巨樹の根元にある、裂け目の様な場所。
小さな裂け目で、魔人騎士スルカスが侵入するには、余りにも狭い場所だと、そう認識していたロマンスティカだった。 が、近寄るにつれ、それが王都大聖堂の正面の扉よりも大きな裂け目な事に、更に驚いた。
全ての規模の違いに、自身の感覚が狂う場所。 濃く『闇の魔力』が渦巻く場所。 強力な筈の『護符』が、早くも黒に染まり始める。 それがこの『揺籃の聖域』と云う場所なのだと、ロマンスティカは理解した。
少し先に見えていても、相当な距離があり、” もし魔人騎士スルカスでなかったら、走っても、走っても到達できないもどかしさを覚えていただろう ” と、そうロマンスティカはスルカスの背に身を預けながら、一人 思っていた。
巨樹の裂け目。 洞の様に成った場所。 その鳥羽口から、魔人騎士スルカスは進み、薄暗がりの中に到達する。 見知った者達と、全く見覚えの無いモノ…… いや、その見た目は、逢いたくて仕方のない義妹とそっくりの…… 男が立っていた。
「ロマンスティカ嬢。 お待ちしておりました。 こちらに」
涼やかな声が、洞の中に響く。 その優美な姿は、かつて見た事が有る。 樹人シュトカーナが人型に顕現したモノ。 魔人騎士スルカスの背から降り、深く感謝の礼を差し出すティカ。 スルカスは、首を下げその礼に返礼を送る。 魔人騎士は、彼女が強大な魔術師であることを看破していたのだろう。 遣り合う仲では無いが、ある種の身の危険を感じていたのかもしれない。
ラムソンと二人でティカは樹人シュトカーナの元に向かった。 そして、彼女の瞳に映ったのは、完全石化した義妹の姿。 思わず呻き声を、口の端から漏らしてしまう。 年を経た精緻な彫像。 妖精族の者が【保全魔法】をかけ続けている、その彫像こそロマンスティカが夢にまで見る義妹の姿だったから……
「人族の魔術師、ロマンスティカ。 森の民は魔法に長けては居りませぬ。 エスカリーナが自身に施した【石化】の魔法。 どうか、解いて下さいませ。 貴女なら、彼女と同門たる魔術士の貴女なら……」
「……完全石化ですね。 それも、相当に強固に。 普通…… 冒険者達が危機に陥り、救援を待つ場合でも、此処まで強固な魔法を使いません…… なのに、何故? ………………この、時間進行の状況を想定して? …………リーナなら、そうするかも。 それにしても、強固な魔法。 わたくしが使用する【鑑定】だけでは、術式の全貌は掴めませんわ」
「【完全鑑定】ならば?」
突然、エスカリーナの容姿に似た男が口を開く。 その声は低く深い。 そちらに、ロマンスティカは睨みつける様に視線を投げ、言葉を紡ぐ。
「わたくしはロマンスティカ。 風の精霊様の『使命』を帯び、この地に参りました人族の魔術師。 貴方は…… どなたなのでしょうか?」
「カイト。 長く魔人と居た、異界の魂とこの世界の魂の器を持つ者。 この姿を見て、誰が私にこの体の元を提供してくれたか、判らぬか」
「エスカリーナ…… に御座いましょうね。 そっくりですもの。 その耳の形まで。 ……ところで、【完全鑑定】と云われましたが、わたくしが使えるのは、【詳細鑑定】までに御座いますわ」
「術式は?」
「一応は。 しかし、リーナ程、その種の魔法には長けておりませんので、未だ紡いだことは有りません」
「ならば、術式を転写するのも良かろう。 手を」
「はっ? それは、どういう事なのですか」
「私は、君が云った、「その種の魔法」を魔人から教授されて居る。 使い方も知っている。 術式はこの世界のモノだと、そうも云っていた。 慣れぬ内は、使い辛い事もな。 しかし、より高位、もしくは、その道に通ずる者から転写されれば、理解は出来なくとも、使える様に成るとも聞いている。 【詳細鑑定】が使えるのならば、十分に素養はあるだろう。 時間も無い。 やるのか、やらないのか。 どちらだ?」
「……宜しくてよ。 転写してくださいまし」
リーナによく似た『その男』。 強引な男だと、そう思うティカ。 男が差し出す手には、何時の間にかに紡がれている【完全鑑定】の魔法陣。 その上に手を載せ、転写を開始する。 掌から流れ込む情報は微細にして優美。 芸術品さながらの精緻な魔法術式であった。
「こ、これは……」
「得手不得手と云ったところだ。 私には、石化を解呪する能力は無い。 まぁ、いずれは手に入れるが、今では無い。 それが出来るのは君だけだと、そうラムソンは云っていた。 どうか?」
「少々、お待ちを」
自身で【完全鑑定】の術式を紡ぎ出し、自身の魔力を載せる。 周囲を見ないように、全神経をエスカリーナに向ける。 彼女が自分自身に施した術式が、【完全鑑定】により、余すところなくロマンスティカの瞳に映る。 その堅固な事に驚きを隠せず、また、精緻な術式に溜息を落とす。
全容は理解した。 クイッと視線を上げ、皆を見回す。
「妖精様方の魔法により、現在は均衡状況を保って居ると申せましょう。 が、余りにも『刻の影響』を受けており、石化を解除すれば彼女の体は幾許も持たないでしょう…… 残念な事に、老化した肉体を戻す術は、わたくしには御座いません。 それでも尚、石化の解除を望まれるのは、その対処方法をご存じなのだと、そう推察いたしますが如何に」
