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父と 子と 精霊と
葛藤の薬師錬金術師
しおりを挟む成功した敷設型の魔法陣での結界は、『レンドフルール』を包み込んで、精霊小宮周辺を網羅して浄化の障壁となった。 勿論、障壁の内側は一気に異界の魔力を分解昇華していくわ。 キラキラと光の粒子に成った、異界の魔力が大空に立ち上っていくの。
日が落ち、夕闇迫る中の光景は、まさしく幻想的と云えるものだったの。 星空へ立ち上る、金色の流れ…… やがて、拡散しこの世界の理と同化するわ……
この光景を見るに、私が為すべき事に少々疑問が浮かぶの。
もっと善き方法があるかもしれない。
魔人様を壊れた大召喚魔法陣から救い出し、この世界で共に生きて行く選択肢もあるのではないか…… と。 それは、もう一つの危惧でもあるわ。
――― カイトさん。
あの方も、この世界の人では無いもの。 大召喚魔法陣を分解昇華することに依って、異界の魔人様と同様、この世界に留まれない事だって考えられるわ。 理由は、魂の質が違うから……
魔人様から頂いた、異界の魔術の知識の中に、その記述が有るのよ。 帰属する世界により、そこに生きとし生けるもの魂は紐づけられている。 だから、異界を渡る召喚魔法は禁忌とされて居るってね。 魂の行く末がどうなるのかも未知数。
異界の魔人様は、あの部屋の中で考察を重ね実験し、そして、ある程度の予測も立てられている。 そう、カイトさんの行く末に付いて……ね。
私自身が名前を付けない、この感情が叫び、心を激しく打ち据えるの…… そして、痛むの…… 心が。
” 生まれなおしても尚、大切な人を失うの? ” と、そう問い掛けるかつての自分。 エスカリーナが泣いているのよ。 私の力の及ばぬ所で…… ” 人 ” の領域でどうする事も出来ない事柄で…… 創造神様…… この世界の崩壊を留める事が、大切な人を失う事に繋がるのですか? 私は…… 私は…… この名前を付けない感情をどうすれば……
―――― よいのですか?
心の葛藤は、現実にある事象に押し流されるの。 皆が懸命に努力しているのよ。 弱音を吐くのは、全てが終わってから。 そう、とにかく折り合いをつける事にしたの。 今は…… そう、今は全力を出し切るしかないもの。
わずかな希望であっても、無くは無いもの。
その希望が繋がるならば、この世界の崩壊を押し止めるしか、私には出来ないもの…… そっと、周囲を見渡す。 幻想的な光景が広がる夜空に、心を落ち着かせる。 今できる事を、出来るだけ…… それが、私の精霊誓約なんだものね。
―――― § ――――
ノクターナル様の領域からの魔力供給も滞りなく充足したわ。 人の身でも展開できる程の大きさの魔法陣ではあったけれど、まぎれも無く、この異界の魔力に侵された北の荒野に於いて、私達の世界の魔力で発動している浄化の魔法陣なのよ。 ええ、魔力変換さえ用いない、純粋なこの世界の ”力 ” なのよ。
世界を取り戻す為に、どうしても必要な事柄。 それは、この世界に於いて、この世界の従属するモノだけでこの困難を克服する事。 たとえ変換するとはいえ、異界由来の魔力も使うべきでは無いもの。
だから、敢えて、変換術式は組み込まなかった。 組み込めば、いくらでも魔力を取り出せるのは判っていた。 でも、それは、理を曲げてしまう。 妥協する事は出来ない事だったの。
御心を忖度する事は出来ないけれど、無理と無茶を重ねてでもそうしなければならない気がしていたの。 多分…… ノクターナル様は、私の頑なな意思に呼応して下さったのかもしれない。 この世界の理の内で、困難に立ち向かわねば、この世界の崩壊を押し止める事は出来ない……
そう、思ったから。 未来…… 私が私の精霊誓約を成就させた後、ティカ様とこの事に付いて、お話したいな。 おばば様には知られないように。 密かに…… 静かに……
―――― そうね、姉妹だけの秘密のお話として…… ね。
レンドフルールでは、森の神官様の一人である、ニライ様が永遠となられた。 ルぺル様と同様、満たされ、満足げな表情を浮かべながら、父祖たる方々とお並びなられたわ。
