その日の空は蒼かった

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最終章 その日の空は蒼かった

ノスタルジア 故郷への想いとその行方: 故郷に戻る者、故郷を振り払う者

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 薄暗さに目が慣れつつあったわ。 柔らかい魔法灯の光が、温かみを醸し出しているの。 それは、まるで、長い間帰って居なかった自分の家に戻った時のような、包まれるような『愛情』に満ちた空間。



帰って来た・・・・・』わ、ここ・・に……



 驚いた表情の異界の魔人様は、ゆったりと一人掛けのソファーに座り、突如出現した私達を見詰めておられたわ。 突然なのは、何時もの通り。 なんの前触れもなく、いつも突然にこちらにお邪魔する私。 最初は、予期せぬ訪問。 最後は狙って辿り着いた結果。

 だけど、いつもと違うのは、私ひとりじゃなかったって事。 異界の魔人様が驚かれたのも、多分、その辺りが原因ね。 だって、前回来た時は、そんなに驚かれなかったもの。 驚きに満ちた視線を私に投げかけつつ、魔人様は口をお開きになるの。



「エスカリーナ。 また、突然の訪問だな。 ん? お前、少々、前とは感じが違うが? なにやら、内包魔力が高ぶっている様な…… しかし、それはまた後にしよう。 そちらの御仁は、何者なのか? エスカリーナの『えにし』を使って、此処に来られたようだが?」

「はい、魔人様。 わたくしと、同道してまいりましたるは、樹人族、パエシア一族が姫君、シュトカーナ=パエシア様。 さらに、その眷属であらせられる、レプラカーン妖精族の王、ブラウニー、女王、レディッシュ、騎士ホワテル、グリーニー、エイロー。 訪問に際し、同行者をお連れ致しました事、陳謝いたします」

「いや、いい…… エスカリーナがこの場所幽界に、友人たちと来たと云う事は…… ついに、辿り着いたか?」

「はい、もう少しの所まで」

「そうか…… 我との約束を、果たそうとしてくれていると。 有難い。 しかし、まずは、座ってくれ。 お前達が立っていると、なにかと話しづらいのでな」

「有難うございます」



 ローテーブル越しに、魔人様の前にあるソファーに腰を下ろす、私とシュトカーナ様。 妖精族の方々は、皆ソファーの後ろに控えて立っておられるの。 眷属…… と云う事で、多分立ち位置は、私達人族の『従者』と一緒かもしれないわ。

 魔人様は、手を一振りすると、忽然と私達の前に茶器が現れる。 芳醇な香りた立ち込め、とても美味しそうなお茶が振舞われるの。 此処は、幽界。 意思の力で物質は顕現する。 また、それは、形在っても実在するモノとは言えないモノ。

 魔人様も礼儀としての設えを、整えて下さったのかもしれない。 ゆっくりと頭を下げ、感謝の意を示してから、茶器に手を伸ばし口にする。 この場は、魔人様の魂の御座所。 だから、彼の本質が形に現れるの。 振舞われたモノは、彼の心。 その心を私は有難く頂くの。

 この場所は…… 魔人様の御座所幽界の御屋敷と云うべき『この場所・・・・』は、魂が行き場を失う、狭間の地。 『現界』と『遠き時の接する処』の間にある、不安定な場所。 シュトカーナ様は、遠き祖先の膨大な記憶から掬い上げられた、そんな事柄を理解されている筈よ。

 シュトカーナ様も準精霊様と云うべき、長き命の時間を誇る『樹人族』の姫君。 この場の事も、多分、良く理解されているのよ。 樹人族の方々に受け継がれる、遠き祖先の記憶や記録を受け継いでおられるのだもの。

