その日の空は蒼かった

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最終章 その日の空は蒼かった

空に溢れる、昇華の光。 

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「……では、行きます」



 しっかりと魔人様を真正面から見据えて、そう宣言するの。 心は決まった。 だから、言葉に出して皆に知らしめる。 頷く魔人様。 シュトカーナ様は柔らかく微笑まれる。 妖精族の皆は、それぞれに想いを固くし、表情が引き締まるの。



「まずは、ホールに行くぞエスカリーナ。 現界への道はあのホールより繋がる。 そして、カイトの”揺り籠培養槽”もそこに在る。 この世界の尊き人、貴女の中にそれを格納するのだろ?」

「ええ、我が朋の迷いを取り払う為、わたくしが保持しましょう」

「有難い。 我では、現界に送る方策が無かった。 貴女ならば、それも出来よう。 行くか」



 皆で連れだって、かつて歩いた廊下に通じる扉を開ける。 冷たい石の質感。 これも、きっと魔人様の記憶の産物なんだろうなと、そう思う。 廊下に敷かれている絨毯は深紅。 先に見える大扉も、まるで王城コンクエストムの大広間に繋がる扉の様に重厚で……

 歩みを進める中、私の傍に魔人様が並ばれ、小さく言葉を口にされるの。



「エスカリーナ。 よくぞここまで到達した。 もう、何もかも諦めていた。 しかし、お前は来たのだ。 これほど心嬉しく思う事は無い。 我との契約無しに、ただ、自身の誓った言葉として、此処に来たのだ。 同じ魔導士として、その高みによくぞ届いたと、素直に感嘆する。 さすれば、お前の献身と研鑽と、誓いを護る「矜持」に対し、我は我が宝物を渡したく思う。 同じ魔導士として、同じ志を持つ者として、我の成した思考の結果は、共有するべきだと、そう我が心は囁くのだ」

「魔人様? それは、どういう意味なのでしょうか?」

「対価では無く、贈り物をお前に渡したいと、そう云う事だ。 長い長い時をこの場所で過ごし、思考しか自由で無かった為に、それまで成した事、これから成そうとしていた事、全てを記録に起こして居るのだ。 形式は魔導書として。 そして、一冊では無く膨大な巻数を数えるほど。 中には、カイトから聞き出した、あちらの世界の知識すらある。 とても、興味深ったのだ。 魔力無い世界に於いては、究極とも云えるほど、物事を突き詰めて思考し、そして、目に見えぬモノを見える様にする術を編み出しよった。 それに関する知識と知恵は、我が世界にも、そして、お前の世界にも福音を齎すモノとなるであろう事は、予見できる。 赤子が幼くして死す事無く、孕んだ母親が死ぬ事すら予防出来ような。 命を弄ぶ仕儀はいささか納得できぬ物もあるが、それがあってこそ、『カイトの魂』の器は完成したのも又事実。 興味深い、極めて興味深い、知識も収蔵した。 受け取ってくれ」

「そのような大切な物をわたくしにですか?」

「あぁ、そうだ。 お前なら、きっと役立てよう。 これを……」



 魔人様が手の中から、ちょっと大きめの『箱』を取り出されたの。 十二面体の箱。 一つの面に、扉らしき文様が刻まれているわ。 ニコリと笑う魔人様。 わずかな視線で、私の手をその扉に当てる様、指示されるの。 圧倒的な何かをその箱から感じるのだけれど? いいのかしら? でも、ズイズイとその箱を押し出される魔人様。

 箱に刻まれる『扉』に手を当てる。 軽く魔力を吸われた感じがするわ。 扉のレリーフに私の魔力が行き渡ったのか、小さな『扉』が私の魔力の色を帯びるの。



「親和性が高くて結構な事だ。 これで、意思は疎通した。 魂に刻むもよし、このまま、保存するもよし。 今は時が無かろう。 事を成した後、読んでみると良い」

「はい、『贈り物』確かに、受け取りました。 本当に有難うございます」

「稀有の才能を持つお前に、それを渡せたことが、我の誇りと成ろう。 善きかな」



『十二面体の箱』は、するりと私の中に潜り込んだの。 アッと云う間だったわ。 そして、それは、確かに私に繋がったの。 何時でも、その箱の中のモノを取り出せるのだと云う、確信が心に浮き上がるのよ。 なんてモノを渡して下さったの。 ほんとに、もう……