「君の読みは正しい。 そして、その推察も正解だ。 シュトカーナ。 揺り籠を、此処に」
「はい…… どうぞ」
突然、具現化する、何やら仰々しいモノ。 カイトが 揺り籠と、そう表現したモノをロマンスティカはじっくりと見る。 膨大な量の情報が、彼女の脳裏に刻み込まれ、それが限界に達する。
ふらりと、揺れる身体。 そっと、倒れそうになるロマンスティカの身体を支えるカイト。 渋みのある深い声音が、ロマンスティカの頭の上から降ってくる。
「なんの予備知識も無しに見るな。 アレは、この世界の理の外側に位置するモノ。 到底、今の君に理解できるようなモノでは無い。 私の知識と、魔人の力で作り上げ組み上げたモノ。 要するにこの世界には存在しない技術の塊だ。 しかし、保証しよう。 アレは、年を経てしまったエスカリーナの体を元に戻す事が出来る唯一の機器だと。 そして、使用できるのは私しかいない。 また、エスカリーナ以外に使うつもりも無い。 これで、いいか」
【完全鑑定】を以て、垣間見た目の前の『魔道具』。 それは、確かにカイトの云う通り、余りにも自分の知識とはかけ離れたもので、自身の言葉では言い表す事さえ難しいモノ。 二つの異界の知識と技術を縒り合せた塊。 余りにも危うい。
これがこの世界に出回ると、飛びぬけた知識が、世界を狂わす。
存在が知られれば、大国は挙ってこの知識を手に入れようと、この美しくも弱い『原初の森』を手に入れようと、又も暴虐を繰り返す。 それは、過去の歴史から見ても明らか。 しかし、カイトはそれも理解している。 だから、あの言葉が出た。 『 エスカリーナ以外に使うつもりも無い 』と、そう云った。
彼は、この異界の知恵と知識は、この世界には時期尚早だと云っているのだと、そう理解した。 【詳細鑑定】の魔法陣を昇華させつつ、ロマンスティカは小さく頷く。 カイトが支えてくれていると云う、あまりな状況に頬が熱く感じてしまう。
しかし、男の瞳の中には、一片の感情の揺れすら存在しない。 この読めない男は何を思うのか。 私が倒れても、そのまま捨て置く様なモノでは無いのか。 ”何故手を差し伸べたのだ?”と、カイトに瞳で問う。
「君はエスカリーナにとって、義姉に当たるのだろう? 彼女の大切な人だと云うのは、彼女の『常識』の中に刻み込まれている。 問題は無かろう?」
そう嘯くカイトに、彼の行動原理を見た気がした。 彼の瞳の中に映る『人』は、エスカリーナ只一人。 その他の者達は『有象無象の存在』としか認識していない。 例外が有るとすれば、義妹が、大切の思う者達である…… と、瞳の中の光は、そう云っている。
「失礼しました。 無様を晒した事、お詫び申し上げますわ」
「いいんだ。 それでは、石化の解呪を頼めるか」
「全容は把握いたしました。 少々、皆様方には刺激が強く感じられましょうが、解呪術式に乗っ取った方策ですので、決して途中で止めぬ様に」
「判った。 彼女が全幅の信頼を寄せる義姉ロマンスティカ。 頼む」
小さくカイトが頭を下げる。 頷くロマンスティカ。 エスカリーナの行動を予測する事は出来ないが、それでも、あらゆる可能性を鑑み、出来るだけの用意をして、自身の『魔法の鞄』に様々な用具を詰め込んで来たロマンスティカは、迷いも無く一つの器具を取り出す。
――― 『黄金の針』 ―――
細く長い針の根元は、かなり太い。 黄金で出来たその針は、石化を解くには必須の魔法具。 万が一を考えて忍ばせてきたのが正解だったとは…… 準備してきた自分を褒めてやりたい程だった。 取り出す針は合計三本。 石化したエスカリーナの首の付け根と、左の胸の裏側、そして、腰の右側に付きたてる。
石化しているエスカリーナの身体にいとも容易く、『黄金の針』は潜り込む。 石化を解く専用の呪具とは言え、見ているモノには不安を煽る情景に他ならない。 一旦施術を始めれば、もう立ち止まる事は許されない。 部分的に解呪してしまっては、全体の解呪に支障をきたす。
ロマンスティカは呪文を唱えつつ、首筋の針の柄を口に含み、両の手で他の針の柄を握り込んだ。 一気に解呪呪文が発動する。 石化していたエスカリーナの体が、モザイク状に生体に戻り、時を経た着衣は途端にその結合を失いハラハラと周囲に散らばる。
跪拝の姿勢が解けるように姿勢が崩れるエスカリーナ。 皆の見ている前で、ゆっくりと体が傾ぎ、柔らかな下草の上に横たわる。 髪の色は褪せ、しっかりと閉じられた瞼は開かれる事は無い。 見る間に皺が走る身体。 鼓動は確かに始まった。 しかし、それも弱弱しいモノでしかない。 カイトは素早く声を出す。
「シルフィー エスカリーナを揺り籠の中に。 座位…… いや、座らせてくれ。 私は装置を起動する」
「はい」
侍女服を纏ったシルフィーが、大切な大切な宝物の様にエスカリーナを横抱きに抱え、揺り籠の中に座らせる。 彼女の変化はロマンスティカも気が付いていた。 誇り高い森猫の女性が、かくも従順に得体の知れないカイトの命令を素直に受け入れている。