 だから、この場に自分が『存在』する事を規定する為に、魔人様から振舞われる『お茶』を口にしたのね。

 そうする事によって、魔人様との繋がりを持ち、揺らぐ存在感を、きちんと保持できるようにした…… 理屈ではそうなのだけど、それを優雅になさる姿は、さすがシュトカーナ様と云えるわね。 焦る気持ちもあるけれど、どのくらいの時間この場に居られるか判らないけれど、すこし、ホッとしたわ。



「魔人様、単刀直入にお聞きします」

「ん」

「あの『障壁結界』を越える術は御座いますか? 見たところ、相当に複雑な魔術式で構成されており、穴を開けたり、解除しようとしたりすると、すべからく攻撃を受けたと感知し、反撃されるように見受けられます。 アレを突破する為に、なにか『鍵』の様なモノは、御座いますか?」



 前置きや、時候の挨拶、その他諸々の会話は すっ飛ばして・・・・・・、お聞きしたい事を率直にお聞きするの。 ただでさえ不安定なこの幽界。 魂だけの状態で、普通・・ならば、長時間滞在できるわけもなく…… 時間が惜しいの。



「…………アレか。 率直に云うと、無理・・だ」

「……やはり、そうなのですね」

「エスカリーナ、アレを設置したのは、我を召喚した『召喚魔法陣』から吹き出す『この世界のモノ』では無い魔力を留める為であった。 かつて、アレを設置する前に、何人かのこの世界・・・・の魔導士が、この世界の我の元に来て、『召喚魔法陣』を如何にかしようとした事が有るのだが…… 結局は、漏れ出す『特異な魔力・・・・・』に抗う事も出来なんだのだ……」

「…………そうだったのですね」



 遠い目をされた魔人様。 そうね、前にそんな事を仰っていたわ。 力を求め、魔法を極めんとした者達が居たんだって…… そして、対価が『大召喚魔法陣』の分解昇華…… 結局、為されなかったって事。 先人の努力も、その甲斐なく霧散した…… 残念で仕方ないわ。


 ――― でも、誰なんだろう?


 魔人様は敢えて、お名前や背景を仰らない。 ただ、私が思い当たるのは、『大召喚魔法陣』を紡いだ魔術師が属していた国の別の魔術師だろうなと云う事。 自分達が紡いだ『大召喚魔法陣』が大森林ジュノーを破壊し尽くし、そして、近隣の都市も人の住めぬ廃墟と化したのよ。

 廃棄するしかなかった、鉱山都市ザードがそう。 あの街は、彼の国・・・にとっても重要な街だったんだもの。 そして、それを欲したのが、かつてのファンダリアの北方領域の貴族達。 人の欲望が幾つも絡んだ結果、全てが失われたの。 

 きっと、それは、彼の国・・・…… ゲルン=マンティカ連合王国でも、相当に『深い後悔』の元凶とも云うべき物となった筈。 それを解消しようとしたのは…… あちらの心ある高位魔術師の方々なんだろうな。 でも、それも、彼らが『異界の魔力』の汚染に耐えきれず、『遠き時の接する処』に旅立ってしまい、崇高なる思いも、霧散してしまった。 はぁ…… やるせない気持ちで一杯よ。



「……その上、長い時を ……膨大な時間を、『異界の魔力特異な魔力』に晒され続けて、アレ・・も変質したようだ。 今では、私ですらその変容具合が読み取れぬのだ。 設置当初に、『我の世界の魔力』だけでは無い『特異な魔力・・・・・』を、拡散させぬよう押し止める為に、我も様々な魔導式を組み込み、更には自己修復、自己進化の魔導式も付与したからな…… この世界にとって、あの『異界の魔力・・・・・』が、我の世界の魔力だけならば、あれほどの魔導式は必要なかった。 『変容』も、しなかっただろうしな。 だが、重複重合して繋がっている『違う世界・・・・のモノ』が混入している為、大変容メタモーフィスが起こったのだ……」



 長い時を経て? どういう事? 獅子王陛下の御代からまだ、三代しか経っていないのだけど? えっ? でも? それは…… 私が生まれなおしたのと同じく…… この世界自体が、『刻』を繰り返したと…… それも、何度も何度も? 魔人様の御話の御様子では、そんな感じがしたの…… 『刻が折り畳まれている……』 聞いた覚えがある言葉が脳裏に浮かび上がる……


 ――― ダメッ! 今はッ!