 廊下の先の重厚な『扉』の前に皆で立つ。 魔人様がゆっくりと、その『扉』を開けられる。 前に見たままの、大きなホールが私達の目の前に出現する。 ホールの中央に、ガラスで出来たコクーンが在ったの。 濃緑色の液体が満たされ、中は伺い知れない。 コクーンの上下には、何らかの装置が取り付けられ、幾本も管が繋いでいるの。 中身が見える管なんて、見た事なかったわ。 濃緑色の液体が流れているのが見えていたの。



「尊き人。 これだ」

「承りました」



 シュトカーナ様が口の中で呪文を紡がれる。 掌から、薄い膜が紡ぎ出され、「コクーン」を覆い尽くされる。 全体が覆われた後、スルスルとシュトカーナ様の掌へ戻って行ったのよ。 アレ…… なんだろう? どういった術式なんだろう? 興味深くそちらを見ていると、今は気にするなと云う様に、シュトカーナ様がニコリを微笑まれた。 そ、そうよね。 私達には遣るべきことが有るのだものね!



「では、バルコニーに。 現界への道を開く。 エスカリーナ。 少々聞くが、『召喚魔法陣』の状況を理解しているのか? アレは危険ぞ? 特に魔導術式が運用する、『魂の捕縛術式』は。 今も『召喚魔法陣』が稼働できているのは、アレがせいぞ? 魂を取り込み、それを己が糧として『魔力』と成し、今も稼働しておるのだ。 お前は、剥き出しの魂ぞ。 『魂の捕縛術式』にとっては、またとない獲物。 容易く捕らえられ、術式の『糧』とされるぞ? どうする?」

「こうします」



 口の中で紡ぐのは、【符呪解呪デスペールカース】。 重合形式で、私を包み込む形で織り上げるの。 これで、あの『魂の捕縛術式』は私にとってなんの脅威にもなりはしない。 かつて…… ブルシャトの森で実証済みなんだもの。 底なしの沼の様に、あの『魂の捕縛術式』を飲み込み分解昇華出来る優れものなのよ。 あれから、色々と覚えた術式で、様々な改変を重ねて、決定版みたいなモノを作り上げる事が出来たの。 だから、私は心配していない。



「ほう…… また、特異な魔導術式だな…… しかし、たとえ、『召喚魔法陣』が分解昇華されたとしても、後はどうなる? ……そうだ、穢れた大地をどうするか? 染み付いた穢れはそのままにすると、大地が病み、生きとし生ける者が棲めなくなるぞ? 判っているのか、『召喚魔法陣』を解体しても、その傷跡は残るのだぞ? これを云うのは、なんだ…… 故郷に戻る我にしても、あちらでも、同様の穢れが有るモノと推察できるのだ…… なにか、方策は有るのか? 小さき魔導士よ」

「御座います。 これを…… お受け取り下さい。 きっと、お役に立ちます。 ええ、そう確信しております」



 手に紡ぎ出したのは、おばば様が考案され、私が改造し、闇の精霊様の眷属お母様が、重合化した多重起動式を持つ、【清浄浄化メンダリクピュアリオン】。 これは、きっと、あちらの世界でも有効にその効力を発揮するはず。 勿論、様々で細々とした変更は必要だけど、それは、きっと成されるわ。

 だって、魔人様も稀代の魔導士なんですもの。 あれほどわかりやすい法理の解説を記した帳面ノートを編纂された人なんだもの。 こちらと、あちらの法理の違いなんて、直ぐに修正して理解して、運用されてしまわれるに違いないんだもの。 だから、コレをお渡しする。

 彼方でも、この世界の魔力によって『汚染』された大地が在るはずなんですもの。 そして、それを憂う高位の存在もまた居られる筈なんだもの。 きっと、コレは双方の世界に於いてとても大切な術式に成るわ。 ええ、私はそう確信しているの。



「面妖な魔法陣だが…… なんだコレは…… ん…… 浄化術式か…… そうか、異世界の魔力を素子にまで分解し、この世界に在り得ぬ部分を光と成すか…… ほう、面白い。 成程、そうか。 分かった。 有難く、受け取る事にする、小さき魔導士よ。 『汚染除去・・・・』に大いに役立てよう。 それを、この世界のモノからの『謝罪』として、あちらに広めよう。 どうか」