オカシイと心が警鐘を鳴らしているが、きっとシルフィーなりの落としどころが有ったのだろうと、そう看破する。 何より、彼女の頭の上には、両方の耳が揃い、長く優美な尻尾が揺らいでいたから。
フンッ 小さな音を立て、揺り籠の蓋が閉じ、繭の様な姿と成る。 深緑色の液体がその中を満たしてゆき、やがて年老いた姿のエスカリーナは没し、見えなくなった。 その魔道具の繭に繋がれた半透明の板の前でカイトは忙し気に指を動かす。
――― ブンッ ―――
と云う、小さな音と共に、その魔道具は起動した様だった。 濃緑色の液体が透明の管の中を勢いよく流れ始める。 あちこちが光、点滅し、そして、音は少し高くなっていった。 忙し気にしていたカイトの手が止まる。
「これで、魂が器は大丈夫だ。 『再誕』の準備は整った。 置き換えと、再構成。 後は魂がこの器に戻るだけだ。 シュトカーナ。 君の『樹の魔力』は、この機器の稼働を担保する。 魔力をこの宝玉に注いでくれ」
シュトカーナはカイトの言葉に小さく頷く。 指し示された真球の魔石に手を翳し、己が魔力を注ぎ始める。 『揺り籠』は小さく震え、その後、安定した運転を維持し始めた。 驚きに次ぐ驚きにロマンスティカは声も出ない。 しかし、『大公家令嬢』の、そして『貴族』と云われる者の ” 矜持 ” を以て、平静を装う。 それでも、小さく手が震えていたのだが……
『揺り籠』を見詰め、ふと思い浮かぶ疑問を口にするロマンティカ。 その言葉に反応するのはカイト。 魔法や魔導を収める者ならば、当然 行き着く疑問でもあったからだ。
「聖属性魔法の秘術…… こんな『闇の魔力』の濃い場所で、そんな術式を展開すれば、対消滅が……」
「いや、わたしの世界の技術だ。 その証左に聖属性の魔力は感知しないだろ?」
「ええ…… そうですわね。 なんて事なの…… これは、とても…… 危険な技」
「あぁ、この世界には過ぎたるモノだ。 だから、エスカリーナ限定で使う。 精霊様方とやらにも、そう言上申し上げた。 次元の違う高位の方々。 本来、存在する事さえ許されないこの揺り籠を使う事を許して貰えた。 対象がエスカリーナのみだからな。 彼女は精霊様方に愛されている。 何としても、存在を霧散することの無いようにとの思し召しだ」
「ええ、彼女は『精霊の愛し子』なんですもの。 世界の崩壊を救った『聖女』なんですもの。 当然です。 当人は、全くそんなつもりは無かったのですがね」
「そうか…… そんな気がしていた。 ……さて、ロマンスティカ嬢。 次にすべき事は……」
「リーナを迎えに行くのですね。 『狭間の地』へ。 なぜ、こんな無茶をしたのかが、理解できました。 仮死状態に成らねば、彼の地への到達は不可能と…… そう云う事なのですね」
「良く判っている。 そうだ、彼の地にて、エスカリーナの位置が判るのは私だけ。 私は行かねばならぬ。 しかしその方法が判らない。 自分で行く能力も無い。 ならば、その能力を持つ者に頼まねば成らない」
「つまりは、先導して欲しいと。 …………宜しいでしょう。 先導いたしましょう」
「すまない。 多大な献身を求める事になってしまった」
「しかし、それしか方策は無い…… ですね。 理解しております。 大切な義妹ですもの。 わたくしだって、全身全霊を賭けているのですから。 『彼女の未来』の奪還を望んでいるのですから」
「そうか…… 君の『望み』でもあるのか」
「ええ、だから、対価など望みは致しません。 よしんば、対価と成すならば、義妹の無事なる帰還がその対価に成りましょう。 ……一つ、お伺いしたい義が」
「何なりと」
「義妹の魂が帰還した時、直ぐに意識は取り戻せましょうか?」
「無理だな」
「やはり……」
「魂と魂の器の時間が遠くに離れてしまった。 繋がりすらあやふやと成っている。 魔人の言葉を借りるとすれば、『馴染む』までに時間を要する。 それは、一日、二日などと云う短い時間では無い」
「……わたくしが、此方に滞在できる時間には限りが御座います。 また、あの【防御結界】を抜ける事は、わたくしが『人族』である限り難しい事に御座いましょう」
「此度は、ラムソンが居たから……か。 一部権能を分与されているラムソンの『招待者』として【防御結界】を抜けられた、と云う事か。 理解した。 で、こちらに滞在できる時間に限りがあると云うのは?」
ロマンスティカは、胸に下げた護符を指し示す。 既に、半分は黒く滅却したかの様になっている。
「わたくしの内包魔力は『光属性』このように闇の魔力が充満している場所には、長居は出来ないのです。 この場に充満する『闇の魔力』がわたくしの内包魔力たる『光の魔力』と対消滅を起こしてしまうのです。 それを防ぐための準備が、海道の賢女様に頂いた、この護符。 この『護符』が、漆黒に染まり切る前に、『揺籃の聖域』を出なくては成らないでしょう。 さもないと、この地の魔力によって、わたくしの ” 魔力回復器官 ” が、対消滅され、わたくしがわたくしで無くなってしまうのです」
「理解した。 善処しよう」
「しかし、必ずッ! リーナが目覚めましたら、必ずッ!! ご連絡をッ!」
