その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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父と 子と 精霊と

森に倒れ、還る人々の…… 最後の希望

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 ナジール様の先導で、二つの精霊小宮 ”レンドフルール”、”ロリクス”に向かう。 険しい道ではあったわ。 獣道とも呼べる、道なき道は、私達に特別製の馬車にとっても過酷な道行きとも云える。 もし、この想いの籠った『特別製の馬車・・・・・・』が無ければ、ずっと徒歩での道行きに成って、とても長い時間を要した筈ね。 だから感謝と共に、この幸運を喜ぶべきなのよね。 

 きっとそれは、ノクターナル様の思し召しだから。 感謝を込めて、師匠とゴブリットさんに、祈りを捧げるの。

 でも、いくら堅牢な造りの馬車でも、険しい道行きに、あちこちが軋むわ。 ”レンドフルール”と ”ロリクス”の所在地は、小白龍の峰々の間。 狐人族の神官様方の言葉を借りるならば、”『聖域』の周辺に均等に建立され、聖地鎮守の聖堂 ”なんですって。

 先のリクロア、そして、向かっているレンドフルール、ロリクスの他にも、幾多の精霊小宮は存在するとの事。 でも、これら三つの精霊小宮とは違い、既に静寂が破られ破壊されていたり、導師たる狐人族の神官様の家系が途絶えていたりしたの。

 ナジール様方は、『居留地の森』で、隣国の兵に捕らえられ奴隷とされたわ。 それも仕方のない事だったと、そう仰れた。 出来る限り神官、それも、この聖域の導師たる彼らは行動を共にしなくてはならなかったから。

 一人が捕えられれば、その方を奪還するために、無理も無茶も成された。 でも、やはり、多勢に無勢。 その危険な生活の末、聖堂の守護者たる狐人族の神官は、僅か五人しか残らなかったと、苦く笑われたのよ。



「幸いにも我らは、リーナ殿と出会えた。 そして、この地に戻る事が出来た。 全てはノクターナル様の思し召しに御座ろうな。 天網恢恢にて、事象を見通される偉大なる精霊様の御導き。 我等、その機会を逃すような事はしませんぞ」



 苦しい生活と、失われた者達を想って、苦い笑みを浮かべられたわ。 でも、その表情の中に、『希望の光』に照らされた、薄い笑顔が浮かび上がる。 その表情が、心に突き刺さるわ。 たとえ、実体を失い、霊体となっても、導師としての使命を全うする事が…… その『精霊誓約』が、彼らの生きてきた目的であり、願いでもあったのだから。

 ナジール様は続けられる。 ” 護るべきは、中心部に有るのは、二つの聖所。 「聖なる湖神泉」と 「霊饌が霊地神地」という、魂の聖域サンクチュアリ。 取り戻さねば、ならないのです。 それが、我が精霊誓約。 ”

 真摯で重いその言葉に、心が震える。 私も又、深くナジール様の言葉に頷いていたの。 ……そんな道行の中で、私は一つの魔法を紡ぎだしている。 キャリッジのキャビンでは無く、後部の荷室箱の中に設置されている符呪台の前でね。



 ――― そこで成したのは、魔石への符呪。 



 符呪していたのは、とても繊細な魔法の術式である、【妖気浄化ピュアリカンツ】の術式。 それも、改変型。 濃い異界の空間魔力の中でも、十分に機能する様に各種の【被覆魔法コーティング】を重層して符呪しなくちゃならないんだもの。

 イグバール様お師匠様にお教え頂いた、符呪の神髄とも云える、想像力の限りを使って、この ”符呪式 ”を完成させたわ。 そして、そこから紡ぎ出す、魔力線。 これを西方領域や北方限界領域で為したように、『魔力網状供給線』に似た形式で、帯状の魔力線を編み、敷設してもらう為に必要なモノ・・を紡ぎ出す為だったのよ。

 単に敷設すのではなく、魔力線を特殊な編み方で敷設してもらう為に、相当な長さが必要になったのも事実。 敷設はプーイさん達にお願いしたの。 私は、要求される長さの魔力線を紡ぎ出すのが、精一杯になっていたから。