 今は『思考』を、その事に持って行ってはいけない。 今は、為すべきを成す為の方策を、手に入れる時なのよ。 魔人様にしても、あの『障壁結界』を潜り抜ける方法は持ってらっしゃらないと云う事。 それだけは、確定した事実なようね…… ならば、別の方法を模索すべき時なのよ。 それについては、腹案もある。 だから、今はダメよッ! 



「……やはり、そうなのですね、アレの突破は難しいのですね」

「今の我には、潜り抜ける為の『鍵』が有るのかどうかも定かではない。 内側の『異界の魔力』が消滅し、時を経たら自然と分解する事だけは、確かなのだがな。 しかしな、その為に、我が世界の魔導術式の『禁忌法術式』までも、組み込んだのだ。」

「と、申されますと?」

「それがアレの根幹部分でもある。 留め置くべき『異界の魔力特異な魔力』が、存在しなければアレ・・は、自壊するよう、法術式を組み上げてあるのだ。 それは、絶対に変質出来ぬよう、硬く硬く護られるよう術式を固定してある。 アレを、この世界に留め続ける事は、この世界にとって害悪にしかならぬ。 よって、我は留め置くべき対象が消滅した際には、その形が残らぬ様に自壊の魔導式を根幹に織り込んだ。 でなくては、我が世界の禁忌の魔導術式を残せるものか…… そんな『モノ』を、この世界に置き去りする事は、我の矜持が許さないからな」

「魔人様の世界の『禁忌の魔法』…… それは、なんとも凄まじい…… しかし、何故、そんな事になっているのでしょうか? 元はと云えば、魔人様の世界の何者かを召喚する為の術式。 それが、何故、そのように複雑な事情を抱えてしまったのでしょうか?」

「『異界の魔力』が『特異な魔力』である事は、理解しているな、エスカリーナ。 原因は…… 『説明』した事があったな。 あの「召喚魔法陣」が未熟な魔術式であったかと云う事を。 この世界の魔術師が構築した「召喚魔法陣」は、目標に対する初期設定が甘かったのだと。 ……さらには、召喚途中で『召喚魔法陣』自体が外的要因により半壊したために、目標座標が大きく揺らいだと。 それが、あの「召喚魔法陣」から漏れ出す『異界の魔力』の真の姿でもあるのだ」

「その『特異な魔力』を押し止める為に、ひたすら強固にアレ・・を構築されているのですね…… アリの一穴すら、認められぬ様に…… でも、魔人様はまだ、ご自身の世界に半身を置いているとも、仰っておいででしたわ。 魔人様の世界とこの世界はまだ、あの『大召喚魔法陣』を通じ繋がっていると云えるのではないのでしょうか? そこに、他の世界が繋がっていると?」

「重複して繋がっているのだよ、エスカリーナ。 我の世界の魔力であれば、この世界のモノたちへ、あれほどの大変容メタモーフィスを起こすような干渉力は無かった筈なのだ。 ゆえに、観測をし続け、なにが原因かを推定していたのだ。 漏れ出す魔力の大半は、我が故郷の魔力では有るのだが、その中に別の何かが混ざり込んでいるのは、判った。 そう、魔力とは違う何かを。 あの召喚魔法陣に強制的に召喚された何か・・は、カイトの世界からだ。 ……どういえばいいのか、確たる物質では無く、もっと、こう…… そのなんだ…… あ奴の世界には、魔力と云う物が存在せんらしい。 よって、『魔力・・』に代わる ” モノ・・ ” なのだが…… それを規定しうる言葉が見つからぬ……」