「約束しよう。 風の精霊様にお願いする。 また、経過も報告しよう」
「有難く…… では、始めましょう」
「あぁ。 で、どうするのだ?」
カイトと視線を合わせたロマンスティカは、淡々とこれからする事を、言葉にする。 ニトルベイン大公家の者達が、特に彼の大公家の女性達が心を決めた時に出す、そんな声音を響かせ、彼女は言葉を紡ぐ。
「貴方には、死んで頂きます」
―――― 峻厳で冷徹な、ロマンスティカの真摯な声が、洞の中に響き渡った。
ロマンスティカに助力する事に決したラムソンが、彼の者への繋ぎを風の精霊様へ嘆願し、それが認められたからだった。 請願を受け取られた、風の精霊様は、それを遠く王都ファンダル、王城コンクエストムに繋がれた。 そして、顕現し『使命』を下されたのだった。
―――― 謂わば、精霊の強権の発動。
既に、先触れはされていた。 彼の地の状況を観測していた精霊様方は、エスカリーナの帰還に必要な者を既に選定しており、その者へ影響力を発揮できる者に『助力嘆願』を願いを下されていた。
” 小賢女を北の大森林へ。彼の地に捕らわれたる、『精霊が愛し子』を救え ”
と。 答えたのは、ファンダリア王国に於いて、現在絶大な影響力を持つに至ったフローラル王妃陛下。 この国の王権保持者であり、ロマンスティカの母でもある人。 精霊が『使命』は直ぐに受け取られ、ロマンスティカは彼女の母の元に属する魔術士となった。
王妃陛下は自身の住まう宮に、祈りの聖壇を設置する事を隠れ蓑に、その命を果たす。 ファンダリア王国に於ける二人の重要人物に、ロマンスティカが王都を離れる事の許可を得た王妃陛下は、彼女に精霊様の『使命』の受諾を促す。
一も二も無く、彼女はその『使命』を受け、彼の地への道程を辿ることに成る。 蒼穹の果てより小賢女ティカは、疾しる。 長大な距離を繋ぐ【転移門】を展開したのは、王都の護りであるミルラス防壁を抜けた直後。
繋ぐは北伐城塞のすぐ近くの荒野。 目指すは北の大森林ジュノーとの境に展開されている、【防御結界】がゆるく組まれた場所。 それが、北伐城塞の城門であったから。 それ以外の場所に、【防御結界】を抜ける穴らしき場所が見つからないからであった。
そう…… 大森林ジュノー ジュバリアン王国とファンダリア王国の国境線に於いて、唯一にして、彼の地への道を辿れそうな場所だったから。 小賢女は別の焦りもあった。 どうにも不安が拭えないのであった。 風の精霊様から頂いた『使命』は理解している。
しかし、余りにも急性。 余りにも余裕が無い。 状況は判らないが、それが示唆する事は唯一つと感じている。
―――― エスカリーナの生命の危機
それ故、小賢女ティカは、何もかも捨て置き、王城外苑に於いて、最強の軍馬を借り受け、早駆けに駆け北伐城門への道を急いでいた。 既に、その動向は王宮魔道院も察知はしているが、今現在小賢女ティカのいる場所が特定出来ぬ程の速度であった。
” エスカリーナッ! 一体、貴女は何を為したて、どんな状況に落ち込んだのッ! あぁ、あの【防御結界】をうまく抜けられる事を願うばかりよ…… ”
馬を駆る小賢女ティカの口から漏れるのは、そんな愚痴めいた、それでいて心配でしかないと云う声音の『お小言』だった。 何とも言えない憔悴感が、ティカの胸を締め付け、そして今も馬を駆る。
そんな彼女の目に、とんでもない物が飛び込んできたのは、もう少しで、北伐城塞の城門へと届く時であった。
――― § ――― § ――――
森の中を疾る森猫と霊馬。 ラムソンはひたすら駆けていた。 樹々はその道行きを妨げることなく、彼らに道を作り出す。 その姿は、荒野を駆け抜ける人馬一体の騎兵の様でもあった。
―――
風の精霊様への嘆願は届いた。 直ぐにロマンスティカの返答を、風の精霊様は持って帰ってこられた。 その返答は 『 諾 』。 既に王城を出たと、そう風の精霊様は伝えてこられた。
” こちらも直ぐに迎えに行った方が良い ”
と、そう告げたのは、シュトカーナ。 風の精霊様は、彼女にロマンスティカが途轍もない速度で、北伐城塞に向かっていると、そう告げていたから。 精霊様方から見ても、ロマンスティカの移動速度は驚愕に値する程。
ラムソンが全力で走っても、相当に時間を取られるのは、大森林ジュノーが『原初の森』と化した為。 巨木があちらこちらに林立し、灌木が無造作に生い茂るそんな森は、高速で移動するには不向きな場所。 森猫族が得意とする、枝から枝への移動は、ある程度、森の民の手が入った森でしか出来ない。
それ程、『原初の森』たる大森林ジュノーは特殊な場所と成っていた。 体術に特化している森猫族であっても、その例外では無い。
「そいなら、ちょっと、古馴染みに声を掛けようか?」
妖精騎士ホワテルが、皆を見てそう告げる。 周囲を見回し、此処なら大丈夫かなと少々考えた後、精霊魔法の聖句を口にする。 一種の禁句であったのだろうか、シュトカーナが優美な眉を顰める。
Gloria Pet, Si Santo, sicut erat inPrincipio
jacta est alea.
vivere est militare.
