その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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父と 子と 精霊と

暴虐の大神殿

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 ―――― 聖堂都市ソデイム ――――


 巨大な聖堂を抱える、聖堂教会の祈りの街。 そう、ファンダリア王国では喧伝されていたわ。 白亜の大通り、巨大な湖の湖畔に建立された白銀の大聖堂。 この地に於けるこの都市の役割は、農産物の自給自足の為だっとと、そう記録されている。

 霊泉の水を大地に注ぎ、大地から小麦を含めた生きる為の糧を得るための街。 もし、この地が『異界の魔力』に汚染されて居なければ、その目論見はきっと成功していたでしょうね。

 小白竜からの伏流水。 聖別された泉の水を用い、祝福された大地での農耕は、きっと途轍もなく豊潤な物だったに違いないわ。 でも、それは、この地が大森林ジュノーであった場合のみ。

 汚染され、侵された土地にいくら聖別された聖泉の水を注ぎこもうと、それは叶わない。 それにこの地はジュバリアンにとって聖なる大地であり、魂が最終的にやって来る終焉の地でもあるわ。

 大切に大切にしていた場所を、高々人族の野望の為に使い尽くすとは…… 水は涸れ、大地はやせ衰え、既に当初の目論見は瓦解しているの。 この聖堂都市ソデイム自身すら支えられない様に…… 巨大な湖が涸れ果てる程の『霊泉』の水を失い…… やせ衰えた大地は瘴気を吐き出すほどに……

 遣り切れない思いを胸に、私達四人は歩みを進める。 【隠形】【隠遁】を深く纏い、周囲に気配を漏らさず、白銀の大聖堂を目指すの。 大通りの両側にはかつて栄耀栄華を誇った幾つもの建物があったけれど、今は目を背けたくなるような有様。

 人の営みはどこかに行ってしまった。

 霊泉や大地から奪取した祝福を、全てもう一つの聖堂都市ゴメイラに移送した後の聖堂都市ソデイムは、巨大な抜け殻の様な有様だったの。

 あちこちが崩壊した石畳に足を取られぬ様に注意し、音も立てずに歩を進める。 周囲に巡らした【気配察知】には強い・・反応は有るけれど、此方私達に注意を向ける者はいないわ。

 異界の魔力に汚染された魂は、生前の記憶から彼らは、『大聖堂・・・』には近寄らない。 それほどまでに、大聖堂の神官達の、そして、聖堂騎士達の行いに、忌避感を持っているって事なんだろうね。 本来ならば、大聖堂を訪れようとする者こそ、憎悪を向けてもおかしくは無いのに……



 ―――― その為、私達の歩みを阻害する者は居なかった。



 振り仰げば既に大聖堂の入り口。 聖堂教会の紋章が大きく彫刻された大門が力なく開いているの。 大急ぎでこの場を脱出した? そんな感じを受けたわ。 居住区らしき場所はどこもかしこも大きく扉を開かれ、乱雑に荷箱が散乱している。 とても組織だった撤退とは思えないわ。

 誰かに、そして、何か・・に怯える様に、大急ぎで逃げ出したと云う感じがしたの。 末期の状態から察するに、この大聖堂の住人たちは街のいたる所に居る、「異界の魔力」に汚染された住人たちをとても恐れていたと、そう思える有様だったわ。

 さっくりと居住区を無視して、私達は大聖堂の内部大回廊を進む。 ここには穢されし魂達は入ってきていない。 とても、静謐な空間が広がっているの。 大回廊を回り、中心部へ向かう。 聖なる印章が刺繍されたタペストリーが、ボロボロになっていた。 

 廃墟…… ね。 そして、此処は聖堂教会の枢機卿パパ様方人族の云う、『神聖な場所』から、程遠い。 まだ朽ちてはいない調度品が、どれ程の金穀を費やされ、集められたのか…… 人族の欲望の残滓が、そこかしこに散らばっているのよ。


 最深部に到達したわ。


 そこは大回廊の執着地点。 回廊の窓には、荒野に成り果てた湖の残滓が遠目に見て取れるの。 多分…… ここね。 回廊が終わる。 重い扉も又、開け放たれていたわ。

 最後の部屋。 丸く大きな穴を取り囲むように白い大理石の廊下が続いていた。 視線を上に上げてみれば、壮大なステンドグラス。 描かれるのは、獅子王陛下の最後の『御親征の物語』。

 人族の欲望が何を夢見、何を成し、そして、それが如何に潰えたのかを物語る者だったの。 中央の『穴』は遥か下方にその深淵を伸ばしている。 底はこの小回廊からは見えない。 差し渡し30メルは有ろうかと云う、そんな大きな『穴』は、確かにかすかながらも、「霊泉」の気配を感じさせるの。



「大地に穴を穿ち、霊泉の水を汲み上げたようですね」

「そのようです」

「これほどまでに大規模に汲み上げる…… 大切にせねばならい源泉をかくも蹂躙するとは…… 人はあまりも愚か、そして、驕慢。 …………アレは?」



 深い『井戸』の底、光が届かぬ其処に、微かに魂の残骸の気配がしたの。 シルフィーが、灯火の魔法を使って、下方に落とす。 青白い光がスゥーと降りていく。 錬石造りの壁とも云える井戸の擁壁が、その光を受けて井戸の底を照らし出したの。




  ―――― 絶句した。




 幾重にも折り重なり、散乱するのは、襤褸切れの様に成った衣類を纏った、骨、骨、骨……

 奴ら…… 投げ捨てたんだ…… この地で奴らに歯向かう者を、惨殺して井戸に捨てたんだ…… 水源に死体を投げ込むなんて…… 何も知らないの? こんなことをすれば、井戸の水も汚染されてしまうのに。 疫病も発生するわ。

 誰がしたの、こんな事ッ!!

 二重にも三重にも、穢して、何がしたかったのよ。 これじゃ…… 救われない。 穢された魂は二度と遠き時の輪の接する処に戻る事は出来ない。 過ちと云うには、あまりに非道。 思わずがっくりと膝を付き、手を胸の前に組んで、祈りを…… 




 ”どうか、どうか、この人たちの魂を、遠き時の輪の接する処に迎え給え…… ”




             ……と。


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