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閑話 26
王妃陛下の謁見 1
しおりを挟む王城コンクエストムの重要な場所の一つ。 国王陛下が臣下や謁見希望者に相対する場所。 そして、何よりも、王が足下に拝謁した者達と直接言葉を交わす場所として、用いられるのが『謁見の間』であった。
『謁見の間』に通された者達は、直言許可を与えられている。 つまり、王と言葉を交わす事が許可されている場所。 しかし未だ誰も来ていない、『その場所』は、静かに ”その時 ” を待っていた。
未だ、静謐に沈む『謁見の間』
もし、その空間が意思を持ち、言葉を紡げるとすれば、きっとこう言ったであろう。
” さて…… 文武の誉れ高き国王が藩屏の諸君。 長き時の輪の回廊が、ようやく崩壊し、『封じられし魔女』が、解き放たれた。 諸君、『封じられし魔女』の本当の姿を知る時が来た。 心せよ ” と。
^^^^^^^
足早にその空間に足を踏み入れる大勢の漢達の姿が見え始める。 静謐な空間に幾多の『音』と、密やかな『声音』が広がりつつあった。
と、同時に複数の女性達も、その空間に歩みを進めていた。
現在の王城コンクエストムに在する最高位の女性貴族である、王姉ミラベル。 王宮の奥深くより駆けつけた、賢女ミルラスの姿もあった。 さらに王太子妃の予定者でもある アンネテーナ=ミサーナ=ドワイアル大公令嬢。 第二王子の王子妃候補筆頭の ベラルーシア=フォースト=ミストラーベ大公令嬢も後に続く。
王族は、王太子ウーノルは云うに及ばず、第二王子、第一王女、第二王女も揃って『謁見の間』に姿を現した。 後宮に接続する各王子王女の『御子部屋』から一度、執政府前の廊下を通り『謁見の間』に参じている。 護衛には筆頭教育官たるメアリ=アイリス=スコッテス女伯爵と、仕方なくと云った風情の ” 諜報官 ” の官服に身を包んだリューゼ=シーモア子爵が当たっていた。
―――― 『謁見の間』に参集した面々。
その者達の表情は一様に『困惑』が浮かび上がっていた。 女性貴族たる者達まで、何故に呼ぶのか。 そもそも、この招集に何の意味が有るのかと、訝しんでいた。
王姉ミラベルと、賢女ミルラスは、そんな者達の中、表情を硬くし成り行きを見守っている。 何かしらの情報を持っている…… そう、王太子ウーノルは踏んだ。
ザワザワとした空気の中、彼は王姉ミラベル、賢女ミルラスの元に向かい、小声でこの事態に関しての情報が有ると信じ、自身の知らぬ事を知ろうとを問いを口に乗せる。
「王姉ミラベル殿下。 御機嫌、麗しゅう存じ上げます。 端的にお聞きします。 王妃フローラル殿下は何を為される御積もりでしょうか」
「……良くは、存じません、王太子。 しかし、何かと調べの手を伸ばしているわ。 ええ、とても細やかに。 アレを今までの王妃と思っては成りません。 なにか…… 違う…… まるで…… 」
「小僧…… 云うて置く。 本物のニトルベインの魔女が戻って来たのかもしれん。 心せよ。 あたしの【重探知】を、すり抜ける事が出来たのは、あやつだけだ」
「あ奴とは…… 王妃の事でしょうか?」
「あぁ、そうだ。 幼少期の『こまっしゃくれたガキ』の癖に、妙にこなれた魔法の使い手だったな。 いや、それよりも、読めぬ行動原則と思考過程の方が脅威であったな…… そのくせ、誰もが予測し得ない状況を作り出し、問題を何食わぬ顔で治める『手腕』と『能力』は、ガキの癖に末恐ろしモノがあったのも事実。 ニトルベインの大狸が、可愛がるのも頷けたわッ……」
「そ、それは、知りませんでした。 わたくしが知る王妃は、常に問題ばかり興す困った方でしたので……」
「たしかにな…… そうだ…… あ奴が、七、八歳の頃に『 呆けた 』筈だ。 突然、ガングータスのガキと婚姻を結ぶとか言い出してな…… ずっと呆けたままだと、思っていたのだが…… 戻ってきおったか? この時に? 混乱したこの時にか? う~む…… 小僧、王姉ミラベル。 少々、厄介ぞ」
「賢女様。 そうですね。 アレが戻って来たとなると…… 『ニトルベインの魔女』が戻って来たとなると…… 大事になるやもしれません。 それに…… 『アレ』の現在の情報は、こちら側には、届いてこない。 手を貸した者がいる筈ですわ」
「大方、アレの『乳母』あたりだろうて…… 『ニトルベインの「耳と口」』が、あ奴に手を貸した……か? いや、そうでも無いか。 あやつ自身が『危険』そのものなのだからの。 それを考慮に入れて、アレが帰還したと考えるべきかの?」
「……おばば様。 わたくしは、恐ろしゅう御座いますわ」
「だろうな。 あたしとて、あ奴の頭の中は見通せん。 ニトルベイン大公家が血を、最も強く引き継いだ者じゃからな。 ……さて、何が飛び出すか」
高位の二人の女性が、かくも言葉を尽くし、畏れ慄いているのは何故だ? その理由が判らず、王太子ウーノルは混乱を深める。 二人の言葉に、警戒をさらに高め、王家の者達が集う場所に向かった。
至高の階の上段に据えられた玉座。 二席在るのは、国王陛下の玉座と王妃殿下の玉座。 意外なほど飾り気も無いその玉座は、主たる人を迎えるために、静かにそこに在った。 国王、王妃がその座に座る時、天上より精霊の祝福与えられんと、そう伝えられる。 現にガング―タス国王陛下が玉座に座ると、玉座自体が神々しい光に包まれる。
