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閑話 26
王妃陛下の謁見 2
しおりを挟む「皆の者、良く聞け。 此度、国王ガング―タス陛下は、かつて大森林ジュノーであった場所内に建設された聖堂都市ゴメイラに於いて、その身を引き換えに『王国』に…… いや、『世界』に対し挑戦したる愚か者共の誅伐に成功された。 その代償にガングータス国王陛下は遠き時の輪の接する処に向かわれた。 その身は死せるとも、世界に光をもたらす為に、『未来の礎』になられた。 その証を此処に」
王宮法務官が「紫紺の袱紗」の上に置かれた、ガングータス国王が受け継いだ『宝冠』と『王笏』を、静々と国王陛下の王座に運び、その座面に置く。 座面に『宝冠』と『王笏』が置かれた瞬間、王座に精霊様方の祝福がもたらされ、陛下の玉座が黄金色に発光を始めた。
偽物では無い事は、其処に集う者達には一目瞭然。 何故ならば、本物以外では精霊様方の祝福など望めない。 一斉に息を飲む、重臣一同。 特にフルブラント大公は、” 一体どうやって、『宝冠』『王笏』を回収したのだ?! ” と、目を白黒させている。
「ファンダリア王国、『王室典範 第十七条 三項 その2』 の規定に基づき、次代の王の戴冠まで、わたくし王配フローラル=ファル=ファンダリアーナが、王権を受け継ぎ、国権を以てファンダリア王国の王となり、以て民の安寧を護る者となる。 此処に『王位を継承する者』として、宣下する」
絶句が辺りを支配する。 応えるしかない『謁見の間』に集う者達。
―――― 王室典範 ―――
国法に則った、国王が突然身罷った場合の、正式な緊急避難処置が実行されたのだ。 そう、” 国法に従って ” と、云うのが、集う者達が何も言えなかった理由でもある。
しかし…… と、集う者達は心中穏やかでは無い。 王妃フローラルの所業を知る者達にとって、悪夢の時が訪れた様なものだ。 集う者達は、猜疑に満ちた視線を送る者が多数いる。 その猜疑に満ちた目を向けた者達に、涼やかな一瞥を向けると、王妃フローラルは王妃の玉座にその身を付ける。 天空から、光が落ち…… 玉座が淡く発光し…… やがて、隣席の王の玉座と同じ程に光り輝き始める。
つまり、精霊様方が王妃を王として、迎えると云う事に賛同した? そう、受け取れる事実に、猜疑に満ちた視線を投げていた者達も絶句する。
” 精霊様方が、王妃フローラルの暴挙をお許しになるのかッ!!! ”
声なき驚愕が、広間一杯に広がり、今からフローラル王妃…… いや、” 王妃陛下 ” が、何を言い出すのか、怖れが人々の間の空気を凍らせた。 王者の風格と威厳を保ちつつ、王妃フローラルは涼やかで凛とした声で宣下を始める。
「初めに、王太子ウーノル。 王家の藩屏たる者達を良く纏め、精霊様方の御威光を確かな物とし、王国民のみならず、四方の国々とも友好を果たし、以て民の安寧を計れ。 汝を摂政に叙する。 王家の知識と知恵は習得できても、習慣と経験は未だ足らず。 汝が戴冠は、三年後を目途に行う。 かつて、偉大なる獅子王陛下が即位され、ファンダリア王国を率い始められた故事に由来する。 獅子王陛下の故事に倣い、王国の安定と安寧を護る『善き王』となる事を期待する。 精進せよ」
王妃の視線が王太子ウーノルを威圧する。 これほどの威厳を以て、他者を支配する者を彼は知らない。 いや、今まで経験した事は無かった…… これが…… これが、『王たる者』なのか…… そう、ウーノルは心穏やかならずとも理解した。 心ならずも、頭を垂れ承諾の証とした。 満足げに頷くと、王妃フローラルは、視線を回し重臣たちを見た。
