その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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父と 子と 精霊と

子と 精霊と

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 ソデイムの…… いえ、これは、人族が付けたこの地の名前ね。 ”神泉の聖地・・・・・ ”の『鏡界玄門』は開かれたわ。 ヌエルバ様とその父祖の方々、そして、聖堂教会神官のゴンザレス卿が導師として永遠になられた。 いずれ、時が来れば、彼等も遠き時の輪の接する処に、誘われるわ。

 ええ、長き時を真摯に勤められた方々への精霊様の慈悲と恩寵が必ず…… 必ず分け与えられるはずなんだもの。 私…… それだけは断言できるの。 だって、この『鏡界玄門』が開いたとき、強く…… 強くノクターナル様と繋がったんだもの。

 聖地の『鏡界玄門』は、本当に偉大だわ。 それまでの『精霊小宮』の『鏡界玄門』が開いた時とは比べ模様も無い程、エボンメイヤノクターナル様の領域との繋がりを強く『得る』事が出来たの。

 余りの強さの為、流れ出すエボンメイヤの闇の魔力の純度と量が大きく成り、今まで使っていた魔力糸の被膜では、周囲に影響を及ぼすほどね。 そして、その純度は計り知れないの。 

 今までずっと、魔力糸を繰って、精霊小宮やファンダリア王国北部領域から魔力を繋げて来たシルフィーでは、その魔力を制御する事が出来ない程なの。 出来ない事は無いと思うけれど、これほど強く純粋な『闇の魔力』に晒され続けたら、彼女は壊れてしまう。 魔力回復回路があまりに純粋な魔力に耐えられる訳は無いわ。 これは少々問題ね。 ジッと井戸の蓋の様になった『鏡界玄門』を見詰め、決めたの。


 ―――― 此処から魔力線を引くのは私の仕事だってね。


 ポーチに入っている、一番大きな魔石を取り出し、虚空に符呪魔法陣を展開するのよ。 勿論、その魔法陣は今までシルフィー達が曳いてくれた魔力線に使っていたモノと同じモノ。 強度だけは数十倍増し。 魔力糸に【重結界】と【浄化】で被膜を作るの。 だって、そうしないと魔力糸の中の純粋な闇の精霊様の魔力が汚染されるのだものね。

 虚空に紡ぎ出した数種類の符呪魔法陣を大きな魔石に纏わせ、術式の中央から、魔力糸を引き出す。 簡単に見えて、ちょっと複雑な術式なのよ。 でも、もう手慣れたものね。 今までの数十倍の強度を持った魔力糸を以て、私は『鏡界玄門』から湧き出すエボンメイヤノクターナル様の領域からの魔力を拾うの。

『鏡界玄門』の周囲に紡ぎ出した魔力糸でもって、【吸収】の簡易術式を一筆書きで居り出しながら、敷設していくわ。 『鏡界玄門』を一周する様にして最初と最後を結び、そこに外に出す為の魔力糸を結合させたの。 その引き出し線を見て、シルフィーが手を差し出してきたわ。



「わたくしが、持ちましょう」

「シルフィー、有難う。 でも、貴女では無理なのよ。 貴方だけじゃないわ。 余人には無理なのよ。 余りに強い『闇』の魔力。 これを持ってもらったら、貴方自身が『壊されて』しまう。 私は、ノクターナル様の『愛し子』でしょ? だから、可能なの。 別に貴女を軽んじているわけでは無いわ。 短時間ならば、貴女でも制御できるけれど、どれだけの時間が必要か判らないんですもの。 貴方を失うのは嫌なの」

「…………それでも、リーナ様には負担が大きすぎます。 我が身の事ならば、ご心配には及びません」

「ダメよ…… 私が魔力糸を持ちます。 そして、ゴメイラへ向かいます」

「しかし、それでは…… 承知いたしました……」



 私の強い視線に、翻意できたのか、最後には静かに引いてくれた。 良かった。 ニコリと笑みを浮かべ、理解してくれたことに感謝を顕す。 ラムソンさんが困ったような表情を浮かべられたの。 なんでかな? 私の疑問が表情に浮かんだのか、溜息と共にラムソンさんは言葉を綴るの。



「リーナは気を使いすぎる。 シルフィーはリーナのしもべだ。 別に理由を伝える必要なんかない」

「あら、私は貴方達を『下僕』だなんて思ってないわ。 志を同じくする旅の仲間…… いえ、それ以上ね。 もはや、私にとって大切な家族だと云えるのですもの。 どうしても、やらないといけない時以外は、命令なんて…… しないわ。 それに、貴方達を失う事なんて、嫌だもの」

