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父と 子と 精霊と
ソデイムの鏡界玄門
しおりを挟むリクロア レンドフルール ロクリス の三つの精霊小宮が解放された。 ルベル様、ニライ様、そして カナイ様は、永遠となられた。
とても…… それは、それは爽やかで満ち足りた笑顔で永遠となられたのよ。 鏡界玄門の守護者となる事は、それほどまでに、狐人族の神官様にとっては『誉』となる事だったのね。 私には、とても理解できそうにないけれど、それが彼らの『精霊誓約』ならば…… それが成されたと云う事は、『善き事』なのよね。
自身の常識が覆され、世界には私の思いもしない、” 幸せ ” が有るのだと、痛感したわ。
僅か二人に成ってしまわれたナジール様達。 狐人族の神官たる彼等も、とても満足そうにしていらっしゃるの。 小休止の度に、天空に向かって『感謝の祈り』を、捧げられておられるもの。
きっと、ナジール様、そしてヌエルバ様が祈られておられるのは、永遠となられたルベル様、ニライ様、そして カナイ様が精霊誓約を全うされた事への祝福。 私にはそう思えて仕方なかった。
真摯に、崇高で誉れ高く…… 心に有るであろう葛藤や羨みの感情を、『全て』飲み込まれたかの表情で、祈られる御二方。 私には、彼らのそんな『祈り』が、次に永遠となる為の準備に感じられて仕方なかったの。
彼らの祈りは、自身の身と心を清める『精進潔斎』に、他ならない物に見えるんだもの……
――― § ―――
聖域を巨大な円で ”描く様 ”に、導師様を迎えられた「三つの精霊小宮」を結ぶ『魔力網状供給線』。 私の渡した魔石から繰り出した糸で紡ぐ【浄化術式】で、プーイさん達穴熊族の方々の尽力を以て巨大な魔法陣の円環を結べた。
『魂の聖域』全域を浄化する魔法陣の敷設は完了したことに成るわ。 でも、これを起動し維持するには、まだ魔力が足りない。 幾度も、幾度も計算しなおしたの。 いくらあちらの領域から、ノクターナル様の純粋な魔力を頂けると云っても、無尽蔵では無いわ。
出来るだけ少ない量で賄わないと、あちらの領域が歪む……
その最小限度の魔力に、まだ足りないの。 リクロア レンドフルール ロクリスの各精霊小宮から取り出せる闇属性魔力では、この魂の聖域全域を網羅する魔法陣を維持する事は出来ないの。
もう一つ…… 供給源が必要になるのよ。
うんうんと唸る私に、ナジール様が問い掛けられる。 心配事を隠すつもりは無いのだけれど、敷設してもらった魔法陣の大きさを考えるだけで、胸が痛くなるの。
「ご心配事ですかな?」
「ええ…… ……何度計算しても、起動後の魔法陣の『維持』が不可能と出てしまいますの」
「つまり?」
「無理をして、円環を起動しても、その維持が出来ず崩壊してしまうのです。 その為には、もう一つ精霊小宮を開けねばなりません。 しかし…… 既に円環は完成済み。 その上、狐人族の神官様も残るところ、ナジール様、ヌエルバ様の御二人。 わたくしの想定の甘さに泣けてきます」
ナジール様は天空を仰ぎ見られてから、両方の目を瞑られる。 腕を組み、何やら思案気なご様子。 やがて両の眼を開かれ私に言葉を紡がれる。
「ソデイム…… でしょうな。 あの地の鏡界玄門が開き、闇の精霊様の領域と繋がれば、御力をお分けして頂ける。 あの地は「聖泉」なる土地柄、その鏡界玄門もまた、巨大で神聖に満ち溢れる事で御座いましょう。 問題は一つ。 どれ程の”汚染”が彼の地を犯しているのか…… でしょう」
「聖地の奪還は、精霊様の思し召し。 本来の誓約にも匹敵します。 そんな大切な場所から、エボンメイヤの魔力を紡ぎ出す事をお許しに成られるのでしょうか?」
「神官としては、お勧めしませんが…… 時間も方策も限られる此の倖無き大地に於いて、手段は限られております。 我等残されし神官が誠意を以て、ノクターナル様に御縋りすれば…… お許しに成られるやもしれません」
「……お言葉、嬉しく思います」
「最善を成せ。 ですね。 リーナ殿は最善を模索され、我らに道を見せられました。 ならば、我等も我が身の全てを以て、お応えしなくては、我らが精霊誓約も達成されませぬ。 先に逝ったニライ、カナイ、ルペルに叱られましょう」
「…………御意に」
幾重にも重層した魔力線を携え、浄化すべき場所へと向かうの。 道行きは徐々に下り坂となり、それまでの捩子くれた樹々が少なくなり、開けた場所が現れたわ。 聖堂都市ソデイム。 その全景を視界に収めた時、言葉を失ったの。
――― 有るべきものが無い。
王都での事前情報では、聖堂都市ソデイムは、大きな湖の湖畔に建設された聖堂都市だった筈なのに、その大きな湖が無いのよ。 高い尖塔を持つ聖堂は有るわ。 でも、既に崩壊の時を迎えている。 あちこちの壁は崩れ、周囲の建物も崩れ落ちているモノが散見されるわ。
【 廃都 】
……そんな言葉が脳裏に浮かび上がったの。 蠢く物は生者では無く、影のような者達。 魂までも汚染されてしまった、既に失われてしまった人々の残滓。 建物の残骸の陰のそこかしこに佇み、ただ茫然と立ちすくんでいるのが見えたの。
「いけませんな。 既に聖泉は涸れ果て、その残滓が残るのみ。 この地の鏡界玄門は、聖泉そのものと云えました。 小白竜からの地下水脈が最後に到達する場所。 湧き出るのは湖底の源流。 鏡界玄門は…… このままでは開きませぬ」
「……湧き出る泉の源泉。 その場所は? たとえ涸れ果てたとしても、その場所は”どなたか”の記憶の中に有るのでは?」
「ヌエルバ、判るか?」
ナジール様の御声は、ひたすら暗く、そして、重かったわ。
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