「王家の藩屏たるを任じる大公家の諸卿。 王太子ウーノルが施政、お前達が業で支えよ。 王太子が発する勅は全てわたくしが発したものとせよ。 その結果が『是』であっても、『誤』であっても、全ての責任は王妃フローラルが『責』とする。 コレを以て、わたくしの『 初 勅 』とする。 良いな」
神聖不可侵の『国王の宣下』として、発せられる王妃フローラルの言葉。 その重みに集う漢達の頭は自然と垂れる。 凛とした声。王者の風格を宿した、美しい王妃が覇気を漲らせ重臣達に宣下する『初勅』としては、まこと、現在のファンダリア王国としても、またとない宣下であった。 しかし、フローラル王妃の言葉は続く。
「外務大臣ガイスト=ランドルフ=ドワイアル大公、即座にゲルン=マンティカ連合王国との連絡を密とし、亡き陛下が亡国、世界の崩壊を画策した不逞の輩共のを聖堂都市ゴメイラにて誅伐したと、そう伝えよ。 ファンダリア王国に戦争の意思は無い。 そう見えたのは、致し方なき諸々の事情があった事。 ゲルン=マンティカ連合王国も、国内における不穏な輩の跳梁に心を痛めていると側聞すると。 こちらにもその対処に合力する用意があると申し伝えよ。 王権保持者、王配フローラルが親書を綴る、持って行け。 ドワイアル卿の交渉に期待する」
「ぎょ、御意に。フローラル王妃殿下…… いや、王妃陛下」
王妃フローラルは、ドワイアル大公に、キチンと『国権の保持者として認識された事』を感知し、しっかりと頷く。 改めて、周囲を睥睨する王妃フローラル。 次にその視線を向けるのは、ファンダリア王国の治世の両輪と云われる、国務大臣であるニトルベイン大公。 そう、自身の父親でもある、王国の重鎮であった。
「国務大臣ブロンクス=グラリオン=ニトルベイン大公。 貴卿の手腕を持ち、国内にある統一聖堂の信奉者、及び協力者を貴賤を問わず捕縛。 マグノリア王国に送還せよ。 宰相ノリステン公爵が飼う者も含めよ」
「それは…… 如何なものかと。 統一教会の関係者をあちらに送り返せば、その命の行く末は火を見るより明らか。 御再考を」
王妃と対峙するニトルベイン大公の瞳に仄暗い火が灯る。 色々な階層に触手を伸ばした統一聖堂の一味の者達を全て切り捨てると云うのは、少々強引な手段とも云える。 使える者は使う。 それが、ニトルベイン大公家に連なる者における一つの思考方法であったからだ。 同じ、ニトルベインの血を受け継ぐ王妃フローラル。 彼女なら…… 本来の彼女ならば、それは、重々承知している筈でもある。 そう、言外に匂わせるニトルベイン大公。
「老卿、老いたか? アレ等は、この世界の崩壊を望む者達。 精霊様方に祈らぬ者達の命など、私は知らぬ。 御恩寵を蔑ろにしてきた者達の行く末など、目先の利につられ、精霊様方に背を向けた背信者共など、信頼は置けぬ。 アレ等は世界の理の埒外の獣ぞ? どのような鎖を付けようと、いずれ又、世界の理に挑戦しようとする。 それは、ならぬ。 断固として、阻止せねばならぬ。 そして、それを為すのは、我が国では無い。 原因となった国にその責を負わすが正道。 よって、マグノリア王国に送還する。 間違いを正せ。 使える者は使うのは良い、しかし、根底にあるは、この国の安寧ぞ? 世界の理を犯す者達を許す事は、許した者も世界の理を犯しているのだ。 譲れぬ」
「………………御意に。 王妃陛下」
