その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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父と 子と 精霊と

聖堂都市ゴメイラと、そこに棲む物。

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 聖堂都市『ソデイム』と『ゴメイラ』の距離は、馬車で一日の距離。

 目と鼻の先と云うほど、近くは無いけれど、遥か彼方と云うほど、遠い訳でも無いわ。 私の隣で歩む顕現されたお母様と、これからの事をご相談したわ。 勿論、口には言葉を乗せずとも、会話は出来るから、他の方々にはただ沈黙を守ったまま歩みを進めているように見えたはず。

 ”エスカリーナは、どうしようと?”

 ”お母様、実は悩んでおります。 ゴメイラには多くの聖堂騎士も詰めており、さらには、その方々は異界の魔力を多分に含んだポーションで ”死霊兵 ”となり果てたご様子。 死を忘れた兵士達が、うようよいるのです。 そんな中に私達が飛び込んでも、『鏡界玄門』まで到達できるかどうか…… 不安でもあります”

 ”そうね…… 方策はあるのでしょ?”

 ”考えている事は…… あります”

 ”だと思った。 それは、どういった策なの?”

 ”手順を逆にします。 【浄化】の輪還魔法陣の敷設を行い、先にそれを起動し周辺を浄化いたします、その後ゴメイラに突入します”

 ”効果は?”

 ”死霊兵の無力化。 彼らは体内に異界の魔力を強く持っております。 それを【浄化】してしまえば、只人になるでしょう”

 ”……その認識は、ちょっと、違うわね。 『異界の魔力』に置き換えられた魔力を浄化してしまえば、そこは空隙になるわ。 それは、魔力回復回路も同じ。 魂の一部に組み込まれた魔力すら浄化する、貴女の「魔法術式」は ”魂の器 ”の一部まで、消滅させる事となるでしょうね”


 お母様は少々考えられた後、そう言葉を口にされた。 つまり…… 私が考えた方法で、術式を起動してしまうと、『死霊兵』と化した聖堂騎士達の命は…… 失われる…… 魂までも欠損して、遠き時の輪の接する処へ誘われる事も無くなる。 死して後も、魂の平安を得ることも無く、永劫の苦しみに堕ちてしまう……


 ”つまり…… か、彼らは救われないと?”

 ”ええ、エスカリーナが帰結した事が正解よ。 死霊兵はその存在を維持する事は出来なくなります。 永久の暗闇に堕ち、二度と大いなる魂の輪廻に戻る事は出来なくなるでしょう”

 ”そ、それは…… いけません。 『魂』一欠けらも、救われなくなるッ!”

 ”しかし、それも又…… 『是』と、云わざるを得ないでしょうね。 おのれの欲望に負け、力を欲し、他のモノ達の犠牲をなんら鑑みることの無い魂。 ノクターナル様は、わたくしに『裁定』の権能をお分けに成りました。 そのわたくしが云うのです。 エスカリーナの ”方策 ”は、 『 是 』 であると”


 緊張が私の心の中を満たしたの。 命を助けるために習得した数々の魔法を、命を奪う為に使用する。 さらに、魂を『遠き時の輪の接する処』に送り出すことなく、永久の暗闇に堕としてしまう…… まるで、薬師の誓約と正反対の事柄。

 ―――― 困惑に振るえていると、お母様がそっと言葉を紡がれるの。


 ”『非情の決断』ですよ、エスカリーナ。 薬師としての貴女の『宣誓誓い』は、精霊様方もよくご存じです。 ですが、欲望に負けた者達の魂の救済と、この世界の理が失われることに依る、救われぬ魂達。 どちらがより、この世界にとって善き事だと、思いますか? 全てを助ける事は出来ぬのです。 それが出来るのは、『創造神』様くらいでしょう? その『創造神』様ですら、現状は手に余り…… 既に、世界を投げ捨てかけられているのよ。 精霊様方が必死に繋ぎ留められ、やっと保って居られる…… と云うのが、現状なの。 邪なる者達が、この世界の理を崩し、『創造神』様の慈愛を無視するのならば、その魂はこの世界にとって不要な物なの。 ……貴女が全てを背負う義務は無いわ。 烏滸がましいとも云える。 でも、大丈夫よ。 貴女の行いは、ノクターナル様の思し召しであり、他の精霊様方の総意でもあるの。 もし、思し召しに反するのならば、わたくしが止めます。 だから、わたくしが…… 『裁定者』たる、わたくしが使わされたのですよ”