「有難く。 『謝罪』 と、云うよりも、『贖罪』ですわね。 これしか出来ぬ我が身の矮小さに、少々恥じ入る次第に御座いますが……」

「小さき魔導士、エスカリーナよ。 お前でなくては、コレは編めなかっただろう。 お前の先人が起草し、お前がその可能性を大きくした。 ならば、これは、お前達の世界のモノたちの真心とも云える物だ。 そうであろう?」

「はい…… 左様に御座いますね。 ええ、その通りに御座います」

「善きかな」



 見つめ合う目と目。 たとえ、次元の違う世界の住人だとしても、『同じ志』を持った同胞。 痛い程、それは判ります。 分かりあえます。 あちらの世界にお掛けした、大変な『御迷惑』を、この世界の住人して、当事者たる『人族』の末裔として、陳謝いたします。 どうか、御寛恕ごかんじょの程を。 



「さて、瞼を開けるか。 その身に纏いし魔導術式は、奇怪な魔導術式だが、有効そうだ」



 皆でバルコニーに向かい、大きなガラスの扉を通り抜け、鮮烈な空気を胸一杯に吸い込むの。 夜空が目の前に在るわ。 かつて見た通りの夜空・・。 そうか、アレ…… 魔人様の瞼の裏側なんだ。 そう、視界に収めた雄大な風景に感嘆の溜息を落としていると、天空の闇に『横一線の眩く明るく光る』閃光が走る。



 徐々に上下に開くと、その向こう側の景色が私達の瞳に映る。 壮大で、禍々しい光景が。

 現界への道が開く。 精霊様より与えられし、神聖なる『 使命 』

 ” 世界の崩壊からこの世界を護る ” と云う、『使命・・』への道標……

 いいえ、分解昇華するべき『目標「大召喚魔法陣」』が、視界に収まる。



 半壊した複雑な術式。 天空に傾ぎ、周辺に『魂の捕縛術式』の黒鎖を這わせる、禍々しい『大召喚魔法陣』の成れの果てが……

    ついに……



      ―――― ついに、姿を現したの。





 ―――― § ―――― § ――――  






 魔人様の危惧は、正しかったわ。




 シュトカーナ様達に、【符呪解呪デスペールカース】を付与した後、魔人様に見送られ、横に裂けた夜空の向こう側に飛び込んだ。 想像を絶するほどの濃度の異界の魔力。 さらに、半壊し墜落している『大召喚魔法陣』から、無数に伸びる『魂の捕縛術式』の鎖が、一気に私達に意識を向けたのが理解できたの。

 背後には、薄目を開けて、次元の裂け目に捕らえられている巨大な魔物の姿。 そうか、あれが、現界に顕現した魔人様の御姿なのか…… 禍々しい、その御姿。 でも、不思議と攻撃的な感じは受けないのよ。 きっと、それは、私があの方を良く知っているから。 知的で静かなあの方を。

 だから、背後は一切気にせず、壊れた『大召喚魔法陣』に向かうの。 一気にね。 彼等捕縛術式にとっては特異であり、またとない剥き出しの『魂』が、飛び込んできたのよ。 そりゃ、一斉に意識を向けるわよね。 そして、『熱意』の無い『貪食』とも云える、強烈な意思をこちらに向ける。 

 既に、一部の黒い鎖は、真っ直ぐにこちらに向かって、空気を切り裂きながら奔ってきているの。 真正面から、その姿を捕らえた私は、一抹の不安を覚えるの。 だって、この黒い鎖が、ブルシャトの森で堕ちていた、『大召喚魔法陣』の欠片から生えていたモノと同一のモノとは、断定できなかったのだもの。



         ―――― ガシャンッ!



 大きな音を響かせ、私の周囲に展開している重防御魔法陣と、その上に展開している、【符呪解呪デスペールカース】に突き当たる前に、鞭の様にしなったの。 まるで叩きつけるかのように、黒い鎖は大きく弧を描いて私達に襲い掛かる。

 ぶつかるッ! 思わず目を閉じ、衝撃が来るのを身構えたの。 





 無いの……

    何もない……




 薄っすらと瞼を開くと、音も無く、【符呪解呪デスペールカース】の術式に引きずり込まれ、『分解昇華』されて行く『魂の捕縛術式』の黒い鎖が見えた。



「十分な強度と効果ですわよ、エスカリーナ。 貴女と、貴女を大切に思う方々の研鑽と献身が、アノ禍々しいモノを無力化させたようですね。 ……征きましょう。 現界に仇成す、不埒で半壊した魔法陣を、分解昇華させるのです」