『 来たれ、我が朋。 魔人騎士スルカス。 世界の均衡を取りし聖女が奪還の助力嘆願す 』
薄暗がりの洞の中。 その中でも闇の濃い場所に、霊気が地面から盛り上がり、やがて形を取る。 感じる者は、感じる強い闇の気配。 魔物の気配。 地面の下に存在すると云う、この世界の冥界より招かれし者。 魔族が棲む地下世界より、地上界へ誘われし巨躯。
それは、確かに霊馬であった。 ホワテルが何処で朋と成ったのかは、計り知れない。 魔族との交流はとても珍しく、それを成した者がいるとは、膨大な知識を有するシュトカーナでも知らなかった。 禁呪とも云えるそんな文言を吐いたのが、清廉を旨とする妖精騎士であったことも、不思議ではあった。
「ちょっと抜けるで」
「おう。 気ぃ付けてな。 アイツ等も、恩に着とるっちゅう事か?」
「生きている場所は違えど、同じ世界の住人やろ。 世界の崩壊を止めたちゅうことは、アイツ等でもわかっとうわ」
「さいか。 なら、助力してくれそうなんか?」
「アイツ等にとって、息をする事すら難しいこっちに来たんやさかい、そうなんやろ」
ブラウニーとホワテルが言葉を交わす。 妖精王と、その配下である妖精騎士では有るが、交わす言葉は至ってぞんざい。 それをニマニマとした表情で見守るのは妖精女王レディッシュ。 ヤレヤレと溜息を落とすは、仲間の妖精騎士達。
ホワテルは、霊馬に向かい歩き出す。 霊気が周囲から集まって、彼の体を取り巻き、騎士装束を具現化する。 霊馬の近くに歩みを進めた頃には、立派な騎士正装の妖精騎士の姿に変わっていた。
「来訪感謝する。 霊馬スルカス。 いや、魔人騎士と云った方が良いか」
〈なんの、妖精騎士ホワテル。 古の約定により、我は参った。 それに、我が盟主もこの来訪に《諾》を与えたのだ。 貴様とは、様々な因縁があるでな。 さて、我は何をする〉
「そこな森の民、第十三氏族が末裔 森猫族のラムソンを、南の境界へ運んでほしい。 そこで、一人女子と合流して、此処に戻って欲しい。 あ奴がその足で疾るとも、時が足りぬからな」
〈そんな事か〉
「知っての通り、大森林ジュノーは原初の森として再生された。 つまりは、魔族にも『善き場所』となった。 伺っていた者達も居るのではないか? その為の用心なのだ」
〈理を知る者ばかりでは無いと…… そう看破しておるのか〉
「長くおぬしらと、相対しては居らぬ。 話が通る者も通らぬモノも魔族にはおるでな」
〈フフフ、それでこそ我が朋。 よし、森猫が戦士。 我が背を貸してやろう〉
硬直する様に立ち竦むラムソンに、その霊馬は声を掛ける。 魔物とは言葉を発しない者…… なのに何故? そんな疑問が彼の頭の中に渦巻く。 地下迷宮に棲み、時に地上に暴れる来る魔物達。 しかし、そんなモノ達とは比べ物に成らない程に、厚く濃い霊気を纏う目の前の『魔馬スレイプニール』
四対の足が、地面を掻く。 少々苛立ちを感じているのか。
「ラムソン。 背を貸して貰え。 魔人騎士スルカスは、誇り高き者。 その背を借りられるのは、誠の武人のみ。 お前が何者なのかは、一目で看破しておるよ。 彼の前には障害がその道を譲る。 鬱蒼とした森も、平坦な草原と変わり、その速度は矢の如し。 行け、ラムソン。 エスカリーナ姫様の奪還を成す為に」
怒気を含んだホワテルの声。 幾年も掛けた戦の中で育まれた好敵手という『朋』への信頼が滲む。 相対する者の間で結ばれた『縁』は、相応の重圧を以てラムソンに伝えられる。 敬愛する主人の名を耳朶に収めると、ラムソンは表情を厳しく引き締め、そして口上を述べる。
「我、古の第十三氏族が末裔にして、エスカリーナ姫の護衛近侍。 妖精騎士ホワテルが朋であり、魔族が魔人騎士スルカスが助力に感謝申し上げる。 その背を借りる事、お許しを。 いざ参らん」
――― § ――― § ―――
大きく弾け飛ぶ北伐城塞の軍門。 大森林ジュノー側から、巨躯魔鬼に蹴り飛ばされた様に、軍門の巨大な扉が粉々に成った。 大音声が、北伐城塞周辺に響き渡る。
「我、ニトルベイン大公家がご息女、王宮魔道院第三位魔導士、小賢女ロマンスティカ嬢を迎えに参った者。 その道を通さぬと云うならば、推して参る。 我に、大儀あり」
声は北伐城塞に響き渡り、破壊された城塞軍門から巨大な影が疾り出てくる。 八本の力強い脚で大地を掻く魔物。 守備兵はなすすべも無く、その疾走を見送るばかり。 軍門に続く道を走る魔物の前に、人族の世界では巨馬とも云える、軍馬に乗った一人の女性が立ちふさがる。
「ラムソン!!」
「ニトルベインの魔女! 来てくれたかッ!」
「そ…… それは?」
「状況説明は後。 直ちにこちらに来て、魔人騎士スルカス殿の背に。 スルカス殿、彼女が『鍵』に御座います」
〈よかろう〉
状況が良く飲み込めないロマンスティカ。 しかし、その真摯な眼差しに、『行かねばならない』と、心を決めた。 巨大な魔人騎士スルカスに足がすくむも、背に乗るラムソンから手を差し伸べられれば、その手を掴むしかない。
ひらりと魔人騎士スルカスの背に乗るロマンスティカ。 二人を載せても微動だにしない魔人騎士スルカスは、ぼそりと呟く様に言葉を吐く。
〈行くぞ。 この世界を取り戻した『聖女』たる者を、『狭間の地』という無明の闇の中より奪還せねばならぬ。 これぞ、この世界に生きとし生けるモノの義務なり。 精霊様方の御加護あらん事を〉
魔物が神聖な言葉を吐く。 その状況に目を白黒させるロマンスティカ。 ” しかし…… ” と、彼女は心内で呟く。