 ”お母様……”


 かつてティカ姉様の鍛錬室で、姉様に叱られたことを思い出したわ。 命を脅かした者達の罪は、その命でしか贖う事は出来ない…… まして、魂を汚すような罪を犯していれば、その魂は『遠き時の輪の接する処』へ向かう事は許されない……

 心で語り合う私達。 視線はお母様にピタリと合っている。 歩む速度は速くない。 ゴメイラのモノ達に気取られぬ様に、馬車の移動は差し控えたの。 皆で『気配を消して』、歩いているの。 それが可能な距離って事なのだけれども。

 周囲で警戒に当たっている皆様方と共に歩みを進め、ついに聖堂都市ゴメイラを視界に収める丘の頂上に至ったわ。 そこからの風景は…… まるで魔王が棲む城塞の様…… 黒々とした異界の魔力が充満した城塞。 城門の外に広がる、かつては豊かな農地だったもの…… 水路からも瘴気が立ち上り、何もかもが汚染され尽くしてしまった光景……

 『異界の魔力』で変質してしまった物をまともに見る【視界】を術式で構築して目に張り付けている私達でも、その変質を異常だと認識できるくらいの変容を遂げているの…… もう、二度と再び元に戻る事が出来なくなっている……

 身体大変容メタモルフォーゼの限界を超えてしまったのよ、この聖堂都市ゴメイラにあるすべての物は。 それは、物だけじゃない。 人もそれに含まれるの。 かつて、聖堂教会の聖堂騎士と呼ばれた人達もまた同様に変容してしまっているのが遠目にも判る。

 筋肉が縒り合わせた縄の様に盛り上がり、瞳に異様な光が浮かんでいるの。 顔色は青白く、血管が網の目の様に浮かび上がっているの。 北域で聖堂騎士に襲われた時…… そう、精霊の御意思の番人レコンギスタルの方々とお逢いしたあの場所での事を思い出していたの。

 単に「異界の魔力」に汚染されたわけじゃない。 邪な狙いを持った『ポーション』が、彼らを人外に成しているの。 二重に穢された魂なの。 それも、己が意思を以て服用したのかもしれない。 だって、そうでなくては、こんなに大勢の方々が、『死霊兵』になるわけないもの。

 死せぬ兵士となって、何を得るのかしら? この異界の魔力が暴威を振るう北の荒野で、十全に戦う為に? その目的は、単に王国の勢力拡大? 彼らは王国兵であったわけじゃないわ。 彼等は聖堂騎士だったのよ? 率いているのはデギンズ枢機卿よ?

  ―――― 聖堂教会の ”暴力 ” そのものよ?

 本来の在り方であれば、彼らの力は、聖堂教会の神官様方を護る為にあるべき力。 それも、先代国王陛下の御代に、聖堂の枢機卿により設立されたモノ。 神官様が『戦闘神官バトルクレリック』として、戦野に立たなくなってから出来たそんな組織よ……

 時を経て、力の在り様が変質し……

   暴力を以て、聖堂教会の教えを広める様な真似をして……

     いよいよ、精霊様の御意志から遠く離れていったのよ……


 その結果がこの有様。





 私は…… 私は…… 『決断を下さねばならない』と、その時 心の中 で確信を以て決めたの。 罪に対する対価…… 私があの青い空の下、私に下された処罰と同じモノだと…… そう思ったの。






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