 手をモヤモヤと動かす魔人様。 もどかし気な表情を浮かべられている。 言葉を探し探し、私達に語られる事…… 私も少し考えてみる。

 魔法…… 魔術…… 魔導…… 大気の中に存在する魔素…… 人や獣、魔獣の中にある魔力回復回路に取り込まれ、魔力を生成するもの…… 魔力回復回路…… 人の人格や性格、為人に強く影響を与える器官…… もし、大気に魔素が存在しないならば、魔力は生成されないし、魔力回復回路も存在の必要性が無くなる。

 魔力回復回路が無いと云う事は、つまり、カイト様が居た元の世界の生き物には、『人格』が無いって事? ……いえ、それは違うわ。 少なくともカイト様には、ちゃんと人格があった。 感情もあったわ。

 混入しているのは『姿なき何か』…… カイト様の世界の大気の中にある「物質」? まって……、魔人様は物質や素子ではないと、そう仰ったわ。 でも、『大召喚魔法陣』が呼ぶモノは、別の世界の『生命命有る者』よね。 座標が違っても、それに変わりはない筈。 

 対象の世界に魔獣や魔人様が居なければ? いいえ、魔素や魔力自体が無い世界ならば、一体何を『召喚』したって云うの? 気まずい沈黙が私達の間に落ちた。 思考が渦巻くこの場に、一石が投じられる。 波紋の様に、その言葉が広がる。





「意思…… でしょうか?」




 隣に座って、私達の会話を真剣に聞いていたシュトカーナ様が、そっと、呟く様にそう言葉を紡ぐ。 その声に真っ先に反応したのは魔人様。 大きく目を見開き、大きく頷かれる。 我が意を得たりと云う様に、魔人様が指を鳴らす。




「そう、それだッ! 異界の魂に付随する『意思』の思念体。 疑似的…… 模倣的…… 『生物』 そうか、そう云う事かッ!! 理解できたぞ!」




 矢継ぎ早にそう口にされると、私が理解できな事柄を、全てわかったと云う様な御顔で、頷いて居られるの。 なんなのよ…… どういう事なのよ……



「『魔力』無き世界に於いて、刻を進め滅びに抗う力に必要なのは、強烈な「意思の力」。 何かを生成し、何か分析し、何かを創造する。 物質だけでは無い、思想にしても、真理の追究にしても、推進する力は必要だ。 しかし、創造する”モノ”を、安易に具現化でき、試行錯誤が可能な『魔力』の無い世界に於いては、己が魂が紡ぎ出す「意思の力」がそれを担保する。 感情しか、想いしか、『社会の推進原理』と成り得ぬ世界。 精神体とも云える思念は…… それ・・は、物質では無いが、彼の世界では、『生き物全て・・・・・』に備わるモノであり、空間を満たし『現実に干渉』し得る程に濃密に…… ならば、あの召喚魔法陣が「生き物」として、認識してもおかしくは無い。 そして、その『意思』には、善意もあれば、悪意もある。 この凄まじき状況を鑑みるに、カイトの世界には悪意が善意を上回り、利己的な「意思の力邪悪な思念体」が充満していると、そう想定できるなッ!! なるほどな!! そうか、そうであったか!!」



 まるで、口に出す事によって、魔人様は自身の考えを纏められたかの様。 そして、その言葉を聞く私にも、魔人様の考察を少しは『理解・・』できたのは、良かったと云うべきなのかしら?