” おばば様が仰られていた、リーナの在り様なのでしょう。 生きとし生けるモノ。 人族や、獣人族だけでなく、魔物や魔人もまたこの世界に生きているモノなのですもの。 ……腑に落ちましたわ。 あの子の奪還には、この世界の生きとし生けるモノ達すべての助力が必要なのだと。 そう、全て…… それほど、厳しい状況に置かれているのね、あの子。 全く、何処までも…… 無私なる貴女なのでしょう。 判りました。 わたくしロマンスティカの全力を以て、皆々様方の希望の光を取り戻しましょう ”
疾駆する魔人騎士スルカスは、元来た道を直走る。 樹々はその道を開け、荒野を突き進む騎兵の様に。 陽光がその道を明るく照らし、真っ直ぐに、ただ只管に真っ直ぐに……
――― § ―――― § ―――
揺籃の聖域に到着し、其処に聳え立つパエシアの巨木を見上げるロマンスティカ。 神聖な風が頬を撫でる。 まるで、『待っていました』と、云わんばかりの雰囲気を醸し出していた。 魔人騎士スルカスは、巨樹の足元に脚を向け、そのままに巨樹そのものに向かう。
一瞬、何処に行くのかと、不安に思うも、同乗するラムソンは何の不安も無く、平然と前を向いていたのが不思議だとは、思っている。 やがて、その理由も判明する。 巨樹があまりにも大きいため、視界が惑わされ、遠近感が掴めなかったのが理解できた。 魔人騎士スルカスが目指しているのは、巨樹の根元にある、裂け目の様な場所。
小さな裂け目で、魔人騎士スルカスが侵入するには、余りにも狭い場所だと、そう認識していたロマンスティカだった。 が、近寄るにつれ、それが王都大聖堂の正面の扉よりも大きな裂け目な事に、更に驚いた。
全ての規模の違いに、自身の感覚が狂う場所。 濃く『闇の魔力』が渦巻く場所。 強力な筈の『護符』が、早くも黒に染まり始める。 それがこの『揺籃の聖域』と云う場所なのだと、ロマンスティカは理解した。
少し先に見えていても、相当な距離があり、” もし魔人騎士スルカスでなかったら、走っても、走っても到達できないもどかしさを覚えていただろう ” と、そうロマンスティカはスルカスの背に身を預けながら、一人 思っていた。
巨樹の裂け目。 洞の様に成った場所。 その鳥羽口から、魔人騎士スルカスは進み、薄暗がりの中に到達する。 見知った者達と、全く見覚えの無いモノ…… いや、その見た目は、逢いたくて仕方のない義妹とそっくりの…… 男が立っていた。
「ロマンスティカ嬢。 お待ちしておりました。 こちらに」
涼やかな声が、洞の中に響く。 その優美な姿は、かつて見た事が有る。 樹人シュトカーナが人型に顕現したモノ。 魔人騎士スルカスの背から降り、深く感謝の礼を差し出すティカ。 スルカスは、首を下げその礼に返礼を送る。 魔人騎士は、彼女が強大な魔術師であることを看破していたのだろう。 遣り合う仲では無いが、ある種の身の危険を感じていたのかもしれない。
ラムソンと二人でティカは樹人シュトカーナの元に向かった。 そして、彼女の瞳に映ったのは、完全石化した義妹の姿。 思わず呻き声を、口の端から漏らしてしまう。 年を経た精緻な彫像。 妖精族の者が【保全魔法】をかけ続けている、その彫像こそロマンスティカが夢にまで見る義妹の姿だったから……
「人族の魔術師、ロマンスティカ。 森の民は魔法に長けては居りませぬ。 エスカリーナが自身に施した【石化】の魔法。 どうか、解いて下さいませ。 貴女なら、彼女と同門たる魔術士の貴女なら……」
「……完全石化ですね。 それも、相当に強固に。 普通…… 冒険者達が危機に陥り、救援を待つ場合でも、此処まで強固な魔法を使いません…… なのに、何故? ………………この、時間進行の状況を想定して? …………リーナなら、そうするかも。 それにしても、強固な魔法。 わたくしが使用する【鑑定】だけでは、術式の全貌は掴めませんわ」
「【完全鑑定】ならば?」
突然、エスカリーナの容姿に似た男が口を開く。 その声は低く深い。 そちらに、ロマンスティカは睨みつける様に視線を投げ、言葉を紡ぐ。
「わたくしはロマンスティカ。 風の精霊様の『使命』を帯び、この地に参りました人族の魔術師。 貴方は…… どなたなのでしょうか?」
「カイト。 長く魔人と居た、異界の魂とこの世界の魂の器を持つ者。 この姿を見て、誰が私にこの体の元を提供してくれたか、判らぬか」
「エスカリーナ…… に御座いましょうね。 そっくりですもの。 その耳の形まで。 ……ところで、【完全鑑定】と云われましたが、わたくしが使えるのは、【詳細鑑定】までに御座いますわ」
「術式は?」
「一応は。 しかし、リーナ程、その種の魔法には長けておりませんので、未だ紡いだことは有りません」
「ならば、術式を転写するのも良かろう。 手を」
「はっ? それは、どういう事なのですか」
「私は、君が云った、「その種の魔法」を魔人から教授されて居る。 使い方も知っている。 術式はこの世界のモノだと、そうも云っていた。 慣れぬ内は、使い辛い事もな。 しかし、より高位、もしくは、その道に通ずる者から転写されれば、理解は出来なくとも、使える様に成るとも聞いている。 【詳細鑑定】が使えるのならば、十分に素養はあるだろう。 時間も無い。 やるのか、やらないのか。 どちらだ?」
「……宜しくてよ。 転写してくださいまし」
リーナによく似た『その男』。 強引な男だと、そう思うティカ。 男が差し出す手には、何時の間にかに紡がれている【完全鑑定】の魔法陣。 その上に手を載せ、転写を開始する。 掌から流れ込む情報は微細にして優美。 芸術品さながらの精緻な魔法術式であった。
「こ、これは……」
「得手不得手と云ったところだ。 私には、石化を解呪する能力は無い。 まぁ、いずれは手に入れるが、今では無い。 それが出来るのは君だけだと、そうラムソンは云っていた。 どうか?」
「少々、お待ちを」