王妃が玉座はついぞ光に包まれた事は無かったが……
突如として、大聖堂の大鐘が響き渡る。 その音の打ち方は、国王陛下崩御の知らせ。 「神官長」パウレーロが不審気に周囲の枢機卿神官達に視線で問う。
” 何事だ? 誰が、あの大鐘を打ち鳴らしたのか…… ”
「神官長」パウレーロが、言外にそう問うも、誰も応える事が出来なかった。 枢機卿神官達は、顔色を青くし額に汗を浮かべ、必死に首を横に振る。 それに……
あの大鐘を撞く事を許可されている者はごく少数。 さらに、その許可を与える者の殆どがここに参集していると云うのに、何故、鐘が撞かれたのか。
だが、「神官長」パウレーロには、『一人』その許可を与える事が出来るであろう者に心当たりがあった。 老女の神官。 すでに年老いて、聖堂への奉仕にも事欠くその老齢の女性神官だけがこの場に姿が見えない。
そう云えば、一部の女性神官達が妙にうろつき回っていると、「神官長」パウレーロは、そう報告を受けていたが…… まさか、あの老女の神官が、そんな無茶を敢行するとは思えず、思わず猜疑の目を周囲に集う枢機卿神官達に向けていた。
―――― 国王崩御の弔いの大鐘が鳴り響く中、その時はやって来た。
後宮への入り口である扉が開く。
ざわめきが止まり、静寂が『謁見の間』を覆い尽くす。 皆、一様に身を固くし、頭を垂れ立拝礼を式典礼に則り取る。 神官達もそれに倣う。 首を垂れ、男性は胸に拳を当て、女性は淑女の礼の形を取る。 王への忠誠を誓うその姿。 しかし、それは決して王妃フローラルに対して差し出されるモノでは無く、あくまで、この場所に居ない、ガングータス国王陛下に向けてのモノであった。
皆の心の中には、” 偽りでも、王妃殿下には臣下の礼を尽くさねばならぬ ” と、諦観を込めた嘲りが浮かぶ。 王太子ウーノル殿下より幽閉隔離されている現在、既に ” 過去の人 ” でもある、王妃フローラルには、何の権威も権能も無い筈だった。 故に、『今更何を言うのか』という思いが、心内の『負の感情』を取り込み、『不満』で『心』を満たしてゆく漢達であった。
集う女性にしても、大方は同じ思いなのかもしれない。 しかし、漢達よりよほどよく心情を隠す心得を習得している。 よって、彼女達の淑女の仮面を剥ぎ取る事は無い。 しかし、それも王妃フローラルの出方一つで変わる。 無茶な『言葉』や『命令』が発せられれば、漢達よりも遥かにに強い『言葉』で、王妃を糾弾するであろう事は、想像に難くない。
……それが、貴族の女性と云うモノで在り、在り方でもあった。
そんな中で、女性陣の最高位の『 王姉ミラベル 』の表情が何時に無く硬く、傍若無人で有名な『賢女ミルラス』の表情が、緊張に張り詰めている事は、集う女性陣は注意を喚起するには『十分』な光景であった。 そして、彼女達は一層深く成り行きを見定めようとする。 何事も用心に越した事は無いのだから。
ゆっくりと両開きの扉が開き、王妃フローラルが一行が入室してくる。
しずしずと入室したのは、王妃フローラルを含め、八名の者達。 紋章官、祐筆、儀典官、王宮法務官、王宮護衛官、前王宮女官長、中位の貴族の老女。 皆、妙齢の女性達であった。 衣擦れの音が止まり、至高の階の上段に据えられた玉座の横に王妃フローラルが立った。
「皆、我が要請に応え、この場に参集してくれたことを嬉しく思う。 面を上げよ」
凛として、涼やかな声音が『謁見の間』に広がる。 見知った彼女の声では無く、王妃の威厳に満ち満ちた声音に、其処に集う漢達、女性達に困惑が広がる。 そして、顔を上げた先に居た王妃の姿に、さらに混迷が深まる。
薄墨の喪服に身を包み、黒い紗のベールを被る。 頭上には王妃たるものが正式な場に被る『王妃の宝冠』を頂き、手には『王妃の錫杖』があった。 どれも、”無骨に過ぎる、可愛くない”と、その着用を以前の王妃フローラルが拒否したモノ。 身を飾る宝飾品は限りなく廃され、有るのは『王妃たるを証する』いくつかの徽章のみ。
” アレが王妃フローラル殿下? 見知った彼女とは、全く違う…… 誰だ、あの方は? ”
集う者達の目に、『疑念』と『不信』と『猜疑』が、浮かび上がる。 かつて見た事のない礼節を護った姿で、喪服に身を包んだ王妃。 何よりも美しい立ち姿。 余程…… 研鑽を積まねばならぬ ” 完璧 ” な淑女の姿がそこに登場したからであった。
傍若無人に心の思うがままの、大公家の娘とは言えない言動の数々で、大小様々な問題を引き起こして来た筈の彼女が、まさかの姿での皆の前に姿を現したのである。 ” 影武者か? それとも、代役の誰かか? ” 等と、考えてしまうのも、それまでの王妃フローラルを知る者であれば、無理からぬ事でもある。
その様な不躾な視線をものともせず、王妃フローラルは『王妃の玉座』の傍らに進む。
自身を不審げに見詰める、そんな者達を睥睨し、王妃フローラルはゆっくりと、
―――― ” 王妃の威厳 ” を保ったまま、『言葉』を紡ぎ出した。
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