 『異界の魔力』が汚染原因になる理由…… それが、カイト様の世界に充満している、「意思の力」…… 私達や、魔人様の世界にある、『魔力』の代わりに成って居たモノ…… 生き物の持つ『強烈な想い』が、あたかも思念体の様になり、周囲に干渉している世界なんて、ちょっと想像できないわ。

 でも…… でもね……

 魔人様の仰ったとおり、カイト様の居た世界は、利己的で驕慢な「意思」が充満して、善意よりも悪意の方が圧倒的に大きいと云うのは、なんとなく理解できた。 あれほどの悲しみに満ちたカイト様。 きっと、彼の魂が悪意の思念体に晒され続けておられたのよ…… でなきゃ…… あんなにも傷付かれる筈は無いもの……



 ” 故郷には帰りたくなく…… ”



 あの方カイト様は、彼の本来の居場所たる世界に、『絶対に帰りたくは無い』と云われたわ。 彼の『強い意思』を、私は知っている。 その為に、私の血肉をお分けした事も有るのだもの。 よく覚えているわ。

 切り離され、長き年を重ね、望郷の念が生まれてもおかしくは無いのに、それでも尚、彼に『帰らない』と、そう云わせるだけの、特異な世界なのよ。 私は…… ちょっと寂しくなったの。 そんな世界が存在するなんて……

 反対にね、魔人様は常に思ってらっしゃるの。 『望郷の念』が強く彼の方を捕らえて放さない。 今も、そう、今この時にも、『大召喚魔法陣』からの脱却を強く強く求められておられるのよ。 それだけは、私にもひしひしと判るのだもの。 その為に、私に『お願い』されたんだもの。 そして、それを私は受けた。 ええ、『お約束』したのよ。



 ―――― 居住まいを正し、真っ直ぐに魔人様を見詰める。



「エスカリーナ。 我は『現状』を理解した。 しかるに、お前の瞳には『可能性』と云う光が灯っている。 この…… 手詰まりの状況を打破する『方策』を思いついたのか」

「はい、魔人様。 わたくし達は、この場所に来る事は出来ましたが、魔人様の御座所の住人では御座いません。 幽界の魔人様と現界の魔人様は、繋がっている。 つまりは同一の者と云えましょう。 ならば、何らかの方策で、現界の状況を知るすべをお持ちだろうことは想像できます。 また、かつて、魔人様へ、何人かの魔術師が訪れたとの事。 その時、幽界の魔人様へ辿り着かれたのでは無く、現界の魔人様の元へと辿り着かれたとそう想像します。 まだ、これほどまでに「異界の魔力」の濃度が濃くなる前に……」

「それで?」

「魔人様の限界を観測する術を使い、『現界への道』を示して戴きたく存じます。 今のわたくしたちは、魔人様とは別の『精神体』と云える『剥き出しの魂』。 その道さえ示して戴ければ、この幽界を抜け限界に顕現できると、そう愚考します」

「……ふぅ。 やはり、その結論に至るか。 エスカリーナの考えは『是』であり、『可能』であると、そう答えよう。 ただ、この幽界から現界に顕現すると、相当に魂に負担が掛かる。 まさに命がけとも云える。 魂の器の無いお前が、限界に顕現し、攻撃を受ければ容易く魂を削られる。 そして、それは二度と癒えぬ傷となる。 強い望郷の念ノスタルジアより、我はエスカリーナに頼んだ身であるが、あまりにも危険。 そこまでの対価をエスカリーナに負担させるのは、我の本意ではない」

「魔人様。 わたくしには『精霊誓約』が御座います。 魔人様との『お約束』だけでは無いのです。 成さねば成らない、重大な『使命』を精霊様方から頂戴しております。 そして、その筋道がわたくしの前に有るのです。 更に云えば、わたくしは、一人ではありません。 数多くの我が朋達が、わたくしにはおります。 彼等の『想い』も『力』と成りましょう」

「覚悟の上か…… エスカリーナ。 深く礼を云おう。 ありがとう。 しかし、状況は厳しいぞ? お前を失う事は看過できぬ。 何より、カイトに顔向けできぬ。 あやつは今、新たな魂の器の中に居る。 微睡の中で、魂の器との結合を強くしている。 そして、魂の器は育成中だ」

「カイト様は…… その……」

「あぁ、もうすぐ器に魂が定着する。 いわば胎児のようなものだ。 ただ、これからエスカリーナがあの「召喚魔法陣」を分解昇華させるのであれば、我もこの世界に留まる事は出来ぬ事になる。 この幽界の屋敷も無くなるであろうな。 さて、どうしたものか……」



 ―――― あぁ、なんてこと!!