彼の聖者の『お導き』に従う、精霊小宮の周囲に漂っていた『穢された魂』達。 敷設された『浄化の魔法陣』で浄化された後、彼の聖者様に導かれ、洞穴の奥深くに設置された、『鏡界玄門』から遠き時の輪の接する処に向かって旅立たれて行ったわ。
荘厳で、神聖な空気が洞穴に満ち、更に多くの闇の精霊様の魔力が導かれるように溢れ、満たされて行ったのよ。 信仰と祈りの真摯な思いは、この精霊小宮を”強く””硬く”護られた場所とされた。
『鏡界玄門』から私に流れ込む『何か』を感じて、私自身そう感じたの。
ニライ様と祖父の方々を見つめ、この聖所の復活を認識したのか、満足げなナジール様達。 そして、幾分…… ナジール様の表情に羨望の色が浮かんでいるのよ。 先に宿願を果たされ、永遠となったルペル様とニライ様にね。
その感覚…… 感情…… 只人の私には良く判らないわ。 でも、信仰と父祖に対しての彼らの『誓約』として…… 違えられない大切な精霊様方への『誓約』と一族の『誓い』だと、受け取るしかなかったの。
――― 彼らの「宿願」であり「祈り」だったのですものね。
ノクターナル様もお慶びになったわ。 あちらの領域から流れ込む、暖かな魔力が、 心の底に灯る焚火の様な、そんな暖かな魔力だったから。 何かしらの『術式』?かな、そんな感じも受けるのだけど、それが何かは判らない。 ノクターナル様からの『贈り物』ですもの、決して、『悪い物』でないことは、何故か確信しているの。
―――― § ――――
次の精霊小宮 ” ロクリス ”では、もう少し大きめの 【魔法術式】での浄化術式を『魔力網状供給線』で紡いだわ。 小宮全体を覆い、さらに、その周辺も含む今までの三倍くらい大きめのモノね。
要求された魔力は普通の魔術師や魔導士が扱えるような規模ではないわ。 私であっても、私の内包魔力のほとんど全て位になるのよ。 理由があるの。 もし、願う『闇の精霊様』の領域からの大量の魔力が上手く導入できず、魔法陣自体が暴走しそうになったら、私が止めなくては成らないから。
今できる、安全策はそれが限度なの。 上手くいかなかったら、巨大な魔法陣を作動させることは出来ないから、また、方策を考えなくては成らないわ。 対処方法は有るには有るのよ。 でも、その方法は、とても時間がかかるの。 今の私達が置かれている状況では、とても使えないし、間に合わない。
この地に集う穢された魂の量はとても多い。 さらに、国王陛下が宣下される開戦の詔が発令されてしまったら、さらなる迷える魂が追加される。 もう…… もうほとんど時間も残っていないと、危機感が肌を刺すの。 ここで失敗は許されないと、感じているのだもの。
慎重に編み出した『魔力網状供給線』で紡ぐ浄化術式。 起動術式はティカ様と一緒に作り上げた大規模起動術式。
――― そして、祈りを込めて起動させる。
” どうか、どうか、お願いいたします。 これが出来れば、光への確かな道筋を見出す事が出来るのです。 伏し願い奉らん事、お許しください…… ノクターナル様…… ”
こんな大それた事を願うには、私のちっぽけな祈りでは…… 足りない。 こんな大それた事を願う事は、精霊様はお喜びに成らないかもしれない。 でも、でもね。 今は祈る事しか、私には出来ない。 真摯に、一心に祈る事しか、今の私には出来ないんだもの。
――― 祈りを込め、魔法陣を起動させる。
シルフィーの曳いて来た魔力線を伝い、二つの精霊小宮から莫大な量の『闇の魔力』が、紡いだ術式全体に流れ込んだわ。 そして、敷設された魔力糸が赤黒く燐光を発し……
術式は、発動したわ。
――― 成功よッ!
あちらの領域からの、暖かな魔力が、心の底に灯る焚火の様な、そんな暖かな魔力が、また、私の心の中に流れ込んできたのが、成功を確信させるものだったから……
私達は皆の力で……
――――― 精霊小宮『ロクリア』の奪還に成功したのよ。
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