「リーナ…… お前……」

「なに? おかしな事だった? 王都の第十三号棟で出逢った時とは違うの。 あれからどれ程の年を重ねて来たと思っているの? 常に私の傍にいてくれて、私を護ってくれている貴方達。 この最果ての様な場所で、一番近しくいてくれるのは貴方達よ。 これでも…… 私は、貴方達を、とても頼りにしているのよ」

「「…………」」



 なによ、その ”そうには見えない ” って表情はッ! そりゃ、無理や無茶をしている事は理解している。 特に、この大森林ジュノーだった場所に入ってからはね。 でも、それは、貴方達が傍にいてくれているから。 背中を、横を、何だったら前方も…… 私の全てを、”貴方達・・・”が護ってくれているから出来る事なのよ。

 私が安心して、魔法陣を紡ぎ、起動し、維持しながら、事に対処出来るのも、貴方達が居るからなのよ。 私一人できる事なんて、そんなに多くは無いもの……


 ――――― あと、一か所…… ゴメイラの『鏡界玄門』を開く。


 これは、精霊誓約に含まれてしまった、私に追加された、精霊様の『使命』でもあるわ。 もう少し…… もう少しなんですもの。 頑張るわよ。

 もう後には引けないモノね。 



         ――――§――――



 ちょっと不思議な事が有るのよ。 ほら、精霊小宮で何かしらのモノがあちらの世界から流れ込んできてたでしょ? この大きな『鏡界玄門』からも、同様に流れ込んできたのよ。

 ―――― それは、何かの断片。

 でも、此処で、はっきりと分かったの。 魔法の術式の一部だったって。 分割された、術式は私の中で結合し、一つの術式の形を成したの。 未知の精霊術式だったわ。 私の膨大な魔法の知識の中に、その存在は無かったの。

 あの部屋を後にして、ゆっくりと聖堂だったところから退出する。 時を加速したあの部屋以外は、まだまだ、大聖堂は健在だったわ。

 違うのは、清冽な空気感。 周囲に居た迷える魂の残滓は、皆あの部屋に向かって歩みを進めている。 その魂達の流れに逆らいながら、大聖堂を後にするの。

 天空から緩やかな陽光が降り注ぐ。 其処には異界の魔力なんて一片も存在しない。 重結界がこの地を護り、この地に精霊様の恩寵を迎え入れているのよ。

 草が生え、苔むした石畳の大通りを進む。 進みながら、私は完成された未知の『精霊魔法』の魔法陣を眺める。 眺めると云っても、体内に生成されたそんな魔法陣だから、外からは見えないわ。

 ただ、それを観測できる人が居るの。 そう、シュトカーナ様。 彼女は私の耳にそっと声を掛けてくるわ。


 ”これは、見知らぬ【精霊魔法】ですね。 何処でこれを?”

 ”シュトカーナ様。 わたくしにも判りかねます。 ただ、云えることは、精霊小宮等、『鏡界玄門』の向こう側から流れてきたモノ…… という『事』だけなのです”

 ”そう…… ならば、きっと、『闇の精霊』ノクターナル様の思し召しなのでしょうね。 その実、少々、この【精霊魔法】の術式に覚えが有るのです”

 ”何でしょうか?”

 ”あなたが最終的に目指している、私がかつて垣間見た、天空に掛かる、あの【大召喚魔法陣・・・・・・】に似ていると…… そう思えて仕方ないのです。 見知らぬ『術式』とは言え、どうにも、そう思えてならないの……”

 ”それは………… これは、危険・・な物なのでしょうか?”

 ”判りません。 エスカリーナ、決して『術式』を、紡ぎだ顕現さぬ様に。 まして、術式を起動させぬ様に。 万が一が有ります”

 ”はい…… そうですね。 万が一、大召喚魔法陣であるとすれば、これはとんでもなく危険な 『禁呪』と云えましょうしね”



 通りを歩む私は、心の内でシュトカーナ様と会話しつつ、眺めていた【精霊魔法】の術式から意識を放した。 私が生成した訳でも無い、この魔法陣が私の中にある事の違和感はとても大きいのだけど、それでも、何とか見ないふりをしていたの。

 聖堂都市ソデイムの外構城壁の大門の外。 皆が待っている場所まで帰って来た。 私たちの姿を認めた皆は、一様に安堵した表情を浮かべ、私の周囲に集まって来たの。 口々に『鏡界玄門』が開いた事に対する喜びを、私に伝えてくれた。