「はい、そうですわね、シュトカーナ様。 皆様も、宜しくて?」

「「「 応。」」」



 従ってくれている妖精族の方々は、現界に顕現した時に、私の見知っている大きさに戻られて居られるの。 シュトカーナ様の左右の肩と腕にその身を預け、目を怒らし壊れた『大召喚魔法陣』を凝視しているわ。

 対象の魔法陣は巨大で、複雑。 

 どこから手を付けていいのか、普通なら困惑に身を焦がす筈。 でもね…… でもね…… 私には、色々な方々の、長年に渡る研究と研鑽の結果があるの。 おばば様から預かった魔法陣。 現界の魔法術式の法理。 異界の魔導術式の法理。 ナゴシ村の長老様の御許可を得て、この強大な『大召喚魔法陣』を編んだ魔術師の魔導書…… 

 そして、私の目に付与した異界の魔力を読める力。 禍々しい色が渦巻く、壊れた『大召喚魔法陣』の姿は、魔術師でなければきっと、怪しく光る光輪としか認知できない。 でも、私は違う。 その一筋の光でさえも、魔力で綴られた術式に他ならないんだもの。 まるで、川の流れの様に、それも急峻な山の中の川の流れの様に魔法の術式が流れているの。

 読み解けば、『魂の捕縛術式』を紡ぎ出すモノ。 その根源たるも、感知出来た。 でも、問題はそこじゃない。 この『大召喚魔法陣』の根源たるは、次元に裂け目を魔力を持って紡ぎ出し、もって異界の『生物』を掴み取る事。 あの『魂の捕縛術式』の本来の目的がそこに在るのよ。 

 でもね、おばば様の用いられた、極大攻撃魔法【光隕乱豪ブライトメテオ】が、ゲルン=マンティカ連合王国の魔術師の思惑を捻じ曲げたの。 そう、魔人様を掴み、現界に拉致しようと次元の狭間を越え始めた時、術式の制御を司る部分や、次元の裂け目を作り出していた部分を打ち壊したの。

 残念な事に、十分では無かった。 そして、そこには既にこの世界に召喚されつつある、魔人様も顕現され掛けていた。 もう少し早いか、遅いか…… そうすれば、如何様にも対処出来た筈なんだけどなぁ……

 そして、制御を失った『大召喚魔法陣』は、特定されるべき異界の座標すら、ずらす事になってしまった。 不幸な事に、この世界に近い所に、別の異世界が存在していた事。 創造神様が御許し成っていた、カイトの世界との異界渡りが、原因なんだと思うの。



 多分…… そう云う事なんだろうな。



 古くからある、この世界の召喚魔法陣は、きっと、ごく限られた世界との次元の扉を開く物。 様々な制限が課せられていた筈なんだけど、その秘密を『人族』が解き明かし、自分たちの都合の良いように『書き換えた』のが…… たぶん、事の発端。

 ゲルン=マンティカ連合王国の魔術師が残した魔導書の『最後の一節』を思い出すの。



 ” これで帰れる…… 転生した私にとって、この世界は地獄も同じ。 これで…… これで、帰還できるのだッ! 懐かしき故郷へ!! 送還術式に乗って…… 切望する故郷の空の元に…… ”



 人族の都合で、改変された『召喚魔法陣』にて異界から召喚されたのでしょうね。 きっと、それは、魔人様の故郷の世界なんだと思うの。 そして、彼の姿はこの世界の人にとてもよく似ていた。 『召喚魔法陣』を通り抜けるときに付与された、仮初の『魂の器』か、【身体変容モーフィング】の結果なのかは、判らない。

 判らない事が多すぎるのよ。 でもね、これだけは理解できるの。 あのゲルン=マンティカ連合王国の魔術師の『魂』は、異界の魔人様と同郷の人。 異界からの『召喚術式』を改変して、この世界に近似した世界を覗き見る事は可能だから、きっと、あちらの国ゲルン=マンティカ連合王国いにしえの魔術師達が、より強力な方を『召喚』しようとされたんだと思うのよ。

 無理やり拉致され連れてこられた『魂』は、望郷の念に捕らわれるの。 多分…… 多分ね、『召喚魔法陣』の解析が中途半端で、利己的なモノだったと判断できる証左が、彼の記述した魔導書。 彼は『送還術式』も編み込んだとそう記述しているけれど、そんなものは、今の『大召喚魔法陣』には存在していないわ。