自身で【完全鑑定】の術式を紡ぎ出し、自身の魔力を載せる。 周囲を見ないように、全神経をエスカリーナに向ける。 彼女が自分自身に施した術式が、【完全鑑定】により、余すところなくロマンスティカの瞳に映る。 その堅固な事に驚きを隠せず、また、精緻な術式に溜息を落とす。
全容は理解した。 クイッと視線を上げ、皆を見回す。
「妖精様方の魔法により、現在は均衡状況を保って居ると申せましょう。 が、余りにも『刻の影響』を受けており、石化を解除すれば彼女の体は幾許も持たないでしょう…… 残念な事に、老化した肉体を戻す術は、わたくしには御座いません。 それでも尚、石化の解除を望まれるのは、その対処方法をご存じなのだと、そう推察いたしますが如何に」
「君の読みは正しい。 そして、その推察も正解だ。 シュトカーナ。 揺り籠を、此処に」
「はい…… どうぞ」
突然、具現化する、何やら仰々しいモノ。 カイトが 揺り籠と、そう表現したモノをロマンスティカはじっくりと見る。 膨大な量の情報が、彼女の脳裏に刻み込まれ、それが限界に達する。
ふらりと、揺れる身体。 そっと、倒れそうになるロマンスティカの身体を支えるカイト。 渋みのある深い声音が、ロマンスティカの頭の上から降ってくる。
「なんの予備知識も無しに見るな。 アレは、この世界の理の外側に位置するモノ。 到底、今の君に理解できるようなモノでは無い。 私の知識と、魔人の力で作り上げ組み上げたモノ。 要するにこの世界には存在しない技術の塊だ。 しかし、保証しよう。 アレは、年を経てしまったエスカリーナの体を元に戻す事が出来る唯一の機器だと。 そして、使用できるのは私しかいない。 また、エスカリーナ以外に使うつもりも無い。 これで、いいか」
【完全鑑定】を以て、垣間見た目の前の『魔道具』。 それは、確かにカイトの云う通り、余りにも自分の知識とはかけ離れたもので、自身の言葉では言い表す事さえ難しいモノ。 二つの異界の知識と技術を縒り合せた塊。 余りにも危うい。
これがこの世界に出回ると、飛びぬけた知識が、世界を狂わす。
存在が知られれば、大国は挙ってこの知識を手に入れようと、この美しくも弱い『原初の森』を手に入れようと、又も暴虐を繰り返す。 それは、過去の歴史から見ても明らか。 しかし、カイトはそれも理解している。 だから、あの言葉が出た。 『 エスカリーナ以外に使うつもりも無い 』と、そう云った。
彼は、この異界の知恵と知識は、この世界には時期尚早だと云っているのだと、そう理解した。 【詳細鑑定】の魔法陣を昇華させつつ、ロマンスティカは小さく頷く。 カイトが支えてくれていると云う、あまりな状況に頬が熱く感じてしまう。
しかし、男の瞳の中には、一片の感情の揺れすら存在しない。 この読めない男は何を思うのか。 私が倒れても、そのまま捨て置く様なモノでは無いのか。 ”何故手を差し伸べたのだ?”と、カイトに瞳で問う。
「君はエスカリーナにとって、義姉に当たるのだろう? 彼女の大切な人だと云うのは、彼女の『常識』の中に刻み込まれている。 問題は無かろう?」
そう嘯くカイトに、彼の行動原理を見た気がした。 彼の瞳の中に映る『人』は、エスカリーナ只一人。 その他の者達は『有象無象の存在』としか認識していない。 例外が有るとすれば、義妹が、大切の思う者達である…… と、瞳の中の光は、そう云っている。
「失礼しました。 無様を晒した事、お詫び申し上げますわ」
「いいんだ。 それでは、石化の解呪を頼めるか」
「全容は把握いたしました。 少々、皆様方には刺激が強く感じられましょうが、解呪術式に乗っ取った方策ですので、決して途中で止めぬ様に」
「判った。 彼女が全幅の信頼を寄せる義姉ロマンスティカ。 頼む」
小さくカイトが頭を下げる。 頷くロマンスティカ。 エスカリーナの行動を予測する事は出来ないが、それでも、あらゆる可能性を鑑み、出来るだけの用意をして、自身の『魔法の鞄』に様々な用具を詰め込んで来たロマンスティカは、迷いも無く一つの器具を取り出す。
――― 『黄金の針』 ―――
細く長い針の根元は、かなり太い。 黄金で出来たその針は、石化を解くには必須の魔法具。 万が一を考えて忍ばせてきたのが正解だったとは…… 準備してきた自分を褒めてやりたい程だった。 取り出す針は合計三本。 石化したエスカリーナの首の付け根と、左の胸の裏側、そして、腰の右側に付きたてる。
石化しているエスカリーナの身体にいとも容易く、『黄金の針』は潜り込む。 石化を解く専用の呪具とは言え、見ているモノには不安を煽る情景に他ならない。 一旦施術を始めれば、もう立ち止まる事は許されない。 部分的に解呪してしまっては、全体の解呪に支障をきたす。
ロマンスティカは呪文を唱えつつ、首筋の針の柄を口に含み、両の手で他の針の柄を握り込んだ。 一気に解呪呪文が発動する。 石化していたエスカリーナの体が、モザイク状に生体に戻り、時を経た着衣は途端にその結合を失いハラハラと周囲に散らばる。
跪拝の姿勢が解けるように姿勢が崩れるエスカリーナ。 皆の見ている前で、ゆっくりと体が傾ぎ、柔らかな下草の上に横たわる。 髪の色は褪せ、しっかりと閉じられた瞼は開かれる事は無い。 見る間に皺が走る身体。 鼓動は確かに始まった。 しかし、それも弱弱しいモノでしかない。 カイトは素早く声を出す。
「シルフィー エスカリーナを揺り籠の中に。 座位…… いや、座らせてくれ。 私は装置を起動する」
「はい」
侍女服を纏ったシルフィーが、大切な大切な宝物の様にエスカリーナを横抱きに抱え、揺り籠の中に座らせる。 彼女の変化はロマンスティカも気が付いていた。 誇り高い森猫の女性が、かくも従順に得体の知れないカイトの命令を素直に受け入れている。