 あの巨大な井戸から溢れる『聖水』が湖に流れ込み、今もその湖水を満たしていると、そう伝えられた。 プーイさんなんて、興奮が抑えきらずに私を抱き上げ、その様子が見える丘まで、走られた程にね。



 ―――― その景色は壮観だった。



 あの部屋があった場所の近くから、轟々たる大音響と共に滝の様に流れ出る『聖水』。 落ちた水は、広く湖水を満たしつつあるの。 煌めく水飛沫と、精霊様の御加護が、まるで光のカーテンの様に広がっているわ。

 きっと…… そうね、きっと、この地は聖地として復活したのよ。 もう二度と、人族が介在しては成らない場所としてね。 だから、真摯に願うの。 精霊様に、この地を覆う重結界に強い『闇』の魔力を注ぎ込んで下さいと。

 膝を地に落とし、胸の前で手を組み、祈りを精霊様に捧げる。

 どうか、どうか、この聖地に安寧を。 この世に生れし者が終わりを迎えるこの地に、平穏と安寧を……と。



   私の中に精霊様の息吹が流れ込む。 



         ぼんやりと私の体躯が燐光を帯びる。




 精霊様の御顕現と同じ現象が、私に起こる。 何? コレ? 気が付けば、あの【精霊魔法陣】が起動していた。 祈りに反応する様に。 そして、激しく強く起動したその【精霊魔法陣】は、ついにその術式を発動するの。

 ――――― 私の意思で為した事じゃない。

 驚く私の目の前に、あの『鏡界玄門』と同じ形の『玄門・・』が、そそり立つように現れる。『玄門』の表面が波打ち、波紋を浮かべるの。 陽光の中、光の粒で構成された『闇』の魔力を纏った何かが、『玄門』を通り抜け、この地に降り立ったの。 光の粒が収束し、やがて一つの形になる。

 一際、眩しい光を発し、そして、それが落ち着いて行く。 ゆらゆらと揺れるのは、髪。 収束した光が二点有るのは瞳。 

 人の形を成した、何かが私の目の前に立ったの。



「エスカリーナ=デ=ドワイアル。 わたくしは、闇の精霊ノクターナル様が眷属。 貴女が成すべき事に関し、ノクターナル様よりの力添え。 そして、それは、わたくしが望みし事。 これより、穢れに堕ちた者共の浄化と、既にこの世界の理に属さぬ魂の昇華を執り行います」

「……ノクターナル様の力添え? に、御座いますか?」

「貴女には、より大きな使命があるはずです。 この場所に於いての献身は、貴女の為すべき事の一つでは有るとはいえ、その身を対価にするのでは、貴女の身が危うい。 本来が使命を全うする事も、叶わぬ様になると、そうノクターナル様は仰っておいでに御座いました。 よって、わたくしが使わされました」

「貴方様は、ノクターナル様の【使徒様アポストロ】に在らせられますか」

「わたくしは、この状態の元凶たるもの・・に、近しい者。 魂を捧げ、眷属となり、ノクターナル様の御手先になる者。 ノクターナル様は、貴女ならば、わたくしが魂が誰であるか、理解も出来ようと、そう仰られました。 愛しい子エスカリーナ。 わたくしと共に、穢れし者を浄化せしめましょう」



 次第に形になったノクターナル様の使徒様。 その姿は、まさしく、私の記憶の中に刻み込まれたる方に変化していったの。 凛とした佇まい。 豊かな胸元、折れるのではないかと思える程細い腰。 纏われるのは、王族の装束。 清々しくも、強烈な意思を感じさせる御尊顔。 お口から紡ぎ出される、鈴を転がすような声音こわね…… 語られる口調も…… 何より、私にとてもよく似た目元と、口元…… 特徴的な口元のホクロは、まさしく……



 何度も、何度も、思い出して、心のともしびとした、忘れ得ぬそれら……。



 小さな寝台の柵の向こう側に立っておられた。

 私を見下ろすその視線は【慈愛】と【後悔】と【懺悔】に満ちていたわ。

 ゆっくりと首筋に当てられる『懐剣』もはっきりと覚えている。

 夕日に真っ赤に染まったお部屋の中で、夕日よりも赤い血潮が私に降り注いだのも。 

 最後に微笑まれ…… 崩れ落ちるその御姿も……






    ――――― お母様



















 眩しい程、威厳に満ちた、エリザベート=ファル=フお母様ァンダリアーナ王妃様の御姿が……




    ―――――― 其処に在ったの。




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