 本来なら備わるはずの、『召喚』についする『送還』魔法術式は紡がれて居なかった。 おばば様の極大攻撃魔法がそれを打ち壊したのか、それとも、不完全な術式が長い年月に耐えられず、分解してしまったのかは、今では知る由も無い。 そして、彼が無事帰還できたのかどうかも、私が知る事は無いわ。


 事態の本筋が見えた気がしたの。


 あの戦乱に於いて、ゲルン=マンティカ連合王国が、何にも増して必要だったのが、『強力な力』。 異界から上位の魔物を『召喚』し、此方で使役する、その為の『召喚魔法陣』 召喚した『魔獣か魔物』を制御下に置く為に、『魂の捕縛術式』で縛り、命令を与えられるようにする…… 




 成程…… 成程ね……




 これで、全ての事象が繋がった気がするの。 この仮説ならば、全ての事情が繋がるわ。






 ゲルン=マンティカ連合王国の魔術師が少し未熟だった為に、目標の座標設定が曖昧になってしまった事。

 次元の近傍に別の異世界があった事、そして、おばば様の極大魔法が『大召喚魔法陣』を破壊し、三つの世界を繋げてしまった事、次元の裂け目に魔人様が囚われてしまった事。

 制御を失った『大召喚魔法陣』が手当たり次第に周辺の『生ける魂』を捕縛してしまった事。

 刻によって、風化する『大召喚魔法陣』は、魔法陣自体に織り込まれた【自己修復オートリペア】が常に修復をしていた為、『魔力』を欲していた事。

 魔法陣の維持に必要な魔力が急減する緊急時の対策として、捉えた魂を魔力に変換する魔法術式も又、あの魔法陣自体に織り込まれていた事。

 これらの事が複合的に絡み合い、状況が固定化され、異界の生物は行き来は出来ないけれど、『異界の魔力』が、この世界に漏れ出していた事。

 この世界にとっても、魔人様の世界にとっても、不測の事態だったのがカイトの世界に『魔力』が存在していなかった為、変化を促す要因たる『意思の力』が、混ぜ込まれてしまった……




 ―――  因って、この世界にも、魔人様の世界にも、異質な魔力が流れ出し、汚染し、大地を穢し、大気を汚し…… 世界の崩壊に続く道が出来上がってしまった。





「大召喚魔法陣」の根幹たる部分に近寄りつつ、私はそんな事を考えていたの。 私の周囲には、『分解昇華』される、黒い鎖の群れ。 重結界の中の私には、さざなみがたてる潮騒の様な音しか耳に届かない。 静謐とも云えるそんな中で、私は考え続けていたの。




       何もかも……




 そう、何もかも、人族の欲望・・・・・が『原因・・』となった事象…… 困惑したわ。 ええ、とても…… とても、困惑した。 でもね、この世界の崩壊は押し止めなくては成らない。 勿論、魔人様の世界も。 なにより、『カイト様の世界』とも、切り離さないといけない。

 これ以上、異界からの渡り人・・・は……





      ―――― 必要ない。






 くッと視線を上げ、目の前に傾ぎつつも”展開”している、「大召喚魔法陣」を見詰める。 その重要な部分を。 召喚魔法陣を維持し効果を発揮している部分。 魂の捕縛術式を展開している部分。 なにより、次元の裂け目を作り出している部分。 根幹たる魔法術式は三つ。 これを分解昇華させられたなら……

 眼に映るのは、その三つの魔法術式に、幾重にも、幾重にも、折り畳まれた重合している『修復術式』。それらの部分が、重要術式が破壊されると自動的に修復を始める。 今まで、この「大召喚魔法陣」の崩壊を押し止めていたのは、そんな術式群。

 それらが維持される為に『使われている魔力・・・・・・・・」は、かつて大森林ジュノーに在った獣人達の王国ジュバリアンが王族たちの『魂』。 解放せねば…… 彼等は、この世界になくては成らぬ人達であり、この世界に生ける者達なんだもの。

 これは、一気に決めねば成らないわね。 一か所を攻撃し破壊しても、次を攻撃している間に修復術式が復活させてしまう。 それは、あの複雑な術式群を見ればわかるわ。 だから、一気に片を付けなくては成らない。