オカシイと心が警鐘を鳴らしているが、きっとシルフィーなりの落としどころが有ったのだろうと、そう看破する。 何より、彼女の頭の上には、両方の耳が揃い、長く優美な尻尾が揺らいでいたから。
フンッ 小さな音を立て、揺り籠の蓋が閉じ、繭の様な姿と成る。 深緑色の液体がその中を満たしてゆき、やがて年老いた姿のエスカリーナは没し、見えなくなった。 その魔道具の繭に繋がれた半透明の板の前でカイトは忙し気に指を動かす。
――― ブンッ ―――
と云う、小さな音と共に、その魔道具は起動した様だった。 濃緑色の液体が透明の管の中を勢いよく流れ始める。 あちこちが光、点滅し、そして、音は少し高くなっていった。 忙し気にしていたカイトの手が止まる。
「これで、魂が器は大丈夫だ。 『再誕』の準備は整った。 置き換えと、再構成。 後は魂がこの器に戻るだけだ。 シュトカーナ。 君の『樹の魔力』は、この機器の稼働を担保する。 魔力をこの宝玉に注いでくれ」
シュトカーナはカイトの言葉に小さく頷く。 指し示された真球の魔石に手を翳し、己が魔力を注ぎ始める。 『揺り籠』は小さく震え、その後、安定した運転を維持し始めた。 驚きに次ぐ驚きにロマンスティカは声も出ない。 しかし、『大公家令嬢』の、そして『貴族』と云われる者の ” 矜持 ” を以て、平静を装う。 それでも、小さく手が震えていたのだが……
『揺り籠』を見詰め、ふと思い浮かぶ疑問を口にするロマンティカ。 その言葉に反応するのはカイト。 魔法や魔導を収める者ならば、当然 行き着く疑問でもあったからだ。
「聖属性魔法の秘術…… こんな『闇の魔力』の濃い場所で、そんな術式を展開すれば、対消滅が……」
「いや、わたしの世界の技術だ。 その証左に聖属性の魔力は感知しないだろ?」
「ええ…… そうですわね。 なんて事なの…… これは、とても…… 危険な技」
「あぁ、この世界には過ぎたるモノだ。 だから、エスカリーナ限定で使う。 精霊様方とやらにも、そう言上申し上げた。 次元の違う高位の方々。 本来、存在する事さえ許されないこの揺り籠を使う事を許して貰えた。 対象がエスカリーナのみだからな。 彼女は精霊様方に愛されている。 何としても、存在を霧散することの無いようにとの思し召しだ」
「ええ、彼女は『精霊の愛し子』なんですもの。 世界の崩壊を救った『聖女』なんですもの。 当然です。 当人は、全くそんなつもりは無かったのですがね」
「そうか…… そんな気がしていた。 ……さて、ロマンスティカ嬢。 次にすべき事は……」
「リーナを迎えに行くのですね。 『狭間の地』へ。 なぜ、こんな無茶をしたのかが、理解できました。 仮死状態に成らねば、彼の地への到達は不可能と…… そう云う事なのですね」
「良く判っている。 そうだ、彼の地にて、エスカリーナの位置が判るのは私だけ。 私は行かねばならぬ。 しかしその方法が判らない。 自分で行く能力も無い。 ならば、その能力を持つ者に頼まねば成らない」
「つまりは、先導して欲しいと。 …………宜しいでしょう。 先導いたしましょう」
「すまない。 多大な献身を求める事になってしまった」
「しかし、それしか方策は無い…… ですね。 理解しております。 大切な義妹ですもの。 わたくしだって、全身全霊を賭けているのですから。 『彼女の未来』の奪還を望んでいるのですから」
「そうか…… 君の『望み』でもあるのか」
「ええ、だから、対価など望みは致しません。 よしんば、対価と成すならば、義妹の無事なる帰還がその対価に成りましょう。 ……一つ、お伺いしたい義が」
「何なりと」
「義妹の魂が帰還した時、直ぐに意識は取り戻せましょうか?」
「無理だな」
「やはり……」
「魂と魂の器の時間が遠くに離れてしまった。 繋がりすらあやふやと成っている。 魔人の言葉を借りるとすれば、『馴染む』までに時間を要する。 それは、一日、二日などと云う短い時間では無い」
「……わたくしが、此方に滞在できる時間には限りが御座います。 また、あの【防御結界】を抜ける事は、わたくしが『人族』である限り難しい事に御座いましょう」
「此度は、ラムソンが居たから……か。 一部権能を分与されているラムソンの『招待者』として【防御結界】を抜けられた、と云う事か。 理解した。 で、こちらに滞在できる時間に限りがあると云うのは?」
ロマンスティカは、胸に下げた護符を指し示す。 既に、半分は黒く滅却したかの様になっている。
「わたくしの内包魔力は『光属性』このように闇の魔力が充満している場所には、長居は出来ないのです。 この場に充満する『闇の魔力』がわたくしの内包魔力たる『光の魔力』と対消滅を起こしてしまうのです。 それを防ぐための準備が、海道の賢女様に頂いた、この護符。 この『護符』が、漆黒に染まり切る前に、『揺籃の聖域』を出なくては成らないでしょう。 さもないと、この地の魔力によって、わたくしの ” 魔力回復器官 ” が、対消滅され、わたくしがわたくしで無くなってしまうのです」
「理解した。 善処しよう」
「しかし、必ずッ! リーナが目覚めましたら、必ずッ!! ご連絡をッ!」
「約束しよう。 風の精霊様にお願いする。 また、経過も報告しよう」
「有難く…… では、始めましょう」
「あぁ。 で、どうするのだ?」
カイトと視線を合わせたロマンスティカは、淡々とこれからする事を、言葉にする。 ニトルベイン大公家の者達が、特に彼の大公家の女性達が心を決めた時に出す、そんな声音を響かせ、彼女は言葉を紡ぐ。
「貴方には、死んで頂きます」
―――― 峻厳で冷徹な、ロマンスティカの真摯な声が、洞の中に響き渡った。
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