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閑話 26
王妃陛下の謁見 3
しおりを挟む「財務大臣…… 残念な事だが、ヘリオス=フィスト=ミストラーベ大公は、その職責に耐えられず隠居した。 よって、アーノルド=テムロット=ミストラーベ伯爵。 貴卿を財務大臣に任じ、王国財務の取り仕切りを命ずる。 また、隠居した大公の爵位を継承する事も併せて命ずる。 リベロット=エイムソン=ミストラーベ宮廷伯。 貴卿はミストラーベ大公の補佐とし、現職調査局副長の任務と財務寮執行局 局長職を、兼任とする。 存分にその辣腕を発揮し、王国の安寧を財務の力を以て実現せよ」
アーノルド=テムロット=ミストラーベ伯爵…… いや、大公は、苦い笑いを浮かべながら、頭を垂れ、膝を付き、胸に手を置き跪拝する。 隣にリベロット=エイムソン=ミストラーベ宮廷伯爵を従え、王妃フローラルの前に。
「承りまりました、王妃陛下。 我がミストラーベ家は王家の藩屏たるを誓いましょう」
「王妃陛下、力無き官吏では御座いますが、我、リベロット=エイムソン=ミストラーベも又、王家の藩屏たるを誓い、兄、アーノルド大公への忠節を捧げましょう」
兄弟を見詰め、静かに頷く王妃フローラル。 その瞳には、真摯な光が灯され、この国を護り、安寧を保証する財務の健全化に勤めよと、物語っていた。 王者の風格の前に、痺れた様な感覚に陥る二人。 大公家達の間では、最下位となってしまった事は間違いは無い。 しかし、そのままにはしておかぬと、兄弟は強者の笑みを浮かび上がらせていた。
兄弟が退く。 フローラル王妃は、周囲に視線を走らせ、其処に居る高貴な妙齢の女性に目を止める。 紡ぐ言葉には、重い感情が乗る。 それは、まさしく、誰にも冒されない王の風格とも言えようモノ。 差し出がましい口は、なにも許さないと云う覇気。 その覇気と共に、言葉を紡ぐ。
「王姉ミラベル様。 海道の賢女ミルラス様。 かような場所にお呼びいたしました事、申し訳御座いませんでした。 王室典範の規定通り、わたくし王妃フローラルが、ガング―タス国王陛下身罷りし折、王太子の戴冠までの間、この身に王権を受ける事と成りました。 そこで御二方には、わたくしの相談役としての御役目を勤めて戴きたく存じます。 『稀代の策士』と『暴乱の童女』の二つ名の持ち主である、御二方。 どうか、力無き代王に力添えを」
苦い表情を浮かべる二人の女性。 懐かしい『二つ名』に、心が震える。 そう呼ばれていたのは、王妃フローラルがまだ幼い頃。 そして、彼女達を出し抜いた、王妃フローラルが協力を求めると云う、なんとも腹の底に来る、重い事実。 そうなのだ。 まだ、ファンダリア王国は安寧からは程遠い。 ガング―タス国王陛下が為した、例の宣下についても、此処で決まっただけ。
そして、王国にとって綱渡り的な状況で、安寧への道を作り出した王妃に、畏敬の念も覚えていた。 一つ間違えば、ゲルン=マンティカ連合王国と本当に戦争状態に成りかねない。 ガング―タス国王陛下が本当に不逞の輩を吊り上げるために、今回の騒動を起こしたと云うのも、フローラル王妃の言葉でしかない。
真実と、事実はどうやら、闇の中に在りそうだなと、二人は同時に思い浮かべる。 フローラルの”絡んだ者達の名誉を護る為の嘘 ” なのかは、それこそ精霊様でなければ分かりはしないし、その精霊様が、彼女を王妃として認めたのであれば、それは暴かれる『話』では無いと云う事。 それが暴かれる事によって、王国の安寧が脅かされるのあれば、看過するほか方策は無いと…… そう、心内で嘆息する。
「良いですわよ、フローラル王妃陛下。 相談役の任、お受けしましょう。 色々と、お話する事が有るみたいだしね」
「ニトルベインの魔女と相対するか…… よかろう…… おぬしが望み受けよう」
ニコリと微笑み、威圧感を抑えるフローラル王妃。 その姿を見詰め、更に嘆息を深める王姉ミラベルと賢女ミルラスであった。 そんな彼女たちを横目に、更に言葉を綴る王妃。 視線の先には凛とし背筋を伸ばす子供たちの姿があった。 慈しむべきモノたち。 ファンダリアの未来には無くては成らない者達。 精霊様方がこれでもかと加護を与えている、高貴なる者達。 にこやかな笑みのまま、そんな子供たちに対し、優し気に言葉を紡いだ。