 ”特殊な編み方” と云うのも、魔力線敷設に当たって、その魔力線を空間に紡ぎ出す【魔法術式】と同様に紡いでもらう為なの。 その術式も、【妖気浄化ピュアリカンツ】の簡易術式。 一筆書き出来る様にした『綴りかたモノ』。



 当然……



 『禁呪』相当の術式だけど、この穢されし神聖な森の中には二度と邪な思いを抱いた”モノ”は入ってこれないように、紡ぐ。 そして、それが、『問題のある人達』の目には触れない様にと、そう思ったから。 深く静かに…… それが必要な事だったの。

 つまりは、【妖気浄化ピュアリカンツ】の重層敷設。 特殊な符呪をした魔石から紡がれた魔法糸を使い、地面に術式を描きつつ敷設していく。 やるべきことは、バルバロイでやった事と同じ。

 違うのは、西方辺境域、北部辺境域に敷設したモノとは違い、結節点に聖壇は置かない、と云う事。

 魔力線の中に魔力を充填しつつの敷設だから、聖壇の必要が無かったのよ。 それに、聖壇を置いたとしても、聖壇に祈りを捧げる ” 生命モノ ” は、こんな場所には、誰一人いないのだもの。

 敷設する魔力線は、とてもとても長大で、広大な場所を網羅する、巨大な魔法陣になるのよ。

 勿論、そんな魔力線モノに魔力供給する事が出来る ” 生身の人間 ” は居ない。 どうやったって、無理よ。  でも、既に魔力線に魔力が呪点されて居れば?

 計算上、私の魔力を使用すれば、その魔法陣を起動する為の、『起動魔法陣』は ”人 ”の身でもなんとか発動できるわ。 そして、起動魔法陣が励起してくれれば、魔力線に最小必要限度の魔力を充填している、巨大な魔法陣も、きっと起動してくれる。


 一つ問題があったの。 そう、起動した後に、『魔法陣』を維持するための魔力が、問題だったの。


 それを解決する答えは目の前にあったのよ。 シルフィーが曳いてくれている、精霊小宮リクロアからの魔力線。 『エボンメイヤ』から頂戴の御許可を戴いた、純粋たる『闇』属性の魔力。 



 ――― ノクターナル様の祝福を満たした魔力なの。



 敷設したのは、その協力で純粋な魔力にも耐えられるように、幾重にも【被覆魔法コーティング】を符呪した特別製の大容量魔力移送用の魔力線。 これだって、一生懸命に作り出したんだから。

 どれだけの量の魔力を要求されるか判らないし、プーイさん達が敷設してくれていう長大な長さの魔力線に行き渡らせ、起動した魔法陣を維持するためには、どうしても闇の精霊様の領域から直接魔力を供給して頂かないと実現不可能だったんだもの。



 魂の聖域を奪還する為には、小白竜の『魂の聖域』の全域を、全て浄化する為に必要な魔力よ? 



 おばば様に相談しようにも、この場所からじゃ無理だし…… それに、きっと、そんな畏れ多い事を成そうなんて知れれば、大目玉だけじゃ済まなさそうだしね。

 勿論、最初からコレを稼働させようとは思っていないわ。 本当に稼働できるかどうかも判らないし、それに、失敗してしまったら、無駄に精霊様の御座所の純粋な魔力を大量に失うわ。 ノクターナル様を傷つける事に他ならない。

 いくら何でも、そこまでの事は出来ない。 ノクターナル様の『愛し子』であろう私でも、精霊様を傷つける事になるような事は、してはいけない。 だから、本当に稼働できるかどうか、闇の精霊様を傷つけないか、試さないといけない。

 頂戴する『闇の精霊様のノクターナル様御座所の魔力の祝福』は、最初はごく小さく。 そして、徐々に大きく…… 試していくしか方法は無かったの。 

 精霊小宮 ”レンドフルール” と、 ”ロリクス”は、確証を得るために、魔法陣では無くこの『魔力網状供給線』で紡ぐ魔法術式での浄化を試みる事にしたの。


 レンドフルールでは、リクロアと同等の大きさ。 これならば、私ひとりの魔力でも展開は可能だから。 万が一の事があっても、私ひとりで対処できるもの。
















   ―――― そして



        ――― 成功したわ。




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