それは、明らかに王族…… 思考の筋道が、ファンダリア王国だけでは無く、この世界全てに向いている。 ニトルベインの魔女…… 頭を過るその『二つ名』に、老公は思い当たる。 かつて、幼少の頃、世界の理を説明してくれと、そう云いだしたフローラルを。 幼いながらも、研鑽に研鑽を重ね、精霊様との縁を得た愛娘。
末女と云うだけで、彼女を愛した訳では無い。 彼女の『才』に、彼女の『為人』に、未来を見たのだ。 甘やかしは、ニトルベイン大公家に於いては害悪でしかない。 しかし、彼女の成す事はどこか予見できぬ物が含まれていた。 よって、老公は彼女の行動に制限は付けなかった。 彼女の望みを全て叶えようとした。
何故だかは自身でも理解していなかった。 しかし、そうせねばならないと、憔悴感にも似た感情を以て成していた。 そして、今、その感情が何故にあったのかを『確信』できた。 老公は信じていたのだった。 どんな愚かな振る舞いをしても、それはきっとフローラルが計算しているのだと……
――― 『いや、違うな』と、老公は思う。
そう、実際彼女は愚かであった。 しかし、そんな彼女は、ガング―タス国王陛下と云う伴侶を失い、そして、覚醒したのだと。 ” 愛欲 ” と云う、厄介な感情に、本来彼女が有るべき『真の姿』を隠されていたのだと。
『才』と『為人』が蘇ったフローラルならば、濃霧の中彷徨する現状を切り裂く一条の光となるだろう。 いや、本来のフローラルならば、やって当たり前だ。 それが、”ニトルベインの魔女”たる所以なのだと、確信を持つ。
ニヤリと老公の相貌に酷薄な笑みが浮かぶ。 ならば、支えようではないか。 『真に王者』たる王太子ウーノル殿下が戴冠する日まで、自身が『その才』と『為人』を愛した、愛娘フローラル=フォス=ニトルベインの藩屏たるを自身に誓った。
「軍務大臣 エルブンナイト=フォウ=フルブラント大公。 軍権の最高指揮官に命じます。 第二軍は速やかに合力を解き、任地へ帰還せよ。 第一軍は北部領域にて不満を溜める領主共の反乱に備えよ。 王太子ウーノルが施すであろう北部政策が実効を上げるまでの安全弁と成せ。 決して殺戮を推奨する物ではない。 民を愛し、真にその地の領主たる者達へ合力せよ。 尚、北部辺境域、国境沿いの警備は最小限度まで落とせ。 あの重結界を抜ける大軍など、この世界には存在し得ない。 また、彼の地にあの方が存在する限りにおいて、その愚を犯すような馬鹿者には、鉄槌が下される。 良いな。 けっして、国境を割るな」
「御意…… 御意に御座います。 王妃陛下」
混乱が落ち着くと同時に、王妃フローラルからの勅命が、何故か良く頭に響く。 それは紛れも無くフルブラント大公が思考していた、国王弑逆後の施策に他ならない。 王都より遠く離れた北部辺境地域に於いて、王都の威光は薄い。 ガングータス国王陛下に、再三にわたり彼の地の窮乏を伝えたのは、反乱の兆候があちらこちらに見て取れたからだった。 混乱に乗じ、自身の野望を満たそうとする、不逞の臣下も存在する事は確かだ。
それを献策しても、ガング―タス国王陛下は、何の反応も示しては下さらなかった。 しかし、王妃陛下は違う。 こちらの先を読み、北部辺境域の脅威に既に対峙しておられた。 喜びに胸が熱くなる。 人心の機微を計られているのだと、そう感じてしまった。 『王国が ”剣と盾” とならん』。 フルブラント大公は、王妃フローラルにその誓約を誓う。 口に出さずとも…… 既に、王家の藩屏たるは任じている。
しかし、彼は誓わずにはいられない。
真の王者たる 王太子ウーノルの戴冠までに、北部辺境域に安寧を齎すのだと。
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