「アンネテーナ。 そなたは引き続きベラルーシアと共に王宮教育室にて研鑽を積み、来る婚姻の式典に備えよ。 王太子妃となり、更には王妃と成り、ファンダリア王国の国母となる重責は、わたくしも知っています。 その責務によく耐え、学び、王太子を補佐する そなたは、誠、ドワイアル大公家の姫といえよう。 これからも王太子を良く補佐する事を望む」
ドワイアル大公家アンネテーナ大公令嬢は、王妃フローラルの言葉に胸が震える。 『わたくしの事を見ておられた。 そして、わたくしの事を認められておられる』 ただ、それだけの事で、辛く厳しい王太子妃教育の全てが報われたような気がした。 明るく輝き出したアンネテーナの顔を、嬉し気に見詰め、そして視線をベラルーシアに向ける、王妃フローラル。
「ベラルーシア。 そなたには、第二王子オンドルフの妃となって貰う。 これは決定事項です。 誰にも嫌とは言わせない。 アンネテーナと共に研鑽を積むように。 それが、地に堕ちたミストラーベの名を高める事にも繋がる。 オンドルフの善き相談相手となり、導き手として存分に自身の才覚を示すがよい。 さらに言えば、第一王女ティアーナ、第二王女エレノアの善き姉として、相談にも乗って欲しいと思う」
暗く沈んだ気持ち。 ややもすると、視線が沈みがちに成っていたベラルーシア。 父ミストラーベ元大公が、王妃フローラルの歓心を買う為に行った幾つもの愚行。 良くアノ財務教本を読み込んだ彼女は、父が行った愚行の数々を全て理解している。 大きな罪をミストラーベ大公は冒していた。その罪は、家門一堂に及ぶほどモノ。
よって、今の今まで、第二王子オンドルフの婚約者としての地位を剥奪されると思い込んでいた。
実際、ミストラーベ大公家の地位は沈んでいる。 兄達にもそれは、嫌という程聞かされていた。 その中で、王太子ウーノルの威光のみで、第二王子オンドルフの側に居られただけの彼女は、王妃フローラルの言葉に心が張り裂けそうなくらいの喜びを感じていた。
王妃フローラルが言葉は、取りも直さず、第二王子オンドルフの伴侶として認め、一切の疑義を持ち込ませないと云う、『 王命 』 に、他ならなかったからだった。 もう、どんな陰口も怖くはない。 自身の家名に対する後ろ暗さも、気に病む必要は無い。 『 王 』 が認める、第二王子オンドルフの伴侶として、全ての重臣に認めさせたのだから。
二人の淑女は、淑女の礼を王妃フローラルに捧げる。 声が震えそうになるのを必死で抑え、ややもすると、上擦りそうな声音を落とし、感謝の気持ちを言葉にして綴る。
「御意に、王妃陛下。 アンネテーナ、陛下の御言葉を胸に精進してまいります」
「アンネテーナ様と同じく、王太子殿下より戴きました『使命』をオンドルフ殿下と共に果たしていきとうございます。 名を汚したミストラーベに連なる者達に成り代わり、感謝を」
二人の王族に嫁す淑女を柔らかく見詰める王妃フローラル。 その視線は慈愛と期待に満ち、息子たちの良き伴侶となる事を確信した。 ならば、次代は光溢れる時となる。 『闇の時代』の王妃として、自分が為すべきは、光を齎す礎となる事。 王妃フローラルは、子供達に良き未来を用意する土台を作り上げる事を改めて心に誓う。 破壊と殺戮の 『闇の時代』 では無く、光の揺籃としての、慈愛の『闇の時代』の王として。
「善きかな。 その誓い、忘れる事ないようにな。 オンドルフ、ティアーナ、エレノア。 母としては何もしてやれなかった事、詫びを云う。 すまなんだ。 これよりは、『黒瑪瑙の間』の扉はいつも開いておる故、問いたい事あらば、いつでも伺候するがよい」
「はい、陛下」
「はい、王妃様」
「はい、お母様!」
幼い第二王女の言葉。
にこやかに微笑む、フローラル王妃。
失われし、王家の絆がほんの少し…… ほんの少しだけ……
取り戻された。
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