 カイト様は動かせないの!! ど、どうしよう!! そ、そうよね、カイト様は異界から捕らえられた『魂』。 仮初の肉体を魔人様がお与えになっただけ! その魔人様が御帰還されてしまったら! あぁ、あぁ、ど、どうしよう!!

 私の大切な人が! このままでは失われしまう! 名前を付けてはいけない気持ちは、やはり、報われぬモノなの!! どうしようもないって云うの! 精霊様とのお約束を果たそうとすれば、私の想いは…… 

 深く封印し、二度と表に出てくる用の無いようにしなくては成らないのッ!!


 なんて…… なんて事なの……


 感情に魂が揺さぶられる。 定義していた、私の存在が揺らぐ。 視界が急に狭まり、呼吸が浅くなる。 おろおろと、視線をあたりに彷徨わし、それでも、何か方策は無いかと、思考を巡らす。 たとえ、そんな方法は無いのだと、理性が強く私に語り掛けようとも……

 力強く凛とした声が、私の耳朶を打った。 確固とした意思の力を持つ、優しく慈愛に満ちた声音だったの。



「その魂の器。 わたくしが保持しましょう。 我が朋の『希望』なのですから。 魔人様、宜しくて?」


 声の主は、私を見詰めていた。 シュトカーナ様…… 貴女は…… 背後から複数の視線も感じる。 ブラウニー、レディッシュ、ホワテル、グリーニー、エイロー……  頷く皆の視線は、強く、優しく、そして暖かい。


「わたくし、シュトカーナ=パエシア。 エスカリーナが大切に思う方の魂の器、そして、その中にまだ定着していない『魂』の守護者となりましょう。 胎児と仰られるのならば、そういう状況なのでしょう? わたくしは樹人族。 樹人族は、その身の内に他者の魂を保護する事が出来るのです。 エスカリーナ、貴女も知っているでしょ? 私が何処に保護されていたのか」

「ツードツガ様が御身内……」

「そう。 だから、心配しないで。 わたくしならば出来る。 貴女の道を閉ざしてしまう様な障害は、私が排除しましょう。 貴女が心から思う人ならば、わたくしが保護しましょう。 貴女の心に迷い・・が生まれぬ様に」


 彼女の言葉を聞いた魔人様。 相貌が大きく笑み崩れる。 


「樹人族のシュトカーナ姫。 あやつの事は頼む。 揺り籠培養槽の中に居るので、それを渡そう。 エスカリーナ、揺らぎは止まったか?」

「は、はい…… も、申し訳……」

「気にするな。 『現界への道』であったな。 エスカリーナ、覚えて居ろう。 カイトと出逢った”あの”ホールを。 そして、その向こう側にあったバルコニーを。 その先にある夜空を」

「はい、魔人様」

「あの夜空は、我の瞼の裏側。 あの向こう側が現界となる。 現界の我の目と同期しておるからな。 眼を開けてやろう。 さすれば、道はおのずと見える」

「で、ではッ!」

「あぁ、我の捕らえられている場所、『召喚魔法陣』の中心部の空間だ」


 やはり、そうなのね。 小さく笑む魔人様。 きっと、私がこの方策を言い出すのは想定内だったのね。 現界の顕現場所は、私が最終目的地とした場所。 壊れた『大召喚魔法陣』のすぐ傍。



  ならば


     ならば!



 身を護る為に考えていた事はほぼ不要となり、力一杯、『大召喚魔法陣』の分解昇華は成せる。 


 成せるわ。











 希望は、繋がった。









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