 近接戦闘なんて望めない。 詰まるところ、魔法戦しかなくなる。 使うのは投射型の攻撃魔法しか方策は無いわ。 使用する術式は、私が持ちうる最大の投射攻撃魔法。 得意ではないけれど…… 攻撃魔法なんて、本当に手数が少ないけど…… 今、やらなければ、二度とこの場所には来れないかもしれないもの。




  やるわ…… やってやる。




 大きく手を振り上げ、紡ぐ魔法陣は【火炎投槍ファイヤージャベリン】を三つ。 その前方に符呪式【魔力変換】【高密度化】【限界分離】【着発信管】を展開。 持てる魔力を注ぎ込み、十分な強度を保証する。

 私の呼吸する音も、そして、投射されるメラメラと炎を上げている槍の燃焼音も…… 何もかも、聞こえなかった。



 口の中で、そっと投射呪文を唱えるの。 精霊様へ、此処まで来れた事に感謝の祈りを捧げつつ…… ね。



 真っ直ぐに投げられた【火炎投槍ファイヤージャベリン】は、空間固定されている符呪式の真ん中を突き抜け、真白に発光し、凝縮される…… 符呪式が崩壊して、その向こう側に出てきたのは、半分くらいの大きさになった、紅い槍…… ぐんぐんと速度を上げて……



 目標に向かって飛翔し……

 突き当たった。 

 まさに、私が狙った場所に!

 そして始まる、大爆発の序曲……



【限界分離】が崩れ、紅い槍の両端に込められた、限度一杯まで濃縮された『 異界の魔力 』が、槍の中央で衝突。 【着発信管】で、最初の小規模魔力爆発が励起される。 濃縮限界を超えた『異界の魔力』は、その小爆発に連鎖するように、誘爆する魔力爆発が開始…… 限度以上に濃縮された魔力は…………


 突き刺さった、場所から、一気に巨大な魔力暴走の爆光が弾ける様に広がるの……


 そう、人為的に作り出す、魔力暴走…… 爆炎暴走術式の応用…… 魔力密度の濃い場所ならば、空間魔力さえもその燃料として、燃焼を引き起こす。 それが、たとえ異界の魔力であったとしても、変りはない。 その上、この場所には、異常なほど濃密な『異界の魔力』が充満しているのよ。

 一旦始まれば、魔力が燃焼し尽くすまで、その爆発は止まらない。 爆光が視界を白く染め上げた。 なにも見えない。 何も感知できない。 唯々、真っ白な光の中に私達は取り込まれたの。

 眼を凝らして…… 『大召喚魔法陣』の有った場所を見詰める。 だんだんと、光に眩んだ眼が、慣れて行き…… そして、その場に有った筈の『大召喚魔法陣』の全てが…… 



 分解して……

 昇華されたのを……

 確認できたの……



 そして、そこに有ったのは……

 幾つもの、幾つもの、色とりどりの 『 魂 』達……

 ガラスの様に溶けた大地に……



 その魂達は……



 浮かんでいたの…………






 耳が痛くなるほどの静寂。 そして、先程まであった筈のモノが全くなくなった。 大地は白煙を上げ、灼熱化していたわ。 次元の裂け目に捕らえられていた、異界の魔人様が、ゆっくりと…… 本当に、ゆっくりと、次元の裂け目に沈んで行かれた。

 凶悪な相貌に、多分、私だけが判る、晴れやかな笑みを浮かべられ、開け広げられた両のまなこに感謝の念を載せられて、私を見詰めておられたの。 ゆっくりと、ゆっくりと沈む魔人様の御姿。 胸が、肩が、頭が、次元の裂け目に沈んで行かれ、最後に片方の手だけが、覗いていたわ。

 手に紡がれるのは、【修復】の『魔導式』。 次元の裂け目が、裂けた両端から徐々に閉じるの。 まるで、縫い合わされるように。 静かに…… 閉じられていったわ。 裂け目は小さくなり…… 最後には、魔人様の二の腕だけが通る位の穴と成り……

 ゆっくりとその穴に沈みつつ…… 魔人様は魔導式を昇華されたの。 わずかに見えた、最後の時。 しっかりと握り拳を突き上げられたわ。 親指がピンと伸び…… 



 ” 最後の仕上げだ ” とでも云う様に、小さく、小さく振られたの。



 そして、次元の裂け目は完全に閉じられた。







 有難うございます……





    本当に……


           本当に……





 有難うございました。










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